ベートーヴェンが遺した唯一のオペラのタイトルだ。無実の罪で監禁される夫の救出に奮闘する妻の物語だ。救出のチャンスを伺うために妻は「フィデリオ」と名乗って男になりすます。夫婦の愛が主題だ。
周知の通りブラームスはベートーヴェンを尊敬していたが、「フィデリオ」については手放しの称賛ではなかったらしい。相手や言葉を慎重に選びながら苦言を呈することも忘れない。
ハンブルクフィルハーモニーのポストにありつけなかった失意のブラームスにウィーン進出を促した人々がいた。その一人がルイーゼ・ドゥストマンという女性だ。ウィーン宮廷歌劇場の歌手だ。しかも下っ端ではない。「フィデリオ」のタイトルロールを努めたとされている。つまり主役レオノーレを歌ったということだ。
ブラームスはウィーン進出前に既に少々のコネを持っていたということだ。無闇に故郷を飛び出した訳ではなかった。
1814年5月23日、ウィーンにて歌劇「フィデリオ」初演。つまり今日初演209周年だ。
バロック特集を標榜しながら、オペラを含む声楽作品を避けてきた。純粋に私の好みの問題だ。
ところがバロック時代、音楽の根幹はオペラだった。シンフォニア、コンチェルト、アリアなど、器楽曲も実はオペラからの派生である。器楽曲がいかに素晴らしいものであっても、音楽活動の辺境であったと考えていい。それはつまりイタリアの優越さえ意味する。最古のオペラモンテヴェルディの「オルフェオ」の完成した1600年を、バロック時代の起点に据える考え方もこうした事情の反映であると思われる。
器楽の地位は、バロック時代を通じて一貫して上がり続けたが、ここでもやはりイタリアの先導的な地位は動かない。もしヴァイオリンの台頭がなかったら器楽の地位はもっと低かったに違いない。ドイツでは相対的に器楽が盛んであった。とりわけオルガン、チェンバロの発展においてドイツの果たした役割は大きいと目されている。
ヴァイオリンが私のバロック特集の隠されたキーであることお気づきの通りだが、バロックオペラの重要性は不変であることを念のために確認しておく次第である。
ヴィヴァルディはこの点でもエクセレントだ。
いやはや驚いた。連休中にはまったCDの話だ。「フィガロの結婚」の全曲版。エーリヒ・クライバー指揮のウィーン国立歌劇場。1950年代の録音でかろうじてステレオ。かの名高いカルロス・クライバーのご尊父の指揮ということで何気なく手に取ったが大当たり。フィッシャーディースカウとプライが丁丁発止でやりとりするベーム盤が長らく脳内定番だったが、それに匹敵。私の脳味噌にディースカウ補正がかかっていなければこちらに軍配かもしれぬ。慣れないと伯爵とフィガロが聞き分けられない点だけが課題だが、そりゃこちらの耳のせいだ。
ご子息カルロス・クライバーがこの作品の録音を残していないのは父を恐れてのことかもしれない。
おまけにだ。このほど部屋の整理をしていて「フィガロの結婚」のフルスコアが出てきた。黄ばみが激しいがこれで十分だ。
未確認ながら大変興味深い情報があった。
1883年の正月に、ブラームスがビゼー作「カルメン」の楽譜をクララに贈ったというものだ。この情報がガセでなかったとすると、2009年10月7日の記事「カルメン」で私が示した見解が崩れさる。ブラームスがカルメンのスコアを見るのが1892年が初めてではないかという見解をのことだ。1883年の段階でクララに楽譜を贈ったのに、ブラームスが目を通していないということはあり得ない。自らのお眼鏡にかなうからクララに贈ったに決まっている。
逆に申せばクララに贈るというのは相当な高評価の表れだと思う。ドヴォルザークの評価では同意しなかったクララだが、ビゼーについては好意的な印象を持ったとされている。
本日6月21日はワーグナーの楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」が初演された日である。1868年だから今年は150年のメモリアルイヤーである。場所はミュンヘン、指揮はハンスフォンビューローだ。
同年4月10日にはブラームスの「ドイツレクイエム」が初演されている。
1868年と言えば、1866年の普墺戦争勝利の後だが、対仏開戦には至らぬ段階。ドイツ統一機運が高まる中での両巨頭の代表作の初演がたったの75日違いだ。ちなみにブラームスの第一交響曲と「ニーベルンゲンの指環」の初演も同じ年であった。
バロック特集を粛々と中断して言及する。
ジョゼッペ・ヴェルディは1813年10月10日に生まれた。今日はお誕生日である。ブラームスより20歳年上。ご存知の通りのイタリアオペラ業界の重鎮だ。
ブラームスはこのヴェルディの作品が好きだったという。
音楽之友社刊行の「ブラームス回想録集」第1巻の125ページ。ヴィトマンの中に興味深い記述がある。ヴェルディの「レクイエム」について友人で指揮者のビューローと意見が食い違ったという話だ。ビューローはこの作品をけなしたが、ブラームスはピアノとヴォーカルスコアを一瞥して「まさに天才の作品だ」と称し「ビューローは恥さらしだ」と憤る。
自分と同じ庶民の出だということも親近感を増す要因だったらしい。
不思議なのは8回に及んだイタリア旅行なのに、その間本場のイタリアオペラを楽しんだ形跡がないことだ。友人のヴィトマンは、それらオペラの終演が大抵夜遅くになるからだとの見解を示している。
グリム兄弟の「ドイツ伝説集」下巻には、オペラの元になったと思われる話が散見される。
されば「ニーベルングは?」と探したが、序文に断り書きがあった。「ニーベルング」関連の伝説は、収集の対象からはずされていた。既存既知の有名な文学作品との重複を避けたと明言してある。意図的に収載していない話を系統立てて列挙してあった。
私のような初心者が感じる疑問には、ことごとこく先回りして対処済みという風情である。
最近話題にすることが多いグリム兄弟が、ブラームス関連の書物の中に痕跡として現れている場所がある。音楽之友社刊行の「ブラームス回想録集」第2巻121ページだ。
友人のホイベルガーとの会話がフンペーディンクのオペラ「ヘンゼルとグレーテル」に及ぶ。ブラームスは「とにかく皆が驚いたのはオペラに童話を使った点なのだから」と言っている。1894年12月22日の記述だ。
周知の通り「ヘンゼルとグレーテル」はグリム童話だ。この会話をかわした時点でブラームスはグリム兄弟を思い出していた公算は大きい。自らの友人であるユリウス・オットー・グリムとの血縁関係でさえ知ってた可能性もある。
「さまよえるオランダ人」で思い出した話。「Rheingold」と綴る。「ラインの黄金」という意味。ワーグナーの楽劇のタイトルと一致する。ライン川の底に沈められた黄金にまつわる伝説に由来する国際特急列車の名前だ。
営業開始は1928年5月15日だから、ブラームスには直接関係がないものの、ドイツの鉄道ネタとしては避けて通れぬ話。時代によって変遷するがほぼ、アムステルダムとバーゼルを結ぶと考えてよい。
激動の時代を走りぬけ1987年まで存続していた。
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