ブラームス神社

  • 道中安全祈願

おみくじ

  • テンプレート改訂しました

独逸日記

  • ドイツ鉄道博物館のおみやげ
    2012年3月28日から4月4日まで、次女の高校オケのドイツ公演を長男と追いかけた珍道中の記録。厳選写真で振り返る。

ビアライゼ

  • Schlenkerla
    自分で買い求めて賞味したビールの写真。ドイツとオーストリアの製品だけを厳選して掲載する。

カテゴリー

カテゴリー「702 疑問」の158件の記事

2019年11月23日 (土)

シューマンとの距離感

ブラームスの楽壇デビュウにあたり、ロベルト・シューマンの後ろ盾が大きく物を言ったことは、有名である。はじめてシューマン邸を訪問したブラームスの様子は、シューマン夫妻の日記の記述から克明に復元されている。

ブラームスがハンサムな若者だったこと、ガチガチに緊張していたこと、シューマンの態度はゆったりと寛大だったこと、すぐにクララを呼んで再度弾かせたこと、リストのサロンとは違って家庭的な雰囲気だったこと等等、みなよく知られている。シューマンはその後ブラームスを絶賛する記事を書く一方、作品を出版する労を惜しまない。それからわずか3年後にシューマンが没してしまった後も、その妻クララとは終生交流が続いたこと、周知の通りである。

ブラームスは、シューマンに感謝はしていたと思う。いや、していたに違いない。

ところがである。20歳そこそこでガチガチに緊張していたはずのブラームスは、敬愛するシューマンの薦めに従って、自作を無闇に出版しまくった訳ではない。シューマンに出版を薦められたいくつかの作品をブラームスは出版せずに破棄している。この事実は、相対的に無視されている。自分を楽壇に紹介してくれた恩人の薦めを冷静に受け止め、自作をじっと吟味する器をその若さで持ち合わせていたことこそが奇跡のように思える。

ブラームスは後年「シューマンに教わったのはチェスの指し方くらいだよ」と語ったとされている。さすがにそれはブラームス独特の逆説を含んでいるとも思われるが、一笑に付しきれない真実味も感じられる。「少なくとも作曲は教わっていないよ」という意味と解したら勘繰りが過ぎるだろうか?

何と言ってもブラームスにとってシューマンは「クララの夫」である。今風に申せば「シューマンは60%がクララの夫、40%が作曲家」くらいに思っていたなどということを想像したくなる。

一生考えて行きたい。

2019年10月31日 (木)

10月という区切り

弱冠20歳のブラームスとロベルト・シューマンの初対面は1853年10月だった。1895年10月には、クララとの最後の面会があった。ブラームスの生涯について調べていると、もう一つ1856年10月というポイントが浮かび上がる。

1856年7月29日のロベルト・シューマン没から3ヶ月後だ。このタイミングでブラームスはデュッセルドルフ滞在を打ち切って、ハンブルクに戻っている。1854年2月27日シューマンの投身以来続いた献身が終わったのだ。約2年半だった。20歳だったブラームスは23歳になっていた。この間作品の出版が止まっていたことは周知の通りである。シューマン夫妻の四女オイゲニーは、ブラームスが突然去ったと証言している。

芸術家としての成長と、シューマン一家への献身が両立しないことは、ブラームスもクララも良く知っていたのだと思う。しかし幼い子供たちから見れば、留守がちな母クララに代わって世話を焼いてくれたブラームスが、突然居なくなることを寂しいと感じたとしても無理はない。ブラームスはある意味心を鬼にして、敢えてキッパリと立ち去ったと感じる。

もちろん一家との交流は生涯続くが、そこはけじめ・踏ん切りである。思えば1853年からの4年間は波瀾万丈だ。

  • ヨアヒムとの出会い。
  • リストとの出会い。
  • シューマン家訪問。
  • シューマンのアシストによる楽壇デビュー。
  • シューマンの投身。
  • シューマン一家への献身。
  • シューマンの他界。

デュッセルドルフからの引き上げはこれら一連の出来事の幕引きだ。歳の頃ならまさに大学生に相当する多感な時期だ。下手な学生生活など及ぶべくもない濃厚な4年間を経験したブラームスの卒業と位置づけたい。

