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2026年2月16日 (月)

ローゼッガー

ペーター・ローゼッガー(Peter Rosegger1843-1918)はオーストリアの国民的小説家だ。ブラームスとほぼ同時代を生きた。ブラームスお気に入りのシュタイヤーマルク地方出身だ。代表作「森の故郷」はブラームスお気に入りで、クララへの誕生祝の品に選ばれたこともある。

1885年8月30日ブラームスはクリークラーハのローゼッガー邸を訪問する。ミュルツシュラーク滞在中のブラームスが、10kmの道のりを徒歩で駆けつけたのだ。応対に出たローゼッガーは、まさかブラームス本人とは知らず、そっけない対応でお茶を濁した。後で気付いて狼狽したというエピソードが音楽之友社刊行の「ブラームス回想録集」第2巻の239ページに載っている。ローゼッガーはこの一連の失態をブラームスの死後、「見知らぬ客」というタイトルのエッセイにして発表したと書いてある。

このほどついにその全訳を発見した。音楽之友社刊行「ふたたびウィーンはウィーン」という本の137ページだ。

いやはやローゼッガーの落胆は半端ではない。その中で彼は凄いことを言っている。妻がブラームスのソナタを弾いたと言っている。ピアノソナタと考えるのが自然だが、ピアノの腕前が相当なモンだ。さらに息子もブラームスを弾いたし、娘はブラームスを歌ったと書いている。凄い家族だ。

 

 

2026年1月18日 (日)

ヨアヒム独奏

音楽之友社刊行の作曲家◎人と芸術シリーズのブラームスに興味深い記述がある。136ページだ。1878年1月18日だから今日からちょうど132年前になる。

ハンブルクフィルハーモニーの演奏会で完成間もない第1交響曲が取り上げられたのだ。この演奏会にはブラームスの故郷への凱旋というイメージがついて回る。恩師のマルクセンやハンブルク女声合唱団のメンバーを始めとするゆかりの人々が客席につめかけた他、オーケストラのメンバーにも旧知の仲間がいた。デトモルトのコンサートマスターのバルゲーアもいたが、彼はコンサートマスターを務めることは出来なかった。なぜなら、ヨーゼフ・ヨアヒムにその席を譲ったのだ。

ということはつまり、第1交響曲の第2楽章に存在するコンサートマスターのソロを、ヨアヒムが弾いたということに他ならない。ヨアヒムに捧げられたヴァイオリン協奏曲はこのときまだ世に出ていない。だから第1交響曲はオーケストラの中でヴァイオリンの独奏を聴くことが出来る唯一の機会だった。

そしてブラームス本人は指揮台からヨアヒムのソロを聴いたのだ。

この時から1年もたたぬ1879年1月1日。ヴァイオリン協奏曲はそのヨアヒムを独奏に迎えて初演された。実質わずか1年で完成されたのだ。第1交響曲のソロパートをヨアヒムが弾くのを聴いて、ヴァイオリン協奏曲の構想が具体化したと考えるのは無謀だろうか。

ブラームス指揮、コンサートマスターヨアヒムの第1交響曲、しかも演奏はハンブルク・フィルハーモニーだ。滅多にないインスピレーションが湧いても不思議ではない。

2026年1月10日 (土)

お抱えピアニスト

スコットランド生まれのピアニスト、オイゲン・ダルベール(1864-1932)をブラームスは「お抱えピアニスト」といってかわいがっていた。リストの弟子だ。

1896年1月10日。今から130年前の今日、ベルリンで素晴らしい演奏会が開かれた。オイゲン・ダルベールがブラームスのピアノ協奏曲を一晩で2曲演奏したのだ。オケはベルリンフィル、指揮はブラームス本人だ。これがブラームス生前最後の指揮となった。このときブラームス62歳、ダルベール31歳だ。

何と言う組み合わせたろう。チケットはいくらだったのか心配になる。

2026年1月 9日 (金)

ブラームスピアノコンクール

大それたタイトルだ。実際に存在するかは判らない。

ブラームスの伝記に現れるピアニストで一番の腕前は誰かというお話だ。ブラームスが直接会ったことがあるピアニストが対象だ。ショパン、チェルニー、モーツアルト、ドビュッシー、ラフマニノフあたりは応募資格を持っていない。予選通過は下記の面々である。

