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2024年3月26日 (火)

受胎告知

キリスト教圏においては大切な祝日。聖母マリアが主役を張るというのはどちらかというとカトリック系の香りがする。ブラームスはプロテスタントだったから、無関係などと思ってはいけない。1864年に刊行された「14のドイツ民謡集」WoO34の中の5番目に「白い小鳩」という作品がある。オリジナルは「Taubchen weiss」(aはウムラウト)だ。

冒頭のテキストが大変興味深い。

「白い小鳩が、天使の衣をつけて美しい乙女の許に舞い降りた」これに「彼女の魂は清められ、肉体は祝福された」と続く。

どうもこれが「受胎告知」を表現しているような気がする。マリアに受胎告知をしたのは「大天使ガブリエル」ということになっている点、鳩が天使の衣を着けて舞い降りたことと奇妙に符合する。手許の訳の中には「受胎告知」の文言は出現しないがどうも怪しい。

 

 

2023年11月30日 (木)

落ちる

音を発さねばならぬ場面で、音を出せなくなること。今どこなのか判らなくなるという現象と同時に発生することも多い。管弦楽における弦楽器の場合、これが単発的に起きても周囲からは気付かれない場合もあるが、管楽器で発生してしまうと必要な音がゴッソリ抜け落ちてしまうということになる。室内楽になれば弦楽器とて同じである。独奏ピアノ曲であれば、演奏の停止を意味するのだが、この場合は「落ちる」とは表現されずに「止まる」と称される。

変な音を出すよりはマシだという笑えないオチも含めて、身につまされる話には事欠かない。

学生時代には数限りなく落ちてきた。どうしても技術的に弾けないところは、ある程度心の準備も出来るのだが、本番では得てして思いもよらないところで落ちてしまうものだ。復旧に数小節かかることもある。仕方なく復旧場所を事前に決めておくなどということもよくあった。「集合場所」と呼んでいた。遠足の子供たちが、自由時間の終わりに点呼する場所を決めてあるようなものだ。集合時間まで自由というような感覚だ。

「弾いてるフリだけはしといてね」とパートリーダーから言われたものだ。

11月22日練習で落ちまくってきた。

2023年11月29日 (水)

ノイズ

「演奏中に発せられる音のうち楽音以外の音」とでも言っておく。

発生の原因は様々だ。聴衆に起因するものと会場・設備に起因するもの、あるいは演奏者に起因するものに分類される。聴衆に起因するものとしては、「咳払い」「タイミングの早い拍手」「プログラムをめくる音」「話し声」「泣き声」「携帯電話」等々様々だが、これらは一貫して邪魔者扱いだ。「咳払い」は楽章間でもうるさいと感じることがある。

会場に起因するものとしては、「空調の音」「録音機材に起因し、再生の際に紛れ込む音」もこれに含まれよう。こちらも概ね嫌われ者だ。一部の録音においては浴室にはいったかのようにやたらエコーが利いている場合がある。私としてはこれもノイズに加えたい。

次は演奏者に由来するノイズ。演奏家にとっては身の毛もよだつ体験だが、弦の切れる音や、ペグが一気に緩む音は大きさといい、インパクトといいい筆頭格だ。はずそうとした弱音器が床に落ちる音も、本人のドッキリはかなりのものだ。ピアノのイスがギシギシいうのもこれに加えたいが、どちらかというと設備起因かもしれない。

ここまでは、どちらかというと嫌われ者系だ。これに対して演奏者起因のものの一部には気にならないものもある。適切なタイミング、適切な深さのブレス音は、演奏に勢いや潤いを与えると思う。あるいは、弦楽器において指が指板を叩く音というのも、なかなか風流である。さらに一部の指揮者や演奏家の「うなり声」というのもその手のマニアにはお宝でさえある。ブラームスのうなり声入りの録音など残っていたら、鳥肌モンである。

アマチュアの演奏でもっとも一般的なケースを忘れていた。冒頭の定義にピッタリはまるとは言い難いが、音程やタイミングをはずして発せられる音が頻度としては一番多いかもしれない。人ごとではない。

2023年11月15日 (水)

