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2020年9月19日 (土)

短調の言い回し

バッハの「平均律クラヴィーア曲集」に関する話題だ。ご存知の通り、クラヴィーアの鍵盤上の12種の音全てについて、それらを主音に長調短調を網羅した24曲の前奏曲とフーガからなっている。バッハが残した自筆の楽譜帳の1ページ目には、もちろん自筆の標題が鎮座している。その標題において長調・短調という部分が独特の言い回しをされている。長調という部分は「長3度つまりドレミ」と表現されているし、短調に相当する部分は「短3度つまりレミファ」と表現されているのだ。

黒鍵を全く使わないとすれば、連続する3音の両端が長3度になるのは「ドレミ」か「ソラシ」か「ファソラ」に限られる。我々は調性の話をする際には、判り易さに配慮してハ長調を例にとる場合が多いから、これを「ドレミ」に代表させるのは理解できる。

問題は短調だ。黒鍵を使わない前提で、連続する3つの音の両端が短3度になるのは以下の通り4種類ある。

  1. レミファ
  2. ラシド
  3. ミファソ
  4. シドレ

このうち「ミファソ」と「シドレ」は2音目がいきなり半音の「フリギア状態」なので脱落だが、「ラシド」と「レミファ」は甲乙つけがたい。長調で「ソラシ」を選ばずに「ドレミ」にした趣旨からすれば、「ラシド」でもおかしくないのに、短調代表に「レミファ」を選んでいるのが不思議に感じる。

ここまで考えてはたと思いついた。バッハにとっては「ラシド」も「レミファ」も調号なしの調なのではないかということだ。私はかつてこのことに記事「ドリアンリート」や「ドリアンブーレ」で言及してきた。フラット系の短調の曲に最後のフラットを省いた調号を用いるケースが頻発する傾向のことだ。調号なしからは旋律的短音階にも和声的短音階にも臨時記号一個でたどり着くのだ。長調を「ドレミ」、短調を「レミファ」とする言い回しと同根と感じる。

現在では一般に、調号なしの短調としてはイ短調を想起するのが自然だが、バッハの時代はニ短調もその候補だったのかもしれない。

2020年9月 8日 (火)

正規の教育

「正規の教育」

難解ここに極まるという表現がふさわしい。「正規の教育とは何か」という問いに正確に答えることは難しい。感覚的な話で恐縮だがその多くは「正規の教育を受けていない」と用いられる気がする。

  1. 学校教育のことか。義務教育の中で音楽の授業を欠かさず受けていた程度で「音楽についての正規の教育を受けた」と称することが出来るか疑問である。
  2. 音楽高校、音楽大学を出ていれば「正規の教育」を受けたと言えそうだ。
  3. その意味でオーケスオトラの団員を含むプロの音楽家は皆「正規の教育を受けている」と言えそうだ。
  4. ところがプロ野球やJリーグに目を移すと途端に難解になる。体育学部野球科や蹴球科の卒業生は少ない。大学や高校の野球部やサッカー部に所属していたことは確実だが、それらはあくまで部活動だ。野球やサッカーの「正規の教育」とは呼びにくい。正規の教育を受けていない者の集団がプロスポーツということになりかねない。
  5. 私自身、普通科の高校を出て大学では法律を専攻していた。音楽を学んだと言えるのは小中学校の授業と高校の選択授業だけだ。大学4年間通ったヴィオラのレッスンや、オケの先輩からの薫陶を「正規の教育」と呼んでいいなら嬉しいが、心苦しい。
  6. 偉人の伝記を読んでいると「正規の教育を受けずに云々」と出てくる。大抵は独学で何かを学びと続くから「独学」は「正規の教育」とは認めにくい。
  7. たとえば音楽高校にも音楽大学にも通わずに、個人レッスンだけを受けてプロになった人は「正規の教育」を受けたと言うのだろうか。師匠がいるから独学とは言えない。
  8. さらに極端なのは、音楽を親からしか教わっていないケースはどうなるのだろう。この場合も「正規の教育」とみなされないのだろうか。仮に親がバッハだったとしても認められないのだろうか。バッハの子供たちはどう解釈しようか。
  9. あるいは見よう見まねで自然に覚えたのは「正規の教育を受けた」とは言えなさそうだがいかがなものか。

さてブラームスだ。おそらく彼の最初の教師は父親だ。つまり上記8だ。さらにコッセルとマルクセンという2人に師事した。これは上記7である。伝記を読む限りコッセルとマルクセンという2人の教師の教授法は、伝統的かつ体系的かつ徹底的だと読める。おそらくこれがブラームスにとっての「正規の教育か」なのだ。もっとも大きいのはおそらくは上記9の見よう見まねだ。これはおそらく独学と区別しにくい領域だと感じる。先輩の残した楽譜をただただむさぼり読むのはきっとここだ。

