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カテゴリー「720 日本史」の63件の記事

2016年12月17日 (土)

シシィの隣

当時欧州一といわれた美貌の皇后エリザベートは、姑との確執からかウィーンを不在にしがちだったが、1873年は少々事情が違った。開催中のウィーン万博を訪れる外国からの賓客をもてなす席には欠かせない存在だったからだ。

ものさしで量ったように日本から岩倉使節団がウィーンを訪問した。1873年6月8日皇帝フランツ・ヨーゼフ1世に謁見し明治天皇からの国書を拝呈する。同日皇帝主催の晩餐会が開かれ后妃も出席した。美貌の后妃の隣に座ったのが使節団の団長というべき全権大使の岩倉具視だった。

使節団の公式報告書たる「米欧回覧実記」には、晩餐会のことは詳しく書かれていない。使節団の目的や、公式報告書の位置づけからも、オーストリアの皇后が美人だったとは書きにくいのだろう。ビスマルクの演説を絶賛しているというのに、エリザベート后妃のことは、スルーしている。他国での歓迎晩餐会の様子も似たり寄ったりだから仕方がない。

2016年12月15日 (木)

巡洋艦カイゼリンエリザベート

第一次大戦中のオーストリア海軍の巡洋艦。カイゼリン・エリザベートは「Kayserin Elizabeth」と綴るから「后妃エリザベート」という意味だ。皇帝フランツヨーゼフ1世の后の名前をとった巡洋艦だ。

この艦は、何かと日本と縁がある。まず1894年オーストリア皇太子フェルディナンドが世界周遊の一環で訪日した際に乗ってきた船だ。そして1914年第一次大戦勃発時青島において、日本軍の攻撃にさらされ、自沈している。乗組員は陸上で戦闘を続けたが、力尽きて降伏し捕虜になった。乗組員の一部が千葉県習志野市に収容されていた。

同型の一番艦がフランツヨーゼフ1世という名前だ。皇帝夫妻の名前が巡洋艦に採用されていたということだ。

2016年9月11日 (日)

デトモルト近郊

1856年ロベルト・シューマンが没したことにより、ブラームスの献身は一区切りを迎えた。明くる1857年5月31日からおよそ一週間デトモルトに滞在し宮廷で演奏した。クララの紹介はあったものの、これは実質就職試験だった。結果は「採用」だった。同年9月からデトモルトの宮廷勤務が始まった。9月から12月までの季節限定勤務で、1859年までの3年間続けられた。

デトモルト。ビーレフェルトの南東およそ25kmに位置する小さな街。小さくはあるがリッペ・デトモルト公国の首都。森に囲まれた自然環境と、けして多忙ではない職務の間、ブラームスは周囲の自然を堪能した。

デトモルトについて調べているうちにこの街が、ドイツ史の中で特筆される位置にあることがわかってきた。特にブラームスが滞在した19世紀中ごろまでは、名実共に歴史の街だった。

世に言う「トイトブルクの戦い」。敗者はローマ帝国ゲルマニア駐在の司令官ヴァルス。勝者はケルスキー族の王アルミニウスの戦。「桶狭間」と「本能寺」と「関が原」をあわせたような位置づけにある。

まずは「桶狭間」。海道一の弓取り今川義元が、当時無名の織田信長に敗れた戦い。「雨」「奇襲」「油断」が、戦国最大の番狂わせを実現させた。ヴァルス率いるローマ軍団18000が、雨の中トイトブルクの隘路で全滅させられた。

そして「本能寺」。勝ったアルミニウスは、ローマに学んで東方戦線での勲功により騎士に列せられていた、れっきとしたローマ市民。あろうことかヴァルスの部下。この戦いはアルミニウスの謀反だ。

最後に「関が原」。戦いの帰趨が後世に与えた影響という意味で比肩する。歴史に「たられば」は無いと前置きされながら、「もし結果が逆だったら」としばしば考察されてきた。おそらくローマはエルベ川までを属領としたに違いない。現代のドイツはかなり形を変えていたと考えられている。

さて9月11日といえば、アメリカを震撼させた同時多発テロの日だが、このトイトブルクの戦いは西暦9年9月11日とされている。

アルミニウスが属したケルスキー族の本拠地こそが、デトモルト付近だ。ブラームスが勤務していた頃は、トイトブルクの古戦場もデトモルト近郊だと信じられていた。

2016年6月18日 (土)

広重の死因

東海道五十三次で名高い歌川広重は安政5年9月6日に没した。次女の誕生日かと色めき立ったが、これは陰暦であって新暦に直すと同年10月12日に相当する。

死因はと聞いて驚くコレラ。

2011年6月11日の記事「コレラパンデミック」で、ブラームスが15歳デビューの年にハンブルクでコレラの流行があったと書いた。この流行がユーラシア大陸を横切って日本に到達したのが1858年だと記しておいた。つまり広重は一連のコレラ禍終着点の日本で、そのコレラにかかって亡くなったということだ。

