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カテゴリー「720 日本史」の66件の記事

2017年9月20日 (水)

かまどの煙

万葉集巻1舒明天皇の御製。

大和には群山あれどとりよろふ

天の香具山登り立ち国見をすれば

国原は煙立ち立つ海原は鴎立ち立つ

うましくにそ秋津島大和の国は

国見の歌だ。為政者が高いところから領地を検分する行事。言霊信仰にも関連があるとされている。聖なる王者が誉めることにより豊穣祈願の予祝行為とも思われる。「国原から立ち上る煙」がとりわけ重要だ。主に炊煙であることがポイント。どんなに譲っても稲わらを焼く煙までだ。中には煙の立ち上りが少ないことを見て減税をした王もいるという。煙は人々の営みの反映。立ち上る煙の本数はもしかすると世帯数だ。

ブラームスの歌曲にもこの意味の煙が出現する。至宝「永遠の愛について」op43-1に「Rauch」として現れる。

Dunkei, wie dunkel in Wald und in Feld!

Abend schon ist es,nun schweiget die Welt.

Nirgend noch Licht und nirgend noch Rauch,

Ja, und die Lerche,sie schweiget nun auch

3行目の末尾に鎮座する。「暗い暗い森も野も」「はや夜が更けてものみな静まる」「いずこにも灯りは見えず、煙も途絶え」「ひばりも今は押し黙る」と歌われる。「暗い森と野」は恋人を家に送る道中の描写であると同時に、2人の置かれた状況の暗喩にもなっている。その暗さを補強するのが3行目「灯りも煙も無く」というフレーズ。この煙はタバコや火災ではあり得ない。十中八九かまどの煙だ。人々の営みが途絶えている様子の描写と見て間違いない。舒明天皇の国見歌と同じである。

2017年8月26日 (土)

万葉集に並ぶ

現存する日本最古の歌集と称えられる「万葉集」に収載された歌は、4519首だ。数え方により異論もあるらしいが高校ではそう習った。

本日のこの記事は、ブログ「ブラームスの辞書」開設以来4519本目の記事である。記事の数が万葉集の歌数に並んだということだ。4519首目の作者は、編纂者とも目される大伴家持である。彼の命日は旧暦ながら8月28日だ。惜しい。2日違いだ。これがピッタリだったらちょっとしたサプライズになるところだった。

2017年8月15日 (火)

終戦の日

何の断りもなく「終戦の日」といえば日本では8月15日のことだ。戦没者追悼式が行われるし、甲子園では高校生の野球を中断して黙祷が行われる。ところがアメリカで対日戦勝記念日といえば9月2日だし、中国やロシアでは9月3日になる。9月2日は降伏文書調印の日で、翌3日は北方領土占領の日どいうそれなりの根拠がある。天皇がポツダム宣言の受諾を決めたのは14日だったが、玉音放送の15日というのは大きな区切りだ。

さて日本と同じ敗戦国のドイツはどうなっているのだろう。ドイツでは「終戦と国民社会主義からの開放の日」とされ5月8日となっている。連合国側も5月8日が「戦勝記念日」なのだが、ロシアは9日になっている。

ヒトラーが4月28日に自決して「第三帝国」は事実上崩壊していたから、降伏は国防軍司令部の名でアイゼンハワー将軍に通告された。これが5月7日で、降伏文書への調印は5月8日だった。連合国とドイツではこの日が「終戦の日」ということだ。ソ連はスターリンが別途降伏文書への調印式を要求したことから、5月8日付けの文書に5月9日に調印する形になった。だからロシアの戦勝記念日は1日遅れている。

ブラームスの誕生日5月7日は、これら終戦の日の直前ということになる。

2016年12月17日 (土)

シシィの隣

当時欧州一といわれた美貌の皇后エリザベートは、姑との確執からかウィーンを不在にしがちだったが、1873年は少々事情が違った。開催中のウィーン万博を訪れる外国からの賓客をもてなす席には欠かせない存在だったからだ。

ものさしで量ったように日本から岩倉使節団がウィーンを訪問した。1873年6月8日皇帝フランツ・ヨーゼフ1世に謁見し明治天皇からの国書を拝呈する。同日皇帝主催の晩餐会が開かれ后妃も出席した。美貌の后妃の隣に座ったのが使節団の団長というべき全権大使の岩倉具視だった。