上記6は大きなヒントだ。

伝記を書こうと志し、対象の人物の偉さ偉大さを強調せねばならなくなった時、「正規の教育を受けていない」と加えることで手軽に主人公の苦学振りを仄めかすことが可能だ。上記の通り定義の甘いこの言葉は大変重宝だ。

「正規の教育」が最高の効果をもたらすとは限らないし、「最良の教育」と必ずしも一致しないことは確かである。

「正規の教育」って何だろう。

2020年9月 7日 (月)

鏡像

バッハのフーガに親しんでいると「鏡像フーガ」という言葉にぶつかる。「フーガの技法」BWV1080の第12曲が有名だ。チェロソナタ第1番の終楽章の元になった第13番も実は「鏡像フーガ」を形成する。

元になるフーガに対して音型ばかりか4声の声部までも上下逆さにしても音楽として破綻しないフーガのことだ。鏡に映したかのようだから鏡像というのだ。

対位法の極致だ。

さすがにブラームスには鏡像フーガは無い。でも鏡像を実感出来る場所が無いわけではない。

第2交響曲第4楽章だ。第一主題の第2句とでも申すべき場所。9小節目のヴァイオリンとヴィオラの音型をご記憶いただきたい。3つの連鎖する4度下降が特徴だ。この部分は当然再現部の中にも現われる。252小節目だ。チェロとヴィオラが3つの連鎖する4度上行の旋律を奏する。第一主題第2句を提示部と再現部で比較すると、まさに鏡像の関係になっている。ヴィオラはオーケストラ全パートの中で原型と鏡像両方とも演奏することが出来る唯一のパートになっている。この第2交響曲で学生オケデビュウのヴィオラ初心者だった私は、これに気がついて愕然とした。

「ブラームスって凄い」と。

それからほぼ1年半後にありついた第一交響曲の中にも鏡像があった。42小節目からヴァイオリンで提示される第一楽章第一主題の鏡像が、161小節目の小結尾主題においてチェロとヴィオラに現われるのだ。ひよっこの私には荷が重い曲だったが、これに気付く前と後では音が違っていたハズだ。

 

 

 

 

2020年9月 4日 (金)

フーガ

「フーガ」の正確な定義など、どこかのサイトをあたってくれと申し上げたい。わしゃ知らん。定義はわからん癖に、楽曲の中にフーガっぽいところが現れると「あ、フーガっぽい」と感じる。おかしなことだ。

世の中では「対位法の極致」と呼ばれているそうだ。だから対位法を極めた人は、フーガを書きたくなるのだと思う。ブラームスをしんがりに従えてドイツ3大Bを構成するバッハとベートーベンもそうらしい。創作生活の土壇場に至って、神懸かったフーガを書いている。バッハはBWVナンバーのしんがり「フーガの技法」だ。最近の研究ではどうも最後の作品ではないらしい。ベートーベーンには弦楽四重奏曲第13番のフィナーレとして書かれた「大フーガ」がある。よく言えば神懸かりで悪く言うと狂気かもしれない。楽想がフーガを求めているというより、作者がフーガで実験したいという気配さえ感じてしまう。

ブラームスとて、フーガを軽視してはいない。していはいないが、フーガそのものが作曲の目的であることは少ない。作品番号付きの楽曲では、タイトルに「フーガ」の文字が躍るのは作品24の「ヘンデルの主題による変奏曲とフーガ」ただ一つだったハズ

ピアノ協奏曲第1番第3楽章、ピアノ五重奏曲第3楽章を筆頭に、器楽作品の中に「フーガっぽさ」を感じさせる瞬間も多い。わき上がった楽想を作品に転化する際のツールにフーガの手法が使われることはあっても、獲得済みの技法の開示が目的とはならない。

フーガを使わねばならない必然性といつもセットになっている。ブラームス大好き。

 

 

 

 

2020年8月14日 (金)

カデンツァ

協奏曲中に挿入される演奏者の即興演奏のことまたはその部分。何故か時代が進むにつれて作曲家がこれを承認したがらなくなる。演奏と作曲の分業が進んだせいとも指摘されているが詳細は手に余る。

ブラームスは超一流の作曲家でありながら、同時に達者なピアニストだった。自作以外のピアノ協奏曲を公開の場で弾いたことも少なくない。そうした機会には自作のカデンツァを披露していた。