崩し三部形式

「三部形式」は通常「ABA」の枠組みで理解される。AやBの各々がさらに細部に分かれている「複合三部形式」も珍しくない。このうちBの後に出現するAが、最初のAの正確な再現になっていないケースもかなり多い。いわゆる「ABA´」である。ブラームスにおいてはむしろこの「ABA´」の方が主流だったりもする。

最初のAと再現のA´の差は、千差万別である。Bの部分でテンポが変化する場合は、A´の冒頭に「TempoⅠ」が置かれていることが多い。「TempoⅠ」は「再現部ここにあり」の標識であるようにも見える。A´の部分が内容的にいかに変化していようともテンポだけは冒頭のAと同じというパターンである。

ブラームスにおいてはこのA´の部分の微妙な変質を味わうことが楽しみの中核になる。変化していて当たり前で、その変化の幅、落差、質が鑑賞の対象であることが多いのだ。用語使用面においてもそうした傾向が現れている。

「苦悩の子守唄」で名高いop117-1の変ホ長調のインテルメッツォに代表的な実例がある。第4交響曲の緩徐楽章と同じく8分の6拍子「Andante moderato」で始まる主部は21小節目「Piu adagio」から中間部いわゆる「Bの部分」に突入する。CDを聴いている限り紛う余地の無い再現は38小節目に訪れる。疑問の余地の無い再現部なのだが、発想記号は「Un poco piu andante」になっている。「TemoⅠ」でも「Andante moderato」でもない。「中間部のPiu adagioに比べて少々テンポを上げよ」という指図にとどまっている。発想記号の上では明確な三部形式を志向していはいない。

再現部冒頭に「Tempo Ⅰ」を掲げることは、中間部の展開はどうあれ、半強制的に元のテンポにリセットするという強い意志が感じられる。op117-1の再現部のように、旋律は冒頭部分に復帰するにしても、あくまでも中間部分のテンポをベースに再現のテンポを指示する仕組みは斬新でさえある。

確かにミクロに見ればこうした「崩し」に満ち溢れてはいるのだが、10歩下がって全体を俯瞰すると、やはりしっかりとした三部形式が浮かび上がるようになっている。ちょっとした崩しがかえって形式感を高めていると思われる。蝉の声がうるさいからこそ、あたりの静けさが際立つのと似ている。

2023年11月14日 (火)

ラプソディー

「Rhapsodie」と綴られる。しばしば「狂詩曲」の訳語があてられる。元来はギリシャの叙事詩にまつわる意味を持っていたといわれているらしい。19世紀にはかなり多くの作品にこの名称が付与されたが、一定の形式が定義されているわけではないようだ。

ブラームスでは以下の4曲だけだ。

  1. アルト独唱、男声合唱と管弦楽のためのラプソディーop53
  2. ラプソディーロ短調op79-1
  3. ラプソディート短調op79-2
  4. ラプソディー変ホ長調op119-4

1番目は通称「アルト・ラプソディ」である。

目立った共通点はない。ブラームスは作品のタイトルには意外と無頓着で、「単なる気紛れだった」などというオチも十分あり得る。

「ブラームスの気紛れ」に振り回されることを億劫がっていては、ブログ「ブラームスの辞書」は成り立たない。むしろ振り回されてナンボである。騙すのなら一生騙してもらいたい。

 

 

2023年11月13日 (月)

叩き台

会社という組織に属していると大小を問わずプロジェクトに参画することも多い。社内外の複数の組織から何人かずつ集まって一つの目標を達成しようという趣旨であることがほとんどだ。

何故かそのプロジェクトの会合の初回は「キックオフ」と呼ばれることが多い。議事は大抵お決まりである。プロジェクトの趣旨、目標達成の時期が決められる。作業に当っての役割分担とともに計画達成に向けたスケジュールも必須事項だ。

きれい事ばかりでもない。集まったメンバーのほとんどは「総論賛成」なのだが、「変に仕事を持ち帰りたくはない」「座長は引き受けたくない」みたいな思惑もある。時間ばかりが過ぎて行き最後は、次回までに事務局が「叩き台」を作るという落としどころが待っている。「半先送り」状態だ。

