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カテゴリー「723 短歌俳句」の37件の記事

2020年3月31日 (火)

西行没後830年

文治6年如月16日に、辞世での予告通りにこの世を去った大歌人が西行だ。西暦なら1190年なので今年は没後830年となる。

大好きな新古今和歌集に象徴される和歌の絶頂期を、藤原俊成とともに準備したという位置づけだ。「歌」「仏」「旅」の3つを高い次元で程よくブレンドし、続く世代に決定的な影響をもたらしたと評価される。息をするように歌を吐く印象。しきたり、流派には無縁に見えながら、身勝手な自己流あるいは前衛に堕していないと感心するばかり。

「令和百人一首」では恐れ多くも和歌のシューベルトと認定した。

2020年3月30日 (月)

疫病退散奉納

世の中、ますます委縮してきた。新型コロナウイルスの話だ。オリンピックの延期も決まりいよいよ閉塞してきている。都市封鎖の現実味が重くのしかかる。ブログ「ブラームスの辞書」では注意深くコロナの話題を避けてきたが、そうも参らぬと本日初めて話題にする。

疫病退散を願ってお叱り覚悟のオリジナル和歌集を奉納することとする。そもそも昨今の騒ぎは、世が世なら国中の僧侶をかき集めて、加持祈祷をさせるレベルだ。神も仏も、いやいやイエスさまもマリアさまも総動員がいるはずだ。私も座視できぬ。

  1. し方の十年のきかなにも人にもせぬ縁あり
  2. 十の春にぞこころなき病まだ見ぬ後の世々に伝へむ
  3. きそびれまだ声聞かぬ鶯はころな憂しとて谷に籠もれる
  4. の病みを照らす心の拠りどころなりとて花の灯りをぞ待つ
  5. ふや我明日は家族か知らねども笑ふ我家をころなよくらむ
  6. 縦ならば目にもさやなるころなよけ荒き神々心して読め
  7. 花のころのみと春は添ひかねて声だに鎮む四方の営み
  8. 咲く花を神酒はころなと思し召す宴まばらなる花の下影
  9. 家々のふところなべて寒からし野辺のかまどに立つ煙無し
  10. まじないになるやならぬや試みにコロナの麦酒拝みてぞ飲む
  11. 毒消しの験と麦酒飲み干してこころなぐさむこの夕べかも
  12. 雛仕舞い遅れがちなる我家かなころな故にとむべも言ひけり
  13. 久方のころなに心砕くとも知恵の緒きらり卒業の子ら
  14. 白まゆみ家居する日の朝じめりころなよくとて香焚きにけり
  15. 夕気配こころなしにか暮れを急ぎなほ道の辺の人ぞ稀なる
  16. 秋来れば集ふ手筈の神無月ころな出雲と思いとどまれ
  17. 時は今大和島根を守るころ勿来の関を閉じて固めよ
  18. ぬ人をくに松ともき身かなかぬ藻塩にも小慣れつつ
  19. 物の名に既に籠めしか友則のしづこころなく花の散るとは
  20. 夕されば禊ぞ夏と知るこころならの小川に風そよぐとも
  21. 春の野にすみれ摘みにと歩み出てころなの峠踏みや越えまし
  22. きりぎりす鳴くさ筵は無けれどもころなころなと人ぞ鳴くなる
  23. 東風吹きて匂ひ起こせし梅の花時ぞ過ぐるところな広めそ
  24. 春過ぎて夏来るまでと祈るかなころな干すてふ神に仏に
  25. 玉鉾の道に子供の跡絶えて春まだ寒くころな討つなり
  26. 時を経て祟るころなる滝川の割れてや末も逢はで過ぐさむ
  27. 乙女をば留むばかりの天津風ころなの裳裾閉じてこそみめ
  28. 経も無く緯さへ見えぬ毛色かなころなたつとて吹く春嵐
  29. 山は裂け海は浅せなむころなるも流行り病に心閉ざすな
  30. 佐保姫の去るとも聞かぬ竜田川ころなをぞ絶て千早振る神
  31. 足引きのやまいの仕業憎むとも人のこころなさても忘れそ
  32. 切り貼りの歌にころなを閉じ込めて幣と手向けむ護れ神たち

願をかける以上、半端な数では聞き届けてもらえまいが百首に届かなかった。信心が足りてない。その代わり全てのお歌にコロナを刷り込んでおいた。「物の名」「折句」を一部含む。あるいはいくつか本歌取り割と真剣にぞありける。

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おっと、こちらはお神酒だ。

 

2020年3月15日 (日)

班対抗かるた大会

小学校4年の3学期。1970年のことだからもう50年前の話だ。

担任だった植木先生は、国語の時間に突然「百人一首大会」をやると切り出した。明日の午後から練習してみるから、おうちに百人一首がある人は持参してくださいと。続けて黒板に一首書いた。

