ブラームス神社

  • 道中安全祈願

おみくじ

  • テンプレート改訂しました

独逸日記

  • ドイツ鉄道博物館のおみやげ
    2012年3月28日から4月4日まで、次女の高校オケのドイツ公演を長男と追いかけた珍道中の記録。厳選写真で振り返る。

ビアライゼ

  • Schlenkerla
    自分で買い求めて賞味したビールの写真。ドイツとオーストリアの製品だけを厳選して掲載する。

カテゴリー

カテゴリー「702 疑問」の165件の記事

2020年11月10日 (火)

オクターブの上下動

ガンバソナタの演奏で最も気に入っているのは、ヴィオラによる演奏だ。CDの発売状況で申せばチェロ盤が優勢で、お店によっては売り場に「チェロソナタ」と表示されていることがある。我が家のコレクションでもチェロ盤が多いのだが、ヴィオラ盤のコレクションは下記の通りである。

  1. 1971 今井信子
  2. 1991  Kim Kashkashian
  3. 1996  Josef Suk
  4. 1996  今井信子
  5. 1999 川本嘉子
  6. 2010 清水直子
  7. 2015 Helen Callus

2010年の清水直子盤は貴重なピアノ伴奏なのだが惜しいことに3番のみにとどまる。

例によって本日は、2番の第2楽章について残る6種を聴き比べる。もはや衰退してしまったガンバに代わってヴィオラを選択する需要は古来あったと見えてハ音記号で記譜された楽譜が出回っている。我が家にあるのはベーレンラーター版だ。疑問形で終わる第1楽章を受ける形で走り出す軽快な第2楽章は、ヴィオラ解放弦の「D」から立ち上がる。

ところが、上記6種のうち、スーク盤とカルス盤の2種はオクターブ上のA線上の「D」から弾きはじめている。元々ガンバ用だった作品をヴィオラ用に転写するだけの話だからオクターブの上下には深いこだわりはないのかもと想像するが、このような上下動が起きているのはこの楽章だけだ。

私の好みで申せばベーレンライターの記譜通り「D線の解放弦」から立ち上げたほうがいい。オクターブ上で始めるとなんだか窮屈な印象だ。

カッチェンと組んだブラームスのヴァイオリンソナタを筆頭にシャコンヌでも大満足のスークさんなのだが、この楽章をオクターブ高いところから弾いているのはご乱心とも映る。

2020年9月13日 (日)

6の内訳

昨日の記事「6がお好き」の続き。

  1. オルガンのためのトリオソナタ 525~530
  2. イギリス組曲 806~811
  3. フランス組曲 812~817
  4. パルティータ 825~830
  5. 無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ 1001~1006
  6. 無伴奏チェロ組曲 1007~1012
  7. ヴァイオリンとチェンバロのためのソナタ 1014~1019
  8. ブランデンブルク協奏曲 1046~1051

昨日列挙した収録曲6曲からなる曲集8つを子細に調べる。これら8つの曲集のうちブランデンブルク協奏曲のみがその成り立ちついて細かくわかっている。ブランデンブルク辺境伯への就職活動の一環で、既存の曲から急きょ選ばれたとされている。

だからかもしれないが、上記の中では例外的なことが多い。ブランデンブルク協奏曲以外の曲集は6曲の中に同じ調が現れない。これに対してブランデンブルク協奏曲は1,2番がともにヘ長調、3.4番がともにト長調になっている。

6曲の中の長調の短調の構成は「3:3」「2:4」「4:2」のいずれかであるのに対し、ブランデンブルク協奏曲は全部長調という極端な構成になっている。

ブランデンブルク辺境伯への献呈を思いついたときに、手持ちの作品を急ぎ選んで6曲取りまとめたことの証拠になるのかもしれない。

 

 

 

 

2020年9月12日 (土)

6がお好き

バッハの作品全体を統御するBWVナンバーは、作曲や出版の順ではなく、ジャンル毎に配列されている。カンタータから順序列挙されていて、人の声が入っている作品が優先されている。本日の話題は器楽曲つまり人の声の含まれぬ作品に限定する。BWV番号としては525番のオルガン作品以降を話題にする。

まずは以下のリストを眺めてほしい。

  1. オルガンのためのトリオソナタ 525~530
  2. イギリス組曲 806~811
  3. フランス組曲 812~817
  4. パルティータ 825~830
  5. 無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ 1001~1006
  6. 無伴奏チェロ組曲 1007~1012
  7. ヴァイオリンとチェンバロのためのソナタ 1014~1019
  8. ブランデンブルク協奏曲 1046~1051