  1. バッハ クラヴィーア協奏曲ニ短調BWV1052の第3楽章
  2. ベートーヴェン ピアノ協奏曲第4番ト長調op58第1楽章、第3楽章
  3. ベートーヴェン ピアノ協奏曲第3番ハ短調op37第1楽章
  4. モーツアルト ピアノ協奏曲ト長調KV453第1楽章、第2楽章
  5. モーツアルト ピアノ協奏曲ニ短調KV466第1楽章
  6. モーツアルト ピアノ協奏曲ハ短調KV491第1楽章
  7. モーツアルト ピアノ協奏曲ニ短調KV466第1楽章 マッコークルは疑っている。

以上だ。

ブラームス側にカデンツァを作る気があっても、ロマン派の作曲家は演奏家の即興を認めていない。お許しがあればショパンやシューマンの協奏曲用にカデンツァの1つや2つひねり出すのは容易だったと思われる。

2019年12月31日 (火)

作曲家大河ドラマ

某公共放送が毎週日曜のゴールデンタイムに放送する看板番組だ。

素材を日本史に取り1年かけてじっくりと描くのが常だ。舞台は平安時代から幕末まで様々だが、「戦国時代」「源平争乱期」「幕末」が3本柱だろう。人気のキャラはかなりの回数取り上げられている。やはりキーワードはいくさだ。「こたびのいくさ」など必ず出る言い回しだ。それなりに見応えのあるストーリーにするには「いくさ」は欠かせぬと見える。いくさと言っても壬申の乱、大化の改新、磐井の乱まで遡ると学会に定説がなかったりして具合の悪いことも多いのだと思う。

個人的には是非とも伊能忠敬を取り上げて欲しいと思っている。

前置きが長くなった。大河ドラマで作曲家を取り上げるとしたら誰が適任だろう。信長、秀吉、家康クラスの波瀾万丈さを求めるのは無理がある。1月生まれで12月没のモーツアルトは適任だ。立身出世には縁がないところが難だ。ベートーヴェンあたりも視聴率はキチンとはじき出すに違いないが、ロマンスの盛り込みようが無い点に難がある。となると俄然ワーグナーが浮上する。波瀾万丈という意味では右に出る者はいないと思われる。ロマンスてんこ盛りで飽きも来ない。シューマンは、妻のクララとセットでという感じか。脚本家のさじ加減によっては、平日の昼下がりの時間帯に回されかねない。私としてはブラームスを取り上げて欲しいところだが、シューマンと同じくクララとの距離感の描き方で出来不出来が左右されそうなのが辛い。

いっそクララ・シューマンが良いのではないかと思えてきた。女子の時代だ。

 

 

2019年12月21日 (土)

危険な贈り物

ロベルト・シューマンが没した翌年のことだから1857年である。5月末に一週間デトモルトに滞在し何回か宮廷元帥邸でピアノ演奏を披露した。つまり就職試験である。結果は上々で、英国に演奏旅行することになったクララの代役として、ブラームスがデトモルト宮廷の女性2人にピアノを教授することになった。ブラームス生まれて初めての就職であった。年間に3ヶ月という宮廷勤務が1859年まで続くことになる。

ブラームスがピアノを教えた2人のうちの1人がデトモルト宮廷公女のフリーデリケだった。彼女は就職試験演奏でブラームスがバッハを弾いたことを覚えていたのだろう。翌1858年のクリスマスプレゼントとしてバッハ全集6巻をブラームスに贈った。1855年のクリスマスには、クララから第一巻を贈られている。ブラームスの日ごろの言動に「バッハ好き」がにじみ出ていたのだろう。でなければ親しい女性2人が相次いでブラームスへの贈り物としてバッハ全集を選ぶはずが無い。

ブラームスはその年の暮、クララに宛てた手紙の中で、バッハ全集6巻をもらったが、既に持っている分との重複が起きたと伝えている。

カルベックたち後世のブラームスの研究家によってこの6巻の贈り物が「Danaer Geschenke」と呼ばれているのだ。その「ダナエア ゲシェンケ」の訳語こそが本日のお題「危険な贈り物」なのである。手元の辞書では、「危険な贈り物」の代表例ととして「トロイの木馬」を挙げている。あれこれと書物を調べたが、フリーデリケから贈られた6巻が何故「危険な贈り物」と呼ばれているのか明確な記述にはたどり着けなかった。

想像で補うことにする。

この贈り物がブラームスの内なる「バッハラブ」に火をつけたということではあるまいか。この贈り物をキッカケに生涯にわたって続くブラームスのバッハ研究が緒に着いたということだろう。その逆説的な表現が「危険な贈り物」なのだと思う。単にクリスマスプレゼントの異名だったら少しがっかりである。

