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カテゴリー「703 お叱り覚悟」の31件の記事

2015年8月23日 (日)

ドキドキの告白

室内楽特集真っ只中。ブラームスの室内楽全24曲から、一番好きな曲を無理やり決める。心情的には無理やりなのだが、実は古くから心の中では決まっていた。

ピアノ四重奏曲第3番ハ短調op60

これがブラームス室内楽の私的ベストだ。弾いていても楽しい。第3楽章冒頭は、ブラームスがチェロに与えた最高の出番だ。延々とピアノとのデュオが続く。

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第4楽章はピアノの相棒がヴァイオリンに代わる。これまた長大なソロ。

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ヴィオラの退屈は第一楽章の236小節目のソロで帳消しだ。

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曲の魅力は個々の楽器のソロの出番のかっこよさにとどまらない。第二楽章はおそらくブラームス最高のスケルツォだ。第一楽章からフィナーレまでのバランス、頑張るだけ報われる奥行き、突き詰めるほど湧いて出るアンサンブルの楽しみなど、褒め言葉はいくらも浮かぶ。

2014年10月 6日 (月)

鉄オタの考えそうなこと

鉄オタ。「鉄道オタク」の短縮形だ。作曲家アントニン・ドヴォルザークはほぼ「鉄オタ」の域にあった。運行ダイヤの暗記は当然で、機関車を運転したいとまで思っていた。

ドヴォルザークが1883年10月にウィーンを訪問して、初演間近だったブラームスの第3交響曲を、作曲者本人のピアノ演奏で聴いたことは、少し詳しい伝記にはよく載っている。→こちら

この出来事が「10月上旬」あるいは「10月初旬」とされているばかりで、日付が不明になっていることが多い。調べを進めていて、愛すべき仮説にたどりついた。

記事「オリエント急行」を見て欲しい。オリエント急行の開通は1883年10月4日だと書いた。補足するとこれは始発駅パリを出発した日付である。一番列車のウイーン着は10月6日の23時15分だった。ウイーン西駅着だ。ここから現在のウイーン南駅に回送されて1時間後の零時15分に発車した。

深夜の出来事ではあるのだが、鉄道オタクのドヴォルザークがこれを見物したとは考えられまいか。ドヴォルザークの住まいがあったプラハは、オリエント急行のルートからはずれている。プラハからもっとも近い停車駅はウィーンだ。当時オリエント急行は時代の最先端の乗り物であり、マスコミもきそって取り上げたから、市民の関心は高かった。ましてや鉄道好きのドヴォルザークが無関心でいられるハズがない。少なくとも交響曲第3番の私演の合間に、オリエント急行がブラームスとの話題になった可能性は相当高いとにらんでいる。

もちろん両者の伝記はこのことには沈黙しているが、このときのドヴォルザークのウィーン滞在が10月6日と7日を含む日程だったのではあるまいか。第三交響曲の私演は、むしろ付け足しで、メインはオリエント急行一番列車の見物だという読み。

この仮説、おそらく世界初(当社調べ)

2014年1月19日 (日)

確認が必要

独和辞典で「Bahn」を引いてみる。しっかり「鉄道」の意味がある。「Eisenbahn」から「Eisen」が脱落しても「鉄道」を意味するということだ。「Bahn」という単語は1830年に英国で世界初の鉄道が開通する前からとっくに存在していた。英国から鉄道を移入したドイツでは「Railway」の訳語として「Eisenbahn」を採用する一方、単に「Bahn」でも鉄道を指すようになったが、本来「bahn」は、「進路」「コース」「車線」「道」の意味だった。

1853年10月ブラームスの来訪を受けたロベルト・シューマンは、新音楽時報にセンセーショナルな紹介文を寄稿した。そのタイトルが「Neue Bahn」だった。日本の書物はこれを「新しい道」と訳していることが多い。