末尾に添えたBWVナンバーをよくよく見ると、これら全て6曲一組になっている。6の倍数にまで広げれば平均律クラヴィーア曲集が加わることになる。フルートとチェンバロのためのソナタとフルートと通奏低音のためのソナタの合計は6になる。

現在伝えられているバッハ作品は作曲全体のすべててはないから、断言は難しいが、バッハが意図して曲集としてまとめる場合「6」にこだわっていた可能性があるとおもいきや、これはバロック時代の作品出版の慣例に従っただけらしい。

2020年9月 9日 (水)

偽作呼ばわり

「偽作」とはあまり好きな言葉ではない。勢いで私自身が使ってしまうこともあるが気持ちのいいモノではない。

現在となっては無名となってしまった作曲家Aさんがいたとする。そのAさんの作品Bが長い年月の中でヨハン・セバスチャン・バッハの作品だと思われてきたとしよう。大作曲家バッハには膨大な研究の厚みがある。その成果の一つとして、ある日バッハの作品と思われていた「作品B」が、実はバッハの手によるものではなく作曲家Aさんの作品であったとこが証明されたとする。

このとき以降「作品B」は偽作であるとされる。

長らくバッハ作品だと思われてきたことについて、作曲家であるAさんに責任はない。後世の手違いが原因だ。そして実直な研究の結果、真の作曲者が突き止められたことは喜ばしい。けれどもその結果作品Bに奉られる「偽作」という言葉は残念でならない。文字数の節約など考えずに「バッハの作品では無かった」とだけ表現すればよい。作品が厳然として存在するのだから偽作呼ばわりは変だ。

「偽作」という言葉にはある種の方向性を感じてしまう。上から目線さえ疑われる。しかもそれはバッハから作曲家Aへの上から目線ではなく、「偽作」という言葉を使う者から作曲家Aさんへの上から目線だ。その作品Bの出来映えがバッハの作品群に比べどれほど劣っていようとも、ハッキリ言って失礼な話だし大きなお世話だ。事実は「作品Bは作曲家Aさんの真作」だということに尽きる。わざわざ「バッハの偽作だ」というのは、筋違いだと感じる。後世の混乱のツケがバッハや作曲家Aさんの2人にまわされている感じだ。

イ長調ピアノ三重奏曲は20世紀に発見されて以来、ブラームスの作品だという説がある。一方でマッコークルは「怪しげ」という判断だ。私も偽作という言葉は慎みたい。たとえブラームスの作品でなかったとしても無名の誰かの真作だ。

2020年9月 8日 (火)

正規の教育

「正規の教育」

難解ここに極まるという表現がふさわしい。「正規の教育とは何か」という問いに正確に答えることは難しい。感覚的な話で恐縮だがその多くは「正規の教育を受けていない」と用いられる気がする。

  1. 学校教育のことか。義務教育の中で音楽の授業を欠かさず受けていた程度で「音楽についての正規の教育を受けた」と称することが出来るか疑問である。
  2. 音楽高校、音楽大学を出ていれば「正規の教育」を受けたと言えそうだ。
  3. その意味でオーケスオトラの団員を含むプロの音楽家は皆「正規の教育を受けている」と言えそうだ。
  4. ところがプロ野球やJリーグに目を移すと途端に難解になる。体育学部野球科や蹴球科の卒業生は少ない。大学や高校の野球部やサッカー部に所属していたことは確実だが、それらはあくまで部活動だ。野球やサッカーの「正規の教育」とは呼びにくい。正規の教育を受けていない者の集団がプロスポーツということになりかねない。
  5. 私自身、普通科の高校を出て大学では法律を専攻していた。音楽を学んだと言えるのは小中学校の授業と高校の選択授業だけだ。大学4年間通ったヴィオラのレッスンや、オケの先輩からの薫陶を「正規の教育」と呼んでいいなら嬉しいが、心苦しい。
  6. 偉人の伝記を読んでいると「正規の教育を受けずに云々」と出てくる。大抵は独学で何かを学びと続くから「独学」は「正規の教育」とは認めにくい。
  7. たとえば音楽高校にも音楽大学にも通わずに、個人レッスンだけを受けてプロになった人は「正規の教育」を受けたと言うのだろうか。師匠がいるから独学とは言えない。
  8. さらに極端なのは、音楽を親からしか教わっていないケースはどうなるのだろう。この場合も「正規の教育」とみなされないのだろうか。仮に親がバッハだったとしても認められないのだろうか。バッハの子供たちはどう解釈しようか。
  9. あるいは見よう見まねで自然に覚えたのは「正規の教育を受けた」とは言えなさそうだがいかがなものか。

