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カテゴリー「110 演奏」の33件の記事

2016年5月23日 (月)

エピソードの効能

クラシック音楽のとりわけ名曲と位置づけられる作品には、様々なエピソードがセットになっているケースが少なくない。ブラームスにだってヤマほどある。

たとえばヴァイオリンソナタ第1番を「雨の歌」たらしめている事情は、シューマン夫妻の末っ子フェリクス抜きには説明出来ない。ブログ「ブラームスの辞書」でもしばしば言及してきた通りだ。

そこで疑問。ヴァイオリニストがそうしたエピソードを知っているのといないのとでは演奏に差が出るものなのだろうか?エピソードを知っていてもただちに素晴らしい演奏が出来る訳ではないことは私を見れば明らかだ。たとえばテクニック面で差の無いヴァイオリニストが2人いたとする。一人は音楽の本質とは関係ない伝記的事項に精通しているが、もう一人はさっぱりだった。はたして2人が演奏する「雨の歌」には差が出るのだろうか?

私の考えは既に固まっている。「差が出ない」と思う。「知っていた方が良い」とさえ言えないと思う。2種類のCDを用意されて「さてこれらの演奏のうち、フェリクスのエピソードを知らずに弾いているのはどちらでしょう」と問われたらお手上げだ。暗譜もこれに似ている。「さてこれらの演奏のうち暗譜で弾いているのはどちらでしょう」は、究極の難問だ。つまり区別出来はしないのだ。

弾き手側の知識の有無は演奏の出来に影響しないとは思うが、聴き手になると無視出来ないと思う。そうしたエピソードは、聴き手側の脳裏に深く進入して、鑑賞の味わいに影響する。エピソードを知る前と後では、同じCDを聴かされても感じ方が変わることは多いにあり得る。少なくとも私の聴き方はそうだ。

2015年8月27日 (木)

弱音器

一部の楽器に装着されるツール。装着を始める場所に「con sord.」と記され、使用解除の場所に「senza sord.」が置かれる。字義通り「音を弱める」という機能もあるにはあるのだが、音色の変更の側面の方がより強いとも感じている。

弦楽器の場合には駒に装着される。弦の振動をボディーに伝える通路に当たる駒に取り付けることによって、結果としてボディーへ伝達される振動を抑制することで音が弱くなる。しかしながら、音を弱くするだけならダイナミクス記号を調節すれば事足りると思われる。むしろ装着することによる音質の変化が狙いである場合がほとんどだと言えよう。あるいは、特定のパートを際立たせるためにその他の楽器に装着させるというような用法が一般的だ。

もちろんブラームスにもいくつかの実例がある。

  1. 交響曲第1番第4楽章31小節目のヴァイオリン。この一つ前の小節は「Piu andante」である。つまり第4楽章始まって以来の喧騒に終止符を打つべきホルンがアルプスの旋律をもって立ち上がったところである。「空気になれ」という意味の弱音器の装着である。ヴァイオリンとヴィオラに同様の役割を命じておきながら弱音器はヴァイオリンだけになっている。60小節目の3拍目まで、ずっと装着しているが、62小節目のアウフタクトからの名高い「歓喜の歌」の時には弱音器がはずされる。4拍の間に手際よくはずさねばならない。バタつかずにスマートにはずすのはなかなか難しい。ヴィオラの席から見ていると、ヴァイオリンの奏者たちが次々と手際よく弱音器をはずす光景は、なんだか春の訪れっぽい気がして美しい。
  2. ピアノ四重奏曲第1番第2楽章冒頭のヴァイオリン。チェロはもちろん6度下でパラレルに動くヴィオラにはお構いなしである。ヴァイオリンだけが弱音器装着の対象になっている。
  3. ハイドンの主題による変奏曲322小節目。第8変奏だ。コントラバスを除く全部の弦楽器に装着が求められている。フィナーレに突入する際に、取り外す必要がある。手際よくはずすのが難しい。バタバタとはずすのは興ざめである。
  4. ピアノ三重奏曲第3番第2楽章のヴァイオリンとチェロ。素朴な疑問がある。続く第3楽章にはヘンレのスコアにもマッコークルにも「senza sord.」と書かれていないが、みんなはずして演奏しているように思う。「con sord.」の効力は同一楽章内に限るということなのだろうか。
  5. 交響曲第3番第4楽章 再現部の入りが弱音器をあてがわれたヴィオラに振り分けられている。見せ場である。