本日の疑問は、この訳についての話。まさかとは思うが「Neue Bahn」の「Bahn」が「鉄道」の意味だったということはないだろうな。というお叱り覚悟の疑問。

少なくともこのときシューマンは鉄道を知っていた。既にデュッセルゴルフには鉄道も走っていた。さらにドイツ中が鉄道建設ブームの真っ只中だった。各地で鉄道が建設され、派手な完成式典が行われ、連日それがニュースになっていた。邦訳を見る限り「新しい道」には、「鉄道」を直接指し示す言い回しは見当たらないけれど、ブラームスの登場が、進出ラッシュの鉄道になぞらえられていたなどということはあるまいな。

2013年6月30日 (日)

続ドルフ考

8月10日の記事「ドルフ考」の続きだ。というよりこちらを効果的に発信するための前振りが先般の記事だったと申し上げてよい。

ワインのことを調べているうちに某図書館で興味深い資料を見つけた、1979年のドイツワインのブドウ園のリストだ。5千数百のブドウ園の名前がエリアごとに列挙されている。道路地図が扱う地名よりももっと小さな単位、日本で申せば小字程度の地名が丹念に拾われている感じだ。結果として優秀な地名リストになっている。

ワインの銘柄はエリア名、地区名、畑名が順につながれている。最後の畑名は買い手へのアピールの効果も狙ってか奇抜なものも少なくないから、純粋な地名とは区別も必要だが、その一つ上の地区名は、道路地図の索引にも載っている。大体これが1200程度収載されている。いわばそれはブドウ園の存在する地名リストと考えてよい。このリストに「~dorf」という地名は以下の12しか現れない。1%である。

  1. Mosel Saar Ruwerの Ellenz-Porsterdorf
  2. Mosel Saar Ruwerの Bausedorf
  3. Mosel Saar Ruwerの  Mertesdorf
  4. Mosel Saar Ruwerの  Onsdorf
  5. Mosel Saar Ruwerの  Sehndorf
  6. Nahe の Oberndorf
  7. Rheinpfarzの Nussdorf
  8. Badenの Altdorf
  9. Badenの Nimdorf
  10. Badenの Markdorf
  11. Wurttembergの Schorndorf
  12. Frankenの Repperndorf

ドイツ道路地図での出現率は6%強だから、数分の1のオーダーだ。語尾以外の位置にDorfが来る地名もかなりな数あるが、ワイン園のリストではゼロだから実感としては10分の1という感じがする。特にブラームス在世の19世紀における最高の産地ラインガウ地区ではブドウ畑にドルフという地名が現れないということだ。

「ブドウ産地に地名語尾ドルフは現れにくい」という仮説を提案する次第である。記事「石の山」で、植物としてのブドウの特性を述べた。「石ころだらけの斜面」を好むと書いた。これにより主食の小麦やじゃがいもと耕作地が重ならないと指摘した。一方8月10日の記事「ドルフ考」では、ドルフの起源は「畑」であると紹介した。

これら一連の現象が「ブドウ園の存在する場所に地名語尾dorfが現れにくい現象と符合しているように思えてならない。小麦やじゃがいもの栽培に適した土地こそが「dorf」なのではあるまいか。ブドウはドルフを嫌い石の山に追われていったことを地名の偏在が仄めかしてはいないだろうか。

ワインの原料であるブドウの生産は、穀物に対しておよそ5倍の収益があるけれど、投入する労働力は9倍になる。土地生産性は高いけれど、労働生産性は低いといわれている。出来不出来が天候に左右されることはどちらも同じだ。どちらを選ぶか農民に選択の余地があったわけではない。気候や土壌によりブドウが出来ない土地も多い。よい土地があればひとまず穀物かじゃがいもを作っておくのが無難だった。

本日のネタ実に私好みだ。惜しむらくはブラームスに関係がない。

2012年2月20日 (月)

仮入会

昔の本を読み返していると思わぬ発見がある。日音楽譜出版社から刊行された「BBCミュージックガイドシリーズ」の15巻「ブラームス管弦楽曲」という書物がある。刊行日は1982年6月20日とある。私が就職した年だ。当時この本は私の宝物で、隅から隅まで読んだのだが、最近また読み返してシャープな発見をした。

73ページ「大学祝典序曲」の章。1853年ブラームスはヨアヒムが聴講生になっていたゲッティンゲン大学で、学士会の祝賀行事に参加し、学生集会室でヨアヒムともに新入生歓迎の「狐の騎行」(Fucheritt)に興じたと明記されている。