その「叩き台」をいくつか作ったことがある。次回会合に間に合うよう根を詰めるのだが、当日は大抵集中砲火を浴びる。断言してもいいが、「叩き台」を作る方が数段大変である。出来上がった叩き台を見てあれこれコメントするほうが数段簡単である。知識はなくても通り一遍のコメントは出来るが、叩き台を作るほうは、手間も知識もいるのだ。

ブラームスの第一交響曲が出現する前夜、ドイツ・オーストリアの交響曲業界の状況に似ている。ベートーヴェンの9曲が不可侵の規範となり、それと比較するという手法で次々と新作交響曲が叩かれていった。規範を神格化するあまり作品批評の舌鋒は過激さを増す一方だった。批判に代えて自作を提案する批評家は皆無であった。自らはけして交響曲を作らない者たちが批判を繰り返していたことになる。

ブラームスの第一交響曲はそうした業界の実情の中で世に出たのだ。「また新たな叩き台が出てきたぞ」とばかりに無数の批評が浴びせられたことは想像に難くない。

ブラームスの第一交響曲がそれらの批判に耐えたということ、周知の通りである。

2023年11月12日 (日)

リンフォルツァンド意訳委員会

リンフォルツァンドは「rf」と略記される。大抵の音楽辞典には「その音を特に強く」と書かれている。スフォルツァンド「sf」との区別は難解である。両者はブラームスの楽譜上にも出てくるが、頻度としては圧倒的に「sf」が多い。「sf」と「rf」が混在するケースもある。

おそらくブラームスは書き分けていたと感じる。

こういう時イタリア語辞典を紐解いて、元の意味を当たると言われることがある。参考にはなると思われるが、ブラームスが両者の書き分けにあたってイタリア語辞典を確認していたかどうかは保証の限りではない。何らかの表現上の必要性に迫られたブラームスが、自分が知っている楽語の中からもっとも近似するものを選んで、元のイタリア語の意味にとらわれずに特定の意図で用いただけという可能性もある。

本日の提案は「大切に」だ。「とっておき」「ここが急所」という意味まで含む。

記号「rf」が付与された音を大切にせよという意味である。必ずしも音を強くする必要はない。その点が「sf」との違いだ。特段に大切な音に付いている。「sf」と同じという解釈を鵜呑みにして機械的に「強く」していしまうと、音楽が台無しということも起こる。今まさに出そうとしている音が大切だということが判っているかどうかは、必ず違いとなって現れると思う。

かつて私は「瞬間型マルカート」という提案をした。本日の提案はその概念を含みつつ、より一般化したものだ。「p espresivo」の瞬間型という可能性さえ考えている。

 

 

2023年11月11日 (土)

直列と並列

電池のつなぎ方だ。小学校の割と早い段階で習った記憶がある。

 

主題AとBがあるとする。まずは主題Aが提示されてから主題Bの登場となる。これが直列だ。両主題が合わさって第一主題と位置付けられている。慣れないうちは主題Bを第二主題かと錯覚することもある。交響曲でお決まりの再現部では、これら2つの主題が同時に鳴らされる。どちらが主旋律とも決めかねる位置づけ。これが並列だ。提示部とは楽器の組み合わせも変わっている。

 

<提示部>

 

    • 主題A ホルン 2小節目

 

  • 主題B 第一ヴァイオリン 44小節目

 

<再現部>

 

    • 主題A オーボエ 302小節目

 

  • 主題B ヴィオラ 302小節目

 

18歳の若造だった私は、再現部で主題Bを弾いた。ここいら一帯はヴィオラの見せ場だ。オーボエとの美しいからみを聴きながら「オーケストラっていいな」と思った。現在まで続くことになるブラームスラブの最初の兆候だった。

 

もちろん第二交響曲第1楽章の話である。

 

 

2023年11月 5日 (日)

ブラームスギャロップ

ギャロップとは馬の早駆けだ。全速力のことである。パッカパッカというイメージよりはずっと速いのだが、私自身は「ブラームスギャロップ」を「パッカパッカ」というニュアンスで用いている。