さてブラームスだ。おそらく彼の最初の教師は父親だ。つまり上記8だ。さらにコッセルとマルクセンという2人に師事した。これは上記7である。伝記を読む限りコッセルとマルクセンという2人の教師の教授法は、伝統的かつ体系的かつ徹底的だと読める。おそらくこれがブラームスにとっての「正規の教育か」なのだ。もっとも大きいのはおそらくは上記9の見よう見まねだ。これはおそらく独学と区別しにくい領域だと感じる。先輩の残した楽譜をただただむさぼり読むのはきっとここだ。

上記6は大きなヒントだ。

伝記を書こうと志し、対象の人物の偉さ偉大さを強調せねばならなくなった時、「正規の教育を受けていない」と加えることで手軽に主人公の苦学振りを仄めかすことが可能だ。上記の通り定義の甘いこの言葉は大変重宝だ。

「正規の教育」が最高の効果をもたらすとは限らないし、「最良の教育」と必ずしも一致しないことは確かである。

「正規の教育」って何だろう。

2020年9月 3日 (木)

ブラームスはチェンバロを弾けたか

ブラームスが過ごした19世紀後半はいわゆる「バッハルネサンス」で、バッハの功績が再評価された時代なのだが、バッハの時代に主流だった楽器が衰退していたケースもある。バッハ時代のクラヴィーアは、本来「チェンバロ」のはずだが、構わずピアノで演奏された。ブラームスは幼いころからバッハをたたきこまれたが、クラヴィーア曲の演奏はピアノだった。

はたしてブラームスはチェンバロを弾けたのか?これは興味深い疑問だ。

その疑問への答えは「YES」だと思っている。その根拠は、バッハの宗教作品の通奏低音に「オルガンの代わりにチェンバロは可能か」と当代の専門家に発した質問だ。ブラームスは現実問題としてカンタータの通奏低音にチェンバロを想定していた。少なくとも「ピアノはもってのほか」という認識だったと推測する。ジンクアカデミー指揮者としてバッハのカンタータを頻繁に取り上げたブラームスは解釈と楽器の起用をとことん考えていたはずである。

チェンバロについての相当な情報なしに先の質問が発せられるハズはない。ブラームスはクララがピアノで弾くバッハに心酔していた一方で、チェンバロも弾けたと想像する。

 

 

 

 

2019年12月25日 (水)

聖なる疑問

ブラームスは「きよしこの夜」を知っていたか?ブログ「ブラームスの辞書」としては当然の疑問だ。伝記を読んでみても手掛かりはない。

  1. 1818年にオーストリア・ザルツブルク近郊のオーベルンドルフで初演されて以降、ドイツ語圏でひろまり、1854年にはプロイセン宮廷が「Stille Nacht」の楽譜を所望した。存命中だった作曲家がコメントを付してこれに応えたという。つまりドイツの南端で成立した「きよしこの夜」は36年後にプロイセン宮廷のあった北ドイツに広まっていたということだ。この年は、ブラームスがデュッセルドルフのシューマン邸を訪問した翌年である。すでにこのころかなりの知名度があったに違いあるまい。
  2. ブラームスの「子供のための14のドイツ民謡集」WoO31の中、12番に「Weinachten」がある。クリスマスの歌に関心があったに決まっている。
  3. 「49のドイツ民謡集」Woo33には「In stiller Nacht」というそっくりなタイトルの作品がある。
  4. ブラームスの親友で、ウィーン楽友協会司書のオイゼビウス・マンディチェフスキーが、「StilleNacht」をアカペラ混声合唱に編曲して出版している。

知っていた方に10ユーロ賭けたい。

2019年11月23日 (土)

シューマンとの距離感

ブラームスの楽壇デビュウにあたり、ロベルト・シューマンの後ろ盾が大きく物を言ったことは、有名である。はじめてシューマン邸を訪問したブラームスの様子は、シューマン夫妻の日記の記述から克明に復元されている。

