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カテゴリー「571 ウィーン」の70件の記事

2022年7月28日 (木)

ウィーン工科大学

ヴィヴァルディの命日がバッハと同じ7月28日だとはしゃいだばかりだ。ヴィヴァルディは1741年7月28日に旅先のウィーンで急死し、同地で一般人扱いで埋葬された。その墓地は既に取り壊されているので墓碑も残っていない。

墓地を取り壊した跡地にたてられたのがウィーン工科大学だ。住所はカールスプラッツ13番地。カール教会至近の位置。ブラームス愛好家にはなじみの地域だ。ブラームスのウィーンの住まいはカールスガッセ4番地で、カール教会とは指呼の間だ。カール教会から工科大学の路地を入ったところにあった。

ブラームス生涯最後の数年の住まいは、ヴィヴァルディの墓地に近いということだ。無理やり見つけたネタ。

 

 

2022年3月11日 (金)

もう一人の財産管理人

音楽之友社刊行の「ブラームス回想録集」第2巻179ページにある話題。ホイベルガーの証言だ。ウィーンのフェリンガー博士がブラームスの財産を管理していると書かれている。ブラームスの財産の管理といえば、友人のフリッツ・ジムロックが有名なのだが、フェリンガー博士も管理を分担していたと受け取れる。

フェリンガー博士は、大企業ジーメンス&ハルスケ社のハプスブルク帝国支社支配人という地位にあるセレブでありながら、家族ぐるみでブラームスと付き合っていた。

ジムロックの本拠はベルリンだったから、同じウィーンにも財産管理人がいたほうが便利だったのかもしれないが、ホイベルガーの勘違いという可能性も心に留めておきたい。

2022年2月23日 (水)

リヒテンタール違い

シューベルトさんはウィーン生まれ。少し詳しい伝記ならリヒテンタールだと書いてある。現在では市内だが、当時は近郊であった。

ところが、ブラームスの伝記にもリヒテンタールが出てくる。こちらはドイツ南西部。保養地で名高いバーデンバーデン近郊だ。クララ・シューマンの避暑地で、ブラームスがしばしば訪れたとされている。

慣れるまでは注意が要る。

2022年2月20日 (日)

ウィーン学派

ウィーン楽派ではない。「学派」だ。細菌学の世界ではコッホやパスツールが有名なせいか、ドイツやフランスが医学の最先端というイメージが強いが、実はウィーンも負けていない。それどころかウィーンは欧州一の医学の中心地だったという話。

1744年にマリアテレジアの侍医としてオランダから招かれたゲルハルト・ヴァン・ズヴィーテンがウィーン学派の開祖と目されている。彼の業績はベッド数12の市民療養所を設けたこと。ここで臨床授業を考案した。入院患者に毎日の検温を実施したのも彼が最初だ。療養所で亡くなった患者全てを対象に検死を始めたのも彼の業績。

やがて皇帝ヨーゼフ2世が総合病院「アルゲマイネスクランケンハウス」を創設する。全入院患者に専用のベッドを用意するという新機軸も打ち出された。ハード面のこうした充実をベースに医学界の俊英たちを次々と輩出した。

  1. イグナーツ・フィリップ・ゼンメルヴァイス 産褥熱の原因特定と治療法の確立。
  2. アードルフ・ローレンツ 先天性股関節脱臼の治療法確立。
  3. カール・ラントシュタイナー 血液型の発見。1930年ノーベル賞受賞。
  4. ユリウス・ワーグナー・ヤウレック 梅毒の末期症状としての神経障害について「マラリア療法」の考案。脳梅毒の症状が患者の体温が高いときに好転するという経験から導き出されたもの。1927年ノーベル賞受賞。
  5. ローレンツ・ペーラー 救急外科外来の父。

ウィーン大学医学部を中心としたウィーン学派の隆盛はナチスの台頭まで続いた。オーストリアのノーベル賞供給基地の異名をとったがナチス政権の発足とともに有力な学者たちが揃ってアメリカに脱出してしまう。

