ブラームス神社

  • 道中安全祈願

おみくじ

  • テンプレート改訂しました

独逸日記

  • ドイツ鉄道博物館のおみやげ
    2012年3月28日から4月4日まで、次女の高校オケのドイツ公演を長男と追いかけた珍道中の記録。厳選写真で振り返る。

ビアライゼ

  • Schlenkerla
    自分で買い求めて賞味したビールの写真。ドイツとオーストリアの製品だけを厳選して掲載する。

カテゴリー

カテゴリー「633 演奏会」の33件の記事

2021年10月15日 (金)

興奮冷めやらぬ

レーゼル先生のピアノサロンの続き。90分の中、話がブラームスに及んだ瞬間が1度あった。

モスクワ音楽院での修行からドイツに戻った当時、先生はロシア物の弾き手と思われていた。そんな中、共産圏特有の国策レコード会社ドイツシャルプラッテンからドイツ物のオファーが来たという。これまた国策でドイツ作曲家の作品を片っ端から録音するというプロジェクトを進めるためにレーゼル先生に白羽の矢が立ったということだ。そこそこ弾けて若いということが決め手だったとご本人が謙遜気味におっしゃっていた。

そうしたプロジェクトの中にブラームスがあって、それらは一部LPもあったがCDとして80年代には日本にも輸入されていた。共産圏の国策としての外貨獲得の側面もあったに違いない。

19歳でブラームスに目覚め、片っ端からブラームス作品を聴くためにCDを物色ていた私の目に留まるのも当然だ。何しろ当時ブラームスのピアノ作品全てがCDで入手可能なピアニストはまれだった。当然私はレーゼル盤を取り揃えたが、先生20代のその録音は長く私のスタンダードとなった。思うに「最高のブラームス弾き」であると。

今回のサロンコンサートはそのレーゼル先生を生で見ることが出来る機会となった。最後の来日ともいわれていてつくづく貴重だ。ブラームスは先生の広大なレパートリーの一角に過ぎないこともわかった。

あの夜のモーツアルトのソナタをきっと一生忘れない。言葉にしたら壊れてしまう思い出としてそっととっておく。

泣きたい。最後だなんておっしゃらないでくれ。

 

 

2021年10月14日 (木)

レーゼルのピアノサロン

10月11日に都内紀尾井ホールに行ってきた。ペーター・レーゼル先生のトークショウを聞くためだ。通訳を交えての90分。緊急事態宣言明け間も無いこのタイミングで一生の思い出のためにと予約しておいた。

進行役と通訳を兼ねた松本和子先生とレーゼル先生が2人ステージに並んで座る。後ろにはスタインウエイが鎮座する。ラフな服装の上にマスクをかけておられるせいかグッと身近に感じられる。つい最近の地震の話、昨今のコロナの話に始まって、次第に音楽の話題に移ってゆく。あらかじめ列席者から寄せられた質問を交えながら滑らかに話題が展開する。

  • ベートーヴェンとは
  • 指揮者クルトマズア
  • 指揮者ザンデルリンク
  • 東ドイツの録音事情
  • ピアノ演奏におけるドイツとロシアの違い
  • ショパンとは
  • 日本人のピアニストについて
  • 最近の若いピアニストについて

先生の経歴にモスクワ音楽院での研鑽があり、共産圏特有の事情も色濃く反映するエピソード満載だった。謙虚で冷静な印象は片時も崩れなかった。賞賛を強調し批判は超遠回しに最小限という感じ。一番印象に残ったのは、最近のピアニスト評だ。「テクニック的にはみな申し分ない」とおっしゃる一方で、昨今の録音ソースの過剰さが気になると。名演の録音ばかりを聞いてそれが上手に転写されただけのコピーが氾濫すると嘆いておられた。演奏に際しては楽譜から読み取ることが第一で、録音を聞いてばかりではその録音のコピーが仕上がるだけになる。作曲家の思いを正確に読み取ることが大切と。