よをこめてとりのそらねははかるとも

よにあふさかのせきはゆるさじ

これで上の句と下の句を説明してくれた。取り札には下の句しか書いていないこと。読むのは上の句から読むこと。だから歌を暗記している人は、上の句が読まれるやいなや取り札に殺到できます云々。意味や歌人の説明はなし。

帰宅してさっそく両親に話すと、我が家に小倉百人一首があった。「おおっ」ってなもんだ。上記の清少納言の歌を暗記してしまったと話すとたいそう喜んでくれた。

翌日、クラスをおよそ7人ずつの6班に分けて100枚をばらまいての乱取り。私は20枚とって班で一位になった。ろくに歌を覚えていないのに要領よく立ち回って優勝した。先生は各班の優勝者を集めて決勝大会をやるとおっしゃった。1位だけを集めた班、2位だけを集めた班、3位だけを集めた班、4位以下はランダムで班を作って来週は一日がかりにしましょうと。私は思いがけず20枚とれて一気に気合に点火された感じ。

帰宅して父に話すと、暗記を手伝ってくれることになった。父も母もほぼ100首暗記していた。父が読んで母と対戦する。あるいは母が読んで父と対戦する。そのうち私が読んで両親が真剣勝負を始めた。こうして一週間後に全部覚えていた。最後に暗記したのは「人はいさ心も知らずふるさとは花ぞ昔の香ににおひける」紀貫之だった。初句を言われれば、下の句まで全部言えるようになった。歌人との紐付けはまだできていないし、歌人の氏素性もわかっていないまま、歌だけ丸暗記に成功したということだ。1文字目決まりの「むすめふさほせ」や、初句で決まらないお歌など、両親のウンチクも吸収した。

決勝戦は、他の対戦を全部終えたあと、クラス全員が注目するなか先生が読み人になって行われた。各班の1位だけ集めた6人で乱取りした結果、私一人で51枚とって優勝。残り30枚くらいからは全部私がとった感じ。竹製の小さな花瓶をトロフィー代わりにと先生が用意してくれた。

当時の得意札は阿倍仲麻呂だった気がする。

クラシック音楽にのめりこむのはこの3年後であった。

2020年3月 7日 (土)

旋律はどうした

ドイツ民謡の研究が当初文学者の手によって進められたことは既に述べてきた。ロマン派の文学運動の一環として起こったからだ。現在でこそ民謡において旋律とテキストは密接不可分と考えられているが、当初はもっぱらテキストの収集研究だった。

日本にも古来和歌の伝統がある。8世紀中庸奈良時代に成立したと考えられる万葉集が、現存する最古の和歌集だと位置づけられている一方、万葉集の詞書きなどから万葉集に先行する歌集が存在したこともほぼ確実だ。

五七五七七に区切られた31音で成り立つ和歌は、実際どのようにうたわれてたのだろう。競技カルタつまり百人一首では、100首の歌が同じ旋律で歌われている感じである。和歌を文学として見る限りそれでも良いのだと思うが、「口に出して読まれて何ぼ」だとすれば旋律めいた節回しで読まれていたとも考えられる。和歌が芸術となる以前、民衆の声の発露だとするならなおのこと個々の歌毎に別旋律だったとしても不思議はないとにらんでいる。同じ人間だ。ドイツで起きたことが日本で起きぬハズはない。それがいつの間にか旋律という要素が脱落した結果和歌が文学になったのではないだろうか。CDや楽譜が無いということを前提とするなら、旋律の伝承はテキストに比べて難易度が高いと見た。

古今和歌集以降、和歌集が天皇の命令で作られ、貴族たちのたしなみになってしまう前、庶民のザレ歌がいつしか五七五七七の形態に落ち着いたということはないだろうか。しかもそれらは当初独自の旋律を持っていたなどという想像は荒唐無稽だろうか。

さらにだ。和歌の流れや意味内容によって朗誦する際のダイナミクスに影響があったのかなど興味はつきない。歌合せなどでお歌を詠みあげる人が専門化して読み方が紙に残れば、そのキャラは楽譜に通ずるものがあるはずだ。

 

 

2020年2月24日 (月)

謹んで提案する

2020年オリンピックイヤー。国民的行事と位置付けられて準備が進んでいるが、それだってやがて終わる。ここに謹んで提案したいことがある。

令和改元を記念して今上陛下の命で23番目の勅撰和歌集を編纂してほしい。

ネット環境フル活用で、広く国民から和歌を募集し、当代一流の撰者が集まって20巻1500歌程度を選んで出版してほしい。ネット公開も考えてもいい。なにか国際的に問題を引き起こすのだろうか。あるいは法的な問題があるのだろうか。内閣総理大臣の執奏に、陛下が答えるという形の勅撰なら象徴天皇制に抵触するとも思えない。

