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カテゴリー「102 楽譜」の70件の記事

2021年9月 6日 (月)

作品目録

大作曲家の作品が冊子にまとめられていることがある。作曲家によっては結構な厚みになることもある。

ブラームスは先輩作曲家の作品目録をいくつか所有していた。ケッヘル番号で名高いケッヘル博士のモーツアルト作品目録、ベートーヴェンとシューベルトについては冒頭譜例付きだったらしい。他にはハイドンもあったという。スカルラッティのソナタに至っては、自ら譜例付きの作品目録を作成していた。オリジナルの作品目録だ。さすがにバッハは持っていなかったようだ。

しれっとシューベルトが入っているが、ドイチュ番号の成立はブラームスの没後なので別系統か。シューベルト協会の発起人だけあって未刊のリストを入手していたかもと思う一方、自作も十分あるなと感じる。

一つだけ自慢がある。ブラームスが持っていなくて私が持っている作品目録が一つだけある。それはブラームス自身の作品目録だ。我が家にはマッコークルがある。エッヘン。

2021年8月11日 (水)

譜例無しという緊張感

今や必携のガイドブックと化した「シューベルトの歌曲をたどって」を読みふけっていて、呆然とした。全490ページの大著なのに、譜例が1か所も無い。ただの1か所もだ。著者フィッシャーディースカウ先生は、シューベルトの歌曲を作曲順にたどっては見せるのだが、論述作品の特定や、ディテイルの指摘にあたって譜例を頼っていないということだ。オリジナルがそうなっているのか、和訳本だけの特徴なのかわからぬのがもどかしい。本文中に譜例の参照をほのめかす記述はないからオリジナルにも譜例が無いと感じる。

同書が解説書でも入門書でもない証拠だ。愛好家に手取り足取りではない。自身がシューベルト全集を録音するにあたり、解釈の参考にと集めた情報の備忘的列挙が主眼なのだ。どの曲のどの場所の論述なのかは本人がわかっていれば事足りるとばかりに、譜例が姿を見せない。

音や、楽譜に頼らずにもっぱら文章と文脈だけで、シューベルトの生涯を網羅しようという決意が見え隠れする。もはや大歌手にして大文筆家だ。興味があるなら読者自ら楽譜なりCDなりを用意しなさいという静かな、しかし決然としたメッセージと見た。

かっこいいと思う。歳のせいだろうか。

2021年8月10日 (火)

フォーグル

ヨハン・ミヒャエル・フォーグル(1768-1840)は、シューベルト歌曲の創作、演奏を語る上で欠かせない人物だ。シュタイアー生まれで、ミュンスターで学んだ。モーツアルトのレクイエムで名高いジュスマイヤーと同窓だという。ジュスマイヤーの推薦で1794年ウィーン宮廷歌劇場と契約し、28年も在籍した。本職はオペラ歌手で、声質はバリトンだ。オペラの世界ではソプラノやテノールに比べるとやや日陰だが、そのことがやがてリートに彼を導いたともいわれている。オペラ上演を聞いたシューベルトがその段階で心酔したとされている。

やがてシューベルトの友人たちは二人を引き合わせるために奔走する。いつも自作を自分で歌ったシューベルトに代わって歌ってくれる存在を求め、白羽の矢がフォーグルにあたったということだ。友人たちが知恵を絞ってコネを見つけ出して近づいた結果、何回かの拒絶はあったものの会見にこぎつけた。

最初に見せたのは「目の歌」D297、つづけて「ガニュメート」D544「メムノン」D541だ。フォーグルはシューベルトの才能に歓喜し晴れてシューベルティアーデの一員となった。

歳の差30歳のこの2人は芸術上分かちがたいコンビになり、その交友はシューベルトの死まで続いた。フォーグルが与えたのは最上の解釈と演奏の他、経済的援助もおしまなかったという。

彼はシューベルト歌曲の重要な演奏者、解釈者であった。有節歌曲ではテキストの進行に合わせてニュアンスを付与するのは当然ながら、楽譜にないアドリブまでもためらわなかったという。それがそのまま楽譜に転写され流布するということも起きてきた。ベートーヴェンの変奏曲に主題を供給したディアベリ刊行の楽譜にはそれらが特盛で、1880年まで売られていたから、シューベルト全集の発刊にあたってそれらの区別は急務であった。

