縁は異なもの
大垣行きには奇遇がついてきた。
大垣市に「ウィーンに六段の調べ」を鑑賞に行った。迫力に圧倒されて立ち尽くしたのだが、右下の香炉の配置について学芸員の先生に質問した。
クリアでロジカルな説明をされて鑑賞に奥行きと幅が加わった。次々と話が弾んだおかげで、彼が私の大学の後輩であることが判明。
双方「えーっ」ってなもんだ。入学年を聞いたら私のおよそ20年後輩にあたる。
ブラームスのお導きとはこのことだ。
大垣行きには奇遇がついてきた。
大垣市に「ウィーンに六段の調べ」を鑑賞に行った。迫力に圧倒されて立ち尽くしたのだが、右下の香炉の配置について学芸員の先生に質問した。
クリアでロジカルな説明をされて鑑賞に奥行きと幅が加わった。次々と話が弾んだおかげで、彼が私の大学の後輩であることが判明。
双方「えーっ」ってなもんだ。入学年を聞いたら私のおよそ20年後輩にあたる。
ブラームスのお導きとはこのことだ。
昨日の記事「ウィーンに六段の調べ」で言及した守屋先生の作品の右下隅に香炉が描かれている。黒いテーブルが右下からせり出すように置かれて、その上に香炉がある。右下が空白でないところに構図としての巧妙さがあると感じるが、そこに香炉が配されることに深い深い意義を感じる。
時は明治。条約改正に打って出た日本は、欧州に進出し、華麗な外交を展開する。大使たる伯爵の夫人が筝曲の名手というのは格好の国際交流だ。音楽の都ウィーンではなおのことだ。そして当時欧州楽壇の最長老のブラームスの前で琴を実演する場に、お香が焚かれているという状況は、ものすごい説得力だ。
香炉から立ち上る煙が、眉間にしわを寄せて聞き入るブラームスにかかっているのは、演奏を聴いたブラームスの内面への浸透を象徴して余りある。
音も聞こえてきそうなら、薫香までも漂ってきそうだ。
小道具の配置一発で、この効果とは恐れ入る。
先日、ちょっと遠出してきた。
目的地は岐阜県大垣市。大垣市守屋多々志美術館。そこには守屋多々志先生の代表作、「ウィーンに六段の調べ」が所蔵されている。常設されていないため、限られた特別展だけが鑑賞のチャンスである。
明治期の日本とオーストリアの交流がテーマのこの作品のことは、日本ブラームス協会編「ブラームスの実像」の173ページに詳しい。1887年から3年間、駐ウィーン大使として条約改正に奔走した戸田氏供伯爵の夫人が、山田流筝曲の名手であった。彼女の実演を聴いたブラームスが書き込みを入れた楽譜が楽友協会に伝えられていることを、モチーフに守屋先生が描いたのが「ウィーンに六段の調べ」である。
実際に「日本の旋律」としてウィーンで出版された旋律の実演に接したブラームスが楽譜に修正を施しているというレアな情景。右端のブラームスはおなじみの白髪と髭で、眉間にしわを寄せながら、右手に鉛筆、左手に楽譜だ。芸が細かいのは楽譜が本当に細かく描写されている。4段目以下の楽譜が、先の「ブラームスの実像」の183ページ掲載の楽譜そっくりだ。
伝承を元に、精密な考証を重ね、見てきたようなシーンを絵に描きとめるという守屋先生の作風をもっともストレートに反映した一作だ。
実際に展示場に踏み入ると圧倒された。正面に据えられていたのは高さ180㎝はあろうかという屏風絵だ。お琴が作る斜めの線と、どっしりとくつろぐブラームスの身体が作る線が、V字型をなす大胆巧妙な構図と、伯爵夫人のドレスの紫とが相まって、まるで音がするよう。
さまざまな国の民謡あるいは民族音楽の収集家だったブラームスの面目躍如だ。
西洋絵画の基本的な技法。絵画に描かれた歴史上、伝説上、神話上の人物が誰であるのかを鑑賞者に仄めかすための小物。有名なエピソードからもっともふさわしい物が選ばれるが、動植物であることも多い。聖セシリアでは竪琴、聖母マリアでは百合だったりする。
古今の作曲家についてアトリビュートを決めようと試みる。楽器はなしというルールにする。
ここまで考えて大問題も浮上した。ヴィヴァルディが意外と難しい。パッヘルベルやブクステフーデなど一連の愛すべき人たちも難しい。