狐の騎行に興じたということは、学士会入会の手続きを踏んだということではないか。ブラームスはヨアヒムとともに新入生の扱いを受け、歓迎の行事に参加するのみならず、椅子に逆向きに座っておバカな騎行に興じた。当時は作曲家としてはまだまだ駆け出しであったから、名誉会員に列せられたとは考えにくいが、仮会員とみなされていた可能性は低くない。

2012年1月25日 (水)

FAF異聞

「ああ懐かしき青春の輝き」という学生歌がある。原題は「O alte Burschenherlichkeit」という。一番の歌詞の中程に以下のような一節がある。

so frei und ungebunden

「かくも自由で束縛無く」という程度の意味だ。この作品は学生歌のとしての知名度の点では「ガウデアムス」に匹敵する存在だから、複数の学生歌集に収載されているのだが、この部分の歌詞が、本によって違っている。

so froh und ungebunden

「かくも楽しく束縛無く」という具合だ。どちらが本来の姿なのか判らないらしい。日本の古典文学の場合、原本がすでに失われていて複数の写本でのみ伝えられていることがある。そうしたケースでは、写本間で細かな言い回しが微妙にズレているなどということが少なくない。本日の話題もその範疇だと感じる。私がわざわざブログで取り上げるのは、他でもないこの手の異同が「frei」(自由)と「froh」(楽しく)の間で起きていることだ。

ブラームス愛好家たるものこれをサラリと見過ごすのは野暮というものだ。ブラームスのモットーと伝えられる「FAF」は「Frei aber Froh」の頭文字を採った代物だ。ヨアヒムのモットー「Frei aber Einsam」を聞かされたブラームスがとっさにもじって見せたというのが私の見解だ。現実の文献上で「frei」と「froh」の錯綜を目の当たりにすると感慨深いものがある。ブラームスとヨアヒムがこの学生歌を知っていた可能性さえ夢見ている。

2011年12月 3日 (土)

国民楽派

自国の民謡や民族音楽の語法・形式を重視して作曲した人たち。とりわけ19世紀後半について特化して用いられる。

そもそもこの言い回し自体が波乱含みである。

この用語を編み出した人たち、あるいは用いる人たちの間に故意か無意識か、音楽史の中枢という概念が既に確立していると思われる。その常識に照らして「中枢じゃないところ」の意味を濃厚に含む。だからドイツ、イタリア、フランスについて国民楽派とは言わない気がする。

クラシック畑の住人は19世紀後半にかけて欧州全土に拡散していった。後世に名前の残る人が現れ始めたと言い換えるべきかもしれない。「中枢とその他」という概念はそうした拡散の中で生まれたと感じる。

同時にクラシック畑の住人たちの目が民謡に向かった時代でもある。そうした傾向が現れたのは、いわゆる「国民楽派」の人たちだけではない。何を隠そうブラームスは、国民楽派の対立概念たる、欧州音楽の本流にあって、民謡に目を向けたのだ。もしブラームスが欧州楽壇の中枢から離れた辺境に生まれていたら「国民楽派」と呼ばれていたかもしれない。それほどの民謡愛好家だった。あるいはジプシー音楽の語法にも明るかった。

悲しいかな一般にドイツには国民楽派の概念がない。たとえばドイツ・オーストリア系の作曲家が、どれほどワルツやレントラーに執着しても「ドイツ国民楽派」とは言わないのだ。

ブラームスを。

ブラームスを「ドイツ国民楽派」と位置付けたら、ブログは炎上するのだろうか。

2011年10月19日 (水)

原因分析

2011年10月16日の記事「全国学校合奏コンクール」で、次女の参加したコンクール県予選について書いた。本日はその中身だ。高校の部の参加校は8校。うちブラスバンドが2校、弦楽合奏が1校あった。残り5校がオケで参加。中学の部から言及すると大変なのでオケで参加の高校だけ出演順に列挙する。学校名は仮称だ。

