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カテゴリー「303 ドヴォルザーク」の282件の記事

2017年2月21日 (火)

ルドルフィヌム

カレル橋を新市街に向けて渡っていると、左手下流側にルドルフィヌムが見える。

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見ての通りの威容だ。1885年に完成したコンサートホール。現在のプラハではスメタナホールと並ぶ双璧だ。チェコフィルの本拠地としても知られ、1896年には発足間もないチェコフィルがドヴォルザークの指揮で演奏会を開いた。

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この通り、エントランス前広場のヴァルタヴァ川よりにドヴォルザークの像が建つ。つまりは聖地である。我が家所有の「我が祖国」のCDのうちカレルアンチェル指揮のチェコフィル盤の録音場所がここルドルフィヌムになっている。ここでドヴォルザークやスメタナを聴いたらそりゃあ耳から鱗だろう。

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グッズショップもたいそうな貫録で、あきない。

2017年2月 1日 (水)

念願の墓参

2010年9月から1年間、ドヴォルザーク特集を展開した。ブラームスほどではないけれど、ドヴォルザークだって相当好きなのだ。

今回のドイツ旅行にプラハ訪問を織り込んだのは、なんとしてもドヴォルザークの墓参りがしたいからだった。プラハ郊外ヴィシェフラドにある教会の懐深きところにドヴォルザークは埋葬されていると聞いていた。

プラハから地下鉄で15分くらいのところにあるヴィシェフラド駅で降りろと案内のお姉さんに告げられた。地下鉄の駅になっていたのかとまずは軽い感動。駅まではスムースに着いたが、案内らしき案内はない。プラハは東欧にあってはそこそこの観光地なのだが、案内表示の不備には困惑した。仕方ないから通りがかりの人に「片言の英語」で尋ねると、手を伸ばして「ゴーストレート」と教えてくれた。

瀟洒な住宅街と思しき小道を進むこと10分で、城門があった。どうやらこの中らしいが、何せチェコ語では雲をつかむような話だ。「教会の境内」という情報をもとに案内図に中にそれらしきエリアを発見し歩くことにした。万国共通の「i」という標識の建物に飛び込んで、「ドヴォルザークの墓」と尋ねると、ここをまっすぐと言われ、簡単なパンフを見せられた。境内見取り図で、著名人の墓が記載されている。日本円で50円くらいなので記念にと買い求めた。

先にスメタナの墓が見つかった。墓碑には「モルダウ」の冒頭2小節の第二フルートのパートが刻まれている。いやいやこみあげてくる。

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さらに奥に進む。

壁際の屋根で覆われたところにドヴォルザークの墓があった。

柵があって近づけないのがもどかしい。柵の外から手を合わせた。なんだかなんだかジーンときた。

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2017年1月31日 (火)

ヴィシェフラド

「ヴィシェフラド」は、スメタナ作曲連作交響詩「我が祖国」の第一曲のタイトルだ。

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プラハ最初の訪問先を、長男の願いにしたがってジェネラリアレナに設定した代わりに、2番目の訪問先はヴィシェフラドだ。

スパルタク駅からまた市電にのって、ムステク駅で地下鉄に乗れと教わった。下車駅はなんと「ヴィシェフラド駅」だ。名高い交響詩のタイトルがそのまま地下鉄の駅名だ。それだけで相当テンションが上がる。

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車内のアナウンスを無理やりカタカナにするとやはり「ヴィシェフラド」と聞こえる。字義通りなら「高い城」という意味らしい。チェコ人とりわけプラハの人にとって誇り高い地名になっているそうだ。

2014年10月 6日 (月)

鉄オタの考えそうなこと

鉄オタ。「鉄道オタク」の短縮形だ。作曲家アントニン・ドヴォルザークはほぼ「鉄オタ」の域にあった。運行ダイヤの暗記は当然で、機関車を運転したいとまで思っていた。

ドヴォルザークが1883年10月にウィーンを訪問して、初演間近だったブラームスの第3交響曲を、作曲者本人のピアノ演奏で聴いたことは、少し詳しい伝記にはよく載っている。→こちら

