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2021年7月11日 (日)

話を繋ぐ

初対面から日の浅い者同士が同席した場合、会話が続かないということがままある。この時に起きる気まずい沈黙が苦手という向きは多い。ましてや相手が目上の人やいわゆる大物だったらこの気まずさはさらに増幅する。

相手と打ち解けて何ぼのベテラン営業マンは、経験上ノウハウを持っていることが多い。床屋さんやタクシーの運転手もきっと同じだと思う。つまりどんな相手でも間が持つ話題を1つ2つはいつも用意しているのだ。天気、ゴルフ、野球、他一般の時事ネタだ。これらを相手の性別、年齢やその場の空気により使い分けているのだ。

ブラームス相手にこれをやるのは至難の業だったらしい。元々有名人ハンターにつきまとわれることが多くて歳とともに警戒モードがエスカレートしたブラームスだから相手は大変だ。逆に言うとこの段階での気の利いたセリフ一つですっかり打ち解けた人もいるが、それはあくまでも少数派だ。

当時の楽壇を二分した大論争の片方の首領だということは、音楽関係者だったら皆知っていた。会話をつなぐためにワーグナー派批判を展開する輩が多かったらしい。ワーグナー作品への批判に加え、その取り巻きへの批判も含まれていよう。この手の輩は大抵、こっぴどく説教されたとホイベルガーが証言している。大して曲を知りもしないで、自分へのご機嫌取りのための発言であることがバレバレなのだ。

ワーグナーだけではない。過去の作曲家への安易な批判には断固抗議したという。バッハ、モーツアルト、ベートーヴェンに加えシューベルト、シューマン、メンデルスゾーン、ドヴォルザークあたりが擁護の対象だった。打ち解けた相手にはこれらの作曲家の批判もときたましているから、ただ闇雲に肩をもった訳ではない。

本人の作品を誉めるのはさらに逆効果だという。曲を深く知った上での発言かどうかがたちどころに判るからだろう。スイスの詩人でブラームスのお友達のヴィトマンの証言は興味深い。

スイスアルプスの絶景に触れ感動したヴィトマンは、ブラームスに向かって「このような素晴らしい景色は、詩や絵では表現出来ない」と言った。これに対してブラームスは「この正直者」と言ってたいそう喜んだという。「このような景色を見ると、先生(ブラームス)の交響曲○○番の第●楽章を思い出します」などと見え透いたことをいう輩が多いらしい。

もし私がブラームスに会ったらなんて言おうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

2021年7月 3日 (土)

充電期間

ハンブルク出身のブラームスが正式にウィーンに居を構えたのは1862年9月だ。29歳であった。ハンブルクフィルハーモニーの指揮者の地位を熱望していたが、種々の事情で実現しなかったこともあり、心機一転の気持ちもあったと思う。

この時点で、ウィーンでの職が決まっていた訳ではない。明くる1863年春にウィーンジンクアカデミーの音楽監督就任を打診され、実際に就任するのは秋のシーズンからだ。この間演奏会への出演はあったが定職とは言えない。ウィーン進出から職につくまでのおよそ1年間がいわば「充電期間」だったと位置づけられよう。

この充電期間にブラームスがしたことは何かが本日の話題だ。もちろん作曲は続けていたが、その他あちこちの演奏会に出演して人脈を広げたことも大きい。ウィーンならではの研究もあった。楽友協会あたりの図書館に通って古い楽譜を写譜したという。後年ブラームス自身が一部の友人に語ったところによれば、ウィーンに来て最初の仕事は「知られていないシューベルト作品の写譜」だったという。シューベルトの兄と親交があった出版社シュピーナが所有する自筆譜を夢中で写し取ったと回想する。シューベルトの歌曲の編曲や、ピアノ連弾用のワルツはその成果と位置づけ得る。

 

 

2021年6月22日 (火)

弾き手の性別

演奏者の姿が見えないまま、演奏だけを聴かされた場合、聴き手は演奏者の性別をどの程度当てられるものだろうか?