  1. 県立ホルスト高校「組曲惑星より木星」 (金賞)キビッキビの木星。冒頭のきらきらした弦でいきなり引き込まれた。同校初の金賞受賞だとも聞く。おめでとう。
  2. 県立ヴェルディ高校「シチリア島の夕べの祈り」 (銀賞)期待していたのに残念な結果。実を言うと金賞の県立ホルスト高校との決定的な差を現場で聞き取ることは出来なかった。思い当たる節といえば中学校の部で同じ曲を演奏した学校があり、そことの明確な差を示せなかったこと、あるいは見せ場のチェロの色艶不足かも。曲がかぶるときついです。でもね「銀」は「金より良い」と書くのです。
  3. 私立ベトヴェン学院「ベト7第4楽章」 (銅賞) 「いやあベートーヴェンは難しいッス」これをコンクールに持って来る意欲は素晴らしい。とにかくヴァイオリンがもっと鳴らないと苦しいかも。この超有名なキレッキレのフィナーレを独立してポッコリ取り上げて、短い時間にアピールしようと思ったらとんでもなく骨が折れる。でもね「銅」は「金と同じ」と書くのです。
  4. 県立ショスタ高校「ショスタコーヴィチ第5交響曲第4楽章」 (金賞)次女のオケ。意表をつく選曲。たしかにここで大学祝典序曲とかやっても埋没しそうな雰囲気。とかなんとか考える暇を与えぬかのように冒頭からグイグイと聴衆を引き込む。松脂の煙たなびくすさまじい気迫。「速めのテンポ」どころじゃなく、最後まで持つのか的なぶっちぎるばかりの前半。県代表の座を奪うためには「革命」が必要だとの決意と見た。静謐なハープのアルペジオを合図に始まる終結部、このまま時間が止まってほしいと思った。クライマックスへの長い長い坂道を上り詰め、仲間の思い全てを引き受ける決意をこめたティンパニに何かが降り立った。メンバーが舞台袖に引き上げ始め、次に弾くストラヴィン高校の生徒が入場を始めてもなお、鳴り止まない拍手。51歳にして聞かされた人生最高のショスタコ。
  5. 県立ストラヴィン高校「火の鳥」 (金賞) 「革命」の挑戦を真正面から受けて立つ「火の鳥」だった。息を呑むばかりのソロ群。「革命」の気迫を受け流すかのような圧倒的な余裕度。あるいは「革命」を高みの見物としゃれ込む「火の鳥」。あのショスタコの後に素知らぬ顔で余裕の火の鳥とは王者の底力か。

金賞の中から選ばれる県代表は県立ストラヴィン高校に決定。次女のショスタ高校は2位の評価。発表と同時に歓声とため息。応援にかけつけた3年生は涙一部号泣で、親たちは明らかに落胆。次女にとっては音楽生活で初めて獲った金賞。「声を出して喜ぼうと思ったら、周りは全然喜んでいなかった」とポツリ。「金賞当然、代表狙い」は明らかだったがみな気丈に振舞う。「結果を真摯に受け止め次につなげよう」と訓示する顧問の先生。解散後その場でパート毎の話し合いがあちこちで始まる。3年生に慰められて初めて涙を見せる子も。小一時間たっても終わる雰囲気も無い。

親たちは9月の文化祭コンサートのショスタコの出来を知っている。金管や木管のソロがたった1ヶ月でどれほど上達したか身にしみている。だから情が移る。初心者で4月に入った子が弦楽器には何人も混じっている。たった半年でショスタコを弾くこと自体大変なことだとわかっている。けれどもコンクールの審査では考慮されない。本番で示せた演奏の出来だけが審査の対象だ。つまりその程度の努力はどの学校もしているのだ。

ここ最近ずっとストラヴィン高校の後塵を拝する結果が続いているのだが、ショスタ高校は毎年腐ることなく一定水準を以上の演奏を持ち込んでくる。けれども超えられない壁。親の欲目を無理やり封印して原因を分析する。