お気づきだろうか。もう一人、大事な人が抜けている。テオドール・ビルロートだ。特筆大書されるべき外科医。がん患者の咽頭あるいは胃の一部切除の方法を考案した功績がまぶしいばかりなのだが、彼はヨハネス・ブラームスの親友だ。ベルリン大学からの招請を断ったことは有名で、ブラームスがいるウィーンを離れたくなかったからだとささやかれてもいるのだが、実はウィーン学派の中枢に残ることにこだわった結果に過ぎない。 

 

 

2022年2月11日 (金)

作曲家生活50年祝賀会

1894年に行われたヨハン・シュトラウス2世の作曲家生活50周年記念祝賀会の話題が、ブラームスとホイベルガーの会話に出現する。音楽之友社刊行の「ブラームス回想録集」第2巻の117ページだ。

せっかくの祝賀会に楽友協会の幹部3人が揃って欠席だった話。その理由にブラームスが言及している。ブラームスはその理由を「許されざる結婚」と称している。ヨハン・シュトラウスの3度目の結婚を指している。2番目の妻リリーが劇場支配人シュタイナーと駆け落ちして、その後アデーレと結婚したのだが、2番目の妻とは死別ではない。カトリックは離婚を認めないから、アデーレとの結婚には道義的な問題が生じるという筋立てだ。

楽友協会の上層部に加え、大臣や政府高官などのVIP、あるいは宮廷の音楽家たちも軒並み出席を見送った他、ウィーン市は名誉市民権も贈らずにお茶を濁した。

カトリックの街ウィーンにとってはゆゆしき結婚だったという訳だ。

2022年1月27日 (木)

MOW

「Memory of World」の略。ユネスコ記憶遺産のことだ。歴史的に意義のある文書を、最新のデジタル技術を駆使して保存して行こうという試みで1995年にスタートした。世界遺産に比べると知名度は低いかもしれない。

登録数最多はドイツの13点で、オーストリアが12点でそれに続くのだが、その12点の中に、ウィーン楽友協会が所蔵するブラームスコレクションなる一群があった。2005年に登録されている。

1897年ブラームスが没したとき、その遺産遺品は遺言により、ほぼウィーン楽友協会に寄贈された。1812年の設立以来「音楽に関するあらゆる史料資料を網羅する」ことを基本方針としてきた同協会はこれを拝受し保存に努めた。歴代の資料館長が綿々と受け継いできた伝統だ。館長の中には、フェルディナンド・ポールやオイゼビウス・マンディチェフスキなど、ブラームス本人と親交の深かった人物が見られる。特にマンデュチェフスキーは、ブラームスの子分のような関係であり、その機知とユーモアが愛されていた上に、ブラームス没のとき、資料館長の座にあった。

マンディチェフスキーからすれば、師匠の遺品を収蔵品に加えることに他ならない。ブラームス自身の直筆譜面、ブラームスが収集した他の作曲家の直筆譜が、同コレクションの白眉となっているほか、ブラームスが収集した出版譜や書籍も膨大な量が残されている。ブラームス宛に送られた著名人からの手紙もほぼ無傷でもたらされた。

これだけでも愛好家にとっては垂涎物だが続きがある。この寄贈を機会に、マンディチェフスキーは、さらにブラームス関連の資料を充実させようと決意した。散逸した資料の買戻しはもちろん、生前ブラームスと親交のあった知人友人からゆかりの品物の寄贈を受けた。

単に音楽的な価値であることに留まらず、ブラームスの生きた時代の社会世相を忠実に反映した第一級史料という価値をユネスコによって正式に認められたということだ。まずはブラームス本人の旺盛な好奇心と、それに立脚する収集癖がベースになり、寄贈を受けた楽友協会の収集方針に一貫性客観性が宿っていたことが大きい。

 

 

 

 

2022年1月23日 (日)

ウィーンの異邦人

北ドイツに生まれて、ドイツ語の話者であったブラームスは1862年に単身で帝都ウィーンに進出する。異国にポッツリやってきた異邦人だったのだろうかと調べてみた。どうも違いそうだ。ハプスブルク帝国は、もともと主要民族だけで10民族を超える多民族国家だったから、その首都にはたくさんの民族が入り乱れていた。