ブラームスの伝記に現れるフォーグルは、「シューベルト歌曲の改竄者」という残念な表現もある。ブラームスはシューベルト全集の出版に際し、原典主義を貫く立場から、シューベルトオリジナルとフォーグルの手による改変を根気よく区別した。モーツアルトのレクイエムにおいてジュスマイヤーの手による補筆とオリジナルの分別を手掛けたことと似ている。作曲とはまた別の才能には違いあるまいが、ブラームスが区別したことでありがたみは数段高まる。

今日8月10日はフォーグルの誕生日だ。

2021年7月 3日 (土)

充電期間

ハンブルク出身のブラームスが正式にウィーンに居を構えたのは1862年9月だ。29歳であった。ハンブルクフィルハーモニーの指揮者の地位を熱望していたが、種々の事情で実現しなかったこともあり、心機一転の気持ちもあったと思う。

この時点で、ウィーンでの職が決まっていた訳ではない。明くる1863年春にウィーンジンクアカデミーの音楽監督就任を打診され、実際に就任するのは秋のシーズンからだ。この間演奏会への出演はあったが定職とは言えない。ウィーン進出から職につくまでのおよそ1年間がいわば「充電期間」だったと位置づけられよう。

この充電期間にブラームスがしたことは何かが本日の話題だ。もちろん作曲は続けていたが、その他あちこちの演奏会に出演して人脈を広げたことも大きい。ウィーンならではの研究もあった。楽友協会あたりの図書館に通って古い楽譜を写譜したという。後年ブラームス自身が一部の友人に語ったところによれば、ウィーンに来て最初の仕事は「知られていないシューベルト作品の写譜」だったという。シューベルトの兄と親交があった出版社シュピーナが所有する自筆譜を夢中で写し取ったと回想する。シューベルトの歌曲の編曲や、ピアノ連弾用のワルツはその成果と位置づけ得る。

 

 

2021年4月30日 (金)

ハウプト不在

「ドリアントッカータ」の異名をとるBWV538のお話だ。ドーヴァー版の楽譜には奇妙な表示群が存在する。たとえば以下の通り。

20190310_201832
「Oberwerk」「Positiv」と読める。3段楽譜の上段と中段に頻発する感じだ。つまりこれはオルガンの鍵盤指定である。「Oberwerk」と記されていたら、そこからオーバーヴェルクの鍵盤で弾きなさいという意味だ。本作は冒頭からずっとこの調子で「Oberwerk」「Positiv」の表示が交代で出現する。文字通りなら主鍵盤であるハウプトヴェルクを使う暇はない。

念のためブライトコップフの新版を確認したが初回以降は「O」「P」と略記されているものの同様の状態だ。

こんなことになっているのはBWV538だけである。これがバッハ本人の意思なのか、バッハの演奏を聴いていた人の書き込みが記譜されるに至ったのか、気になる。

2021年1月29日 (金)

デザイン込み

BWV598の楽譜なら、ネット上に画像があふれている。譜面づらを拝むだけならそれで事足りるのだが、「紙がないと落ち着かない性分」で、どうしても楽譜を手許に置きたくなった。

楽譜屋さんに出向いて店頭で係の人に事情を話すと「BWV598」単品の販売はなく、全集の中に入っているのを探すしかないと、いくつか候補を紹介してくれた。

結果、ブライトコップフの新版を買い求めた。

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手持ちの楽譜との重なりが多いし、およそ5500円の価格にはためらいもあったが、表紙のデザインにころりと参って購入した。BWV598だけのための出費としては破格の痛みだが、後悔はない。買い求めたのはオルガン作品全集の4巻。巻によって黄色の部分の色が変わる。全巻そろえたくなる。

2020年12月18日 (金)

ブライトコップフのクリスマス

都内某シュップにて入手した。

20201211_161903

きゃーってなもんだ。

クリスマス用の紙袋。なんというクオリティだ。ドイツの名高い楽譜出版社ブライトコップフ社のクリスマスアイテムだ。大きさはほぼA4縦である。1719年は同社の創業年ということ。同社を象徴する熊がサンタクロース仕様になっている。デザインといい色使いといい。これに何を入れて渡したとしても、プレゼントが霞むことは間違いない。これほど贈り先を選ぶ袋もないだろう。プレゼントを開ける前に袋で盛り上がることは確実だ。

2019年12月 7日 (土)

弾き分ける決意

ブラームスは、数少ないピアノの弟子に日頃「ピアニストは心で感じたことを音で表現出来なければならない」と教えていたという。クララ・シューマンとはこの点で一致していたらしい。そうは言ってもテクニックはあくまでも音楽に従属する位置づけを超えない。