ブラームスがハンサムな若者だったこと、ガチガチに緊張していたこと、シューマンの態度はゆったりと寛大だったこと、すぐにクララを呼んで再度弾かせたこと、リストのサロンとは違って家庭的な雰囲気だったこと等等、みなよく知られている。シューマンはその後ブラームスを絶賛する記事を書く一方、作品を出版する労を惜しまない。それからわずか3年後にシューマンが没してしまった後も、その妻クララとは終生交流が続いたこと、周知の通りである。

ブラームスは、シューマンに感謝はしていたと思う。いや、していたに違いない。

ところがである。20歳そこそこでガチガチに緊張していたはずのブラームスは、敬愛するシューマンの薦めに従って、自作を無闇に出版しまくった訳ではない。シューマンに出版を薦められたいくつかの作品をブラームスは出版せずに破棄している。この事実は、相対的に無視されている。自分を楽壇に紹介してくれた恩人の薦めを冷静に受け止め、自作をじっと吟味する器をその若さで持ち合わせていたことこそが奇跡のように思える。

ブラームスは後年「シューマンに教わったのはチェスの指し方くらいだよ」と語ったとされている。さすがにそれはブラームス独特の逆説を含んでいるとも思われるが、一笑に付しきれない真実味も感じられる。「少なくとも作曲は教わっていないよ」という意味と解したら勘繰りが過ぎるだろうか?

何と言ってもブラームスにとってシューマンは「クララの夫」である。今風に申せば「シューマンは60%がクララの夫、40%が作曲家」くらいに思っていたなどということを想像したくなる。

一生考えて行きたい。

2019年10月31日 (木)

10月という区切り

弱冠20歳のブラームスとロベルト・シューマンの初対面は1853年10月だった。1895年10月には、クララとの最後の面会があった。ブラームスの生涯について調べていると、もう一つ1856年10月というポイントが浮かび上がる。

1856年7月29日のロベルト・シューマン没から3ヶ月後だ。このタイミングでブラームスはデュッセルドルフ滞在を打ち切って、ハンブルクに戻っている。1854年2月27日シューマンの投身以来続いた献身が終わったのだ。約2年半だった。20歳だったブラームスは23歳になっていた。この間作品の出版が止まっていたことは周知の通りである。シューマン夫妻の四女オイゲニーは、ブラームスが突然去ったと証言している。

芸術家としての成長と、シューマン一家への献身が両立しないことは、ブラームスもクララも良く知っていたのだと思う。しかし幼い子供たちから見れば、留守がちな母クララに代わって世話を焼いてくれたブラームスが、突然居なくなることを寂しいと感じたとしても無理はない。ブラームスはある意味心を鬼にして、敢えてキッパリと立ち去ったと感じる。

もちろん一家との交流は生涯続くが、そこはけじめ・踏ん切りである。思えば1853年からの4年間は波瀾万丈だ。

  • ヨアヒムとの出会い。
  • リストとの出会い。
  • シューマン家訪問。
  • シューマンのアシストによる楽壇デビュー。
  • シューマンの投身。
  • シューマン一家への献身。
  • シューマンの他界。

デュッセルドルフからの引き上げはこれら一連の出来事の幕引きだ。歳の頃ならまさに大学生に相当する多感な時期だ。下手な学生生活など及ぶべくもない濃厚な4年間を経験したブラームスの卒業と位置づけたい。

 

この経験がこれ以降の作品に反映したなどという安易なオチは慎むべきだが、1856年10月だけは、いつも記憶にとどめておきたい。

 

 

 

 

 

 

2019年10月20日 (日)

クララのチェック

ブラームスは新しい作品が出来上がると、出版前にクララ・シューマンに意見を求める習慣があった。最早それは出版に先立つ儀式と化していた。クララの選球眼をよっぽど信頼していたのだろう。ブラームスの作品リストには、当代屈指のピアニストにして、ロベルト・シューマン未亡人のお墨付き作品だけが並ぶことになった。

ブラームスが、これでもかと投げ込みクララ・シューマンがストライクと判定した作品だけが並ぶということがどういうことなのかを説明することは野暮である。むしろ興味深いのは、ストライクのリストではなくて、ボールと判定されて廃棄された側かもしれない。それらはもちろんリストになんかなっていない。投げた瞬間ボールとわかる球もあれば、きわどく外れた球もあるだろうが、言い訳せずに廃棄だ。愛好家としてはブラームスのボール球になら、デッドボールも痛くない。