 

この経験がこれ以降の作品に反映したなどという安易なオチは慎むべきだが、1856年10月だけは、いつも記憶にとどめておきたい。

 

 

 

 

 

 

2019年10月20日 (日)

クララのチェック

ブラームスは新しい作品が出来上がると、出版前にクララ・シューマンに意見を求める習慣があった。最早それは出版に先立つ儀式と化していた。クララの選球眼をよっぽど信頼していたのだろう。ブラームスの作品リストには、当代屈指のピアニストにして、ロベルト・シューマン未亡人のお墨付き作品だけが並ぶことになった。

ブラームスが、これでもかと投げ込みクララ・シューマンがストライクと判定した作品だけが並ぶということがどういうことなのかを説明することは野暮である。むしろ興味深いのは、ストライクのリストではなくて、ボールと判定されて廃棄された側かもしれない。それらはもちろんリストになんかなっていない。投げた瞬間ボールとわかる球もあれば、きわどく外れた球もあるだろうが、言い訳せずに廃棄だ。愛好家としてはブラームスのボール球になら、デッドボールも痛くない。

ブラームス諸作品について優秀な審判員振りを発揮したクララは、愛するロベルト・シューマンの作品においても、同様だった。クララがロベルトの作品にあれこれと意見を述べたというより、作品が出来上がるソバから草稿を見て次から次へとピアノで弾いて見せたという。クララが現実に音を出すのを聴いて、ロベルトが草稿を手直しということもあったらしい。

2019年8月24日 (土)

脱臼の痕跡

バッハの無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第2番ニ短調の終曲シャコンヌをブラームスが左手用に編曲している件。右ひじを脱臼したクララを見舞うためと解説されているのだが、不審な点がある。我が家にあるクララの伝記3種だが、どれにも1877年6月あるいは7月に脱臼の記述がない。

ピアニストでなくとも右手の負傷は一大事のはず。伝記3種の著者が揃いも揃って見落とすものだろうか?

シャコンヌ左手版は脱臼への見舞ではないと考える方が自然かもしれない。

 

 

2019年8月15日 (木)

当然の疑問

無伴奏ヴァイオリンのためのソナタやパルティータが、19世紀後半のバッハ再興の時代には、伴奏つきで演奏される慣習があったらしい。ロベルト・シューマン編曲ならば全6曲のピアノ伴奏付与版のCDも出ているし、シャコンヌだけならメンデルスゾーン版もある。

しからば、同じケーテン時代に作曲されたとされる無伴奏チェロ組曲全6曲に、ピアノ伴奏を付与した猛者はいなかったのだろうか?気合を入れて探しているのだがなかなか見つからない。そもそも存在しないのか?

無伴奏チェロ組曲は20世紀に入ってカサルスが再発見するまで、半ば忘れられていたという来歴がある。その点が無伴奏ヴァイオリンとの大きな違いである。どこかに埋もれてはいまいか。

 

 

 

 

2019年6月21日 (金)

バッハはシャコンヌを弾けたか

もっとも素朴な疑問。作曲者バッハはシャコンヌが弾けたのか?

バッハはヴァイオリンも弾いた。オルガンやチェンバロは名人の域だと複数の証言がある。ヴィオラやヴァイオリンあるいはヴィオラダガンバも弾いたと言われている。

話題にするシャコンヌをバッハ自身は弾けたのだろうか?

 

 

2019年4月21日 (日)

誉め方の作法

使っている側に悪気が無いだけに厄介だ。作曲家Aを論ずる中に現れる「AはB以前で最も重要な作曲家である」という表現だ。Aは作曲家の名前が入るが、Bは作曲家だったり時代名だったりするのだが、とりわけ作曲家名だった場合、注意が要る。

大抵はAさんをプラスに評価する文脈の中に現れる。個人のブログの感想ではなく、きちんとした解説書の中にだって現れる。Aにブクステフーデ、Bにバッハを代入してみよう。「ブクステフーデはバッハ以前で最も重要な作曲家である」というよく見る文章になる。ここでブクステフーデはバッハに先行するオルガンの大家として演奏と作曲の両面で高い評価を与えられていると見ていい。ところがだ。