実演はラフマニノフの楽興の時から1曲と、最後にモーツアルトのイ長調のソナタ。結局全楽章聞かせてもらえた。第一楽章の変奏曲が始まった時震えた。慣れ親しんだ「トルコ行進曲付」だというのに、そりゃあもう凄い。言葉になんかならない。

言葉にしないとブログにならないのだが、どうにも言葉は無力。どうにもならん。

90分がアッという間。二人が舞台袖に立ち去りそうになった時、レーゼル先生が何か言いた気に立ち止まる。「本日のこの貴重な時間は通訳の素晴らしい進行のおかげです」と。照れくさそうに通訳する松本先生に拍手を向けさせるという振る舞い。そう、こうした人柄通りのモーツアルトだった。

 

2021年10月 4日 (月)

ブラームスその愛と死

一昨日都内白寿ホールに出かけた。演奏会のタイトルが「ブラームスその愛と死」だった。メゾソプラノ小山由美先生、伴奏が佐藤正浩先生。もうずっと前、ブログ上の歌曲特集が始まった頃にチケットを予約して楽しみに待っていた。ちょうど台風一過に緊急事態宣言の解除も重なるという奇遇にも恵まれた。プログラムは下記。

  1. その谷の下で
  2. 僕の娘はバラ色の唇
  3. お姉さん
  4. 静かな夜に
  5. 日曜日
  6. 2人はそぞろ歩いた
  7. 湖上で
  8. サフォーの頌歌
  9. 甲斐なきセレナーデ
  10. 教会墓地で
  11. 雨の歌
  12. 永遠の愛
  13. 人に臨むことは
  14. 私は全てを見る
  15. おお死よ
  16. たとえ私が

伴奏の佐藤先生が進行役も兼ねている。声を張り上げるでもなく、淡々と適度なユーモアも織り交ぜて知らず知らずに聴衆を引き込んでゆく。4曲、5曲、3曲の塊に意図を持たせ、その間を素晴らしいトークが繋ぐ。ブラームスがオペラを書かなかったのは「低い側の声が好みだったから」という興味深い仮説も披露された。全く同感 だ。お人柄まで想像されるトークなのだが、やがてそれがピアノ伴奏にも色濃く反映していると思い知る。

さて小山先生。プログラムの進行は佐藤先生に任せ演奏に集中するが、ステージ奥壁面に投影されるテキストの日本語訳がご自身の執筆だということで理解を助けてくれる。深々という表現がまさにあてはまる歌声。とことん練り上げられた「愛と死」というテーマにふさわしい選曲なのだが、それもこの声があってこそだ。上記12番の後に休憩が来る。休憩明けには「4つの厳粛な歌」しかない。ステージの照明は抑えられ、小山先生は黒のドレスに着替えていた。この時点でもう我々は演奏者の掌中にいる。全てが意図されていてなおかつ、演奏者二人の間に完全な合意ある。でなければ絶対にできない演奏だった。台風一過、緊急事態宣言明けとのタイミングの一致は神様まで、この合意に加わっていることの証明に違いない。

「4つの厳粛な歌」の後、ようやく小山先生が聴衆に語りかけた。「コロナ禍のこんな中、お運びいただきありがとうございます」という切り出し。本当はお一人お一人の手を取ってお礼したいけれでもそうもいかないので、最後に「子守歌」を歌ってお別れしますと。

名高いブラームスの子守歌が披露された。「愛と死」と銘打ったコンサート。「死」と真正面から向き合った「4つの厳粛な歌」の後、「子守歌」を聴いて「愛と死」とは、実は「生」のことだと実感した。

凄いコンサート。

2021年8月13日 (金)

リーダーアーベント

「Liederabend」と綴られるドイツ語。「歌曲の夕べ」と訳されている。ドイツリートで構成される演奏会に冠せられる。同様に「室内楽の夕べ」「ソナタの夕べ」というようなヴァリエーションも見受けられる。「交響曲の夕べ」「コンチェルトの夕べ」もあるにはあるが、あまり編成の大きい作品ではなじまない気もする。「アリアの夕べ」はありでも「オペラの夕べ」「ワーグナーの夕べ」ではしっくりこない。