話をピアノ演奏に限定すると、ブラームスはどうやらこの「弾き手の性別当て」を特技にしていたらしい。しばしば友人の間違いを指摘して「これだけは絶対に自信があるね」と自慢していたというエピソードを親しい知人が証言している。演奏する曲は自作に限った話ではなかったようだ。コツや種明かしは一切されていないが、ブラームスはかなり自信たっぷりである。

音に何らかの痕跡が現われて、ブラームスはそれを聞き分けていたということなのだろうが、私は全く自信がない。CDやパソコンのお陰で聞き比べは簡単に出来るのだが、演奏者名はおろか性別も当てられない。

さすがに歌曲ならば間違えることはないが、こればかりは自慢になるまい。

2019年12月30日 (月)

君たちのお母さん

ブラームスとクララ・シューマンの娘たちとの会話の中で、ブラームスがクララを指して用いた言い回しだ。どんなドイツ語がこう訳されたのか確認していないが、クララの娘の一人4女オイゲーニエは、この言い方が好きだったと証言している。あるいはこの言い方をするブラームスがクララの娘たちから愛されていたと解したい。クララとの距離感を反映したブラームス独特の言葉だと感じる。あくまでもシューマン一家の外に身を置きながら、精一杯の親近感を表現している。私にはとても切なく映る。

今やクララとブラームスについてはあまりに多くの言葉が費やされている。ロマンだ悲恋だと文字数だけは、やけに費やされているが、最近その手には心が動きにくくなった。一方でこのように無骨で不器用なエピソードにからきし弱い。

私ごときの筆力では、正確に言い表せない微妙なニュアンスがこもっている。けれども心配はいらない。ブラームスの作品に充満するニュアンスと矛盾していない。

2019年12月21日 (土)

危険な贈り物

ロベルト・シューマンが没した翌年のことだから1857年である。5月末に一週間デトモルトに滞在し何回か宮廷元帥邸でピアノ演奏を披露した。つまり就職試験である。結果は上々で、英国に演奏旅行することになったクララの代役として、ブラームスがデトモルト宮廷の女性2人にピアノを教授することになった。ブラームス生まれて初めての就職であった。年間に3ヶ月という宮廷勤務が1859年まで続くことになる。

ブラームスがピアノを教えた2人のうちの1人がデトモルト宮廷公女のフリーデリケだった。彼女は就職試験演奏でブラームスがバッハを弾いたことを覚えていたのだろう。翌1858年のクリスマスプレゼントとしてバッハ全集6巻をブラームスに贈った。1855年のクリスマスには、クララから第一巻を贈られている。ブラームスの日ごろの言動に「バッハ好き」がにじみ出ていたのだろう。でなければ親しい女性2人が相次いでブラームスへの贈り物としてバッハ全集を選ぶはずが無い。

ブラームスはその年の暮、クララに宛てた手紙の中で、バッハ全集6巻をもらったが、既に持っている分との重複が起きたと伝えている。

カルベックたち後世のブラームスの研究家によってこの6巻の贈り物が「Danaer Geschenke」と呼ばれているのだ。その「ダナエア ゲシェンケ」の訳語こそが本日のお題「危険な贈り物」なのである。手元の辞書では、「危険な贈り物」の代表例ととして「トロイの木馬」を挙げている。あれこれと書物を調べたが、フリーデリケから贈られた6巻が何故「危険な贈り物」と呼ばれているのか明確な記述にはたどり着けなかった。

想像で補うことにする。

この贈り物がブラームスの内なる「バッハラブ」に火をつけたということではあるまいか。この贈り物をキッカケに生涯にわたって続くブラームスのバッハ研究が緒に着いたということだろう。その逆説的な表現が「危険な贈り物」なのだと思う。単にクリスマスプレゼントの異名だったら少しがっかりである。