「楽譜通りに弾けること」をゴールにするかスタートにするかの差。「楽譜通り弾けること」をゴールとせずスタートにしていた子の数で、もしかすると負けていたかもしれない。断じて努力の質や量のことではない。作曲家が楽譜に遺したことを全て吸収しきった上で、さらに付加価値を上乗せする厚みの差。「革命」もかくやと思わせる気概を示してくれたショスタ高校の生徒には酷だが、超えるべき壁として今後意識し続けるべきだ。無理やり見つけた差。親として自分に言い聞かせるための差でもある。敗因と呼ぶにはあまりに切ない微妙な差。

火の鳥の厄介なファゴットのソロを軽々吹きこなす生徒がいた。音色までストラヴィンスキーの音色。彼はきっとブラームスを吹いたらブラームスの音色で吹くのだろう。その彼を囲む周りの仲間は、「うちのファゴット聞いてやって」というプライドにあふれた演奏。そこかしこの難儀なソロがみなそういうノリ。次女は、めぐり合わせ次第で、こちらで「火の鳥」を弾いていたかもしれなかったという奇縁。おめでとうストラヴィン高校。あなたがたを県代表にいただくことを誇りに思います。

でも私は断言する。ショスタ高校のオケを愛する。次女の居るオケとしてではない。慈しむべき「おらがオケ」として見守り続ける決意とこのたびの原因分析はセットになっている。あと何回かあのショスタコが聴ける。次回以降はおそらくノーカット版が楽しめる。下を向いている暇はない。

あの感動を何とか言葉でと苦悶した結果の残渣。けれどもこれを書かずに何がブログかと思い詰め、お叱り覚悟の言及。

2011年3月 2日 (水)

悪乗りついで

普仏戦争」が1870年に始まったと書いた。もっと詳しく申せば、1870年7月に始まって翌1871年5月には終結を見た。このことを頭に入れた上で、2月26日の記事「ジムロックの会計年度」をご覧願う。

1869年以降で、ジムロックからブラームスの新作が刊行されなかったのが1度だけある。それはいわゆる「70~71会計年度」だ。1870年10月に始まって1871年9月に終わる1年である。

そうだ。その年度は普仏戦争とピタリと重なっている。もちろんプロイセン率いるドイツ諸邦連合の圧勝だったとはいえ、作品の出版が滞るというのは十分あり得る話だ。プロイセンひいてはドイツにとっての「危急存亡」のいくさだ。たとえ出版したところで売れ行きが芳しくなかろうと、ジムロックが計算をしていたと考えたら行き過ぎだろうか。

悪乗りも味わいのうち。

2010年7月11日 (日)

さざなみの系譜

「ブラームスの辞書」では2つの音が交互に繰り返される音形をしばしば「さざなみのような」と表現している。実例は以下の通りである。

  1. 弦楽六重奏曲第2番第1楽章冒頭 第1ヴィオラ。GとFisが移弦を伴って延々とくり返される。
  2. 交響曲第1番第4楽章31小節目 ヴァイオリンとヴィオラ。Piu Andanteの2小節目。アルペンホルンのバックに配されたさざなみだ。
  3. チェロソナタ第2番第1楽章冒頭 ピアノ。AとFisの交代だ。
  4. 弦楽五重奏曲第2番第1楽章 ヴァイオリン2本とヴィオラ2本。

見ての通り全てが伴奏のパートに現れる。さらにこのうちの3番目と4番目は1886年、1890年という具合に作曲年が近い。ソプラノ音域に置かれたさざなみの下、テナーまたはバリトンの音域で雄渾な旋律が放たれる。ダイナミクスはほぼフォルテと思われる。そしてどちらも第一楽章の冒頭つまり作品の冒頭だ。

まさかと思うことがある。

この作品冒頭におけるさざなみの系譜は、1892年に生まれたドヴォルザーク室内楽の最高傑作、弦楽四重奏曲第12番「アメリカ」の冒頭にひそかに受け継がれているような気がする。

お叱りはもとより覚悟の上でござる。

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フォト

ブラームスの辞書写真集

  • Img_0012
    はじめての自費出版作品「ブラームスの辞書」の姿を公開します。 カバーも表紙もブラウン基調にしました。 A5判、上製本、400ページの厚みをご覧ください。
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