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カテゴリー「573 イシュル」の11件の記事

2016年12月23日 (金)

カイザーヴィラ

オーストリア皇帝フランツ・ヨーゼフ1世がバート・イシュルに所有した別荘。欧州屈指の景勝地イシュルにあって現在もなお最高の観光スポットとなっている。何しろ皇帝が毎夏決まってここを訪れるご利益は計り知れない。行幸は生涯に60回を数えたという。エリザベート皇后も気に入っていたという。

ブラームスもイシュルにはたびたび滞在しているから、皇帝とすれ違うことは無かったにしても、滞在期間の多くは皇帝の滞在とかぶっていたと思われる。

1891年7月3日イシュル滞在中のブラームスは、友人ホイベルガーを誘って帝室庭園を散歩したという。例によって音楽之友社刊行の「ブラームス回想録集」第2巻73ページにある。ホイベルガーの証言だ。ここでいう「帝室庭園」は「カイザーヴィラ」の訳語と見て間違い無さそうだ。

何よりもイシュルは、カイザーフランツがシシィに一目惚れした思い出の場所である。

2016年12月19日 (月)

イシュルの恋

我がブログで「イシュルの恋」などと申せば、ブラームスのロマンスかと紛らわしい。

1853年夏の出来事だ。ブラームスにとってもシューマン邸宅を訪ねる直前の夏、レーメニーと決裂したブラームスは、ゲッティンゲンにヨアヒムを訪ねすっかり意気投合した後、ライン地方に徒歩旅行を企てたのが8月だった。

その8月16日に欧州のセレブが集結する避暑地イシュルでオーストリア皇太子は見合いにのぞんだ。お相手はバイエルン・ヴィッテルスバッハ家の王女でヘレーネといった。見合いの席に王女の妹エリザベートも同席したのが運命の分かれ道だ。皇太子はその妹に一目ぼれした。シシィである。母親どうしが姉妹だから2人はいとこ同士だった。

翌17日夜の舞踏会で、皇太子がダンスに誘ったのは妹のシシィだ。王室の作法を無視してシシィは皇太子の誘いを受ける。当時のしきたりで舞踏会最後の「コチュン」をシシィと踊る皇帝がいた。つまりそれは破格の待遇で、実質的なプロポーズだった。

明くる18日は皇太子の23歳の誕生日。皇太子は母である皇后ゾフィーに、ヘレネではなくシシィを妃にと告げた。驚く母を尻目に話はトントン進む。

19日朝、シシィの結婚承諾書が皇太子のもとに届く。シシィ母娘の滞在するホテルに単独で乗り込んでシシィに接吻を贈る。皇太子にとって最高の誕生日プレゼントはシシィだ。

ヨアヒムと会ってようやく運が回ってきそうなブラームスが、一人ライン地方を単独で徒歩旅行をしていた頃、のちのオーストリア皇帝フランツ・ヨーゼフ1世の恋もまた花開こうとしていた。このことに言及するブラームス関連本は無いと申してよい。エッヘン。

2015年1月22日 (木)

ラムザウアー

ブラームスの立ち寄りが確認されているイシュルのカフェ。1828年創業の老舗で建物が現存しているばかりか営業中でもある。

ブラームスの立ち寄りの目的はヨハン・シュトラウス2世との懇談だったと目される。この店はブラームスのゆきつけではなくて、ヨハン・シュトラウス2世のごひいきだったという。

2014年7月 6日 (日)

廃線マニア

鉄道マニアと一口に言ってもその範囲は広い。「車両」「運転」「特急」「夜行列車」「駅名」「時刻表」「グッズ」「写真」「旅行」「キップ」など、それぞれの分野でのディープな愛好家が存在する。「廃線マニア」もその一つである。かつて鉄道が走っていた痕跡に愛着を感じる人々だと仮に定義する。

今はさびついた線路、朽ち果てた駅舎、かすかに盛り上がった軌道跡、橋脚の名残りまでものが愛好の対象だ。古地図を片手にテクテクと散策という世界である。

1896年5月22日。クララの訃報をイシュルで受け取ったブラームスは急ぎフランクフルトに向かう。グムンデンを経由してヴァルスからパッサウに抜けようと画策したが、ヴァルスで乗り換え損なってリンツまで行くという失態を犯した。地図を広げた直感では、イシュルからザルツブルクに抜けて、そこからミュンヘン経由でフランクフルトを目指す方が効率的にも見えるが、イシュル-ザルツブルク間に鉄道が無いから、グムンデン経由もむべなるかなと一応納得した。