この出来事が「10月上旬」あるいは「10月初旬」とされているばかりで、日付が不明になっていることが多い。調べを進めていて、愛すべき仮説にたどりついた。

記事「オリエント急行」を見て欲しい。オリエント急行の開通は1883年10月4日だと書いた。補足するとこれは始発駅パリを出発した日付である。一番列車のウイーン着は10月6日の23時15分だった。ウイーン西駅着だ。ここから現在のウイーン南駅に回送されて1時間後の零時15分に発車した。

深夜の出来事ではあるのだが、鉄道オタクのドヴォルザークがこれを見物したとは考えられまいか。ドヴォルザークの住まいがあったプラハは、オリエント急行のルートからはずれている。プラハからもっとも近い停車駅はウィーンだ。当時オリエント急行は時代の最先端の乗り物であり、マスコミもきそって取り上げたから、市民の関心は高かった。ましてや鉄道好きのドヴォルザークが無関心でいられるハズがない。少なくとも交響曲第3番の私演の合間に、オリエント急行がブラームスとの話題になった可能性は相当高いとにらんでいる。

もちろん両者の伝記はこのことには沈黙しているが、このときのドヴォルザークのウィーン滞在が10月6日と7日を含む日程だったのではあるまいか。第三交響曲の私演は、むしろ付け足しで、メインはオリエント急行一番列車の見物だという読み。

この仮説、おそらく世界初(当社調べ)

2014年9月10日 (水)

ドヴォルザークの初乗車

鉄道マニアだったドヴォルザークが、初めて列車に乗ったのはいつのことか、伝記の記述を元に検証したい。

  1. 1851年 プラハからドイツ・ザクセンに抜ける路線が開通した。ドヴォルザークの生地ネラホセヴェスは、この幹線上でプラハの北30kmにある。10歳のドヴォルザークが鉄道を目撃したことだけは間違いが無い。
  2. 1853年 伯父のいるズロニツェに下宿。西に4時間。馬車で行くしかなかった。
  3. 1856年 北方ザクセンとの国境に近いチェスカカメニツェで肉屋の修行。デェチンの東数十キロの位置だが、当時は鉄道が通じていない。デェチンまで鉄道で行き馬車に乗り換えたかもしれない。
  4. 1859年 プラハのオルガン学校に入学。このときプラハまで鉄道を使った可能性がある。
  5. 1863年 ハンブルクに行く。いくらなんでもさすがにこれは鉄道だ。

ドヴォルザークの実家は貧しかったと伝えられている。当時の鉄道運賃が庶民には少々お高かったとも言われているから、万全を期するならば上記5が本命だが、少々のお金が工面できたなら、上記3も捨てがたい。あるいは、心情的には上記1の後、何らかの機会に乗車できた可能性も夢見ている。

2014年9月 8日 (月)

ネラホセヴェス

ベルリンからドレスデンを経てプラハ、やがてウィーンへと走る特急列車「ヨハネス・ブラームス」号がウスティ・ナド・ラベム駅を16時19分に出発する。そこからおよそ30分プラハ駅とのほぼ中間点にあるのが無人駅ネラホセヴェスだ。ヨハネス・ブラームス号はもちろん通過する。スメタナの交響詩で有名なモルダウ川とエルベ川の合流点も近いその無人駅の至近にアントニン・ドヴォルザークの生家がある。生まれてから13歳までを過ごした家だ。

後年ドヴォルザークは鉄道を愛した。生家が駅前にあるという環境が少なからぬ影響を与えたと感じる。

プラハとウィーンの間を往復するアントニン・ドヴォルザーク号はネラホセヴェスを通ることは無いのは残念だ。ドレスデン発にしてネラホセヴェスに停車させるくらいの粋な計らいを期待したところだ。

2014年9月 7日 (日)

プラハ発ウィーン行き

チェコの首都プラハとウィーンを結ぶ路線は、列車の愛称という観点から見て、お宝のヤマになっている。トーマスクック社刊行の「ヨーロッパ列車時刻表2011年春版」から拾い上げてみる。

  • 04時39分発 グスタフ・マーラー号
  • 06時39分発 スメタナ号
  • 08時39分発 フランツ・シューベルト号
  • 10時39分発 アントニン・ドヴォルザーク号
  • 14時39分発 グスタフ・クリムト号
  • 17時39分発 ヨハネス・ブラームス号

どれも所要時間5時間16分でウィーン・ノイシュタット駅に着く。何故かヨハネス・ブラームス号だけがベルリン始発で、ウィーン・プラーターシュテルン駅着になっている上に、所要時間も4時間26分になっている。是が非でもこれに乗りたいところだが、景色を眺めるならシューベルト号かドヴォルザーク号がいいような気がする。