なんといっても「歌曲の夕べ」だ。プログラムに朝や昼の歌が入っていてもいい。

独唱者、ピアノ伴奏者が、歌曲数曲を披露するという形式の演奏会が広く一般化するのがシューベルトの時代だという。ドイツの詩人によるドイツ語のテキストにピアノ1台による伴奏を施した作品群が成立することで出現した。当時の第一人者でありシューベルトの理解者であり後援者であり友人であったフォーグルあたりが「歌曲の夕べ」を立ち上げたと見ていい。これに次いで歌曲集を一括して一夜で演奏することを定着させたのがブラームスのお友達でもあるシュトックハウゼンだ。

歌手にとっての仕事場の拡大という視点も見逃せぬ。教会とオペラに次ぐ有力な市場の出現だ。何といってもローコストで会場は小さくていい。いやむしろ小さい方がいい。「歌曲の夕べ」という言い回しにはそのほうがふさわしい。「歌のある室内楽」かも。

開演時間が夕方に限られるのかどうか確認を怠っている。

 

 

2019年11月29日 (金)

BWV540

1862年11月29日ウィーン。ブラームスが本格的にウィーンに進出して最初のリサイタルのあった日。初めてウィーンの聴衆に聴かせるためにブラームスはバッハを選択する。それがオルガンのためのトッカータとフーガヘ長調BWV540より前奏曲だ。もちろんブラームスはピアノを弾いた。自らがピアノ独奏用に編曲した。楽譜をお持ちの人は是ご覧いただきたい。この作品冒頭から55小節間、主音「F」が低いところで鳴り続ける。オルガンで言うところの「ペダル音」だ。その上に右手を左手が2小節遅れて追いかけるカノンになっている。オルガンならばペダル踏みっぱしで済むのだが、それをピアノに編曲するとどうなるのだろうと、大きなお世話をしたくなる。

困ったことに、この編曲、現存していない。

2019年11月21日 (木)

ラストステージ

1891年3月21日クララ・シューマンの最後のコンサートがあった。これ以降人前で弾いていないということだ。クララはこのとき71歳である。

演奏された曲の中に、ブラームスがあった。「ハイドンの主題による変奏曲」op56bだ。2台のピアノ用なのだから、誰か相棒がいたはずだ。フランクフルト音楽院におけるクララの同僚が弾いたらしいが、名前は突き止めきれていない。

バッハの誕生日に合わせたなどとということは妄想だろうか。

2019年11月11日 (月)

墓碑の完成披露

ボンの中央墓地にあるシューマンの墓には立派な墓碑がある。有名な墓碑だから写真くらいは見たことがある人も多いだろう。設立の費用4000ターラーは、チャリティー演奏会からの上がりでまかなわれた。この金額はエンデニヒへの入院費用8年分に相当する大金だ。

クララが月桂冠を捧げ持っている。この墓碑の建立は1880年5月2日だ。除幕式に際して演奏会が催された。

  • シューマン 「ミニヨンのレクイエム」
  • シューマン 「交響曲第3番」
  • ブラームス ヴァイオリン協奏曲 独奏:ヨーゼフ・ヨアヒム

管弦楽を指揮したのが他でもないブラームスその人。弱冠二十歳のブラームスをシューマンが楽壇に紹介してから27年、ブラームスは既にその道の泰斗になっていた。記念演奏会で、シューマン本人以外で唯一取り上げられたのがブラームス作品だったこと、それを指揮したのがブラームスだったことは象徴的だ。シューマンの後継者たる地位の追認に他なるまい。

2019年10月24日 (木)