ところが、あれこれと調べているとどうも昔は、イシュル-ザルツブルク間に鉄道が敷かれていたらしい。ヴォルフガング湖南岸をかすめるルートだ。現代のガイドブックでは、ヴォルフガング湖へはバスを利用すると書いてある。1879年代から20世紀初頭まで鉄道があったとされている。つまりクララの訃報を受けたブラームスは、鉄道でザルツブルクへ抜けることも出来たということだ。惜しむべきはこの鉄道が軌道幅1000mmの狭軌で、ザルツブルクでは必ず乗り換えになってしまうということだ。クララにもしものことがあったら、グムンデン経由にすると決めていたに違いない。

2014年6月22日 (日)

避暑地への足

いわゆるザルツカンマーグート線の開通は1877年だった。ウィーンからリンツを経てザルツブルクに抜ける路線は、オーストリアの屋台骨ともいえるルートだから早くに開通していたのだが、途中プヒハイム・アットナングから分岐するザルツカンマーグート線の開通は少し遅れた。ザルツカンマーグート線の途中にあるイシュルは欧州中の名士が集まる大リゾート地ではあるのだが、長らく鉄道が通じていなかった。

王侯貴族といえども、プヒハイム・アットナングからグムンデン経由の馬車でイシュルに向かう手しかなかった。絶景の中ではあるのだがおよそ35kmの山道には難儀したと思われる。むしろマーラーのように自転車の方が気持ちがいいに決まっている。

ブラームスが避暑地にイシュルを選ぶのは1880年が最初である。大リゾート地イシュルの名声は高く、ずっと以前からブラームスの耳に入っていたに決まっているのだが、ブラームスがついにイシュルを選ぶことになったのは、ザルツカンマーグート線の開通によるところが大きいのではあるまいか。

2014年6月13日 (金)

イシュル行き各駅停車

BadIschlは、ブラームスお気に入りのリゾート。夏には古来名士が集う場所だ。ウィーンに本拠地を置いたブラームスにとって、イシュルまでは鉄道で簡単に行ける。本日はウィーンからイシュルまでの駅を列挙する。現代のSバーンすなわち都市近郊路線の駅も先頭に(S)を付して加えておいた。ブラームスの当時Sバーンは、無かったに決まっているが、しからばとばかりその駅まで収載から除くのは危険だ。駅だけは当時から存在していた可能性は念のため考えておきたい。いつものように赤文字はウムラウトを示す。斜め文字はBahnhofで、通常文字はHaltepunkt(小規模な駅)を指す。下線は現代の特急停車駅。

  1. Wien-Westbahnhof ブラームスの自宅があったカールスガッセからはおよそ2.5km離れている。地下鉄なら5つめ。
  2. Wien-Penzing ハイリゲンシュタット方面はお乗換えです。
  3. Wien Hutteldorf 自宅近くのカールスプラッツから地下鉄4号線でここまで来てもいい。
  4. (S)Wien-Wolf in der Au
  5. (S)Wien-Hadersdorf
  6. (S)Wien-Weidlingau
  7. Unterpurkersdorf
  8. (S)Purkersdorf-Gablitz
  9. (S)Untertullnerbach
  10. (S)Tullnerbach-Prssbaum
  11. (S)Pressbaum 何気ないSバーンの駅だが、ここはブラームスゆかりの地。ピアノ協奏曲第2番が作曲されたプレスバウムだ。
  12. (S)Duruwien
  13. Rekawinkel Sバーンの終着駅。つまりここまでがウィーン近郊区間。駅を出るとすぐ最初のトンネルを通る。
  14. Eicgraben-Altlengbach
  15. Unteroberndorf
  16. MariaAnzbach
  17. Hofstadt
  18. Neulengbach
  19. Ollersbach
  20. Kirchstetten
  21. Boheimkirchen
  22. Schidberg
  23. Pottenbrunn
  24. St.Polten Hbf  特急や急行なら最初の停車駅かも。「Hbf」は「中央駅」のこと。
  25. Prinzersdorf
  26. Markersdorf
  27. Grosssierning
  28. Loosdorf
  29. Melk 駅を出るとすぐ、進行方向右手にドナウ川。
  30. Pochlarn 
  31. Krummnusbaum
  32. Sausenstein 右手にドナウが見えるのもここまで。
  33. Ybbs ここからはドナウの支流ヤプス川に沿って。
  34. Neumarkt-Karlsbach 
  35. Hubertendorf
  36. Blindenmarkt
  37. Amstetten
  38. Mauer-Ohling
  39. Aschbach
  40. Krenstetten-Biberbach
  41. St.Peter-Seitenstetten
  42. St.Johan-Weistrach
  43. Haag
  44. Stadt Haag
  45. St.Valentin 急行なら2つ目の停車駅か。
  46. Ennsdorf
  47. Enns
  48. AstenFischng ブルックナーゆかりのザンクトフローリアンにおいでの方はお乗り換えです。
  49. Linz-Pichling
  50. Linz-Ebelsberg
  51. Linz Hbf 急行なら3つ目の停車駅。
  52. Leonding
  53. Pasching
  54. Horsching リンツ空港においでのかたはこちらが便利です。
  55. Offering
  56. Marchtrenk
  57. Wels Hbf クララの訃報に接し、フランクフルトに向かうブラームスが乗り換える予定だった駅。6つ先の51番リンツまで乗り過ごした。ここからドナウ川沿いに北西に走ってパッサウからドイツに入るはずだった。
  58. Gunskirchen
  59. Lambach
  60. Lambach-Markt
  61. Neukirchen
  62. Breitenschutzing
  63. Schwannenstadt
  64. Attnang-Puchheim ここから西部線と分かれて、いわゆるザルツカンマーグート線に入る。
  65. Wankham
  66. Aurachkirchen
  67. Pinsdorf
  68. Gmunden 現在ブラームス博物館がある。当時は知人が住んでいた。
  69. Altmunster ここより進行方向左手にトラウン湖が見える。
  70. Traukirchen
  71. Traukirchen-Ort
  72. Ebensee-Landungsplatz トラウン湖が見えるのはここまで。
  73. Ebensee 標高428m。ここからは右手にトラウン川の流れを見ながら走る。
  74. Steinkogl
  75. Lahnstein
  76. Langwies
  77. Mitterweissenbach
  78. Bad Ischl 標高468m。ウィーンから287.4km。現代の特急に乗ればおよそ3時間20分で来ることができる。

