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2022年4月23日 (土)

敵の敵は味方か

エドゥワルド・ハンスリックは19世紀後半を代表する音楽評論家。楽壇を2分する論争の中、ブラームスを擁護する一方、激しくワーグナー派を攻撃した。

だからブラームスとは蜜月だったかというとそこはまた微妙だ。

16のワルツop39は、ハンスリックに捧げられている。作品が献呈されるくらいだから親しい間柄なのだが、ハンスリックはともかくブラームスは本音と建て前を使い分けていた形跡がある。交響曲や室内楽の大作を献呈していないのも皮肉な意図を感じてしまう。

ブラームスが評論家ハンスリックの「飯のタネ」であったことは想像に難くない。反ワーグナーの論陣を張る以上、対抗勢力の首領ブラームスと親しい間柄であることは、有形無形のメリットがあったに違いない。

実はブラームスは、ワーグナーとの交流の事実をハンスリックには伏せていた。さらにはハンスリックを「ワーグナー作品を論評するには耳も心も十分でない」と評していたと、一部の知人が証言する。ドヴォルザークの新世界交響曲の評価も食い違っていた。

ハンスリックよりもブラームスが一枚も二枚も役者が上と感じる。

2022年3月29日 (火)

ブラームスの絶筆

クララがこの世で書き残した最後の文字が、ブラームス最後の誕生日に対するメッセージだった。

そこから1年を経ずしてこの世を去ったブラームスの絶筆は、どのようなものだったのだろうか。

カール・ガイリンガーの大著「ブラームス-生涯と芸術」という書物がそのことに言及している。

ガイリンガーによれば、ブラームスの絶筆はカロリーネに宛てたハガキだという。カロリーネはブラームスの母の死後、父が迎えた2人目の妻である。ブラームスより10歳年長の継母に自分の体調を書き送ったものだ。これが3月29日である。父の晩年を豊かなものにした継母や前夫との子、フリッツと父の死後も暖かな付き合いが続いていた。何とその絶筆の文面は「大丈夫だから心配するな」という内容だったという。

ブラームスは1897年3月24日つまり死の10日前にヨアヒムに宛てて自らの容態について悲観する手紙を書いていることを、ガイリンガーが明言している。カロリーネへの気丈な内容とは矛盾していることを責めてはなるまい。

2022年3月16日 (水)

続10000マルクの寄付

当時の10000マルクは現在のお金にして約500万円だという。晩年のクララにブラームスが半ば強引に援助したことは既に書いた。

ブラームスの弟フリッツが1886年に亡くなった。生前あまりソリが合わなかったブラームスだったが、当時としては結構な金額の遺産がブラームスにも回ってきた。その金額が10000マルクだったのだ。

ブラームスは迷わずその全額を継母カロリーネに贈与した。フリッツが病気の時の献身ぶりに対するお礼とも言われている。

父の晩年を穏やかなものにしたカロリーネに対する暖かな心配りはこれだけではない。先夫との間にもうけた息子フリッツとも親しく文通していた。何よりもブラームス自身の死去に際して、遺産遺品の一部が本人の意思でカロリーネに贈られた。それらは息子フリッツを通じて現在に伝えられているという。

 

 

2022年3月13日 (日)

取引銀行

ジムロックに加えもう一人、フェリンガーがブラームスの預金口座を管理していたと推定した。しからばそのブラームスの口座はどのような銀行だったのだろう。

なかなか資料が発見できないが、思わぬ所に手がかりを見つけた。音楽之友社刊行、日本ブラームス協会編「ブラームスの実像」という本の最終章に、盛大な葬儀の様子が書かれている。会葬者の名前が列挙される中に以下のような件を見つけた。

銀行家リッター・フォン・ドゥチュカ

会葬者および花輪の送り主は本当に多岐にわたっており個人団体合計でざっと100もの名前が記されているが、銀行家と明言されているのは、この人だけだ。さすがに音楽関係の名前が多いから、銀行家という肩書きは異彩を放っている。

銀行家が自らの肩書きを隠さずに葬儀に参列するというのはどういう状況が考えられるだろう。ブラームスが本人名義の口座を開設している銀行の首脳部と考えては行き過ぎだろうか。ましてブラームスは個人の顧客とはいえ相当な預金額だったに決まっている。世間での知名度を考えれば、銀行の頭取が葬儀に出席しても不思議はない。

それがジムロック社あるいはジーメンス社の取引銀行である可能性さえ想像してしまう。

 

 

2022年3月12日 (土)

リスク分散

ブラームスの財産管理はベルリンのジムロックだとばかり思っていたがどうももう一人いたようだ。音楽之友社刊行の「ブラームス回想録集」第2巻の179ページにウィーンのフェリンガー博士の名が上がっている。巨大企業ジーメンス&ハルスケ社のハプスブルク支店長で、彼の屋敷にはしばしばブラームスも出入りしていた。

ジムロックからの楽譜の出版は、ブラームスの収入の源泉だから、それをもたらすジムロックが管理するのは理にかなっている一方、普段ウィーンに住むブラームスの日常生活用のお金は、いちいちベルリンから取り寄せるのは不便だ。生活の本拠であるウィーンにも財産管理人がいるほうが何かと好都合だろう。リスク分散というより利便追求の結果だという気もする。

銀行にも顔が利くのだろう。うってつけの人物だ。

2022年3月11日 (金)

もう一人の財産管理人

音楽之友社刊行の「ブラームス回想録集」第2巻179ページにある話題。ホイベルガーの証言だ。ウィーンのフェリンガー博士がブラームスの財産を管理していると書かれている。ブラームスの財産の管理といえば、友人のフリッツ・ジムロックが有名なのだが、フェリンガー博士も管理を分担していたと受け取れる。

