ヴァレンタインスルー
昨日の記事で、ヴァレンタインデーネタには触れもしなかった。
1207年2月14日、結婚を禁じるローマ皇帝に反抗して処刑された司祭ヴァレンチノを慕う日が、恋の縁日化として定着したもの。チョコの贈答も女子主体もほぼほぼ日本だけの現象だという。
バッハが気の利いたモテットでも残してくれていればよかったのに。
昨日の記事で、ヴァレンタインデーネタには触れもしなかった。
1207年2月14日、結婚を禁じるローマ皇帝に反抗して処刑された司祭ヴァレンチノを慕う日が、恋の縁日化として定着したもの。チョコの贈答も女子主体もほぼほぼ日本だけの現象だという。
バッハが気の利いたモテットでも残してくれていればよかったのに。
中世ドイツにおける狩は、いやいや19世紀においてさえしばしば貴族のたしなみだったという。彼らが狙う獲物の代表が鹿だ。ドイツ語で「Hirsch」(ヒルシュ)という。多くの場合、鹿は「Schwarzbraun」と形容されている。「黒褐色の鹿」だ。男性名詞である点にさえ目を瞑れば「つぶらな瞳」「黒褐色の毛」「か細い足」を持つ鹿は、しばしば若い女性を象徴することとなる。一方貪欲にどこまでも鹿を追い詰める狩人は、つまり男性を象徴するのだ。
ブラームスの「少女はばら色の唇」WoO33-25は、恋人を象徴する5つの色がまばゆい民謡だが、そこで「Scwarzbraues Magdelein」は、黒褐色の(髪を持つ)女と表現されていて、鹿を形容する言い回しと一致する。
一方「おいらは鹿を討つ」(Ich schiess den Hirsch)というドイツ民謡では勇壮な1,2番の歌詞が3番では、瞬時に恋の胸のうちを明かす歌詞に転ずる。
「Schwarzbraun」と形容されるものがもう一つある。「Bier」だ。まさに「Das schwarzebraunen Bier」というタイトルの学生歌がある。「Schwarzbraun」という切り口で「鹿」「女」「ビール」という具合に容易に連想が発展する。そのせいでもなかろうが、狩をテーマとする民謡の多くが、学生歌に転用されている。私にも覚えがある。学業そっちのけで音楽に打ち込んでいたというのは表向きで、実は女性との語らいやコンパが楽しみでもあった。現代日本ではキャンパスの鹿狩どころか、狩人が草食化してしまっているらしい。
しかし本日に限って黒褐色といえばチョコレートがふさわしい。
「Ophielia Lieder」とタイトリングされた5つの独唱歌曲である。1873年の作品だがブラームスの生前には出版されなかった。1933年にガイリンガーの手により陽の目を見た。
テキストはかの名高いシェークスピアの「ハムレット」である。オフィーリアは主人公ハムレットの恋人の名だ。
テキストの悲劇ぶりを反映して全体に陰鬱な響きに満ちているが、中央に位置する第3曲だけがト長調の明るい束の間を約束する。
何とこの第3曲は「聖ヴァレンタインの日」を歌っている。聖ヴァレンタインははるか昔の聖人の名で、恋人たちの守り神だという。
現代日本では中元歳暮に次ぐ第3の贈り物市場を形成するに至っている。
本日ヴァレンタインネタを発信するブログは少なくないと思うが、ブラームスにヴァレンタインネタがあったという話はそう多くあるまい。
主人公が苦難を乗り越えてお姫様を救出する物語は数多い。大抵は救出後そのお姫様と結ばれるというオチになる。お姫様救出までの苦難の大きさは、主人公のお姫様に対する愛情の深さにすり替えられるのだ。お姫様は「こんな苦難にも諦めずに助けに来てくれてたのだから、私のことを深く愛してくれているのね」と思うのだ。シンプルな話である。
「魔笛」「スターウォーズ」「スーパーマリオ」もこの系統だ。
ブラームスにもある。作品33を背負ったブラームス唯一の連作歌曲集。「ティークのマゲローネのロマンス」だ。主人公ペーターは苦難の果てにマゲローネと結ばれるのだ。
我々一般庶民は、愛情の深さを一瞬で信じ込ませることが出来るほどの苦難に出会うことは無い。だから皆苦労するのだ。「愛の証」なんぞおいそれと見せることは出来ないのだ。今時ポンと見せられる方がよっぽど怪しいとも言える。ところが得てして男の方は数段単純で、チョコ1枚で「まんまと」というケースもあるらしい。
その点私は幸せだ。「ブラームスの辞書」は著書もブログもブラームスへの愛の証だと言える。私がどれだけブラームスが好きか、ある程度証明してくれるのだ。そういえば苦難もあった。2004年の夏は暑い中3ヶ月半もブラダス入力にかかりきりだった。
いまでこそ、立派なオヤジだが、私にも青春時代があった。現実には辛い思い出の方が多いのだが今となっては、懐かしいという代物だ。つまりは、ふられまくっていたということだ。簡単に好きになっていたという訳でもないのだが、ふられた回数は多いほうだと思う。身の程もわきまえずにロングパスばかり投げるから、なかなかパス成功率が上がらないのだ。
ブラームスへの思いは、それなりに報われもするのだが、相手が女性となると勝手が違う。何度も痛い目にあっているうちに、事前に手を打つようになったのだ。好きな女性と一緒にいるときにはブラームスを聴かないという処世術だ。勝負のコンサートにもブラームスを選ばない。ドライブのBGMにもブラームスは鳴らさない。もちろんふられた後のリセットにブラームスは大活躍なのだが、楽しかった頃の想い出がブラームスとかぶらないようにするための措置なのだ。ブラームスの特定の作品が特定の女性の思い出とリンクしないようにするためと言い換えてもいい。このあたり、今となっては笑止だが当時は真剣だった。いじましいことにいつもふられることを想定していたという訳である。
ブラームスの代わりを務めたのが主にモーツアルトだ。根拠なく「無難」だと思っていた。モーツアルト超嫌いっ子はいなかった気がする。万が一いたとしても、「僕も好きじゃないんだよね」と言い切れる。ブラームスでは口が曲がってもそうは言えない。だからモーツアルトは悲惨だ。思い出とペアになっている曲が多い。ト長調のヴァイオリン協奏曲やフィガロの結婚、それからドンジョヴァンニ、後期のピアノ協奏曲は、ほぼ全滅である。モーツアルトを壁にしてブラームスを守ったようなものだ。おかげで、ブラームスは辛い想い出に汚染されずにすんだ。今ではブラームスもすっかり体力と貫禄がついてしまって、少々のことではビクともしなくなった。皮肉なことに恋をする心配も不要になってしまったけれど・・・・。
辛かったことは、みな懐かしい想い出になってしまったというのに、ブラームスへの思いだけは、かえって深まってしまっている。ブラームスの方がたちが悪いと言えなくもない。
ヴァレンタインデーのネタとしては、相当屈折していると自分でも思う。このあたりいわゆる「ブラームス風」だと思われる。
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