並み居る大作曲家に混じって、14時39分発グスタフ・クリムト号が異彩を放つ。食堂車でビールを注文すると、グスタフ・クリムト号専用のオリジナルコースターがもれなく付いてくるくらいのサービスを期待してしまう。

2014年9月 6日 (土)

さすがの伝記

ドヴォルザークの鉄道好きは名高い。カレル・ブリアンという人が書いた「ドヴォルザークの生涯」という伝記には、鉄道関連の話が盛りだくさんだ。あんまり楽しくて信用出来ないレベルだ。

ドヴォルザークが1878年12月12日にウィーンに赴いてブラームスとの初対面が実現した話もその一例だ。19時45分という到着時刻が律儀に記述されている。以下に驚くばかりの内容を箇条書きにする。

  1. ウィーンまで客車を牽引した機関車の名前が「レンツ」だった。
  2. 「レンツ」の機関士はクロサーネク氏。
  3. ウィーン駅にブラームスが出迎えに来ていた。
  4. ブラームスに機関士のクロサーネク氏を紹介した。
  5. 機関車「レンツ」の性能と車番をブラームスに説明した。
  6. 帰路、ウィーンからブルノに向かう列車を引いたのが45トン4軸のボルジヒ製。
  7. それはシレジア産の最良の鉄を使った最新鋭機関車。
  8. ボルジヒ480号列車だとも記述がある。
  9. 帰路ブルノに出迎えたヤナーチェクにも機関車の薀蓄を語った。

1880年2月に今度はブラームスがプラハにドヴォルザークを尋ねる。このときにも以下のような記述がある。

  1. プラハ駅までドヴォルザークが迎えに出た。
  2. そこでまた機関車について薀蓄を披露する。
  3. ドヴォルザークは「もし新型機関車が手に入るなら、交響曲全部を投げ出してもいい」という。
  4. ブラームスは「世間の人がこの走るかまどをみな忘れてしまっても、君の交響曲は演奏され続ける」と返す。

ドヴォルザークの鉄道への興味を余すところ無く伝えてくれている。話がリアル過ぎて信じられないくらいだ。特にこの伝記作者のブラームスへの敬意は主人公のドヴォルザークを脇に押しやるレベルだ。2人のからむ場面の描写は本当に興味深い。

2014年7月14日 (月)

お盆のファンタジー18

ブラームスも私もサッカーの決勝戦に夢中になっている。ハーフタイムになってドヴォルザークが、ふと思い出したように切り出した。「今日は、あなたのブログの記念日か?」と。話が突然変わって面食らったが、確かに本日のこの記事をアップしたことにより、2005年5月30日のブログ「ブラームスの辞書」の創立から3333日連続の記事更新になる。ワールドカップの決勝戦の日になるとは、たいした奇遇だ。

「確かに今日で3333日になるが、何故知っているんだ?」と私。「そりゃあまあな」とブラームスがドヤ顔で切り返す。「3333日がお盆期間になることは前からわかっていたから、それに合わせて来たが、まさかファイナルと重なるとは」などど得意な口ぶりで、ドヴォルザークに向かって目配せをした。ドヴォルザークは大きなスーツケースから何かごそごそと取り出して私に手渡した。

おおお。ビールだ。驚いた私にブラームスは「あんたビールも好きだろ」と畳み掛ける。ドヴォルザークが言うには、プラハ最高のビールだということだ。今から急いで冷やすから後で飲もうということになった。

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2014年7月 2日 (水)

プラハのケーブルカー

ブラームスがウィーンのケーブルカーを知っていたかという話について、裏づけを取ろうと調べていてお宝情報に遭遇した。

ドヴォルザークの住まいがあったジトナー通りから西北西に1500mほどの位置、モルダウ川の反対側にペトシーン山という高台がある。標高133mだがプラハ市内を眺めるには絶好のポイント。この山に麓からケーブルカーが敷かれている。今も現役のこのケーブルカーの完成は1891年だった。ブラームスは無理だが、ドヴォルザークは絶対にその存在を知っていたに決まっている。アメリカ滞在中をのぞいておよそ10年間もこのケーブルカーと同じ街に住んでいたことになる。

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