「ブラームスギャロップ」とは「ブラームスのパッカパッカ」である。これだけでは何のことやらさっぱり判らぬと思うのでもう少し真面目に定義する。ブラームス作品の根幹を為すソナタ形式の楽曲において、副次主題に「8分音符+16分休符+16分音符」というリズムがしばしば現れる。副次主題とは大雑把に第一主題以外という程度の意味だ。ソナタ形式の楽章において、第一主題の提示を終える頃に、このリズムをもった主題が現れて気分を劇的に変えることがある。この現象に個人的にネーミングしたのが「ブラームスギャロップ」である。ブルックナーの交響曲にはいくつかこの手のネーミングを持った現象が現れる。「ブルックナー開始」「ブルックナー三連符」の類である。ブラームスにもこの手の命名が1つ2つあってもいいと思う。

  1. ピアノ五重奏曲第1楽章
  2. 交響曲第2番第1楽章
  3. ヴァイオリン協奏曲第1楽章
  4. 悲劇的序曲
  5. ピアノ協奏曲第2番第1楽章
  6. 弦楽五重奏曲第1番第1楽章
  7. ヴァイオリンソナタ第2番第1楽章
  8. ピアノ三重奏曲第3番第1楽章
  9. クラリネットソナタ第1番第1楽章

ピアノ四重奏曲第3番第1楽章や、クラリネット五重奏曲第1楽章も精神的にはこれに加えたい気分である。ヴァイオリンソナタ第1番と、ピアノ三重奏曲第2番は第1主題にこのリズムが現れてしまうのでひとまず棚上げとする。あるいは、ピアノ五重奏曲第3楽章のように第1楽章以外に出現するケースについてもやはり扱いを保留する。

これらの「ブラームスギャロップ」は、大抵なめらかな第1主題と対比する形で出現していることが特徴だ。ブラームスの真作かどうかに議論があるイ長調ピアノ三重奏曲の第1楽章には、実はこのリズムの第2主題が現れる。

 

 

2023年10月30日 (月)

微調整

細かな調整という意味だが、物事の最終段階での仕上げというニュアンスを含む場合もある。各方面に気を配りながら、全体のバランスに配慮するのは日本的な感覚と感じる。

ブラームスの交響曲4曲、全16楽章のうち、管弦楽のオリジナル版と本人編曲の連弾版の発想記号を比較すると、1箇所だけ相違が見つかる。第4交響曲の第1楽章だ。

  • オリジナル Allgero non troppo
  • 連弾 Allegro non assai

困った。どちらが速いのか判らない。オリジナルの方「Allegro non troppo」は「アレグロの過剰をそぎ落とせ」というブラームスのソナタ楽章独特の表現だ。難解なのは連弾版の「assai」である。「assai」の全用例は下記の通りだ。

  1. 弦楽四重奏曲第2番第4楽章冒頭 Allegro non assai
  2. 交響曲第2番第3楽章33小節目 Presto ma non assai
  3. 交響曲第2番第3楽章126小節目 Presto ma non assai
  4. ピアノ三重奏曲第3番第2楽章冒頭 Presto non assai
  5. クラリネット五重奏曲第3楽章34小節目 Presto non assai ,ma con sentimento
  6. インテルメッツォop118-1 Allegro non assai ma molto appassionato

すぐに気付くのは「Allegro」または「Presto」という速めの用語に付着していることと、必ず「non」が先行した「non assai」と言いまわされていることだ。「assai」単独ならば「非常に」とか「十分に」という意味で、主たる単語の意味を煽る機能があるのだが、「non」が先行することで、雲行きが怪しくなる。

ブラームスは管弦楽や合唱など大規模作品の適正なテンポをピアノ編曲で演奏して測定しようとすると、楽器の特性から、大抵は不必要に速くなると警告を発している。

つまり管弦楽のピアノ編曲は、オリジナルより演奏が速くなるとブラームスが言っているのだ。第4交響曲ピアノ版第1楽章の「Allegro non assai」は、「Allegro non troppo」以上にテンポの上がり過ぎを戒めていると解したい。

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