  • フランツ・リスト 初見でスケルツォop4を、完璧に弾いてブラームスを驚かせた。
  • クララ・シューマン ブラームスの人生への影響度なら別格の第1位だ。
  • カール・タウジヒ リストが絶賛した才能だが、30歳で没した。「パガニーニの主題による変奏曲」はこの人用だ。
  • カミーユ・サンサーンス モーツアルト以来の神童と称された。
  • フルッチョ・ブゾーニ 19世紀のヴィルトゥオーゾの最高峰という位置付けだ。
  • オイゲン・ダルベール リストがタウジヒの生まれ変わりと称した。ブラームスは彼を称して「お抱えピアニスト」と言っている。
  • ハンス・フォン・ビューロー クララの父の弟子。

誰が一番上手いのだろう。サンサーンスとブゾーニはブラームス作品を弾いたかどうか怪しいので、やや不利か。ブラームスの作品を主たるレパートリーにしていたかとなるとリストも疑問符が付く。

ブラームス本人も相当な腕前らしいが、このメンツの中に入ると旗色が悪そうだ。、けれどもブラームスはそういうことを嘆くキャラではない。

 

 

 

 

 

 

2025年7月 6日 (日)

ハンガリーの歌

ブラームスがはばたくきっかけとなったのはヴァイオリニスト、レーメニとの演奏旅行だ。ハンガリー出身で、ヨアヒムとも面識があった。ブラームスは伴奏者として同行している途中で、ヨアヒムと知り合うことになる。

相当な腕前の持ち主で来日の経験もある。

ブラームスはハンガリーの旋律を彼から教わった。後にハンガリア舞曲として実を結んだが、当のレーメニーから著作権侵害のクレームをつけられ、裁判沙汰にもなった話は昨日しておいた。ハンガリア舞曲ばかりが有名だが、レーメニーから教わった旋律は他にもある。

1853年に書き留めておいた「ハンガリーの歌」がある。これを元にピアノ独奏用の変奏曲を書いた。これが「ハンガリーの歌による変奏曲」op21-2である。ハンガリー特有の4分の7拍子の旋律が特長だ。1862年の出版なのでハンガリー舞曲のブレークよりは早い。著作権云々の話を持ち出すならこちらのが先かとも思うが、変奏曲特有の「だれそれの主題による」というタイトリングのせいか表立った騒ぎにはなっていない。

楽譜が売れたからというシンプルな落ちということがあるかもしれない。

後日発売されたハンガリー舞曲集の第2集には、ブラームス自作の旋律も密かに混ぜてあると言われていて、ヨアヒムあたりはちゃんと区別していたらしい。

 

2023年10月24日 (火)

紹介状

「こいつをよろしく」と書いた親書。紹介される側の人物が持参し訪問先で、お目当ての人物に見せるという送達方法が一般的だ。

1853年5月ヴァイオリニスト・レーメニの伴奏者として、ハノーファーのヨアヒムの前に現れたブラームスだが、2人はあっと言う間に意気投合する。危険分子として国外追放処置を受けたレーメニの伴奏者ブラームスも、しぶしぶハノーファーを辞去する。別れ際にヨアヒムは、リスト訪問を薦めて、紹介状をしたためる。

ワイマールを訪問したレーメニとブラームスは、さっそくリスト邸に招待される。紹介状の威力だ。このときブラームスは20歳、ヨアヒムは22歳だ。ブラームスよりわずか2歳年長のヨアヒムの楽壇における位置づけは驚くばかりだ。ピアノの魔術師として欧州に君臨するリストの覚えめでたいということが、どれほどのものかご想像いただきたい。

わずか15歳でメンデルスゾーンに見いだされ、22歳の段階でリストやシューマンともお知り合いということだ。

リストの本拠地ワイマールの元コンサートマスターだったヨアヒムは、どのみちリストやレーメニとは長続きするまいとにらんでいたと感じる。楽譜も読めれば空気も読める音楽家だったのだ。程なくデュッセルドルフにシューマンを訪問することも、ヨアヒムから事前にシューマンに予告されていたという。

ブラームスの楽壇デビューについて、ロベルト・シューマンの助力はしばしば力説されるが、ヨアヒムの功績も強調されていいと感じる。

2023年2月25日 (土)

コピーライター

商品や企業を宣伝するための広告に文章を提供するする人のこと。文章よりも短い見出しという側面も濃厚に漂う。広告の受け手の心を一瞬でつかむことが強く求められる。それらの文章は、肝心な商品や企業の実態はさておき、受け手の心をキャッチすることが目的であることが多いため、「キャッチコピー」という言い回しもされている。商品に億単位の売り上げをもたらすこともある広告戦略のはずせぬ柱である。

売れっ子のコピーライターともなれば寝る間も無い激務ともなるが、報酬も桁外れである。

音楽の世界に目を移せば、ブラームスはコピーライターの素養が豊かとは言えない。若い頃に物議を醸した例の決議文もキャッチコピーとしては影が薄い。自作の宣伝も積極的とは言えまい。

