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    2012年3月28日から4月4日まで、次女の高校オケのドイツ公演を長男と追いかけた珍道中の記録。厳選写真で振り返る。

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    自分で買い求めて賞味したビールの写真。ドイツとオーストリアの製品だけを厳選して掲載する。

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カテゴリー「533 指揮者」の17件の記事

2013年5月16日 (木)

マエストロ

娘らのオケの顧問でもある指揮者は、高校の音楽の先生。音楽家であるのと同等かそれ以上に優秀な教育者。部活動という性格上、2年でメンバーが完全に入れ替わってしまうオケを、毎度毎度高みに導いてくれている。代それぞれにメンバー数も、生徒のキャラも違う中、多感な乙女たちを纏め上げ、まばゆいゴールに到達する。

メンバー全員に向かうべき頂上を指し示す。生徒は一人ひとりの立場からそれぞれの方法で頂上を目指す。生徒の自主性に任せ緩やかに穏やかに目を光らせる。時に家父長であり、時に担任であり、そしてもちろん指揮者。そしてかなりのアイデアマン。何かのサプライズをいつも考えている感じ。生徒は慣れたものだ。少々のハプニングがあっても「また先生のサプライズか」くらいに動じない効果もあるらしい。

彼が次女たちオケに着任して最初に指導したのが30代だったというから、教え子の数も増えてきた。我々が先日味わったようなコンサートが7年連続しているということだ。その7年を支えたメンバーの中から先般のコンサートでは、78名がOGオケとして演奏を披露した。ホルストの「火星」と「木星」。手の内の知り尽くした仲間が集まったクラス会のノリなのだが、演奏は素晴らしい。「現役と違って練習時間が短いから」とメンバーは謙遜するが、演奏には大人の香りも備わっていた。たった7回の合奏練習だったと聞いて驚いた。常設のオケではないのがもったいないくらい。大学オケの水準を軽々超えて見せて、振り返ってウインクかます感じ。過去4回聴いた中では最上の出来だったと思う。現役の演奏とはまた一味違う味わいがあった。

すべてマエストロのお人柄。

2012年7月17日 (火)

お盆のファンタジー13

「ふるさと」をめぐってさんざん盛り上がったあと、ブラームスがおどけた表情で「ふるさとの後、3曲目のアンコールが一番気に入った」と次女に語りかけた。今年はあんまり長居なので、すっかり打ち解けた次女は、これがブラームス独特のジョークだと悟ったらしく、間をおかずに「はい。私たちも一番練習に時間をかけました」とニヤリと笑って応酬した。

先般聴いたCDのラスト、アンコール2曲目の「ふるさと」の演奏に続く長い喝采の後に、サプライズがあった。拍手がサーっと引き、だれもがアンコール曲だと思った次の瞬間、タクト一閃とともにオケ全員が「Ein Zwei Drei,aufwiedersehen」と唱和して全員が手を振り始めたのだ。日本語でなら「1,2,3、ごきげんよう」くらいの意味。意表を付かれた聴衆の大爆笑がおきた。だれもが心から笑ってのスタンディングオベーションがそれに続いた。

「あれは一体誰のアイデア」とブラームス。「もちろん指揮者です」「彼はいつもそういういたずらを考えています」「5月の演奏会ではファリャのラストで全員が立ち上がるというサプライズを決行しました。」「そういういたずらほど熱心に綿密に練習しますが、家に帰って親に絶対話すなという口止めも忘れません。」「だからあの日のスプリンクラーもまた彼の演出かと思った人もいます」次女がいきいきと説明する。

「あれには私も笑わせてもらった」とはビューロー。「こいつは楽団員に厳しく接するばかりで、ユーモアとか余裕が感じられない」とはブラームスのビューロー評。「楽団員どころか聴衆にも説教を始めるからな。ちっとはこちらの先生を見習ってもらいたいもんだ」

「あんたのゴツイ作品の前後にユーモアのサプライズなんか挟めるものか」「毎度毎度振らされるこっちの身にもなってみろ」と反撃のビューロー。どうやら仲間割れが始まった。

2012年4月23日 (月)

顧問の先生

学校の部活動には顧問の先生がいる。大きな所帯になると複数の教師が駆り出されることもある。次女のいるオーケストラ部にはたしか5人だった。校内での練習はもちろん学外に出る場合には引率となる。

