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カテゴリー「351 クララ」の121件の記事

2019年10月22日 (火)

蔵書整理

1854年3月ブラームスは、シューマン投身の知らせを聞いてデュッセルドルフに急行する。シューマンは程なくエンデニヒの病院に収容された。この後1856年10月まで男手の無くなったシューマン一家に献身することになる。この前後に作品発表の空白が出来ていること周知の通りである。

家事を手伝うブラームスは、その一方でシューマン家の膨大な蔵書整理を買って出た。ロベルトはまだ存命だから遺産整理ではあり得ない。ロベルトが収集した書物や楽譜を自由に見てよろしいという許可と引き換えに自ら申し出たのだろう。

ブラームスはかなりな読書好きだったのだ。実家が貧しかったこともあって、蔵書と呼びうるようなまとまった量の書物は持っていなかったから、むさぼるように書物と向き合ったのだ。

これを見ていたクララは、その後次第に折を見てブラームスに書物を贈るようになる。

 

 

2019年10月20日 (日)

クララのチェック

ブラームスは新しい作品が出来上がると、出版前にクララ・シューマンに意見を求める習慣があった。最早それは出版に先立つ儀式と化していた。クララの選球眼をよっぽど信頼していたのだろう。ブラームスの作品リストには、当代屈指のピアニストにして、ロベルト・シューマン未亡人のお墨付き作品だけが並ぶことになった。

ブラームスが、これでもかと投げ込みクララ・シューマンがストライクと判定した作品だけが並ぶということがどういうことなのかを説明することは野暮である。むしろ興味深いのは、ストライクのリストではなくて、ボールと判定されて廃棄された側かもしれない。それらはもちろんリストになんかなっていない。投げた瞬間ボールとわかる球もあれば、きわどく外れた球もあるだろうが、言い訳せずに廃棄だ。愛好家としてはブラームスのボール球になら、デッドボールも痛くない。

ブラームス諸作品について優秀な審判員振りを発揮したクララは、愛するロベルト・シューマンの作品においても、同様だった。クララがロベルトの作品にあれこれと意見を述べたというより、作品が出来上がるソバから草稿を見て次から次へとピアノで弾いて見せたという。クララが現実に音を出すのを聴いて、ロベルトが草稿を手直しということもあったらしい。

2019年10月19日 (土)

嫁と姑

クララとロベルトが結婚にこぎつけたとき、ロベルトの母は既にこの世を去っていたから、嫁クララは、姑との関係に配慮する必要はなかった。むしろ実父との確執が悩みのタネだった。

クララの息子たちのうち次男のフェルディナンドだけが結婚した。つまり嫁を貰ったのだ。嫁の名はアントーニエという。2人は7人の子供を授かった。クララの孫ということになる。フェルディナンドが42歳でこの世を去った後、孫たちの養育費はクララが負担したが、嫁との折り合いは良くなかった。

嫁と姑の確執は、7人の孫たちにも微妙な影を落とした。長男は60歳のブラームスを「喉を鳴らす仔猫」と評していたフェルディナンドで、クララの臨終の際にもそばにいた。この長男以外の6名は、どうも母アントーニエ寄りの立場だったという。特に弟のアルフレートは後に祖母クララを攻撃する文書を公にした。「シューマン夫妻の4男フェリクスの父親はブラームスではないか」という俗説の起源は彼の文書に起因するらしい。

 

 

2019年10月18日 (金)

カルメンを贈る

未確認ながら大変興味深い情報があった。

1883年の正月に、ブラームスがビゼー作「カルメン」の楽譜をクララに贈ったというものだ。この情報がガセでなかったとすると、2009年10月7日の記事「カルメン」で私が示した見解が崩れさる。ブラームスがカルメンのスコアを見るのが1892年が初めてではないかという見解をのことだ。1883年の段階でクララに楽譜を贈ったのに、ブラームスが目を通していないということはあり得ない。自らのお眼鏡にかなうからクララに贈ったに決まっている。

逆に申せばクララに贈るというのは相当な高評価の表れだと思う。ドヴォルザークの評価では同意しなかったクララだが、ビゼーについては好意的な印象を持ったとされている。

2019年10月17日 (木)