ところが、「これはバッハよりは劣るけれど」というニュアンスを濃厚に含む。Aにパッヘルベルを代入しても同じことだ。

信じ込んでいた。最近ブクステフーデやパッヘルベルのオルガン作品に親しんでみると、違和感を感じる。「高い高いバッハの評価ありき」の言い回しではないのかと痛感する。それが学会の通説だと言われれば仕方ないが、普通に「パッヘルベルやブクステフーデはバッハの一世代前の素晴らしい作曲家だ」あるいは「バッハと遜色がない」と言えばいい。使う側は無意識かもしれぬが、ブクステフーデやパッヘルベルへの上から目線さえ感じる。そうまでして持ち上げなくてもバッハは十分素晴らしい。

テレマンの評論に現れる「当時はバッハより有名だった」や、CPEバッハについて言われる「当時はバッハと言えばカールフィリップエマニュエルだった」も同じ香りがする。

ぜーんぶ誉め言葉のつもりだけに厄介だ。最近なんだか違う気がしてきた。ブラームスに訊いてみたい。

2019年3月24日 (日)

輝きこの日

原題を「Erschienen ist derherrlich tag」という。コラダス分類番号「9」は、バッハとテレマンのみが採用している。全143曲中たった3例のレアケースだ。

  1. バッハ  BWV629
  2. テレマン  TWV29

同コラールはカンタータ145番「我は生く、わが心よ汝を喜び楽しませんため」(Ich lebe,mein Herze,zu deinem Ergoetzen)のフィナーレ第5曲に採用されている。復活祭第3日のためのカンタータ。「第三日」は復活祭の翌々日だ。「第三主日」ではない。これだと3週間後なので注意したい。

さて、このカンタータ新バッハ全集では全5曲から構成されているのだが、元々はこの前に2曲付加されていたらしい。後からの付加とは言え元々は7曲あったのを、新バッハ全集刊行の際に2曲削ってしまったということだ。

削られた2曲のうちの後の方、旧第2曲には、テレマン作の合唱曲が丸ごと置かれていたという。それが新バッハ全集刊行にあたり削除された原因か確認したいが情報がない。ひとまず、テレマンとの関係浅からぬカンタータとだけ申しておく。フィナーレ第7曲に採用したコラールをベースに、テレマンもまたオルガンコラールを作曲していたとは、偶然にしてはおいしい。

 

2018年6月22日 (金)

furとder

アンナマグダレーナの音楽帖の愛聴盤を紹介した。

20180327_091258

「Notenbuechlein der Anna Magdarena Bach」となっている。変だ。

愛用の楽譜と比較する。

20180328_121140_2

「Notenbuechlein fuer Anna Magdarena Bach」となっている。ウィキは「fuer」だ。これだと「のための」と訳したくなる。バッハが愛妻のためにという雰囲気を邪魔しない。「der」だと「軽い所有」のイメージ。筆写者ないし作者がマグダレーナである感じがしてくる。単なる誤植とは思いたくないのだが。

2018年6月 2日 (土)

アジア初演か

1918年6月1日の徳島坂東におけるベ-トーヴェンの第九交響曲の演奏が、日本初演だということなのだが、この演奏が同時に「アジア初演」だと断言されている。

第一次大戦で日本が陥落させた中国青島のドイツ租借地は、日本の攻撃を受けるまで10年以上ドイツ人が多数居留していた。青島ビールはドイツ人用のビール供給に端を発する。オーケストラも組織されていた。

素朴な疑問がある。

日本に占領されるまでの間、同地オケは第九交響曲を演奏しなかったのだろうか。

当時の青島はドイツ人も多く住んでいた。俘虜という制約もない音楽活動が保証されていたはずで、第九交響曲の演奏が試みられたことがないというのか。坂東が「日本初演」に加えて「アジア初演」と断言する以上、その点の検証には抜かりがないと思うには思うのだが、信じられない。