ご乗車お疲れ様でした。ワールドカップ開幕を祝うガチンコ記事。

2011年7月18日 (月)

ブラームスゆかりの街

ブラームスの伝記に深く親しんでいると、ブラームスと特に関係の深い街があるとわかる。ブログ「ブラームスの辞書」ではこのほど以下の通り「ブラームスゆかりの街30選」を選定した。

  1. ハンブルク ★★★★★ ブラームスの故郷。1862年29歳でウィーンに出るまでこの街で過ごした。名誉市民でもある。
  2. ウィーン ★★★★★ 1862年から1897年に没するまで35年過ごした。1年のうち4ヶ月は避暑のためにウィーンを離れるものの蜜月関係は疑えず、中央墓地に埋葬されている。
  3. デュッセルドルフ ★★★★☆ 1853年二十歳のブラームスがシューマン邸を訪問して音楽史が変わった。シューマン投身の報を聞いてブラームスが馳せ参じた街。
  4. イシュル ★★★★☆ 避暑地として最多の滞在。楽壇の重鎮はここでも人気者。
  5. フランクフルト ★★★★クララシューマン臨終の地。クララの家で最後の対面が実現した。
  6. バーデンバーデン ★★★★ クララの別荘があった。1862年から10年間ほぼ毎年訪れた。イシュルと双璧をなすお気に入り。
  7. ブレーメン ★★★★ ドイツレクイエム初演の地。
  8. ペルチャッハ ★★★★ 第2交響曲作曲など一連傑作群を生んだ。
  9. ゲッティンゲン ★★★☆ ヨアヒムと学びアガーテと出会う。
  10. デトモルト ★★★☆ クララの斡旋によるはじめて就職した宮廷。
  11. マイニンゲン ★★★ 第4交響曲初演。宮廷楽壇の機能を丸ごと貸与したビューローの功績とともに。
  12. ボン ★★★ シューマン夫妻埋葬の地。エンデニヒにも近い。
  13. カールスルーエ ★★★ 第一交響曲初演。「宮廷劇場」
  14. ライプチヒ ★★★ ピアノ協奏曲第1番不評。クララの父にも会っている。
  15. カルロヴィヴァリ ★★☆ 肝臓の治療に訪れた。
  16. ブレスラウ ★★☆ ブレスラウ大学より名誉博士号受諾。
  17. ミュルツツーシュラーク ★★☆ 第4交響曲作曲。火災の救援に参加。
  18. トゥーン ★☆3度の夏を過ごしたスイスの保養地。
  19. ヴィースバーデン ★☆第3交響曲作曲の地。
  20. ザスニッツ ★☆ 第1交響曲作曲の地。 
  21. プレスバウム ★ ピアノ協奏曲第2番作曲の地。
  22. トゥツィング ★弦楽四重奏曲第1番2番作曲の地。
  23. ブダペスト ★ マーラーのドンジョヴァンニを聴いた。
  24. ハノーファー ★ シューマン投身の報をココで受ける。
  25. リューデスハイム ★ベッケラートの家がある。
  26. ケルン ☆ ダブルコンチェルト初演。
  27. グムンデン ☆ 初のブラームス博物館。
  28. ベルヒテスガーデン ☆ 大学祝典序曲ピアノ版初演。相手はクララ。
  29. リシュリコン ☆ 第一交響曲を作曲。
  30. ワイマール ☆ リストの前で居眠りしたという。 