クララの基盤

例によって音楽之友社刊行の「ブラームス回想録集」第3巻25ページからの引用。クララ・シューマンの4女オイゲーニエの回想だ。

オイゲーニエはピアノ教師として、母クララの芸術的基盤に言及する。

幼い頃からシューマン、ショパン、メンデルスゾーンとともに成長したと述べる。この3人の生年は1809年と1810年に集中する。やがてこれにバッハとベートーヴェンが加わることになる。18歳でウィーンに赴き絶賛される時点ですでにこのような音楽的基盤が確立していたのだ。

ブラームスはまさにそうした基盤に立つクララの前に現われたのだ。それ以降ブラームスが出版前の草稿を送って批評を乞うとき、クララはいつもそうした基盤に立ち返ってブラームスの作品と向き合った。

その基盤に照らして自分なりの境界線を引き、作曲家やその作品を判断した。その姿勢は年齢とともに頑なになっていた。もちろんブラームスはいつも境界線のこちら側にいた。

ワーグナー、リスト、ブルックナーは線の向こうだった。そして私にとって悲しいことにドヴォルザークもあちら側だった。

2019年10月16日 (水)

タイムトライアル

シューマン全集の刊行にあたって、クララが望ましいテンポの確定についてブラームスに意見を求めたことは既に書いた。クララをそれに駆り立てたのは、シューマン作品の演奏について、クララが夫からしばしば速過ぎると非難された記憶だったという。

片手に時計を持って自分の演奏の平均時間を計るという作業を半年続けたらしい。真面目で几帳面な性格丸出しのクララである。先のブラームスへの相談は、それに疲れ果ててのことらしい。ブラームスの返事は「およしなさい」というトーンになっていたのはそのためである。

クララはブラームスの意見を受け入れたが、その作業が「拷問」に等しかったと述べている。「死のタイムトライアル」だ。

2019年10月15日 (火)

メトロノーム値をめぐって

亡き夫ロベルト・シューマンの作品全集を出版することはクララの長年の宿題になった。おそらく出版社からメトロノームの速度表示を付与するよう要請されたのだろう。クララは気が進まぬ様子でブラームスにどうしたものかと意見を求めている。ブラームスは1861年4月25日付けの手紙でそれに答えている。

ブラームスはまず、「貴女(クララ)は本当にそれをやりたいのですか」と驚いて見せ、すかさず、自分としては不可能だし不必要だと断ずる。以下その理由だ。

  1. 測定の不確実さ
  2. 元々シューマンのメトロノーム値が信用できない
  3. 大規模作品をその測定のために演奏させることは物理的経済的に困難
  4. 大規模作品をピアノ演奏して代用すると概して不必要に速くなり測定は困難
  5. 測定の難易度の割に、ほとんど利用されない

もしやるとするなら、シューマン作品をご自分(クララ)が演奏するたびに、これと思ったテンポを書き留めておき、時間が経過してそれら書き込みが貯まってくれば、その中から最良の数値を選ぶことも出来ると言っている。いずれにしろ締め切りに迫られながらでは無理というニュアンスだ。

そして手紙の末尾でもう一度そのままにしておくことを薦めている。いやはや何とも含蓄がある。

  • 当時28歳のブラームスが14歳も年上のクララに、毅然として自説を主張している。
  • メトロノーム値を楽譜に掲載することへ不審をキッパリと宣言している。
  • シューマン作品への深い理解に立脚している。

だからこそクララが相談するのだ。

 

 

2019年10月13日 (日)

クララの物言い

1864年ブラームスの父ヨハン・ヤーコプは念願かなってハンブルクフィルハーモニーのコントラバス奏者の地位を得た。ハンブルクフィルハーモニの芸術監督はシュトックハウゼンで、ブラームスの友人だから、情実が酌量されたと後世の人々は憶測する。結果練習量を増やさねばならなくなった。家でも練習するということだ。これが年老いた妻とのいざこざの原因になるのだから困ったものだ。ブラームスはいろいろてを尽くしたがとうとう両親の別居に同意する。

ちょうどウィーンジンクアカデミーの職を辞したばかりで、まだドイツレクイエム完成前でもあり、ハンガリア舞曲もブレークする前だから、あまりお金が無い頃だ。

年老いた母は姉のエリザベートと同居したが、姉は病弱であった。母と姉の養育費の負担がブラームスに重くのしかかった。ブラームスの窮状を見かねたクララは、驚くべき行動に出る。なんと、別居により一人暮らしを始めた父のヨハン・ヤーコプに物言いをつけたのだ。「あんたの息子ヨハネスは、あんたが考えるほど収入が無い」「少しは妻や娘の扶助に力を貸せ」というものだ。それでも事態はあまり好転した形跡は無いが、ブラームスはけなげにも母と姉に仕送りを続けたばかりか、父親への送金もためらっていない。