フェリンガー博士は、大企業ジーメンス&ハルスケ社のハプスブルク帝国支社支配人という地位にあるセレブでありながら、家族ぐるみでブラームスと付き合っていた。

ジムロックの本拠はベルリンだったから、同じウィーンにも財産管理人がいたほうが便利だったのかもしれないが、ホイベルガーの勘違いという可能性も心に留めておきたい。

2022年2月17日 (木)

曾孫弟子

ブラームスの恩師として名高いエドヴァルド・マルクゼン(1806-1887)は、ブラームスにピアノと作曲を教えた。ショパンやシューマンやメンデルスゾーンより少しだけ年上の同世代だが、教育内容はいわゆるロマン派に偏重してはいなかった。バッハからウィーン古典派に至る伝統をも体系的に叩き込んだとされている。

このマルクゼンの先生はイグナーツ・クサーヴァー・リッター・フォン・ザイフリート(1776-1841)という人だ。当時のウィーンで大変高名な作曲家だったらしい。ベートーヴェンとほぼ同世代の少し年下だ。

このザイフリートに作曲を教えたのはヨハン・ゲオルク・アルブレヒツベルガー(1736-1809)という人だ。この人もウィーンで活躍した人で、シュテファン教会の楽長まで務めた大物だそうだが、何よりもベートーヴェンの先生であったことで名高い。

さらに驚いたことにザイフリートにピアノを教えたのが、モーツアルトだという。

師弟関係を辿る限り、ブラームスは作曲面ではベートーヴェンと同門で、ピアニストとしてはモーツアルトの曾孫弟子ということになる。納得。

 

 

2022年2月12日 (土)

アリーチェ・シュトラウス

ワルツ王ヨハン・シュトラウス2世の娘。3人目の妻アデーレの連れ子である。

彼女がブラームスにサインをねだった。ブラームスは「美しく青きドナウ」の一節をサラサラと書きとめ、「残念ながらヨハネス・ブラームスの作品にあらず」と添えた。ブラームスとヨハン・シュトラウスの交流を語る際、忘れられることのないエピソードである。

ブラームスは彼女の結婚の際、証人役を引き受けるよう要請されたが、格式ばった格好をするのが嫌できっぱりと断っている。

その一方で婚約のパーティには喜んで呼ばれている。さすがにワルツ王の娘の婚約パーティだから、一流の音楽家がはせ参じた。クネイゼル弦楽四重奏団の、メンバーに混じってイローナ・アイベンシュッツがブラームスのピアノ四重奏曲第1番ト短調を弾いたという。譜めくりが後の大指揮者ニキッシュだったというから華麗である。

2022年2月 7日 (月)

ヘルベック

ヨハン・フォン・ヘルベック(1831-1877)は、ウィーン生まれの作曲家、指揮者だ。20代で頭角を現し、宮廷楽団楽長、宮廷オペラ指揮者、楽友協会芸術監督を歴任した。ブラームスがウィーンに進出した頃には既に、そこそこの地位にあった。

ブラームスは1862年にウィーン進出を果たすと、まずは室内楽のピアニストとして楽壇にデビューした。いくつかの演奏会のセッティングではヘルベックの世話になっているし、ヘルベックはブラームスの作品を評価した。同世代の音楽家として意気投合したというニュアンスだ。

ところが1872年になると、この同じ人物が違うニュアンスで描写される。この年ブラームスはウィーン楽友協会芸術監督に就任するが、ヘルベックはその前任だ。ヘルベックがその地位に未練があり、ブラームス在任中に水面下で復帰を画策したとされている。1873年5月にウィーンはバブル経済が崩壊し、演奏会の入りが悪化した。これをブラームスのプログラミングのせいだとする一派が、ヘルベックを担ぎ出したとも考えられているが、10年前の意気投合もどこへやらという感じである。

ブラームスはこの手の非音楽系の揉め事に嫌気がさしたのか1875年春をもって退任し、その後任にはヘルベックが収まった。

1876年12月18日、このとき楽友協会芸術監督だったヘルベックの指揮によりブラームスの交響曲第1番がウィーンで初演された。ハンスリックの批評が遺されているが概ね好意的だ。このシーズンはヘルベック最後のシーズンになった。翌年ヘルベックは46歳の若さで急死する。

ブラ1で最後の花道かもしれない。

 

 

2022年2月 6日 (日)

ヘルメスベルガー

ヨーゼフ・ヘルメスベルガー(1828-1893)ヴァイオリニスト。父ゲオルクも著名なヴァイオリニストで同名の息子もヴァイオリニスト、さらに弟はチェリストという音楽一家だ。

1870年代後半からウィーン高等音楽院の校長だったらしい。ブラームスと同時期にウィーンで活躍した音楽家だから、少し詳しいブラームス本ではたまに言及されている。1862年ウィーン進出間もないブラームスが、ピアノ四重奏をメインに据えた演奏会を開いた。このときにヴァイオリンを弾いたのがこの人だ。

一方、この人はウィーン・ワーグナー協会の設立発起人の一人である。どちらかと申せば「あちら側」の人だ。楽友協会の芸術監督を退任後、音楽院で教鞭を執ることが無く終わったブラームスだが、ヘルメスベルガー校長の下では気が乗らなかったのかもしれない。

かの名高いヴァイオリニスト、フリッツ・クライスラーはウィーン高等音楽院時代ヘルメスベルガーに師事していたという話は昨日しておいた。

 

 

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