実を言うと「ブラームスの辞書」は、本もブログも誰かの「ブラームスラブ」に火を点けたいと願うものである。どこかの誰かにとっての「危険な贈り物」になることを密かに期待している。

2019年12月14日 (土)

リヒテンタール

クララ・シューマンがロベルトの死後居を構えたドイツ南西部の町。「Lichtental」と綴る。「Licht」は「光」で「Tal」は「谷」だから「光り輝く谷」とでも訳せよう。中学校の授業でならった「ネアンデルタール人」の「タール」である。

我が家に最初に授かったのが男の子だった。家族で五重奏を演奏したかったので子供は3人と決めていたが、子供の性別が割れると一部屋余分に必要になるというつまらぬ理由から子供はどちらかになればいいなと思っていた。つまりこの段階で男の子3人を覚悟したことになる。男の子の名前を残り2人分考えていた。次男に命名する予定だったのが「理等」(りひと)だった。ドイツ語で「Licht」と綴って「光」の意味だ。クララの住居の所在地のことも念頭にあった。日本文学史上最高のモテ男「光源氏」の存在も意識していた。第3子の名前は「蒔人」(まいと)だ。英語で「might」と綴って「力」だ。ドイツレクイエムの歌詞「苦しみながらタネを蒔く人は喜びと共に刈り取るであろう」を意識した命名だ。こうしてひねり出した名前は第2子第3子が女の子になって、あえなく幻となった。

ブラームスにとってクララの住む谷であり、敬愛するシューベルトのふるさとでもあった。

2019年12月11日 (水)

ハンブルクのシューマン夫妻

1850年3月16日ハンブルクフィルハーモニー交響楽団の演奏会があった。ロベルト・シューマンの指揮、ピアノ独奏はクララだった。

曲目を調べているが見つけられない。ピアノ協奏曲イ短調を想像するが、確証は持てない。これを16歳のブラームスが聴いていたらしい。クララは他に3回ほど演奏会を開いているそうだ。

ブラームスはこのうちいくつかを聴いて感動したのだろう。それで自作をいくつか小包でシューマンに送る決心をしたのだ。

2019年12月 5日 (木)

ブラームスの悪評

欧州楽壇を2分した論争の片方の当事者だから、反対派からの攻撃は凄まじかった。作品批判のレベルにとどまっていないものも散見されたという。逆に申せば支持者からは賛美されていた。その手の論評は批判にしろ賛美にしろ、誇張と省略を縦横に駆使した代物だ。

私が今日問題にしたいのは、支持者からの悪評だ。音楽之友社刊行全3巻に及ぶ「ブラームス回想録集」は、ブラームスの親しい知人たちの証言の集大成だ。先ほどの基準で申せば賛美者たちの証言だ。だから大抵は好意的な表現になっている。ところが概ね好意的なニュアンスの中で、言葉を選びながらブラームスの短所に言及している場合がある。何人かの友人がブラームスのキャラを要約している中に遠慮がちに現れる。

  1. 感じたことをズケズケ言う。短所とばかりとは言えぬが、傷つけられた人から見れば短所だ。頭の回転が速いから、図星を突かれてしまうのだ。
  2. 不運な同業者に対する配慮のない発言。上記と根は一緒。
  3. 一部の女性に対する傲慢な態度。というよりクララやクララの娘たち、あるいはリーズルなどは例外かもしれぬ。多くの女性はあられもないジョークの対象となった。
  4. いたずら好き。多くは他愛のないものだったが、希に深刻な結果をもたらすこともあった。
  5. 皮肉で辛らつな言動。時にはクララでさえ標的にされたという一方で、クララを悪く言う奴には容赦しなかったとも言う。
  6. 打ち解けていないものに対するとりつく島のない態度。