使節団の公式報告書たる「米欧回覧実記」には、晩餐会のことは詳しく書かれていない。使節団の目的や、公式報告書の位置づけからも、オーストリアの皇后が美人だったとは書きにくいのだろう。ビスマルクの演説を絶賛しているというのに、エリザベート后妃のことは、スルーしている。他国での歓迎晩餐会の様子も似たり寄ったりだから仕方がない。

2016年12月15日 (木)

巡洋艦カイゼリンエリザベート

第一次大戦中のオーストリア海軍の巡洋艦。カイゼリン・エリザベートは「Kayserin Elizabeth」と綴るから「后妃エリザベート」という意味だ。皇帝フランツヨーゼフ1世の后の名前をとった巡洋艦だ。

この艦は、何かと日本と縁がある。まず1894年オーストリア皇太子フェルディナンドが世界周遊の一環で訪日した際に乗ってきた船だ。そして1914年第一次大戦勃発時青島において、日本軍の攻撃にさらされ、自沈している。乗組員は陸上で戦闘を続けたが、力尽きて降伏し捕虜になった。乗組員の一部が千葉県習志野市に収容されていた。

同型の一番艦がフランツヨーゼフ1世という名前だ。皇帝夫妻の名前が巡洋艦に採用されていたということだ。

2016年9月11日 (日)

デトモルト近郊

1856年ロベルト・シューマンが没したことにより、ブラームスの献身は一区切りを迎えた。明くる1857年5月31日からおよそ一週間デトモルトに滞在し宮廷で演奏した。クララの紹介はあったものの、これは実質就職試験だった。結果は「採用」だった。同年9月からデトモルトの宮廷勤務が始まった。9月から12月までの季節限定勤務で、1859年までの3年間続けられた。

デトモルト。ビーレフェルトの南東およそ25kmに位置する小さな街。小さくはあるがリッペ・デトモルト公国の首都。森に囲まれた自然環境と、けして多忙ではない職務の間、ブラームスは周囲の自然を堪能した。

デトモルトについて調べているうちにこの街が、ドイツ史の中で特筆される位置にあることがわかってきた。特にブラームスが滞在した19世紀中ごろまでは、名実共に歴史の街だった。

世に言う「トイトブルクの戦い」。敗者はローマ帝国ゲルマニア駐在の司令官ヴァルス。勝者はケルスキー族の王アルミニウスの戦。「桶狭間」と「本能寺」と「関が原」をあわせたような位置づけにある。

まずは「桶狭間」。海道一の弓取り今川義元が、当時無名の織田信長に敗れた戦い。「雨」「奇襲」「油断」が、戦国最大の番狂わせを実現させた。ヴァルス率いるローマ軍団18000が、雨の中トイトブルクの隘路で全滅させられた。

そして「本能寺」。勝ったアルミニウスは、ローマに学んで東方戦線での勲功により騎士に列せられていた、れっきとしたローマ市民。あろうことかヴァルスの部下。この戦いはアルミニウスの謀反だ。

最後に「関が原」。戦いの帰趨が後世に与えた影響という意味で比肩する。歴史に「たられば」は無いと前置きされながら、「もし結果が逆だったら」としばしば考察されてきた。おそらくローマはエルベ川までを属領としたに違いない。現代のドイツはかなり形を変えていたと考えられている。

さて9月11日といえば、アメリカを震撼させた同時多発テロの日だが、このトイトブルクの戦いは西暦9年9月11日とされている。

アルミニウスが属したケルスキー族の本拠地こそが、デトモルト付近だ。ブラームスが勤務していた頃は、トイトブルクの古戦場もデトモルト近郊だと信じられていた。

2016年6月18日 (土)

広重の死因

東海道五十三次で名高い歌川広重は安政5年9月6日に没した。次女の誕生日かと色めき立ったが、これは陰暦であって新暦に直すと同年10月12日に相当する。

死因はと聞いて驚くコレラ。

2011年6月11日の記事「コレラパンデミック」で、ブラームスが15歳デビューの年にハンブルクでコレラの流行があったと書いた。この流行がユーラシア大陸を横切って日本に到達したのが1858年だと記しておいた。つまり広重は一連のコレラ禍終着点の日本で、そのコレラにかかって亡くなったということだ。

2016年3月31日 (木)

ハンス・ミリエス

ハンス・ミリエス(Hans Millies1883-1957)は、ヴァイオリニスト、指揮者、作曲家の肩書きを持つ音楽家。ベルリン高等音楽院に学んだというだけでもありがたいのに、ヴァィオリンをヨアヒムに師事したとあっては、そのご利益たるや半端ではない。