2016年3月31日 (木)

ハンス・ミリエス

ハンス・ミリエス(Hans Millies1883-1957)は、ヴァイオリニスト、指揮者、作曲家の肩書きを持つ音楽家。ベルリン高等音楽院に学んだというだけでもありがたいのに、ヴァィオリンをヨアヒムに師事したとあっては、そのご利益たるや半端ではない。

1910年、彼は上海租借地のオーケストラにコンサートマスター兼副指揮者として招かれる。1914年には第一次大戦の勃発とともに青島に出征するがそこで、租界オケの仲間4人とともに捕虜になってしまい日本にやってくる。やってきた先は千葉県習志野市にあった捕虜収容所だ。仲間は散り散りになるが、徳島坂東に送られた2人が第9交響曲日本初演に携わることになる。

おそらく1000名程度の捕虜が1919年まで収容されていた習志野で彼は弦楽四重奏団を組織し、やがてオーケストラも出来上がる。習志野捕虜オーケストラの指揮者あるいはコンマスとして運営を取り仕切った。確認されているだけでの10回くらいは演奏会を開いている。

このオケがブラームスを取り上げた事実がなかなか確認できないが、ヨアヒムの直弟子が指揮者だったというだけで満足した気になっている。

2016年3月25日 (金)

おすすめホテル

森鴎外の「独逸日記」は1884年から1888年にドイツ留学時の記録。超一流の文豪が残したドイツの風物の描写。本日はその中に登場するホテルを抜き出して列挙する。どこか1箇所くらいブラームスも泊まったかもしれないと妄想が膨らむ。

<ベルリン>

  1. 1884年10月12日 Hotel Garni zum Deutschen Kaiser 
  2. 1886年02月19日 Hotel Sansouci 莫愁客館 ホテル・サンスーシか。
  3. 1886年02月20日 Hotel Imperial 帝国客館
  4. 1886年08月09日 Toepfer's Hotel トヨプフェルス客館
  5. 1887年04月16日 Toepfer's Hotel トヨプフェルス客館
  6. 1887年07月17日 Hotel Kronprinz 太子客館
  7. 1887年08月31日 Toepfer's Hotel トヨプフェルス客館
  8. 1887年10月18日 Toepfer's Hotel トヨプフェルス客館
  9. 1887年11月27日 Toepfer's Hotel トヨプフェルス客館
  10. 1887年12月09日 Kronprinzen Hotel 皇太子客館

<ライプチヒ>

  1. 1884年10月22日 Hotel Stadt Rom
  2. 1885年07月30日 Hotel zu StadtDresden 徳停客館 徳停はドレスデンのこと。
  3. 1885年08月25日 Hotel zu Stadt Dresden 徳停客館
  4. 1885年12月23日 Hotel de Russe 魯国客館 

<ドレスデン>

  1. 1885年05月12日 Hotel zu den vier Jahreszeiten 四季客館
  2. 1885年10月11日 Hotel zu den vier Jahreszeiten 四季客館
  3. 1885年10月11日 Hotel de Saxe 索遜客館 索遜は「ザクセン」
  4. 1886年02月17日 Hotel Stadt Peterburg 彼得堡客館

<ネルハウ>Nerchau ザクセン陸軍の演習に臨む。

  1. 1885年08月28日 Gasthof zu Sonne 太陽客館

<グリンマ>Grimma ザクセン陸軍の演習に臨む。

  1. 1885年09月06日 Gasthof zum goldenen Lowen 金獅客館

<ミュンヘン>

  1. 1886年03月08日 Hotel Deutscher Kaiser 独帝客館
  2. 1886年07月28日 Bayerischer Hof 拝焉客館 拝焉は「バイエルン」だ。
  3. 1886年10月15日 Bamberg Hof バムベルク客舎
  4. 1886年12月22日 Grunwaldhof グリュンワルド客館

<シュタルンベルク湖>

  1. 1886年09月03日 Bayerischer Hof 拝焉客舎 ミュンヘンのと同名かも。

<レオニー>シュタルンベルク湖畔

  1. 1886年09月 Gasthof Leoni レオニイ客舎

<ヴュルツブルク>

  1. 1887年09月16日 Hotel National 国民客館

<カールスルーエ>

  1. 1887年09月18日 Hotel Germania 日耳曼客館

<ウィーン>

  1. 1887年09月28日 Hotel Victoria 勝利客館
  2. 1887年09月29日 Tegethof テゲット客舎

ご覧の通り漢堡ハンブルクが無い。よくよく調べると4年の留学期間中に鴎外はハンブルクに立ち寄っていない。またライプチヒに「ホテルドレスデン」がある。誤植ではない。

本日のこの記事はブログ「ブラームスの辞書」開設以来4000本目の記事となる。

2016年3月11日 (金)