音楽の才能と文学の才能を併せ持った人たちには、コピーライターの素質さえ感じることがある。ロベルト・シューマンがすぐに思い浮かぶ。ショパンやブラームスを紹介する記事は特に有名だ。その言い回しは今もって語りぐさである。ワーグナーにもその才能を認めることも出来よう。

この面で不器用だったブラームスに代わって機能を補った友人がいる。指揮者でピアニストのハンス・フォン・ビューローである。

聴衆の心を一瞬でつかむという点において驚くべき才能を持っていた。バッハ、ベートーベンにブラームスを加えて「3大B」と命名したのがビューローである。この言い回しは時代を超えて人々に受け入れられている。第一交響曲を「ベートーヴェンの第10交響曲」と呼んだのも彼だ。もっともらしさという点では出色である。バッハの平均律クラヴィーア曲集を「旧約聖書」、ベートーヴェンのピアノソナタを「新約聖書」にたとえたのもまた、彼の仕業である。大づかみにして見せるという点において、さすがとうならせる物がある。音楽とは別系統のある種の才能だと感じる。

指揮者は自分は音を出さない音楽家だ。自分の考えをオーケストラのメンバーにキチンと伝えねばならない。限られた時間に自らの考えを効率的に伝えるには、「キャッチコピー」はうってつけである。ビューローのコピーライター然とした才能は、指揮者に必要な才能の一つだと思われる。彼が19世紀最高の指揮者だと評価されているのは偶然ではあるまい。

2022年9月25日 (日)

グールド生誕90周年

本日は大好きピアニスト、グレン・グールドのお誕生日。1932年の生まれなので今年は生誕90年のメモリアルイヤーである。ブログ「ブラームスの辞書」がブラームス生誕200年にあたる2033年5月7日までの継続という目標を達成できるとするなら、2032年の「グールド生誕100年」にはそれを記事として取り上げることも出来るはずだが、そこはリスク管理上怪しいと見て今年言及しておくという用心深さだ。

ブラームスのピアノ作品は全曲録音が残ってはいない。彼なりの基準による取捨の結果、特徴ある選集として異彩を放つ。

まあしかし、それは彼のバッハ演奏の前には枝葉末節だ。「バッハの時代にピアノはなかったはず」という指摘なんぞどこ吹く風。

つまり私はグールドが好きだ。だから源実朝特集に敢然と割って入る。

2022年4月23日 (土)

敵の敵は味方か

エドゥワルド・ハンスリックは19世紀後半を代表する音楽評論家。楽壇を2分する論争の中、ブラームスを擁護する一方、激しくワーグナー派を攻撃した。

だからブラームスとは蜜月だったかというとそこはまた微妙だ。

16のワルツop39は、ハンスリックに捧げられている。作品が献呈されるくらいだから親しい間柄なのだが、ハンスリックはともかくブラームスは本音と建て前を使い分けていた形跡がある。交響曲や室内楽の大作を献呈していないのも皮肉な意図を感じてしまう。

ブラームスが評論家ハンスリックの「飯のタネ」であったことは想像に難くない。反ワーグナーの論陣を張る以上、対抗勢力の首領ブラームスと親しい間柄であることは、有形無形のメリットがあったに違いない。

実はブラームスは、ワーグナーとの交流の事実をハンスリックには伏せていた。さらにはハンスリックを「ワーグナー作品を論評するには耳も心も十分でない」と評していたと、一部の知人が証言する。ドヴォルザークの新世界交響曲の評価も食い違っていた。

ハンスリックよりもブラームスが一枚も二枚も役者が上と感じる。

2022年3月29日 (火)

ブラームスの絶筆

クララがこの世で書き残した最後の文字が、ブラームス最後の誕生日に対するメッセージだった。

そこから1年を経ずしてこの世を去ったブラームスの絶筆は、どのようなものだったのだろうか。

カール・ガイリンガーの大著「ブラームス-生涯と芸術」という書物がそのことに言及している。

ガイリンガーによれば、ブラームスの絶筆はカロリーネに宛てたハガキだという。カロリーネはブラームスの母の死後、父が迎えた2人目の妻である。ブラームスより10歳年長の継母に自分の体調を書き送ったものだ。これが3月29日である。父の晩年を豊かなものにした継母や前夫との子、フリッツと父の死後も暖かな付き合いが続いていた。何とその絶筆の文面は「大丈夫だから心配するな」という内容だったという。

ブラームスは1897年3月24日つまり死の10日前にヨアヒムに宛てて自らの容態について悲観する手紙を書いていることを、ガイリンガーが明言している。カロリーネへの気丈な内容とは矛盾していることを責めてはなるまい。

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