征服前の青島で顧みられることがなかった第九演奏が、俘虜生活の制約の中で実現したということなのか。

より以前の記事一覧

その他のカテゴリー

001 用語解説 002 ドイツ旅行① 003 ドイツ旅行② 004 ドイツ旅行③ 050 空席状況 051 お知らせ 052 総集編 053 アラビアンナイト計画 054 セバスチャン 055 令和百人一首 060 ブラームス神社 061 縁起 063 賽銭 070 ドイツ分室 071 地名辞書 072 地名探検 073 地名語尾辞典 074 地名語尾 075 ドイツ語 076 ドイツ方言 077 ドイツ史 078 ハプスブルク 079 人名辞典 080 イベント 081 謝恩クイズ 082 かるた 083 のだめ 084 お盆 085 中国出張 086 英国研修 087 ブログ出版 088 意訳委員会 089 ドヴォルザークイヤー総集編 090 ドヴォルザーク作品一覧 092 暦 093 バロック 094 ドイツバロック 095 イタリアンバロック 100 作曲 101 編曲 102 楽譜 103 音符 104 楽語 105 テンポ 106 音強 107 拍子 108 調性 109 奏法 110 演奏 111 旋律 112 音型 113 リズム 114 和声 115 対位法 116 形式 117 編成 118 ヘミオラ 119 テキスト 120 ベースライン 121 再現部 122 微調整語 123 語彙 124 表情 125 伴奏 126 ジプシー音楽 140 ソナタ 141 変奏曲 142 フーガ 143 ロンド 144 コラール 145 間奏曲 146 スケルツォ 147 ワルツ 149 緩徐楽章 150 セレナーデ 153 カプリチオ 154 トリオ 155 序奏 156 シャコンヌ 157 メヌエット 158 舞曲 159 カンタータ 160 ブラームス節 161 分布 162 引用 170 楽器 171 ピアノ 172 ヴァイオリン 173 ヴィオラ 174 チェロ 175 コントラバス 177 オーボエ 178 クラリネット 179 ファゴット 180 ホルン 181 トランペット 182 トロンボーン 183 チューバ 184 ティンパニ 185 トライアングル 186 チェンバロ 187 オルガン 190 鍵盤楽器 191 弦楽器 192 木管楽器 193 金管楽器 194 打楽器 195 メゾソプラノ 196 アルト 200 作品 201 ピアノ曲 202 歌曲 203 器楽 204 室内楽 205 交響曲 206 協奏曲 207 管弦楽曲 208 合唱 209 重唱 210 民謡 211 オルガン 212 オペラ 213 カノン 214 連弾 215 練習曲 216 学生歌 230 ドイツレクイエム 231 交響曲第1番 232 交響曲第2番 233 交響曲第3番 234 交響曲第4番 235 大学祝典序曲 236 ヴァイオリン協奏曲 237 ピアノ協奏曲第1番 238 ピアノ協奏曲第2番 239 二重協奏曲 248 弦楽六重奏曲第1番 249 弦楽六重奏曲第2番 250 ピアノ五重奏曲 251 クラリネット五重奏曲 252 弦楽五重奏曲第1番 253 弦楽五重奏曲第2番 254 弦楽四重奏曲第1番 255 弦楽四重奏曲第2番 256 弦楽四重奏曲第3番 257 ピアノ四重奏曲第1番 258 ピアノ四重奏曲第2番 259 ピアノ四重奏曲第3番 260 ピアノ三重奏曲第1番 261 ピアノ三重奏曲第2番 262 ピアノ三重奏曲第3番 263 ホルン三重奏曲 264 クラリネット三重奏曲 265 ヴァイオリンソナタ第1番雨の歌 266 ヴァイオリンソナタ第2番 267 ヴァイオリンソナタ第3番 268 チェロソナタ第1番 269 チェロソナタ第2番 270 クラリネットソナタ第1番 271 クラリネットソナタ第2場 272 FAEソナタ 300 作曲家 301 バッハ 302 シェーンベルク 303 ドヴォルザーク 304 ベートーヴェン 305 シューマン 306 メンデルスゾーン 307 モーツアルト 308 ショパン 309 シューベルト 310 ワーグナー 311 マーラー 312 チャイコフスキー 313 Rシュトラウス 314 リスト 315 ヘンデル 316 ヴィヴァルディ 317 ヴェルディ 318 ヨハン・シュトラウスⅡ 319 ビゼー 320 ブルックナー 321 ハイドン 322 レーガー 323 ショスタコーヴィチ 324 テレマン 325 ブクステフーデ 326 パッヘルベル 327 シュメルツァー 328 フローベルガー 