最後にヴィオラ弾きとしては絶対に忘れられない箇所を一つ。弦楽四重奏曲第3番第3楽章だ。四重奏曲の4つの楽器のうちヴィオラを除く3つの楽器に弱音器装着が求められている。ヴィオラはお構いなしだ。協奏曲の独奏楽器クラスの持ち上げられ方である。ここでも続く第4楽章冒頭には「senza sord.」の書き込みが抜けている。

2010年9月24日 (金)

アタッカ

「attacca」と綴られる。一般に多楽章作品において、終楽章以外の楽章の末尾に置かれることによって、休み無く次の楽章へ入ることを指示する機能がある。メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲のように元々楽章間に切れ目を置いていないこととは区別される。明確な終止を伴う独立の楽章間相互の話だ。さらにこれは、作曲者の意図である場合と、演奏者の裁量で起きる場合とに分けられる。作曲者の意図である場合には、楽譜上に「attacca」と書かれる。

ブラームスの作品では、さっそくピアノソナタ第1番と第2番の第2楽章末尾に置かれて第3楽章への入りを規定している。

多楽章曲の楽章と楽章の間をどの程度とるかは、完全に演奏者の裁量だ。ベートーヴェン以降、この裁量権に介入する作曲家が増えてきたが、ブラームスはこうした介入を頑なに回避してきた。アタッカは、不完全ながらも演奏家の裁量への介入と解し得る。

どうしたことかブラームスは、最初の2つのピアノソナタ以降アタッカを用いなくなる。

2010年7月16日 (金)

リピート記号

楽曲の一部または全部を繰り返すための記号だ。むかしむかし、貴族の娯楽として音楽作品が量産されていた時代、出来るだけ長く演奏を持たせるためにリピート記号を挿入したらしい。ディヴェルティメントに見られるリピート記号がそれだ。雇い主様の求めに応じて演奏時間をいかようにも調整出来るようにという魂胆も見え隠れする。

ソナタ形式の楽曲の中にもしばしば出現する。その場合大抵は、いわゆる「提示部」という箇所を繰り返すような設定になっている。展開部に突入する前に念押しをするような格好だ。時間稼ぎの目的はブラームスの時代には薄れて来ようが、意識の片隅にはあったと思う。また舞曲楽章の中に現れるリピート記号は、トリオを経た後の再現では省略される。

話はソナタに戻る。ソナタ形式の楽曲全てに存在する訳でもないところが悩ましくもある。2006年1月4日の記事「提示部のリピート記号」でも言及した通りである。提示部の最後にリピート記号を置くかどうかの基準はさっぱり判らぬままである。

さらに厄介な問題もある。置く置かないの基準が曖昧なことは作曲家の判断に属する問題だから諦めるとして、れっきとして書かれているリピート記号を実際に演奏するしないの基準はどうなっているのだろう。

私がクラシック音楽に目覚めた頃、レコードに収録された演奏ではソナタ形式の提示部末尾のリピート記号は省略されるのが普通だった。リピートを省略しない演奏があると、解説文の中で特記されていた。それほど省略が当たり前だった。

作曲家は演奏されることが前提でリピート記号を書いていると思う。ブラームスもそうだろう。それどころか通常あるはずの位置にリピート記号を置かないで聴き手を欺くこともあった。第4交響曲やピアノ四重奏曲第1番がその例だ。そうした細工はリピート記号が守られることを前提にした仕掛けだから、リピート記号の省略が習慣化してしまうと効果が減じられてしまう。

問題はそうした省略の慣習がいつ始まったかだ。断言は慎みたいが、LPレコードの収容時間に関連した業界の都合だった可能性を疑いたい。最近リピート有りの演奏が増えたのはCDの普及と関連があるような気がする。

ディヴェルティメントじゃあるまいに、およそソナタに関する限りブラームスは自分の書いた音符がリピート記号も含めて必ず再現されると考えていたと思う。「提示部の末尾に必ず置かれる飾り」という程度の認識だったら、ソナタ形式の楽章全てにリピート記号を置いたはずである。現実にはリピート記号の有無が混交しているから、リピート記号に積極的な意味を認めざるを得ない。

2009年5月22日 (金)

弾き語り

楽器を弾きながら歌うこと。自らの歌の伴奏を自分で行うとも言い換えられる。弾き手自らが歌い手であることに加えて、ソロであることも必須条件であるような気がする。オフィシャルな定義があるのかどうか自信がない。

人間の体の構造上、管楽器での弾き語りは考えにくい。だから弾き語りなのである。そういえば吹き語りという言い回しにはお目にかからない。

自唱、自伴奏、ソロの他にも条件がある感じている。演奏される曲のテンポだ。あまりテンポが速い曲は無いような気がしている。あるいは、言葉をクルクルと回すような歌は少ないとも思われる。