部立ては現代風にアレンジするのもいいだろう。「春夏秋冬」は決定として、「恋」は思い切って省く。それから部立てとしての収まりについて議論の余地もあろうが「青少年」を切り口にしてもいい。中高生枠に100首程度。歴史上の歌人枠として300程度。皇室枠として100程度。撰者枠も20程度。いっそ思い切って一人の入集は1首としてもいいかもしれない。歌会始のお歌は検討の対象だ。

当然、過去の勅撰入集歌は対象外だ。

オリンピックの準備と開催に比べれば費用は安くすむのではあるまいか。

 

2020年2月10日 (月)

贈られた

源実朝をお祀りした御首塚のとなりに、東田原ふるさと公園がある。売店で新鮮な野菜が売られている。何気なしに立ち寄ったところ、梅の鉢植えが目についた。太い幹につぼみがたわわだ。2500円。魅入られたように買い求めた。高いのか安いのかは関係ない。文字通り吸い寄せられた。実朝は何かと梅に関係がある。

君ならで誰にか見せむ我が宿の軒端に匂ふ梅の初花

まずは、こちら。実朝の側近だった塩屋朝業に贈った歌。庭の梅が初めて咲いた日に枝を添えて届けさせたという。「あなたにこそ見てもらいたい」と詠む。これは紀友則の「君ならで誰にか見せむ梅の花色をも香をも知る人ぞ知る」の本歌取りだ。価値のわかる人にこそ見せたいの気持ちを濃厚に含む。受け手がこの本歌取りを理解することが前提のプレゼントに決まっている。贈られた朝業は「うれしさも匂いも袖にあまりけり我がため折れる梅の初花」と返す。政治の実権はもっぱら北条氏に握られ云々と語られがちだが、かれこれ14年間も将軍の座にあったのだから、忠誠を尽くす家臣が居ても不思議はない。朝業は実朝の死をもって出家したという。

実朝の屋敷の軒近きその梅はよほど大切なのだろう。

出で去なば主無き宿となりぬとも軒端の梅よ春を忘るな

吾妻鏡に載せられた源実朝の辞世だ。菅原道真の名高いお歌「東風吹かば匂ひ起こせよ梅の花主無しとて春な忘れそ」の本歌取りかとも思える。ひとかどの武人ともなると、いつ落命してもいいように、常に辞世を持ち歩いていたかとも伝わる。だから、実朝の御首塚のほとりで、梅の鉢植えを見たとき心が揺れた。実朝からの強烈なメッセージと思えた。この鉢植えは私に買われるためにここにいたと思った。

実朝のお参りに来たという事情を話すとお店の人は、車で持ち帰れるようにと有り合わせのダンボールに新聞紙を丸めて並べ、鉢が動かぬように固定してくれた。地元の人はここに実朝の御首が埋葬されたことをまったく疑っておらず、私の訪問を心から喜んでくれている感じがした。私はといえば、この梅をトランクになど押し込めるはずもなく、段ボールごと後部座席のシートベルトで固定して持ち帰った。メーターのディスプレイには後部座席に人が乗っているマークが点灯した。そうだ。その通り。実朝に決まっている。

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源実朝から私への還暦のお祝いだと解さねばならぬ。

 

 

 

2020年2月 9日 (日)

御首塚

これで「みしるしづか」と読む。源実朝は健保7年1月27日、右大臣拝賀のために参拝した鶴ケ丘八幡で公暁に暗殺された。公暁は実朝の首を取り、三浦義村の邸宅にたどりついたところを誅殺された。鎌倉幕府の正史「吾妻鏡」では実朝の首の所在は言及されていないが、神奈川県の秦野市に実朝の首を祀ったという五輪塔があると聞いて出かけた。それが「御首塚」だ。

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セバスチャンまで神妙に見える。

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特別に飾ったお花を手向け、これまたスペシャルなお線香を焚いて、心鎮めてお参りした。合わせて「令和百人一首」へのご加護をお願いした。周辺は公園状に整備されており、金槐和歌集に因んだ植物が植えられている。

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あたりはゆったりとした田園風景。鎌倉時代の遺構が出土するなど、当時の有力御家人の本拠地だった可能性が高いと言われている。

2020年1月 9日 (木)

業平は新しいか

長女だったか次女だっかたか、百人一首の歌人の話をしていたときだ。話題になったのは以下の一首。

千早振る神代も聞かず竜田川韓紅に水くくるとは

作者は在原業平である。これをどう間違えたか「水ぐぐるとは」と覚えていた。何か水について調べていたのかと。古くは濁音の「¨」が表記されないから仮に「ぐぐる」だとしても表記は「くくる」になるのでナイスな着眼だと思う。「神々の世の中にでも聞いたことのないような名高い竜田川の水についてグーグルで調べてみたとは」ってなもんだ。さすが平安時代屈指のプレイボーイだとか。