2011年4月10日 (日)

甘い果実

1891年イシュルにブラームスを訪問したマーラーは、それを友人に手紙で報告している。

その中で、マーラーはブラームスを「節くれだってごつごつとした老木だが、甘い果実を結ぶ」と表現している。鬱蒼と葉を茂らせたたくましい幹を見るのは楽しみだとも言っている。

30代そこそこのマーラーの60歳に近づいたブラームス評として興味深い。

同じ手紙の中で「我々のやりとりは友情とは言えない」とも言い添え、ブラームスに気に入られそうな面だけを出すようにしていると明言している。

おそらくブラームスに近づいたのは下心もあったに違いない。ウィーン宮廷歌劇場のポストを狙うマーラーにとっては、ブラームスの覚えめでたいということが不可欠なのだと感じる。

2011年4月 3日 (日)

トラウン川のさざなみ

ブラームスとマーラーの関係を論ずる際、しばしば引用されるエピソードがある。

ブラームスの夏の避暑地イシュル近郊で2人は散歩に出る。マーラーは傍らのブラームスに、「きれいな波が来ていますよ」とトラウン川を指さす。「新しい音楽の流れです」と切り出す。ブラームスは「ほほう」とばかりにマーラーが指し示す方角に目を凝らして「きれいだね」と大人の対応をする。「けれども、あの波が沼に注いで淀むのか、大海に達するのかが大切ではないかね」とチクリだ。

若きマーラーは自信に満ちて、楽壇の重鎮ブラームスを前にしても臆するところもない。「新しい流れ」を自らになぞらえ、ブラームスから同意を引き出すための先制攻撃に出た。

迎え撃つブラームスは、マーラーの中央突破をサラリと交わしつつ、肩の力の抜けた対応だ。川面の波を自らになぞらえたマーラーの寓意を受け止め、川の対照としての大海を持ち出す。ベートーヴェンの有名な例え「バッハは小川(Bach)ではなく、大海と称するべきだ」を踏まえている可能性も感じてしまう。「きれいはきれいだが、大切なことは他にある」とキッパリである。

マーラーという波が大海に注いだのかどうか、ブラームスが自分で確かめるには残された時間が少し短すぎた。

2011年4月 2日 (土)

サイクリング

気候の良いシーズンに、景色の良いところを自転車で遠乗りするのは気持ちがいい。

1893年から1896年にかけて毎夏、ハンブルク市立歌劇場指揮者だったグスタフ・マーラーはオーストリア・アッター湖東岸のシュタインバッハの別荘に住んだ。作曲に専念するためだったので作曲小屋と呼ばれている。2番目と3番目の交響曲が生まれたことで名高い。

マーラーがこの地を選んだのは訳がある。ウィーン宮廷歌劇場指揮者に就任するための周到な準備の一環として、ブラームスへの接近を図ったのだ。このシュタインバッハはブラームス晩年の避暑地バート・イシュルに近いのだ。マーラーはしばしば作曲の合間を縫ってブラームスをイシュルに訪ねた。イシュルまで片道25km弱の道のりを自転車で通ったという。

シュタインバッハを出てアッター湖東岸を南下する。約4kmのヴァイシェンバッハでアッター湖畔から離れて東南東に伸びる峠道に入る。ヴァイシェンバッハ川沿いに遡るということだ。ヘレン山脈南麓を進むこと12kmでミッテルバイシェンバッハに到達。ここからはトラウン川に沿って南西に向かい、6kmでブラームスのいるイシュルに着く。あたり一帯はザルツカンマーグートと呼ばれるオーストリア屈指の景勝地だ。往復50km近い道のりも30代半ばのマーラーには、心地よいサイクリングだったに違いない。

マーラーの心地よいサイクリングはブラームスの知遇を得るためだ。ウィーン宮廷指揮者就任の後ろ盾を求めての銀輪行。後にマーラーは「ブラームスの気に入りそうな面だけを見せるよう心がけた」と友人に語っている。百も承知のブラームスは、作曲はともかく指揮者としての才能を認め、協力を約束したという。

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フォト

ブラームスの辞書写真集

  • Img_0012
    はじめての自費出版作品「ブラームスの辞書」の姿を公開します。 カバーも表紙もブラウン基調にしました。 A5判、上製本、400ページの厚みをご覧ください。
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