イメージとしては、切々とあるいは淡々と訴えかけるような曲調がふさわしい。

クララ・シューマンの没した後、ブラームスは親しい知人とクララの思い出に浸って過ごした。思い出に浸るとは、つまりクララの愛した音楽作品を仲間内で演奏することだった。

ブラームスの出番になった。選んだのは「4つの厳粛な歌」だ。ピアノを弾きながらブラームス自身が歌ったらしい。涙を流しながらの弾き語りだった。居合わせた者全てに深い印象を与えたという。

何という弾き語りだろう。クララの死を惜しむという状況、「4つの厳粛な歌」という選曲、自作自演という形態、どれをとっても空前絶後だろう。もちろんブラームスは声楽の専門家ではない。けれども凄い演奏だったことは容易に想像できる。4曲全て歌ったのだろうとは思うが、3番「おお死よなんと苦しいことか」が一番似合うような気がする。

2008年7月16日 (水)

スコアに忠実

スコアに忠実」。難解ここに極まるといった感じだ。

演奏評の中でしばしば用いられる。ピアノ独奏曲をはじめとする、薄い編成の作品に対しては現れにくい。多くは管弦楽曲だ。「作曲家の意図が余すところ無く再現出来ていますね」という程度の概ね好意的なニュアンスの表出だろうと思うが、「通り一遍の演奏」という意味の皮肉な表現だという可能性も残る。

元々何かと「楽譜通り」であることが珍重されるクラシック音楽だから、音の間違いや音程の不安は論外として、音の過不足がないことや、リピート記号が忠実に守られている程度では、この言葉は奮発されないと思う。

  1. 「Allegro」と書かれた楽譜の再現として、「確かにアレグロに聞こえました」
  2. 「p」と書かれた場所が「確かにpでした」
  3. 「書かれている声部全部がちゃんと聞こえました」

リピート記号に忠実かどうか程度であれば、客観的に確認が可能だが、上記などは立証が難しい。ある人が「スコアに忠実」と評した演奏を聴いても、全員がそう思うとは限らない。500小節を超えるような巨大な作品を聴いてたちどころに「スコアに忠実な演奏だった」と総括出来るのは凄いことだ。

ブラームスの管弦楽作品の演奏において「スコアに忠実」であろうと思うと、それは大変だ。

「音符の多さ」もさることながら、ヘミオラ、ポリリズム、シンコペーション、重音奏法、複雑なアーティキュレーションなどなどだ。さらに本人も自覚している通り、ピアノに編曲したら大名人にしか弾けそうもない程のこみいった声部書法が追い打ちをかける。もっとある。楽譜上にちりばめられた繊細、多彩かつ難解な音楽用語だ。これら楽譜上のブラームスの意図をあらかじめ全て見抜くことが既に難儀である上に、それら全てを演奏中に反映させることが至難の業だ。

仮に、その至難の業が実現出来たとしても、演奏を聴く中からそれを感じ取るというのはもっと難易度が高い。

「スコアに忠実」という言葉を使うからには、その筆者が「スコアの譜読み」を終えているということが前提だ。しかし、残念ながら譜読みの深さには個人差がある。そしてその個人差は「スコアに忠実」という言葉にも反映せざるを得ない。

恐ろしくて使えたものではない言葉だが、読む側に回っても心の準備が要る。

2008年7月 8日 (火)

獲物の処理

6月28日の記事「狩の目的」で4月24日の記事「禁則」に端を発した一連のシリーズが一応の完結を見た。

  1. 4月24日「禁則
  2. 4月28日「5度ハンター
  3. 5月29日「リストの復元
  4. 6月 3日「狩の獲物たち
  5. 6月18日「やっぱりバッハ
  6. 6月28日「狩の目的

ここに最後の疑問がある。

ブラームスがウイーンジンクアカデミーや楽友協会の指導者として、自ら指揮する曲の譜読みの中から、先輩作曲家の禁則違反箇所をリスト化したと推定したが、実際にブラームスはその禁則違反箇所をどう演奏したのだろう。禁則違反を承知の上でそのまま演奏したのだろうか。実際にはブラームスが見ていたのは手稿譜であって、流布していた楽譜は既に誰かの手によって修正されていた可能性もある。もっと言うとブラームス自ら修正したという可能性もある。

ブラームス自らの修正の痕跡が残った楽譜は無いのだろうか。

またしばらく辞書片手にマッコークルを探して見ることにする。

2008年5月23日 (金)