実を言うと「ブラームスの辞書」は、本もブログも誰かの「ブラームスラブ」に火を点けたいと願うものである。どこかの誰かにとっての「危険な贈り物」になることを密かに期待している。

2019年12月20日 (金)

パストラーレ

「牧歌的な」「田園風の」という程の意味。ベートーヴェンの第6交響曲が有名だ。ところが、バッハの時代はこういう意味ではなかった。「パストラーレ」とはキリストの生誕を祝うという意味合いが強まる。

BWV590「オルガンのためのパストラーレ」へ長調がその代表だ。田園交響曲と調が一致してしまうのが微笑ましい。フィナーレの第4曲を聴くとおやっと思う。ブランデンブルグ協奏曲第3番の終曲と似ている。バッハお得意のパロディである。

何よりも大切なことがある。クララ・シューマンの4女オイゲニーによれば、1895年10月のブラームスとクララの最後の対面の時、クララがこのパストラーレヘ長調を弾いたという。

何という選曲だ。聴いてみたかった。

2019年12月19日 (木)

影武者

有力な大名や武将などの戦国時代の重要人物は、とかく命の危険にさらされていた。戦場でなくても厄介な暗殺者が暗躍していたから、万が一に備えて偽者が用意されている。人物の重要度が高いほど影武者の数も増えたという。

作曲家クララ・シューマンの作品一覧を見ていると「カール・チェルニー:ピアノ大練習曲op500より指の練習とエチュード」という作品がある。1880年の出版だ。正確に申せば作曲ではなく、選編集という立場だから作品番号は付いていない。例によって音楽之友社刊行の「ブラームス回想録集」第3巻43ページで、クララの四女オイゲーニエが、この練習曲集の成立に言及している。

長女マリエと四女オイゲーニエが、初心者向けのレクチャで母の代講を務めることになったとき、これにおおいに関心を示したブラームスが2人に贈ったのがカール・チェルニーの「理論的実践的ピアノフォルテ演奏法」op500全3巻だった。この中に効果的な学習に寄与する曲を発見し、そればかりを抜き出して選集にするというアイデアが持ち上がった。出版元に同意を求めると「クララ先生がお出しになるなら」という返事だった。

当の本人クララは趣旨には賛同したものの、時間が無かった。これを見かねたブラームスは、実際の作業をマリエがするなら大いに手伝うという提案をした。それをクララの名前で出版すればいいというアイデアだ。これにクララも同意し、さっそく編集が始まった。注意深い校訂をブラームスが担当したらしい。最終原稿をクララが校閲して出版されたのが、先の「カール・チェルニー:ピアノ大練習曲op500より指の練習とエチュード」だったというわけだ。

クララの名前になってはいるが、実際は長女マリエが引き受け、内容はブラームスの全面的なバックアップで完成したということだ。つまりブラームスはクララの影武者ということになる。やがてこれが、ブラームスの「ピアノのための51のエチュード」WoO6に繋がって行く。

2019年12月10日 (火)

未亡人

配偶者を亡くしたご婦人という定義だと、やや物足りない。平均寿命の関係で夫に先立たれる妻は少なくないのだと思う。あくまでも直感だがそこそこの老齢に達している夫人が、夫に先立たれても、未亡人とは呼ばれにくいような気がしている。定義があるのだろうか。音楽史をひもとけばかなりの数の未亡人に遭遇する。バッハ2人目の妻アンナ・マグダレーナ、モーツアルト夫人コンスタンツェ、メンデルスゾーン夫人セシル、ドヴォルザーク夫人アンナ・チェルマコーヴァ、マーラー夫人アルマなどなどだ。

ブラームスの伝記にもこれまた数多くの未亡人が登場する。

  1. ロベルト・シューマン夫人のクララ。筆頭格だ。説明不要である。
  2. デニングホフ夫人のリースヒェン。ハンブルク郊外のヴィンゼンで製紙業を営むギーゼマンの娘。14歳でブラームスと知り合った幼なじみ。デニングホフ夫人となったが、娘アグネスがベルリン高等音楽院在学中に夫に先立たれる。窮状を知ったブラームスが奨学金の支給に尽力したことはよく知られている。
  3. カロリーネ・シュナック 父ヨハン・ヤーコプの2人目の妻。先夫との間にフリッツをもうけたが死別。
  4. セレスティーネ・トゥルクサ ブラームスの家政婦。1887年41歳の時、54歳のブラームスの面倒を見始め、最期を看取った人。文筆家の未亡人とされている。

男性の平均寿命が40代半ばだった時代、いわゆる未亡人が発生する確率は現代よりも高かったと思われる。

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