そしてオーケストラの演奏に不可欠の指揮者も、顧問の先生が務めている。次女の高校の音楽の先生で仮にK先生とでもしておこう。指揮と声楽を学んだ経歴がある。先生のモットーは、「音楽はハート」「部活動は情操教育」というものだ。口先だけでない証拠に、子供たちからの信頼は分厚い。確固たる信念と音楽性で生徒たちを導いている。演奏を聴けばその信頼関係が万全であることはすぐに判る。過酷な練習を生徒たちに課す一方で、礼儀、勉強への指導も忘れない。ときどきオヤジギャグを挟んで和ませる。生徒たちだけではなく、保護者からの信頼も厚い。私も心から尊敬し共感している。子供を安心して預けている。おそらく一生の肥やしだと思う。無理やり「巨人の星」で申せば伴宙太と天野先生を足して二乗したくらいの存在。

一連のドイツ公演の記事で、いやそれどころか昨年の入学以来、K先生に対する直接の言及は抑えてきた。ここで一気に放出するためだ。私が生で観た中では最高の指揮者だとあえて断言する。つまりそれはショルティより上ということをも意味する。この1年間のオケの活動に接してみて人柄音楽性を心から尊敬する。高校オケ2年間をK先生と過ごす次女の幸せを心から嬉しく思う。

ドイツ公演のヤマ場で図らずも作動し始めたスプリンクラー。動揺する客席の雰囲気が否応無くステージにも波及しかねない状況で、敢然とした姿勢を貫いて子どもたちを動揺から守りきった無言の指導力は見事の一語。彼の精神力やとっさの機転を称賛するには日本語の語彙はあまりに不完全だ。

「三角帽子」5曲目をエンディングに導いた後、彼は少しだけ客席後方のスプリンクラーを見遣るものの、オケのメンバーはその方向を見ようとするものなど一人も無く、ただ指揮者の次の指示を待つ。この瞬間に私は生徒たちとK先生の間の信頼関係の厚みを深く思い識った。K先生が意を決したようにメンバーに向き直るとき、私はその先生の表情を正面から見る位置にいた。あのキリリとした表情を私は一生忘れないだろう。緊張で固い表情とも違う。「恐れるな行くぞ」という静かな決意の乗った表情。家父長的ダンディズム。同年代の男としてうらやましい限りだ。

さあK先生のその決意が生徒らに伝わらぬハズがない。タクト一閃とともに始まった「終幕の踊り」は「スプリンクラーをねじ伏せた演奏」としてずっと後世に語り継がれるべきものだ。音楽とはまことに不思議なもので一致団結のオケの気迫は、あっけなくドイツ人にも伝わってしまう。演奏後に発生した大喝采は異質ともいえる分厚さだった。

演奏会で3度もらったスタンディングオベージョンは、指揮者K先生なくしてはあり得ない。

2011年8月12日 (金)

まわりみち

8月8日の記事で「Fix oder Nix」の意味をあれこれ詮索した。音楽之友社刊行の「作曲家◎人と作品」シリーズのブラームスの63ページには「全てか無か」とされているが、同社の刊行する「ブラームス回想録集」第1巻アルバート・ディートリヒの記事の中に、それとおぼしき記述があった。

43ページに「さっさとやるか何もやらぬか」とある。こちらには原文のドイツ語の標記が記されていない。もちろんハンブルク女声合唱団に関する描写の中だ。日本語としてフィット感としてはこちらが上だと感じる。うら若き乙女たちに奉るウィット溢れる規約であることを考えると「全てか無か」では大げさ過ぎると感じていたが、これでピッタリ来る。

2011年6月14日 (火)

ハンブルクの呪い

米国の野球、メジャーリーグには奇妙な言い伝えがある。

ベーブ・ルースを放出したために、長い間ワールドシリーズに勝てなかったボストン・レッドソックスは「バンビーノの呪い」に取り憑かれていると噂されてきた。この呪いは既に解かれているが、シカゴカブスの「山羊の呪い」はまだ継続中だ。

ブラームスにも故郷ハンブルクについて似たような話がある。ブラームスはハンブルクからウィーンに進出して、文字通り国際的作曲家の座に駆け上ったのだが、本人は故郷ハンブルクでポストに就くことを希望していた。「俺が俺が」としゃしゃり出るタイプではないことも、微妙に影響して、とうとう生涯ハンブルクでのポストにありつけなかった。これを生涯独身の言い訳に使っている形跡もある程だ。もちろんブラームスの作品や演奏に対しては、ハンブルクはいつも暖かい反応を示したが、ポストにありつけない巡り合わせはブラームスを嘆かせた。