ブレス再び

昨年7月23日の記事でブレスは大切だと書いた。その記事の主人公は次女だったが、ブラスバンドでトロンボーンを始めた彼女は、そのことを改めて実感しているようだ。

今にして思えば「後に続くフレージングを考えて息をしなさい」と教えても小学生の次女には実感を伴って伝わっていなかったと思う。

トロンボーンを始めた次女は、改めてブレスの大切さが判ったと言っている。いい加減なブレスで吹き始めてしまうと息が続かないことがあるからだ。ヴァイオリンでは音を出しながら息を吸うことだって出来るが、トロンボーンだとそれは直ちにフレーズの切断を意味する。もっと具体的に言うと先輩に叱られるのだ。極端に申せば音楽的に見て息継ぎをしても自然な場所をあらかじめ考えていないと怖くて吹き始めることも出来ないのだ。この手の実害が伴うという点においてヴァイオリンよりも数段深刻だ。

どこでどの程度の深さで息を吸うのか楽譜に即して考える。あるいはアンサンブルの全体像に即して考える。自らこれに気付いたことはヴァイオリンの演奏にもきっと還元し得る。

何だか嬉しい。

2008年4月30日 (水)

なんたる演奏

ブラームスのピアノの腕前は微妙な位置にある。10代前半から公の場で演奏し高い評価を得ていたことは知られているが、しからばピアノ演奏のヴィルトゥオーソかというとうなずき難いという。演奏に関してはリストやショパンあるいはクララに並ぶ才能とまでは言えなかったらしい。レパートリーも壮年期以降はもっぱら自作の演奏に限られていたという。

ピアノ協奏曲第2番でブラームス自身がピアノ独奏をした演奏を聴いたチャールズ・スタンフォードの証言がある。音楽之友社刊行の「ブラームス回想録集」第3巻177ページだ。

「両手にあまるミスタッチの山」「タッチが固くコントロールが出来ない」「遅い楽章では ビロードの肌触りだがその他は疑問」

こんな演奏だったのだ。コンクールだったら本選にさえ進めないだろうし、新聞の演奏評に書かれてしまっては致命的でさえある。

しかし筆者の主眼はそこにはない。「威容と解釈においてこんな演奏は聴いたことがない」と続くのだ。「どうせ楽譜には正しい音が書いてあるのだから、間違えた音を弾くことなど些細なこと」「音の間違いなど弾き手も聴き手も気にしていない」

これがブラームスの故郷ハンブルグでの演奏会だったことを差し引いても異例である。筆者を含む聴衆が皆、作曲者自らの演奏という状況に酔っていたのかもしれない。

ああ聴いてみたい。

2008年3月 6日 (木)

みんなどうしているのだろう

一昨年8月26日の記事「松葉のマーク」に関係がある。作品116-1のカプリチオに松葉のマーク「<>」の特異な用例がある点に言及した。同じ作品116の中の4番のインテルメッツォにも奇妙な用例がある。44小節目、46小節目64小節目、65小節目だ。各々の小節の3拍目の4分音符の下に話題の松葉のマーク「<>」が付与されている。4分音符1個に付いてる。「<>」を「クレッシェンドしてただちにディミヌエンドする」と解する立場からは具合が悪い。4分音符1個ではディミヌエンドはともかくクレッシェンドがどうにもなるまい。ピアノという楽器の特性から一旦発せられた音は減衰するしかないのだから、発音後のクレッシェンドは決定的に困るのだ。左手側をアルペジオ気味に弾くようになっているので、それで何とかクレッシェンドの雰囲気だけを確保出来る可能性は残るが、難儀なことだ。

我が家の楽譜はヘンレ社発行のものだ。素人の私が考え付くようなことはとっくにわかっていて書いているに違いない。インテルメッツォホ長調作品116-4は演奏不能というそしりを受けていないから、みんなこれを何とかしているのだろうと思う。

一昨年8月26日の記事「松葉のマーク」でも述べたように「<>」は、単に物理的な押し引きを求めているのではなく、特定のニュアンスの付与を意図していると考えたほうが何かと辻褄が合う。

そういえばというような話がある。音楽之友社刊行の「ブラ-ムス回想録集」第1巻、クララ・シュ-マンの弟子の一人であるファニ-・デイビスの回想だ。ピアノ三重奏曲第3番の論評の中で、問題の「<>」を指して、「暖かな感情を盛り込みたいときに付与される記号」と記述している。単なるダイナミクスの増減ではないことが伺われる。

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