330 プレトリウス 331 シュッツ 350 演奏家 351 クララ 352 ヨアヒム 353 ミュールフェルト 354 アマーリエ 356 ビューロー 357 クライスラー 358 ヘンシェル 362 シュットクハウゼン 400 人物 401 ファミリー 402 マルクゼン 403 ジムロック 404 シュピッタ 405 ビルロート 407 ビスマルク 408 ハンスリック 409 フェリクス 411 マンディ 412 ヴィトマン 416 カルベック 417 ガイリンガー 418 エルク 419 グリム兄弟 420 森鴎外 421 ルター 431 アガーテ 432 リーズル 433 マリエ 434 ユーリエ 435 オイゲーニエ 436 ベルタ 437 リースヒェン 438 オティーリエ 439 シュピース 440 トゥルクサ 441 バルビ 442 シシィ 443 メルケル 500 逸話 501 生い立ち 502 性格 503 学習 504 死 505 葬儀 506 職務 507 マネー 508 報酬 509 寄付 510 顕彰 511 信仰 512 友情 513 恋 515 別れ 516 こだわり 517 癖 518 読書 519 リゾート 520 旅行 521 鉄道 522 散歩 523 食事 524 ワイン 525 タバコ 526 コーヒー 527 趣味 528 手紙 529 ジョーク 530 習慣 531 住居 532 恩人 533 指揮者 534 教師 535 暗譜 536 美術 537 ビール 550 楽友協会 551 ジンクアカデミー 552 ハンブルク女声合唱団 553 赤いハリネズミ 554 論争 555 出版社 556 初版 557 献呈 558 伝記 559 初演 560 校訂 571 ウィーン 572 ハンブルク 573 イシュル 574 トゥーン 575 デトモルト 576 ペルチャッハ 577 ライプチヒ 578 デュッセルドルフ 579 フランクフルト 580 ベルリン 581 アイゼナハ 582 リューベック 583 ニュルンベルク 590 イタリア 591 イギリス 592 チェコ 600 ブログMng 601 運営方針 602 自主規制 603 アクセス 604 検索 605 カテゴリー 606 記事備蓄 607 創立記念日 608 ブログパーツ 609 舞台裏 610 取材メモ 611 マッコークル 613 一覧表 614 課題 615 カレンダリング 616 ゴール 617 キリ番アクセス 618 キリ番記事 630 記念 631 誕生日 632 命日 633 演奏会 634 正月 635 ヴァレンタイン 636 クリスマス 637 ブラームス忌 638 ブラスマス 639 クララ忌 640 クラスマス 641 愛鳥週間 642 ランキング 699 仮置き 700 思い 701 仮説 702 疑問 703 お叱り覚悟 704 発見 705 奇遇 706 区切り 707 モチベーション 708 演奏会 709 感謝 710 よろこび 711 譜読み 712 音楽史 720 日本史 721 日本人 722 日本語 723 短歌俳句 724 漢詩 725 三国志 727 映画 728 写譜 730 写真 731 数学 732 レッスン 733 ビートルズ 740 昔話 741 仲間 742 大学オケ 743 高校オケ 760 家族 761 父 762 母 763 妻 764 長男 765 長女 766 次女 767 恩師 780 スポーツ 781 野球 782 駅伝 783 バスケットボール 784 サッカー 785 アントラーズ 786 バドミントン 790 コレクション 791 CD 792 ipod 793 楽譜 794 書籍 795 グッズ 796 愛器 800 執筆の周辺 801 執筆の方針 802 ブラダス 803 校正 804 譜例 807 パソコン 808 ネット 809 ドボダス 810 ミンダス 820 出版の周辺 821 パートナー 822 契約 823 装丁 825 刊行記念日 840 販売の周辺 841 お買上げ 842 名刺 860 献本 861 ドイツ国立図書館

フォト

ブラームスの辞書写真集

  • Img_0012
    はじめての自費出版作品「ブラームスの辞書」の姿を公開します。 カバーも表紙もブラウン基調にしました。 A5判、上製本、400ページの厚みをご覧ください。
2019年12月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        
無料ブログはココログ