これで暗記が進むなら良いことだ。

 

2020年1月 8日 (水)

勅撰和歌集

天皇の命で作られる和歌集のこと。全部で21あるので以下にまとめてみる。

No 名称 成立年 下命者
1 古今和歌集 905 醍醐天皇
2 後撰和歌集 951 村上天皇
3 拾遺和歌集 1006 花山院
4 後拾遺和歌集 1086 白河院
5 金葉和歌集 1124 白河院
6 詞花和歌集 1144 崇徳院
7 千載和歌集 1183 後白河院
8 新古今和歌集 1205 後鳥羽院
9 新勅撰和歌集 1235 後堀河院
10 続後撰和歌集 1251 後嵯峨院
11 続古今和歌集 1265 後嵯峨院
12 続拾遺和歌集 1278 亀山院
13 新後撰和歌集 1303 後宇多院
14 玉葉和歌集 1311 伏見院
15 続千載和歌集 1320 後宇多院
16 続後拾遺和歌集 1326 後醍醐天皇
17 風雅和歌集 1346 花園院
18 新千載和歌集 1359 後光厳天皇
19 新拾遺和歌集 1363 後光厳天皇
20 新後拾遺和歌集 1382 後円融天皇
21 新続古今和歌集 1438 後花園院
22 新葉和歌集 1381 長慶天皇

22番目は勅撰和歌集に準ずる扱い。南朝専用の和歌集だ。当代一級の歌人が撰者に任命される。和歌所という専門の役所が置かれることもある。大切なのは過去に一度勅撰和歌集に採用された歌を再び採用しないという原則だ。つまり膨大な歌のデータベースがあるということである。パソコンの無い時代、膨大な過去作品の管理を人力で行っていたということに他ならない。撰進は難儀な作業で、過去のさまざま私歌集や、歌合せの中から選んで行く。完成後は下命した天皇に見せて承認を得る。奏覧という儀礼だ。まれにここでダメ出しされることもあるとはいえ、撰者は超名誉だ。

見ての通り、勅撰和歌集の作成は不定期。かなり不規則だ。80年以上開くこともあったが4年のこともある。2度下命した天皇は4名いる。2度撰者を務めた者もまた4名だ。

ちなみに名高い万葉集や小倉百人一首はここにはない。天皇の命令で作られたわけではないから、あくまでも私撰集の扱いとなる。

勅撰和歌集に採用されることを「入集」というう。1首でも採用されたら大変な名誉で、一生歌で食っていけるレベルだという。通算最多入集歌人は紀貫之で475首。以下、藤原定家、藤原俊成親子が続く。通算入集数は歌人の位置づけを簡単に知ることが出来る便利な目安だ。平安から室町初期までの歌人についてはよく機能する。

2020年1月 7日 (火)

歌合せ

決められた題に基づいて歌を詠みあう催し。平安時代以降、宮廷を中心に盛んに開催された。東西でも紅白でもなく左右に分かれて行う。最盛期には千五百番歌合せなどという大規模なものまで現れた。歌合せの主催者はそれなりにお金持ちでなければならず、有力貴族のみならず天皇主催まであったという。

日常、ありとあらゆる場面で歌を詠むことが当たり前だった時代、宮廷の貴族たちは、今で申す公務員ながら、歌の能力は出世を左右した。歌を詠むことはパソコンをいじることと同等の必須スキルであった。歌合わせは歌力向上の場であり、アピールの場だった。概ね1か月前に開催が告示されて、左右それぞれにコーディネーターというべき「方人」(かたうど)が据えられる。大抵は歌に明るい高位者が務める。あらかじめ題が決められて、各々にこれと思う歌人を招聘して歌を詠む。左右は同格ではなく、左を社会的身分上位が占めるしきたりだった。歌合わせに出ることを出詠という。出詠だけでそこそこの報酬があるし、勝てばまたボーナスも出た。天皇や有力貴族などの目に留まれば出世のキッカケにもなった。何よりも歌合せは記録に残されるから、以降の勅撰和歌集に入集させてもらう可能性が生じる。

左右の勝敗を判定するレフリー役を「判者」(はんざ)と言った。この役目も当代一級の歌人が務める。判定と判定理由「判詞」書く。引き分けもあった。「持」という。階級上位の左優位の中での引き分けは右にとって勝ちに等しい評価だったという。

当日、会場は華麗に装飾され、調度品も一級品がそろう。左右両陣営にそれぞれ「講師」(こうじ)という読み手が置かれる。もちろん美声の持ち主である。

 

 

 

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フォト

ブラームスの辞書写真集

  • Img_0012
    はじめての自費出版作品「ブラームスの辞書」の姿を公開します。 カバーも表紙もブラウン基調にしました。 A5判、上製本、400ページの厚みをご覧ください。
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