バーター取引

交換条件とでも申してよいのだろうか。加えて「金銭の授受」を介さぬ取引という意味も含んでいると思われる。

ブラームスがまだ駆け出しの作曲家だった頃、出版はされたもののなかなか演奏機会に恵まれない時期もあった。1860年代前半つまりドイツレクイエム初演以前だ。当時は楽壇での知名度影響力の面では、クララの方が圧倒的に上だった。夫ロベルトの作品普及に注いだのと同様の熱意で、ブラームス作品をアピールしたのがクララだった。

1860年、クララはウィーンでチャリティー演奏会への出演を依頼された。これに同意したクララは一つ条件を持ち出す。ブラームスの「管弦楽のためのセレナーデ第1番」ニ長調op11が演奏されることを求めたのだ。クララは、こうした条件提示がブラームス本人に漏れないよう、関係者に口止めすることも忘れていなかった。この手の援助をブラームスがあまり好まないことをよく知っていたからだ。一方で、どんなに仲間内で高く評価されても、それが大衆の面前で演奏されなければ意味が無いことも、肌で感じていたクララだった。

つまりこれがクララのバーター取引だ。

後年、1870年頃ハンブルクフィルハーモニー協会の監督が、またしてもブラームスを素通りした折、抗議の意味でハンブルクでのコンサートをキャンセルしたこともあったという。

2019年10月 7日 (月)

雨の歌を聴きに

一昨日、ヴァイオリンソナタ第一番を聴きに行った。竹澤恭子先生の演奏だ。

クララ・シューマンのヴァイオリンとピアノのためのロマンスで始まったのは今年が生誕200年だからに違いない。そして「雨の歌」が続く。休憩後はショーソンやクライスラーなど。率直な印象としては、休憩後に長いアンコールがあった感じ。

それはそれはもう期待以上のブラームスだ。おそらく構成上の山場は第二楽章なんだろう。全てそこからの逆算で成り立っていた印象だ。暖かくて深くて。第三楽章の途中で再現したときは鳥肌がたった。音がきれいだからどんな曲にも説得力がと言ってしまっては元も子もない。ブラームスってやはり深いなと再確認させてもらった。

2019年8月 6日 (火)

驚きのコンサート

1835年8月6日だから、今から184年前の今日のことだ。

 

ライプチヒ聖トマス教会で、オルガン演奏会が開かれた。演目は下記の通り。

<第一部>

  • バッハ 前奏曲とフーガ 変ホ長調BWV552
  • バッハ コラール「装え、おお愛する魂よ」BWV654
  • バッハ 前奏曲とフーガ イ短調BWV543

<第二部>

  • バッハ パッサカリア ハ短調BWV582
  • バッハ パストラーレ ヘ長調BWV590
  • バッハ トッカータとフーガ ニ短調BWV565

堂々たるオールバッハプログラムだ。シューマンはこの演奏会の様子をクララに書き送っている。オルガニストはメンデルスゾーンである。メンデルスゾーンの発案によるバッハ記念碑建立のためのチャリティ―演奏会。この手のチャリティーコンサートが3度あったうちの初回だ。

これによって建てられたのが以下の記念碑だ。

 