後年ブラームスの楽壇での地位は押しも押されもせぬものとなり金の心配はいらなくなる。家族への援助は当然と考えていたが、加えて苦しかった頃心配をかけたクララにも援助を申し入れ、感謝を形にして返している。

2019年10月11日 (金)

クララの耳

1895年10月のある日、ブラームスとクララの最後の対面の時の話だ。

 

当時既にブラームスは、ウイーンのいや欧州の音楽界の重鎮だった。ブラームス自身、相当なレベルの古楽譜コレクターだったし、ウイーン楽友協会の蔵書を自由に閲覧出来る立場にあった。だから大作曲家の自筆譜を見ることは珍しいことではない。

 

ベートーヴェンのピアノソナタの自筆譜を見て、市販の楽譜に誤りがあることを確信したブラームスは、「私はおかしいと思っていたンだが、思った通りだった」とばかりに、クララの家の楽譜を手に取った。クララに自慢話でも聞かせようと思ったのかもしれない。そのページを開いたブラームスは、既にその音がクララの筆跡で修正されているのを見て驚いた。クララは長年の演奏の経験から、既にその場所を誤植と断じていたのだ。クララは自筆譜も見ていないのに、耳の命ずるままに断固として修正していたということだ。聞き分ける耳もさることながら、それを誤植と断じる音楽的な判断力、あるいはベートーヴェン作品に対する揺ぎ無い規範が、クララの脳内に存在したことは疑い得ない。「ボクは自筆譜を見たンだよ」というささやかな優越感は、あっけなく吹き飛んだと思われる。

 

自慢が不調に終わったブラームスではあるが、悪びれることは無い。ただただ無邪気に驚くのだ。「お母さんほどの耳を持った演奏家なんてどこにもいやしない」とクララの娘たちに語ったという。語られた娘の一人オイゲニーの証言である。

 

このとき、これが最後の対面になるという自覚は2人にはなかった。この話は最後の対面であるが故の話ではなく、あたりまえの会話なのだ。会う度にこういう話をしていたに違いないのだ。2人にとっての世間話である。

 

ベートーヴェンのどのソナタなのか語られていないのは残念だが、自分の発見を自慢しようとしたブラームスの健気さ、とうの昔に気付いて既に楽譜を修正していたクララの耳、微笑ましくも感動的だ。

2019年10月10日 (木)

コンサートツアー

クララ・シューマンにとってロベルトの入院後最初の演奏会シーズンとなった1854年秋の演奏会の記録を調べてみた。

  1. 10月16日 ハノーファー 宮廷演奏会
  2. 10月19日 ライプチヒ ゲヴァントハウス
  3. 10月23日 ライプチヒ ゲヴァントハウス
  4. 10月25日 ワイマール リストと共演
  5. 11月03日 フランクフルト・アム・マイン
  6. 11月04日 フランクフルト・アム・マイン
  7. 11月13日 ハンブルク フィルハーモニーとの共演
  8. 11月15日 ハンブルク・アルトナ
  9. 11月16日 ハンブルク
  10. 11月18日 リューベック
  11. 11月21日 ブレーメン
  12. 11月23日 ベルリン
  13. 11月29日 ブレスラウ
  14. 12月01日 ブレスラウ
  15. 12月04日 ベルリン ヨアヒムとジョイント
  16. 12月07日 フランクフルト・アム・オーデル
  17. 12月10日 ベルリン ヨアヒムとジョイント
  18. 12月16日 ベルリン ヨアヒムとジョイント 
  19. 12月20日 ベルリン ヨアヒムとジョイント
  20. 12月21日 ライプチヒ ヨアヒムとジョイント

いやはや意欲的である。1月以降はオランダにも足を伸ばすなど、ほぼこの調子で4月までのシーズンを乗り切った。これにより5000ターラーつまり15000マルクの収益があったとされている。

上記7から9の前後ハンブルク滞在の折、クララはブラームスの実家を訪れ、母ヨハンナから家族同然の歓待を受けている。

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