最初の挫折は1862年11月だ。長く努めたグルントの後任に、友人のシュトックハウゼンが選出された。これが相当なショックで、クララ・シューマンに愚痴をたれたらしい。ウィーン進出を決心するキッカケになったことが確実視されている。真相は闇の中だが、ブラームスが貧民街の出身だったからとも言われている。その後もハンブルクフィルハーモニーの音楽監督の空席は2度もブラームスを通り越して外国人にあてがわれた。

1889年になってハンブルク市は不手際を謝罪し、ブラームスを名誉市民に選ぶ。あろうことか1896年になって音楽監督のオファーを出すというおまけつきだ。さすがにブラームスはこれを悲しげに断った。

一方後世の研究者の中には、デトモルトに始まってウィーン楽友協会に終わったブラームスの勤め人稼業がどれも3年以内の在任にとどまり、延長のオファーに応じていないことを理由に、ハンブルクでもきっと長くは続かなかったと推測する人もいる。

故郷ハンブルクに対するこうした一連の執着は、伝記の書き手により扱いに濃淡があるので注意が必要と思われる。

2011年5月 4日 (水)

ハンブルク市立歌劇場

グスタフ・マーラーがウィーン宮廷歌劇場指揮者に就任するまでハンブルク市立歌劇場に勤務していた。1891年から1897年のことだ。「ハンブルク市立」というと「横浜市立」や「大阪市立」と同じノリを想像してしまうが、少し違う。ハンブルクは州と同格の独立市だから、ザクセン州立、バイエルン州立に近い。周知の通りドイツは連邦制だから、州立は日本人の想像よりは、国立に近いイメージとなる。

さて、ライプチヒ勤務中の1886年、ハンブルク市立歌劇場からマーラーに主席楽長就任のオファーがあった。条件面で折り合いがつかず見送られている。

このときにマーラー側が主張した年俸が6000マルクだった。3ヶ月の休暇と2年目以降の解約権、さらにワーグナーやモーツアルトのいくつかのオペラの独占上演権を主張したようだ。このときマーラーは26歳だったが指揮者としての実力が徐々に知られ始めていた。ハンブルク側との交渉がまとまらなかったのは、これらの諸条件のうちの全部または一部が食い違ったために違いない。

新進気鋭のオペラ指揮者が要求する年俸が6000マルクだったということだ。

ブラームスの交響曲1曲の相場は15000マルク。マーラーが要求して合意できなかった年俸の2.5倍にあたる。1875年以降に発表されたブラームスの室内楽は1曲3000マルクが支払われているから、その2倍だ。

当時の楽壇におけるブラームスの位置付けには嘆息せざるを得ない。

2011年4月12日 (火)

宮廷歌劇場指揮者

1897年4月15日グスタフ・マーラーはブラームスの支援の甲斐あって、念願していたウィーン宮廷歌劇場の指揮者に就任した。

グスタフ・マーラーの伝記の中にあってエポックを形成する出来事だ。この少し前1897年4月4日に宮廷楽長就任の意思を公式に表明する。これを友人に報告する手紙が書かれたのは4月7日ウィーンだ。マーラーは4月1日から交渉のためにウィーンに滞在していた。

就任の意思表示から11日後の15日は契約が成立した日である。これだけをさらりと書いてしまうと、ふむふむで終わってしまう。これら一連の手続きを岩波書店の「グスタフ・マーラー辞典」をもとにブラームスの伝記と比較してみよう。

  • 4月1日 ブダペストへの演奏旅行からウィーンに入る。
  • 4月3日 ウィーンにてヨハネス・ブラームス没。
  • 4月4日 ブラームスの故郷ハンブルクはブラームスの死を悼んで、停泊中の全船舶が半旗を掲げたという。そしてこの日はグスタフ・マーラーが宮廷歌劇場指揮者就任の意思表示をした日。
  • 4月6日 ブラームスの葬儀。
  • 4月15日 マーラー宮廷楽長就任の契約書にサイン。

つまりグスタフ・マーラーの宮廷指揮者ないしは宮廷楽長への就任の手続きはブラームス没のあわただしい中で行われたということになる。少なくともマーラーはウィーンでブラームスの訃報に接したと思われる。これこそまさに歴史の偶然。

ウィーン中を巻き込んだ盛大な葬儀だったというから、その日ばかりはマーラー側の諸手続きが進まなかったと思われる。

2010年12月15日 (水)

代振りの報酬

ブラームスとの行き違いが元で、マイニンゲン宮廷楽団の指揮者を辞したビューローの新天地はベルリンフィルだった。今日まで続く隆盛の基盤を築いた功績はビューローのものである。