「ウィーン多民族文化のフーガ」という書物に興味深い数値が載っていた。1880年時点におけるハプスブルク帝国内の民族構成比だ。

  1. ドイツ人 26.4%
  2. マジャール人 17.1%
  3. チェコ人 13.7%
  4. ポーランド人 8.6%
  5. ウクライナ人 8.3%
  6. セルビア&クロアチア人 7.7%
  7. ルーマニア人 6.0%
  8. スロヴァキア人 5.0%
  9. スロヴェニア人 3.0%
  10. イタリア人 1.6%

このときの帝国の総人口は3779万人。支配層のドイツ人でもやっと4分の1だ。この26.4%の中にブラームスがカウントされているものと思われる。さらに同じ本の同じページに興味深い資料が掲載されていた。1890年現在のウィーンの出生地別構成比だ。

  1. ウィーン生まれ 44.7%
  2. ボヘミア・モラヴィア(=チェコ)生まれ 26.0%
  3. ウィーン以外のオーストリア生まれ 15.1%
  4. ハンガリー生まれ 7.4%
  5. ドイツ生まれ 1.9%
  6. その他 4.1%

ブラームスはドイツ生まれの1.9%にカウントされていそうだ。ウィーン生まれのドイツ人が相当たくさんいるということもほぼ明らかになる。ウィーンにおいてドイツ語を話している限りブラームスはちっとも異邦人なんかではないと言えそうだ。

 

 

2022年1月22日 (土)

Wahlwiener

よそからやってきてウィーンに住みついてしまった人のこと。ベートーヴェンもブラームスもモーツアルトもそうだ。ヴェネチア生まれでウィーンに没したヴィヴァルディも仲間に入れてもいいかもしれない。音楽の都ウイーンには、ことさら音楽家を引き寄せる魅力があったものと思われる。

この言葉にはいわゆる「よそ者」のニュアンスはなく、快くウィーンに迎え入れたかのような温かみがある。帝都ハプスブルクの1000年の重みだ。

2022年1月21日 (金)

ルエーガー

カール・ルエーガー(Karl Lueger1844-1910)は、オーストリアの政治家。反ユダヤ主義を標榜してウィーン市長になった。ずっと不思議に思っていたことがある。

ブラームスの伝記を読んでいると、ときどきルエーガーが話題になっている。彼の反ユダヤの思想と、ウィーン市長に選ばれたことが話題になる。しかし彼の市長への就任は1897年4月20日だから、ブラームスが没した後だ。ブラームスの葬儀そのときのウィーン市長ではなかった。

このほどその謎が解けた。1895年以降ルエーガーは3度にわたった市長選挙で勝利したにもかかわらず、皇帝フランツ・ヨーゼフ1世が拒否したために、市長への就任が出来なかったということだ。せっかく選挙で勝っても皇帝に拒否権があったということだ。

就任後のルエーガーは現在にも残る改革を次々と実行した。端正な容姿とあいまって市民の人気が高かった。彼の名前をつけた道路が今でも残っている。

2022年1月20日 (木)

ご落胤

「高貴な人物の隠し子」というくらいの意味で間違いはなさそう。美貌の皇后シシィは、窮屈な宮廷生活を避けて旅行に明け暮れたから、ウィーンに残る皇帝とは事実上の別居状態だった。皇帝フランツ・ヨーゼフ1世に愛人がいたという噂はこうした境遇と無縁ではない。

30歳の皇帝に見初められたのは、15歳のアンナ・ナホフスキーという女性。この若さで既婚だった。やがて離婚してまた再婚した彼女は全部で4人の子を産んだ。このうち2番目と3番目の子どもの父親が皇帝だったといわれている。

2番目の子は女の子でヘレーネ、3番目は男の子で、そのものズバリでフランツ・ヨーゼフという。驚くべきはヘレーネで、声楽を学びやがて作曲家アルバン・ベルクの妻となった。グスタフ・マーラーの妻アルマや指揮者ブルーノ・ワルターも手記の中で、ヘレーネの父が皇帝だった可能性に言及しているという。

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