話題の浸透には話の整理が必要だ。
1996年2月私が妻を亡くしたとき、我が家の子供たちの年齢は下記。
- 長男 3歳10ヶ月
- 長女 2歳2ヶ月
- 次女 0歳5ヶ月
母の子育てはここから始まる。このとき61歳の父母と我が家4人の共同生活が始まった。1年後に今の住居を買い求めた。その引っ越しからわずか5ヶ月後父が病に倒れ1997年11月には息を引き取った。
私は勤務を続けながら、母一人の子育てがそこから始まった。3人ともちゃんと成長し、このうちの長女が子供を産んで、1年が経過したと言うことだ。母にとってのひ孫、私にとっての初孫の成長を見守ったのは幸せには違いない。母となった長女の奮闘ぶりは、見ていて健気でさえある。
孫の5ヶ月到達は小さなショックだった。なぜなら妻を亡くしたとき最年少の次女が5ヶ月だったからだ。5ヶ月の孫が母である長女に依存する様子を見るにつけ、その歳で母を亡くした次女を思いやる気分が勝っていた。長男長女も似たりよったりだ。
私はといえば子育てに必要な部門への再配置はしてもらえたものの産休は無い。母は長男長女を保育園ではなく幼稚園に入れて、次女を見続けた。
今の長女の子育てぶりを見るにつけ、ただただ呆然とする。私は母にそれをさせたのだ。3人の子育ての苦労が1人の場合の3倍とはなるまいが、還暦過ぎの母にそれを強いたということだ。今自分が還暦を越え、そこから3人の子育てをさせた重みは増すばかりだ。初孫の成長を見る楽しみと同等に、母の苦労を思いやっている。
この先なんとしても母の老いを見守らねばならぬという強い決意はここに由来する。初孫の1歳を機に改めて誓いを表明する次第。
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