1894年2月にエジプトのカイロで没した後、ビューローの後釜選びは難航したと伝えられている。

常任指揮者が最終的に、ニキッシュに決まるまでの間、マイニンゲン時代ビューローの弟子だったRシュトラウスに、何度か代振りが依頼されたらしい。このときベルリンフィル側がRシュトラウスに提示した条件が残っていた。

1回500マルクだ。公演で1回指揮をすると25万円という条件だ。ゲネプロやステリハは、どうしていたのか気になるところであるが、詳細は不明である。

微妙だ。高いのか安いのか判断に苦しむ。

2010年12月 7日 (火)

初演の指揮者

ブラームスはその経歴の初期おいて合唱指揮者として台頭した。だから創作の初期に成立した合唱曲は、ほぼ自ら初演を指揮をしていると見て間違いない。

問題は管弦楽曲だ。純粋な管弦楽曲の他、合唱への管弦楽伴奏の作品も含めて、その初演における指揮者をリストアップした。

  1. 管弦楽のためのセレナーデ第1番op11 ヨアヒム
  2. 埋葬歌op13 ブラームス
  3. ピアノ協奏曲第1番op15 ヨアヒム
  4. 管弦楽のためのセレナーデ第2番op16 ブラームス
  5. ドイツレクイエムop45 ブラームス
  6. カンタータ「リナルド」op50 ブラームス
  7. アルトラプソディop53 エルンスト・ナウマン
  8. 運命の歌op54 ブラームス
  9. 勝利の歌op55 ブラームス
  10. ハイドンの主題による変奏曲op56a ブラームス
  11. 交響曲第1番op68 オットー・デッゾフ
  12. 交響曲第2番op73 ハンス・リヒター
  13. ヴァイオリン協奏曲op77 ブラームス
  14. 大学祝典序曲op80 ブラームス
  15. 悲劇的序曲op81 ハンス・リヒター
  16. ネーニエop82 ブラームス
  17. ピアノ協奏曲第2番op83 アレクサンダー・エルケル
  18. 運命の女神の歌op89 ブラームス
  19. 交響曲第3番op90 ハンス・リヒター
  20. 交響曲第4番op98 ブラームス
  21. ヴァイオリンとチェロのための協奏曲op102 ブラームス

案の定興味深い。全21曲のうち本人の指揮は13曲だ。60%強はかなりの高率と思う。ブラームス本人を除いて一人で2回以上はハンス・リヒターとヨアヒムだけだ。意外なことにハンスフォン・ビューローは初演を振っていないが、ピアノ協奏曲第2番を携えた演奏旅行では、ブラームスとビューローが指揮と独奏を交互にこなしたという逸話もある。

ピアノ協奏曲の初演では1番2番どちらもブラームス本人が独奏を担当したから、1番では指揮ヨアヒム、独奏ブラームスという黄金ペアになった。ところが後のヴァイオリン協奏曲では、指揮ブラームスの独奏ヨアヒムが実現した。

交響曲の初演で自らタクトを取ったのは、4番だけというのが不思議だ。一方合唱曲はアルトラプソディ以外はブラームスになっているから合唱曲得意もうなずける。

2010年10月30日 (土)

発泡ワイン

何と言ってもシャンパンだ。フランスはシャンパーニュ地方で作られる。現在のフランスの法律では、原料のブドウや原産地が厳格に規定されている。昨日の記事でミラー・ツー・アイヒホルツ邸でブラームスがシャンパンでもてなされたと書いた。とびっきりのシャンパンだったのだろうと思う。

シャンパンの製造工程は途中まではワインと同じである。母体となるワイン作った後、酵母や糖分が加えられ2次発酵させることで泡の元である炭酸ガスが発生する。

発泡ワインはドイツにもあってゼクトと呼ばれている。シュロス・ヨハニスベルクをオーストリア皇帝から下賜されたメッテルニッヒ侯爵家は、ドイツ最大のゼクトの醸造家でもあった。

そう米国の野球界では間もなくワールドチャンピョンが決まる。祝勝会の騒ぎのことを「シャンパンファイト」と呼ぶ。ナポレオンの戦勝の儀式に由来するとも言われている。今年のシャンパンシャワーはサンフランシスコかテキサス。

さてさてさて。昨日我が家史上初の大事件があった。次女が中学の合唱際で指揮者を務めた。学級対抗の校内合唱コンクールの中で、3年生全体の合唱が1曲ある。「ふるさと」をアカペラで歌ったそうだ。このとき次女が指揮をした。私は仕事で聴きに行けなかったが、母はキッチリと聴き届けた。

本日の記事は次女の指揮者デビューを記念する「読むシャンパンファイト」である。

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