1910年、彼は上海租借地のオーケストラにコンサートマスター兼副指揮者として招かれる。1914年には第一次大戦の勃発とともに青島に出征するがそこで、租界オケの仲間4人とともに捕虜になってしまい日本にやってくる。やってきた先は千葉県習志野市にあった捕虜収容所だ。仲間は散り散りになるが、徳島坂東に送られた2人が第9交響曲日本初演に携わることになる。

おそらく1000名程度の捕虜が1919年まで収容されていた習志野で彼は弦楽四重奏団を組織し、やがてオーケストラも出来上がる。習志野捕虜オーケストラの指揮者あるいはコンマスとして運営を取り仕切った。確認されているだけでの10回くらいは演奏会を開いている。

このオケがブラームスを取り上げた事実がなかなか確認できないが、ヨアヒムの直弟子が指揮者だったというだけで満足した気になっている。

2016年3月25日 (金)

おすすめホテル

森鴎外の「独逸日記」は1884年から1888年にドイツ留学時の記録。超一流の文豪が残したドイツの風物の描写。本日はその中に登場するホテルを抜き出して列挙する。どこか1箇所くらいブラームスも泊まったかもしれないと妄想が膨らむ。

<ベルリン>

  1. 1884年10月12日 Hotel Garni zum Deutschen Kaiser 
  2. 1886年02月19日 Hotel Sansouci 莫愁客館 ホテル・サンスーシか。
  3. 1886年02月20日 Hotel Imperial 帝国客館
  4. 1886年08月09日 Toepfer's Hotel トヨプフェルス客館
  5. 1887年04月16日 Toepfer's Hotel トヨプフェルス客館
  6. 1887年07月17日 Hotel Kronprinz 太子客館
  7. 1887年08月31日 Toepfer's Hotel トヨプフェルス客館
  8. 1887年10月18日 Toepfer's Hotel トヨプフェルス客館
  9. 1887年11月27日 Toepfer's Hotel トヨプフェルス客館
  10. 1887年12月09日 Kronprinzen Hotel 皇太子客館

<ライプチヒ>

  1. 1884年10月22日 Hotel Stadt Rom
  2. 1885年07月30日 Hotel zu StadtDresden 徳停客館 徳停はドレスデンのこと。
  3. 1885年08月25日 Hotel zu Stadt Dresden 徳停客館
  4. 1885年12月23日 Hotel de Russe 魯国客館 

<ドレスデン>

  1. 1885年05月12日 Hotel zu den vier Jahreszeiten 四季客館
  2. 1885年10月11日 Hotel zu den vier Jahreszeiten 四季客館
  3. 1885年10月11日 Hotel de Saxe 索遜客館 索遜は「ザクセン」
  4. 1886年02月17日 Hotel Stadt Peterburg 彼得堡客館

<ネルハウ>Nerchau ザクセン陸軍の演習に臨む。

  1. 1885年08月28日 Gasthof zu Sonne 太陽客館

<グリンマ>Grimma ザクセン陸軍の演習に臨む。

  1. 1885年09月06日 Gasthof zum goldenen Lowen 金獅客館

<ミュンヘン>

  1. 1886年03月08日 Hotel Deutscher Kaiser 独帝客館
  2. 1886年07月28日 Bayerischer Hof 拝焉客館 拝焉は「バイエルン」だ。
  3. 1886年10月15日 Bamberg Hof バムベルク客舎
  4. 1886年12月22日 Grunwaldhof グリュンワルド客館

<シュタルンベルク湖>

  1. 1886年09月03日 Bayerischer Hof 拝焉客舎 ミュンヘンのと同名かも。

<レオニー>シュタルンベルク湖畔

  1. 1886年09月 Gasthof Leoni レオニイ客舎

<ヴュルツブルク>

  1. 1887年09月16日 Hotel National 国民客館

<カールスルーエ>

  1. 1887年09月18日 Hotel Germania 日耳曼客館

<ウィーン>

  1. 1887年09月28日 Hotel Victoria 勝利客館
  2. 1887年09月29日 Tegethof テゲット客舎

ご覧の通り漢堡ハンブルクが無い。よくよく調べると4年の留学期間中に鴎外はハンブルクに立ち寄っていない。またライプチヒに「ホテルドレスデン」がある。誤植ではない。

本日のこの記事はブログ「ブラームスの辞書」開設以来4000本目の記事となる。

2016年3月11日 (金)

あれから5年

東日本大震災から今日で5年。

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