「tr」が付与された音符の示す音と、その2度上の音を急速に交代させる奏法とでもしておく。定義はあっさりと出来るがその奏法は奥が深い。奏法をめぐって本が書ける程だという。一般に音の強調を意図して用いられるが、一筋縄では行かない。ぬるい定義でお茶を濁そうとすると思わぬところで破綻する。第4交響曲第3楽章32小節目のトライアングルに「tr+波線」が現われる。これは2度上の音との急速な交代の意味ではあり得ない。そういえばティンパニでも事情は同じだ。してみると打楽器における「tr」は「トリル」ではなくて「トレモロ」だと考える必要がある。今更人に聞けない系の疑問だ。
トリルの弾きはじめや弾き終わりには一定の作法があるらしい。小音符による装飾音が組み合わされることでさらに複雑になる。トリルが続く間楽譜上に波線が書かれることもある。ロングトーンでは必ず音の減衰を伴ってしまうピアノと弦楽器ではトリルの位置づけも違って来るだろう。
奏法もさることながら、その音符をトリルの扱いにするかどうかの基準は作曲家の頭の中で行われる高度な芸術上の判断に属すると思われる。楽譜の上にはそうした判断の結果としての「tr」が記されているだけである。
難攻不落で有名なピアノ協奏曲第1番には、独奏ピアノに厄介なトリルが目立つ。特に第1楽章の111小節目は、小指の酷使ここにきわまるという感じの難所である。よくよく見ると「tr」という表示こそ存在しないものの、ひとつ前の110小節目も同様だ。わずか2小節の休止をはさんでまた115小節目にも同じパターンが出現する。どうやって弾いているのだろうという怖いもの見たさが頭をもたげる。しかししかし、この程度で驚いてはいけないとばかりに、楽章のクライマックスを形成する317小節目あたりから17小節間、この手のトリルが執拗に現われて休む間もない。弾き手の苦労ばかりが透けて見える難所である。ブラームスもクララもこれが弾けたということなのだ。
音楽之友社刊行の「ブラームス回想録集」第1巻91ページに興味深い記述がある。ピアノ協奏曲第1番のブラームス自身の演奏の回想だ。第一楽章のとてつもないトリルを、前のトリルと後のトリルの間にわずかな隙間を設けることで強調していると証言している。音が切れる瞬間に両手を高く振り上げる動作を雄大と評している。この描写が本日話題の場所のことである可能性は高いと思う。
さてさて難易度は棚上げにして、ブラームスがヴィオラに与えた最長のトリルはというとピアノ四重奏曲第3番第2楽章の結尾だと思われる。224小節目からH音のトリルが4小節間続く。ピアノやティンパニには長いトリルが頻繁に現われるから4小節程度ではベスト10にも入るまい。

単に長さの問題ではなく、カッコいいかどうかに基準を移す。個人の趣味に大きく左右されてしまうが私にとってもっともカッコいいトリルはヴァイオリン協奏曲の第1楽章332小節目である。ここから5小節、4分音符単位で進む間、独奏ヴァイオリンはずっと一貫してトリルで貫かれる。トリルでなければならぬ必然性において随一のような気がしている。
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