言ってることとやってることが合わないこと。
大なり小なり誰にでもある。本音と建前の上手な使い分けは世の中遊泳には必要とも思われる。
かつてドイツの音楽界でワーグナー派とブラームス派に分かれて論争が起きていたことがある。相手の派閥の作品の初演を妨害したり、手厳しく論評したり、選挙戦さながらの様相を呈していたらしい。フーゴー・ヴォルフは、「アンチブラームス派」の急先鋒で、ブラームスの諸作品に対して激しい論調で攻撃したとされている。「ブラームスの交響曲全部と管弦楽曲全てを合わせても、リストの交響詩の中のシンバルの一撃の方が音楽性に満ちている」等々である。
ブラームスの伝記には多かれ少なかれこうした論争のことが書かれている。
ところがところがである。CDショップを徘徊していて掘り出し物をゲットした。ブラームスの合唱作品のホルン四重奏編曲のCDである。収録されているのは作品41の4つの男声合唱から1番2番3番と、作品44の12の女声合唱から2番と6番である。帰宅してさっそく聴いた。
クラリネット五重奏曲の例もあるので念のため申し添えるとホルン四重奏は、ホルン4本のアンサンブルだ。なかなか癖になる響きである。何かとホルン大好きなブラームスだから、ブラームスの音楽的志向に逆らっていない。合唱の各パートが忠実にホルンに差し替えられている。編曲の腕の見せ所というよりも、何もしないことに徹した辺りを評価せねばいけないのだろう。「感心感心」というノリで何気なく編曲者を見たら「ヴォルフ」とある。目を疑うとはこのことだ。
ブラームスの作品をコキおろしてきたヴォルフその人の編曲だったのか。よっぽどのブラームス好きでもあまり聴くことがない地味な合唱曲を、これまたホルン4本のアンサンブルに編曲するとは、玄人好みも甚だしい。自らの音楽性を世に問う野心作ではなかろうが、それにしてもである。はっきりって嫌いじゃ出来ないと思う。音楽史に残るべき言行不一致だ。
という具合に色めき立った。念のため英語の解説を必死に読んだ。何のことは無い。それは「Howard Wolf」という別人だった。ご丁寧にイニシャルまで一致している。ちゃんとジャケットにもフルネームで記載して欲しいものだ。一時はどうなることかと思った。
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