あれから5年

東日本大震災から今日で5年。

2015年2月 1日 (日)

墾田永年私財法

西暦743年に出された聖武天皇の勅令。新たに開墾した田の私有を認めるというもの。受験生にとっては基礎中の基礎だ。ここから荘園が始まるとされている。土地の開墾を促進するための策。ブログ「ブラームスの辞書」の記事としては半端でない浮きっぷりだが少々辛抱いただく。

ブラームスがどこのコーヒーを飲んだか調べているうちに出会った話。場所は中米コスタリカ。1821年スペインから独立したグアテマラ総督領の一部。独立したはいいのだが、相当の辺境だったため、これといった産業がない。国の経済の柱を模索するうちに考え出されたのがコーヒーの栽培。首都サンホセを取り囲む盆地がコーヒーの栽培好適地だったのだ。

1831年ブラームスが生まれる2年前に、興味深い法律が制定された。新たに開墾した土地にコーヒーを植え、5年間農場を経営した者にその土地の所有権を与えるという内容。コーヒーを植えると、すぐに収穫出来るわけではない。収穫できるようになるのは5年後だ。だから「5年間経営を続けた者」という規定になっている。

墾田永年私財法に似ている。土地の所有をえさにして開墾を促進しようというのだ。コスタリカではこれがピタリとはまる。ブラジルの大規模農園とは別種の小規模地主が大量に発生し、高品質のコーヒーを味にうるさい欧州に供給した。1850年には欧州向けに相当な量が輸出されたというから、ブラームスもコスタリカ産のコーヒーを賞味したかもしれない。

2015年1月19日 (月)

鴎外とカフェ

19世紀後半のドイツでどれほどカフェが繁盛していたかの一端を示すために、森鴎外の「独逸日記」に出現するカフェを一覧にしておく。「骨喜」は「コーヒー」のことだ。

  1. 1885年05月29日 ベルリン バウエル茶店 Cafe Bauer
  2. 1885年11月28日 ドレスデン 中央骨喜堂 Cafe Zentral
  3. 1886年02月20日 ベルリン 国民骨喜店 Cafe National
  4. 1886年07月29日 ミュンヘン 英吉利骨喜店 Englisches Cafe 
  5. 1886年08月05日 ミュンヘン フィンステルワルデルのコーヒー店
  6. 1886年08月11日 ベルリン バウエル骨喜店 Cafe Bauer 1と同じ店。
  7. 1886年08月15日 ミュンヘン ミネルワ骨喜店 Cafe Minerva 言及のみ。 
  8. 1886年08月18日 ミュンヘン 東洋骨喜店 Cafe Orient
  9. 1886年08月30日 ミュンヘン 王国骨喜店 Cafe Royal
  10. 1886年12月20日 ミュンヘン カルル門骨喜店 Cafe Karlsthor
  11. 1877年01月01日 ミュンヘン 英骨喜店 Cafe l'Anglais
  12. 1887年04月20日 ベルリン 大陸骨喜店 Cafe Kontinental
  13. 1887年05月28日 ベルリン クレブス氏骨喜店 Cafe Krebs
  14. 1887年10月23日 ベルリン シルレル骨喜店 Cafe Schiller
  15. 1887年11月01日 ベルリン クレブス氏骨喜店 Cafe Krebs
  16. 1887年11月19日 ベルリン ヨスチイ骨喜店 Cafe Josty
  17. 1887年12月10日 ベルリン ヨスチイ菓子店 Conditrei Josty 16と同じか。
  18. 1888年01月29日 ベルリン シルレル骨喜店 Cafe Schiller 14と同じ。

日本初のカフェは1886年頃開業したらしいので、渡独中の鴎外は知る由もない。その代わりドイツでカフェに開眼したこと上記の通りである。困ったときの一覧ネタでもある。

鴎外の誕生日は2月17日だ。実はこのたびのコーヒー特集は、その前に終わってしまうから、本日の記事を誕生祝いに出来ない。2月17日は旧暦で申せば1月19日なので、苦し紛れに本日の公開とした。

2014年10月15日 (水)

中央停車場

ドイツ語「Hauptbahnhof」の訳語である可能性が高い。

「東京市区改正計画」によって立案浮上した新橋-上野間の新線中に「中央停車場」の建設が1896年の帝国議会で正式に承認された。記事「フランツ・バルツァー」で言及したバルツァーの計画図の中、現在の東京駅に位置には「Hauptbahnhof」と明記されている。中央停車場の文言は、この「Hauptbahnhof」を指していると見て間違いない。

1914年に開業の際、単に「東京駅」とされてしまったのが残念だ。レンガ作りの駅舎の威容、皇居に正対するという位置取りからして、東京の表玄関という思い入れは明らかだ。

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