20180811_061910
20180811_061618
すぐそばにメンデルスゾーンの像もある。

ブラームスは2歳そこそこだった。

その他のカテゴリー

001 用語解説 002 ドイツ旅行① 003 ドイツ旅行② 004 ドイツ旅行③ 050 空席状況 051 お知らせ 052 総集編 053 アラビアンナイト計画 054 セバスチャン 055 令和百人一首 056 拾葉百首 060 ブラームス神社 061 縁起 063 賽銭 070 ドイツ分室 071 地名辞書 072 地名探検 073 地名語尾辞典 074 地名語尾 075 ドイツ語 076 ドイツ方言 077 ドイツ史 078 ハプスブルク 079 人名辞典 080 イベント 081 謝恩クイズ 082 かるた 083 のだめ 084 お盆 085 中国出張 086 英国研修 087 ブログ出版 088 意訳委員会 089 ドヴォルザークイヤー総集編 090 ドヴォルザーク作品一覧 092 暦 093 バロック 094 ドイツバロック 095 イタリアンバロック 100 作曲 101 編曲 102 楽譜 103 音符 104 楽語 105 テンポ 106 音強 107 拍子 108 調性 109 奏法 110 演奏 111 旋律 112 音型 113 リズム 114 和声 115 対位法 116 形式 117 編成 118 ヘミオラ 119 テキスト 120 ベースライン 121 再現部 122 微調整語 123 語彙 124 表情 125 伴奏 126 ジプシー音楽 140 ソナタ 141 変奏曲 142 フーガ 143 ロンド 144 コラール 145 間奏曲 146 スケルツォ 147 ワルツ 148 レントラー 149 緩徐楽章 150 セレナーデ 153 カプリチオ 154 トリオ 155 序奏 156 シャコンヌ 157 メヌエット 158 舞曲 159 カンタータ 160 ブラームス節 161 分布 162 引用 170 楽器 171 ピアノ 172 ヴァイオリン 173 ヴィオラ 174 チェロ 175 コントラバス 177 オーボエ 178 クラリネット 179 ファゴット 180 ホルン 181 トランペット 182 トロンボーン 183 チューバ 184 ティンパニ 185 トライアングル 186 チェンバロ 187 オルガン 190 鍵盤楽器 191 弦楽器 192 木管楽器 193 金管楽器 194 打楽器 195 メゾソプラノ 196 アルト 200 作品 201 ピアノ曲 202 歌曲 203 器楽 204 室内楽 205 交響曲 206 協奏曲 207 管弦楽曲 208 合唱 209 重唱 210 民謡 211 オルガン 212 オペラ 213 カノン 214 連弾 215 練習曲 216 学生歌 230 ドイツレクイエム 231 交響曲第1番 232 交響曲第2番 233 交響曲第3番 234 交響曲第4番 235 大学祝典序曲 236 ヴァイオリン協奏曲 237 ピアノ協奏曲第1番 238 ピアノ協奏曲第2番 239 二重協奏曲 248 弦楽六重奏曲第1番 249 弦楽六重奏曲第2番 250 ピアノ五重奏曲 251 クラリネット五重奏曲 252 弦楽五重奏曲第1番 253 弦楽五重奏曲第2番 254 弦楽四重奏曲第1番 255 弦楽四重奏曲第2番 256 弦楽四重奏曲第3番 257 ピアノ四重奏曲第1番 258 ピアノ四重奏曲第2番 259 ピアノ四重奏曲第3番 260 ピアノ三重奏曲第1番 261 ピアノ三重奏曲第2番 262 ピアノ三重奏曲第3番 263 ホルン三重奏曲 264 クラリネット三重奏曲 265 ヴァイオリンソナタ第1番雨の歌 266 ヴァイオリンソナタ第2番 267 ヴァイオリンソナタ第3番 268 チェロソナタ第1番 269 チェロソナタ第2番 270 クラリネットソナタ第1番 271 クラリネットソナタ第2場 272 FAEソナタ 300 作曲家 301 バッハ 302 シェーンベルク 303 ドヴォルザーク 304 ベートーヴェン 305 シューマン 306 メンデルスゾーン 307 モーツアルト 308 ショパン 309 シューベルト 310 ワーグナー 311 マーラー 312 チャイコフスキー 313 Rシュトラウス 314 リスト 315 ヘンデル 316 ヴィヴァルディ 317 ヴェルディ 318 ヨハン・シュトラウスⅡ 319 ビゼー 320 ブルックナー 321 ハイドン 322 レーガー 323 ショスタコーヴィチ 324 テレマン 325 ブクステフーデ 326 パッヘルベル 327 