ブラームス諸作品について優秀な審判員振りを発揮したクララは、愛するロベルト・シューマンの作品においても、同様だった。クララがロベルトの作品にあれこれと意見を述べたというより、作品が出来上がるソバから草稿を見て次から次へとピアノで弾いて見せたという。クララが現実に音を出すのを聴いて、ロベルトが草稿を手直しということもあったらしい。

より以前の記事一覧

その他のカテゴリー

001 用語解説 002 ドイツ旅行① 003 ドイツ旅行② 004 ドイツ旅行③ 050 空席状況 051 お知らせ 052 総集編 053 アラビアンナイト計画 054 セバスチャン 055 令和百人一首 056 拾葉百首 060 ブラームス神社 061 縁起 063 賽銭 070 ドイツ分室 071 地名辞書 072 地名探検 073 地名語尾辞典 074 地名語尾 075 ドイツ語 076 ドイツ方言 077 ドイツ史 078 ハプスブルク 079 人名辞典 080 イベント 081 謝恩クイズ 082 かるた 083 のだめ 084 お盆 085 中国出張 086 英国研修 087 ブログ出版 088 意訳委員会 089 ドヴォルザークイヤー総集編 090 ドヴォルザーク作品一覧 092 暦 093 バロック 094 ドイツバロック 095 イタリアンバロック 100 作曲 101 編曲 102 楽譜 103 音符 104 楽語 105 テンポ 106 音強 107 拍子 108 調性 109 奏法 110 演奏 111 旋律 112 音型 113 リズム 114 和声 115 対位法 116 形式 117 編成 118 ヘミオラ 119 テキスト 120 ベースライン 121 再現部 122 微調整語 123 語彙 124 表情 125 伴奏 126 ジプシー音楽 140 ソナタ 141 変奏曲 142 フーガ 143 ロンド 144 コラール 145 間奏曲 146 スケルツォ 147 ワルツ 149 緩徐楽章 150 セレナーデ 153 カプリチオ 154 トリオ 155 序奏 156 シャコンヌ 157 メヌエット 158 舞曲 159 カンタータ 160 ブラームス節 161 分布 162 引用 170 楽器 171 ピアノ 172 ヴァイオリン 173 ヴィオラ 174 チェロ 175 コントラバス 177 オーボエ 178 クラリネット 179 ファゴット 180 ホルン 181 トランペット 182 トロンボーン 183 チューバ 184 ティンパニ 185 トライアングル 186 チェンバロ 187 オルガン 190 鍵盤楽器 191 弦楽器 192 木管楽器 193 金管楽器 194 打楽器 195 メゾソプラノ 196 アルト 200 作品 201 ピアノ曲 202 歌曲 203 器楽 204 室内楽 205 交響曲 206 協奏曲 207 管弦楽曲 208 合唱 209 重唱 210 民謡 211 オルガン 212 オペラ 213 カノン 214 連弾 215 練習曲 216 学生歌 230 ドイツレクイエム 231 交響曲第1番 232 交響曲第2番 233 交響曲第3番 234 交響曲第4番 235 大学祝典序曲 236 ヴァイオリン協奏曲 237 ピアノ協奏曲第1番 238 ピアノ協奏曲第2番 239 二重協奏曲 248 弦楽六重奏曲第1番 249 弦楽六重奏曲第2番 250 ピアノ五重奏曲 251 クラリネット五重奏曲 252 弦楽五重奏曲第1番 253 弦楽五重奏曲第2番 254 弦楽四重奏曲第1番 255 弦楽四重奏曲第2番 256 弦楽四重奏曲第3番 257 ピアノ四重奏曲第1番 258 ピアノ四重奏曲第2番 259 ピアノ四重奏曲第3番 260 ピアノ三重奏曲第1番 261 ピアノ三重奏曲第2番 262 ピアノ三重奏曲第3番 263 ホルン三重奏曲 264 クラリネット三重奏曲 265 ヴァイオリンソナタ第1番雨の歌 266 ヴァイオリンソナタ第2番 267 ヴァイオリンソナタ第3番 268 チェロソナタ第1番 269 チェロソナタ第2番 270 クラリネットソナタ第1番 271 クラリネットソナタ第2場 272 FAEソナタ 300 作曲家 301 バッハ 302 シェーンベルク 303 ドヴォルザーク 304 ベートーヴェン 305 シューマン 306 メンデルスゾーン 307 モーツアルト 308 ショパン 309 シューベルト 310 ワーグナー 311 マーラー 312 チャイコフスキー 313 Rシュトラウス 314 リスト 315 ヘンデル 316 ヴィヴァルディ 317 ヴェルディ 318 ヨハン・シュトラウスⅡ 319 ビゼー 320 ブルックナー 321 ハイドン 322 レーガー 323 ショスタコーヴィチ 