などなどだ。これらを指摘した友人たちは、有名人としての重圧のためとか、芸術家の特権として仕方がないと擁護することも忘れていない。ブラームスの実態に迫ろうと欲した場合、ブラームスの賛美者たちから発せられる歯の浮くようなお世辞よりは、この手の愛ある悪評の方がずっと役に立つ。

こんなブログを書いている私が、初めてまとまって言及するブラームスの悪評だ。読者が誤解することはあるまいと期待する。

これらを埋め合わせてお釣りの来る長所、そして何よりその作品がある。

2019年12月 1日 (日)

どんぶり勘定

ブラームスは大抵の管弦楽曲について、自らの手でこれをピアノ用に編曲している。独奏であったり連弾であったりはまちまちながら、その対象は一部室内楽にまで及んでいる。ハイドンの主題による変奏曲や、ピアノ五重奏のようにどちらを主とするか容易に決定出来ないケースもある。しかしながら、大抵はフルメンバーよりは気軽に作品の輪郭を捉えることが出来る縮小版という側面が大きい。ブラームス自身もそう考えていた節がある。最新の管弦楽曲や室内楽曲をクララ・シューマンに自ら聞かせるために、オリジナルと平行してピアノ版が作成された可能性大なのだ。

オリジナルをピアノ版に転写する際の心得を、親しい友人の一人に語っている。「ブラームス回想録集」第1巻104ページのジョージ・ヘンシェルの証言だ。「大管弦楽曲の全ての声部を全部ピアノ版に盛り込んだところで、そんなものは大名人にしか弾けやせん」「全ての声部が対位法的に正しく動いているかどうかなんぞどうでもいいんだよ」作品の輪郭が大づかみに出来ることこそが大切だと言わんばかりである。巨匠ブラームスのどんぶり勘定が微笑ましい。

対位法の大家ならではのお話である。

 

 

2019年11月22日 (金)

若気の至り

欧州楽壇を二分する論争の渦中にあって、片方の陣営の首領と目されるブラームスは、自作の発表以外には沈黙を守った。自説の主張にジャーナリスティックな手段を用いなかったことは割と知られている。

ところが例外もある。ロベルト・シューマンの薫陶を受けて間もない頃、「新ドイツ派への声明文」がそれである。詳しい伝記には和訳が載っていることも多い。遠回しな表現になってはいるが、平たく申せば檄文だ。「おめ~らのは音楽じゃねえ」に近いニュアンスだ。

音楽作品を文章で表すのは難しい。体操、シンクロナイズドスイミング、フィギアスケートなどの採点競技で、しばしば議論になるのと同様だ。良い悪いを点数化したり言葉にしたりすることは、難しいのだ。

愛好家が集まって単に「好き嫌い」を肴にビールを呑んでいる分には微笑ましいのだが、「宣言文」という形で署名の上公開すりとなると物騒な話になる。だから案の定その宣言文に署名したのはブラームスを入れてもたったの4名だった。このときの後味の悪い経験がトラウマにもなったのだろう。壮年期以降のブラームスが、ジャーナリスティックな手段を選ばなくなるのは自然な成り行きだ。

ブラームスだって宣言文のリスクは知っていたと思う。そんなことをすれば恰好の攻撃目標にされてしまう。それでは何故。

おそらく、ロベルト・シューマンが新ドイツ派から邪険な取り扱いをされたのだ。あるいはクララも含んでいたかもしれない。ブラームスからすれば「先生を侮辱するのは許せない」というノリだ。音楽観の違いを文章で攻撃したところで、水掛け論になるのが関の山だ。新ドイツ派の音楽のありように対する批判ではあり得まい。

ロベルトが創刊した「音楽新報」25周年の式典に創刊者の妻クララが招待されなかったという事件があった。無論ブラームスもヨアヒムも呼ばれていない。このとき音楽新報の主筆はまさに新ドイツ派の論客だった。恩師であり創刊者でもあるシューマンに対する仁義を欠いた対応に、若きブラームスが義憤を募らせたと感じる。

 

 

 

 

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