つまり、ブラームスは心で感じたことをピアノで表現出来たということになる。同時にそれを実現出来ると信じていたことになる。ブラームスが楽譜上に記した夥しい数の音楽用語は、弾き分けられると考えていたと推定出来る。自分が弾き分ける自信があるからこそ、演奏者にもそれを要求していたに違いないのだ。少なくともピアノ演奏に関しては自分が出来もせんことを要求するほど、傲慢ではないと思う。

たとえば「sf」「rf」のように、一般の音楽辞典では同義と解されている用語でも、書き分けられている以上、実際には区別していたと解さねばならない。そう信じることが、実は「ブラームスの辞書」の前提になっている。

だからどこの馬の骨ともわからぬ校訂者が、勝手にアスタリスクも無く用語を追加してもらっては困るのだ。

2019年7月29日 (月)

思った通り

ジギスワルド・クイケンの1981年録音のバッハの「無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ」のCDの解説書が充実していてうれしい。その中に、発見が遅れた同曲集の自筆譜についての言及が詳しい。

19世紀バッハ研究の第一人者でトマスカントルでもあったウィルヘルム・ルストの死後、これを所有していたルスト未亡人から、ブラームスが買い取りを計画していたと書いてある。1890年に知人との共同での買い取りを画策したが失敗したと明記されている。

後日、ブラームスの親友ヨアヒムが同自筆譜の写真版を見つけてこれを底本に出版されたのが1908年だが、その同じ楽譜にブラームスが目をつけていたということに他ならない。個人に所蔵されていたのでは、宝の持ち腐れだとわかっているブラームスは出版を前提に買い取とろうとしたと思われる。実物を見ていた可能性もある。もしかするとブラームスはルスト未亡人所有のその自筆譜の価値を見抜いていたかもしれない。知人と共同で画策したというその知人はジムロックではないかとも想像する。

もしその計画が成就していたら、その楽譜はブラームスの所蔵となり、今頃はウィーン楽友協会の蔵書となっていた可能性もある。

2019年7月23日 (火)

即興伴奏

1840年のことだ。バッハの無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第2番がライプチヒで公開演奏された。ヴァイオリンを弾いたのはフェルエディナンド・ダーヴィッド。メンデルスゾーンの盟友で、ヴァイオリンコンチェルト初演にあたり独奏を託されるほどの間柄。当時のバッハ演奏の第一人者で、もちろんバッハ協会の発起人の一人だ。

このシャコンヌの演奏が記録に残る限り初の公開演奏だったとされている。このときメンデルスゾーンが即興でピアノ伴奏した。それを実地でシューマンが聴いていたという濃いエピソードだ。

シューマンは演奏を聴いて「バッハの無伴奏ヴァイオリン作品に新たな声部を付与するのは不可能だというバカげた意見を述べた人がいるが、メンデルスゾーンの伴奏はそれに対するこの上ない反論である」と語った。

現在では、バッハがヴァイオリン1本という制約の中で果たそうした狙いが正しく認識されているのだが、当時はこのありさまだったということだ。一般に旋律楽器と認識されているヴァイオリン1本で、複雑なポリフォニーが過不足なく表現されていること、それがシャコンヌという制約の多い形式の中に盛られていること自体がバッハの狙いなのだが、わざわざピアノ伴奏を施すという風潮だったということだ。ピアノがその機能を飛躍的に拡大させていった時代と重なるのは偶然ではあるまい。ピアノが2本の腕、10本の指でフルオーケストラの響きさえ再現可能な万能楽器として認知されるに及んで、ピアノ以外の独奏はピアノに伴奏されることが当たり前になった。ピアノソナタだけが「無伴奏ピアノのための」と呼ばれないことがその証拠だ。

1847年にメンデルスゾーンのピアノ伴奏付「シャコンヌ」が出版されたのを筆頭に、1854年にはシューマンが無伴奏ヴァイオリン曲全6曲のピアノ伴奏付加版を出版した。シャコンヌでのみ、両者の聴き比べが可能だ。

ブラームスは師匠であったシューマンはもとより、メンデルスゾーンだって尊敬していたが「シャコンヌ」の扱いだけは正反対だ。クララの右腕脱臼の見舞いはキッカケに過ぎまい。若いころヨアヒムに弾いてもらった「シャコンヌ」をピアノ編曲するにあたり、「バッハが無伴奏ヴァイオリンでよしとしたなら俺も」とばかりに右腕の参加を拒否したのだ。オクターブ下げる以外何もせんという編曲方針を貫いたのは、シューマンやメンデルスゾーンに対する無言の挑戦と見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

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