324 テレマン 325 ブクステフーデ 326 パッヘルベル 327 シュメルツァー 328 フローベルガー 330 プレトリウス 331 シュッツ 350 演奏家 351 クララ 352 ヨアヒム 353 ミュールフェルト 354 アマーリエ 356 ビューロー 357 クライスラー 358 ヘンシェル 362 シュットクハウゼン 400 人物 401 ファミリー 402 マルクゼン 403 ジムロック 404 シュピッタ 405 ビルロート 407 ビスマルク 408 ハンスリック 409 フェリクス 411 マンディ 412 ヴィトマン 416 カルベック 417 ガイリンガー 418 エルク 419 グリム兄弟 420 森鴎外 421 ルター 422 源実朝 431 アガーテ 432 リーズル 433 マリエ 434 ユーリエ 435 オイゲーニエ 436 ベルタ 437 リースヒェン 438 オティーリエ 439 シュピース 440 トゥルクサ 441 バルビ 442 シシィ 443 メルケル 500 逸話 501 生い立ち 502 性格 503 学習 504 死 505 葬儀 506 職務 507 マネー 508 報酬 509 寄付 510 顕彰 511 信仰 512 友情 513 恋 515 別れ 516 こだわり 517 癖 518 読書 519 リゾート 520 旅行 521 鉄道 522 散歩 523 食事 524 ワイン 525 タバコ 526 コーヒー 527 趣味 528 手紙 529 ジョーク 530 習慣 531 住居 532 恩人 533 指揮者 534 教師 535 暗譜 536 美術 537 ビール 550 楽友協会 551 ジンクアカデミー 552 ハンブルク女声合唱団 553 赤いハリネズミ 554 論争 555 出版社 556 初版 557 献呈 558 伝記 559 初演 560 校訂 571 ウィーン 572 ハンブルク 573 イシュル 574 トゥーン 575 デトモルト 576 ペルチャッハ 577 ライプチヒ 578 デュッセルドルフ 579 フランクフルト 580 ベルリン 581 アイゼナハ 582 リューベック 583 ニュルンベルク 590 イタリア 591 イギリス 592 チェコ 600 ブログMng 601 運営方針 602 自主規制 603 アクセス 604 検索 605 カテゴリー 606 記事備蓄 607 創立記念日 608 ブログパーツ 609 舞台裏 610 取材メモ 611 マッコークル 613 一覧表 614 課題 615 カレンダリング 616 ゴール 617 キリ番アクセス 618 キリ番記事 630 記念 631 誕生日 632 命日 633 演奏会 634 正月 635 ヴァレンタイン 636 クリスマス 637 ブラームス忌 638 ブラスマス 639 クララ忌 640 クラスマス 641 愛鳥週間 642 ランキング 699 仮置き 700 思い 701 仮説 702 疑問 703 お叱り覚悟 704 発見 705 奇遇 706 区切り 707 モチベーション 708 演奏会 709 感謝 710 よろこび 711 譜読み 712 音楽史 720 日本史 721 日本人 722 日本語 723 短歌俳句 724 漢詩 725 三国志 727 映画 728 写譜 730 写真 731 数学 732 レッスン 733 ビートルズ 740 昔話 741 仲間 742 大学オケ 743 高校オケ 760 家族 761 父 762 母 763 妻 764 長男 765 長女 766 次女 767 恩師 780 スポーツ 781 野球 782 駅伝 783 バスケットボール 784 サッカー 785 アントラーズ 786 バドミントン 790 コレクション 791 CD 792 ipod 793 楽譜 794 書籍 795 グッズ 796 愛器 800 執筆の周辺 801 執筆の方針 802 ブラダス 803 校正 804 譜例 807 パソコン 808 ネット 809 ドボダス 810 ミンダス 820 出版の周辺 821 パートナー 822 契約 823 装丁 825 刊行記念日 840 販売の周辺 841 お買上げ 842 名刺 860 献本 861 ドイツ国立図書館

フォト

ブラームスの辞書写真集

  • Img_0012
    はじめての自費出版作品「ブラームスの辞書」の姿を公開します。 カバーも表紙もブラウン基調にしました。 A5判、上製本、400ページの厚みをご覧ください。
2020年11月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30          
無料ブログはココログ