「音楽の歴史」といえば歴史的事項のうち音楽関連の記事を抜き出して列挙することで概観することが出来るには出来るが、それだけを見ていると事態を見誤ることもある。抽出もとの歴史を常に参照しながら考察をしないと時代の空気を読みそこなう。「作品史」「様式史」「演奏史」「受容史」などの総称でもある。
同様なことが美術にもあてはまるに決まっている。「美術史」だ。美術ネタを最近連ねていてつくづく感じる。私の「美術史」の知識は「音楽史」に比べて極端に薄い。というより「ゼロ」だ。もしかすると美術史について相応お知識を持ち、それを音楽史とマッチングすることで、音楽そのものへの理解がとりわけ深まるのではあるまいか。
さらに申せば「文学史」でも同様なのではないだろうか。
問題は私の理解力だけのような気がする。ブラームス本人は、文学や美術への興味を隠さなかったと複数の友人が証言している。記事確保の観点からも将来手をつける価値がありそうだ。
クラシック音楽に長く親しんでいるせいか、知らない作品を聴いていても何となく、作曲された時代がわかるときがある。楽器の起用法、和音の進行、伴奏の処理、声部の処理、主題法などからうっすらと想像が出来てしまう。これがおそらく様式感なのだと思う。おうおうにして時代と地域の関数だ。これがある程度判ってくると鑑賞の楽しみが広がる。
作曲家は過去の様式感を吸収しつつ、自らの様式を確立して行くが、個々の作曲家の個性の堆積が、時代の様式感を醸し出し、さらにまたそれが個人に跳ね返る。
時代の様式感と、個人の様式感の隔たりによって、「保守的」と呼ばれたり「進歩的」と呼ばれたりする。ブラームスの様式感は時代の様式感とは少々ズレていて、過去に寄っていたと思われる。だれも見たことが無い未来の様式感には寄り添いようが無いというのは内緒の方向で。
まあまあ美術にももちろん様式感はついて回るには違いないが、知識がゼロだ。
アンゼルム・フォイエルバッハAnselm Feuerbach(1829-1880)のことだ。ブラームスが「美術好きの音楽家」であるのと反対の「音楽好きの画家」である。
もともと若い頃から音楽に親しんでいた。モーツアルト、ハイドン、メンデルスゾーンがお気に入りだったという。ブラームスにとってもストライクゾーンである。だからという訳でもなかろうが、彼はブラームスと直接親交があった。
継母ヘンリエッテと連れだってバーデン・バーデンへ保養に出かけた。そこでクララ・シューマンと知り合ったことがキッカケで、ブラームスとの交流が始まった。ブラームスはフォイエルバッハの作品を愛し、実力が正当に評価されていないと嘆いた。ブラームスの遺品からフォイエルバッハの油彩画が見つかった程だ。
1880年フォイエルバッハはベネチアで客死する。ベネチアで客死するのはかのワーグナーと一緒である。
ブラームスは悲報に接してインスピレーションを得た。「ネーニエ」op82である。残された継母ヘンリエッテに献呈された。シラーのテキストに管弦楽の伴奏を付与した合唱作品だ。出来映えは極上の肌触りと申し上げておく。
ルートヴィッヒ・ミヒャレクという画家だ。晩年のブラームスのお友達らしいが、どうも人物像をつかめない。ミラー・ツー・アイヒホルツ邸での食事にブラームスと同席していたとホイベルガーが証言する程度だ。
死の床に横たわるブラームスのスケッチを残した。スケッチには1897年4月3日の日付が書かれているから、臨終の当日部屋に入ることを許されたと考えられる。それほどのお友達だ。他に最低2つはブラームスの肖像画が伝えられている。
「自室の窓辺にて」という作品がお気に入りだ。ピアノの前に立つブラームスの後方には、開け放たれてた窓。そこには堂々たるカール教会の威容が描かれている。ブラームスと言えば「カールスガッセ」だから、カール教会を取り入れた構図はとても自然である。
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