シュメルツァー 328 フローベルガー 330 プレトリウス 331 シュッツ 350 演奏家 351 クララ 352 ヨアヒム 353 ミュールフェルト 354 アマーリエ 356 ビューロー 357 クライスラー 358 ヘンシェル 362 シュットクハウゼン 400 人物 401 ファミリー 402 マルクゼン 403 ジムロック 404 シュピッタ 405 ビルロート 407 ビスマルク 408 ハンスリック 409 フェリクス 411 マンディ 412 ヴィトマン 416 カルベック 417 ガイリンガー 418 エルク 419 グリム兄弟 420 森鴎外 421 ルター 422 源実朝 431 アガーテ 432 リーズル 433 マリエ 434 ユーリエ 435 オイゲーニエ 436 ベルタ 437 リースヒェン 438 オティーリエ 439 シュピース 440 トゥルクサ 441 バルビ 442 シシィ 443 メルケル 500 逸話 501 生い立ち 502 性格 503 学習 504 死 505 葬儀 506 職務 507 マネー 508 報酬 509 寄付 510 顕彰 511 信仰 512 友情 513 恋 515 別れ 516 こだわり 517 癖 518 読書 519 リゾート 520 旅行 521 鉄道 522 散歩 523 食事 524 ワイン 525 タバコ 526 コーヒー 527 趣味 528 手紙 529 ジョーク 530 習慣 531 住居 532 恩人 533 指揮者 534 教師 535 暗譜 536 美術 537 ビール 550 楽友協会 551 ジンクアカデミー 552 ハンブルク女声合唱団 553 赤いハリネズミ 554 論争 555 出版社 556 初版 557 献呈 558 伝記 559 初演 560 校訂 571 ウィーン 572 ハンブルク 573 イシュル 574 トゥーン 575 デトモルト 576 ペルチャッハ 577 ライプチヒ 578 デュッセルドルフ 579 フランクフルト 580 ベルリン 581 アイゼナハ 582 リューベック 583 ニュルンベルク 590 イタリア 591 イギリス 592 チェコ 600 ブログMng 601 運営方針 602 自主規制 603 アクセス 604 検索 605 カテゴリー 606 記事備蓄 607 創立記念日 608 ブログパーツ 609 舞台裏 610 取材メモ 611 マッコークル 613 一覧表 614 課題 615 カレンダリング 616 ゴール 617 キリ番アクセス 618 キリ番記事 630 記念 631 誕生日 632 命日 633 演奏会 634 正月 635 ヴァレンタイン 636 クリスマス 637 ブラームス忌 638 ブラスマス 639 クララ忌 641 愛鳥週間 642 ランキング 699 仮置き 700 思い 701 仮説 702 疑問 703 お叱り覚悟 704 発見 705 奇遇 706 区切り 707 モチベーション 708 演奏会 709 感謝 710 よろこび 711 譜読み 712 音楽史 720 日本史 721 日本人 722 日本語 723 短歌俳句 724 漢詩 725 三国志 727 映画 728 写譜 730 写真 731 数学 732 レッスン 733 ビートルズ 740 昔話 741 仲間 742 大学オケ 743 高校オケ 760 家族 761 父 762 母 763 妻 764 長男 765 長女 766 次女 767 恩師 780 スポーツ 781 野球 782 駅伝 783 バスケットボール 784 サッカー 785 アントラーズ 786 バドミントン 790 コレクション 791 CD 792 ipod 793 楽譜 794 書籍 795 グッズ 796 愛器 800 執筆の周辺 801 執筆の方針 802 ブラダス 803 校正 804 譜例 807 パソコン 808 ネット 809 ドボダス 810 ミンダス 820 出版の周辺 821 パートナー 822 契約 823 装丁 825 刊行記念日 840 販売の周辺 841 お買上げ 842 名刺 860 献本 861 ドイツ国立図書館

フォト

ブラームスの辞書写真集

  • Img_0012
    はじめての自費出版作品「ブラームスの辞書」の姿を公開します。 カバーも表紙もブラウン基調にしました。 A5判、上製本、400ページの厚みをご覧ください。
2022年8月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      
無料ブログはココログ