ブラームス神社

  • 道中安全祈願

おみくじ

  • テンプレート改訂しました

独逸日記

  • ドイツ鉄道博物館のおみやげ
    2012年3月28日から4月4日まで、次女の高校オケのドイツ公演を長男と追いかけた珍道中の記録。厳選写真で振り返る。

ビアライゼ

  • Schlenkerla
    自分で買い求めて賞味したビールの写真。ドイツとオーストリアの製品だけを厳選して掲載する。

カテゴリー

カテゴリー「500 逸話」の52件の記事

2017年1月 3日 (火)

まともな音符

音楽之友社刊行「ブラームス回想録集」第2巻だ。

ウイーン高等音楽院に関するホイベルガーとの雑談の中。ブラームスは作曲を教える気は無いのかという問いに対し、まんざらでもない口ぶりで「どうせ冬にはまともな音符は書けないからな」と答える。

冬は寒いから音符が書けないという意味ではなかろう。冬は演奏会のシーズンだ。あちこちの演奏会に出かけることもあるし、何より自作の演奏会も多かった。これに加えてあちこちの劇場で上演されるオペラや演劇にも興味があったから、何かと忙しいのだ。つまり冬は社交に忙しいのだ。だから腰を落ち着けて作曲しているヒマが無いというのが、「まともな音符が書けない」という言葉の真意だと思われる。

うまく時間をやりくりすれば後進の指導が出来なくもないというニュアンスだが、結局ブラームスはウィーンで作曲を教えることは無かった。ネックになったのは教える時間のことより、音楽院を取り巻く人間関係かもしれない。

一方、「冬にはまともな音符が書けない」ということは「夏にはまともな音符を書いている」という自覚の裏返しとも取れる。ブラームスの作品のほとんどが5月から9月までのお気に入りの避暑地におけるロングステイから生まれていることと符合する。

2016年11月16日 (水)

自費出版

著者自腹で出版すること。読んで字の通りだ。誤解の余地など無いと思うのだが、世の中うまくいかない。

私の「ブラームスの辞書」も自費出版だ。版組み、校正、印刷、製本の費用は全て著者である私が負担した。完成後の本の保管費用もある。その他経費も含め私が負担した。その代わり売れれば売上は全部私のものだ。

出版社が私の原稿に目をつけ、売れると判断すれば通常の出版ということになるが、ワールドカップで日本がブラジルに勝つよりかなり可能性が低い。出版社にすれば、売上の中から経費はもちろん利益もひねり出さねばならないから、そのあたりの見極めはシビアだ。著者が有名人でもなく、さしたる話題作でもないアイデアをどうしても本にするとなると、選択肢は自費出版しか残らないのだ。

もちろんブラームス自身の作品は本人の厳しい自己審査を経て全て通常出版された。自費出版は一つもない。ブラームス作品は出版社から見ればドル箱なのである。

ブラームスがハンブルク時代の恩師マルクゼンへの感謝の印にピアノ協奏曲第2番を献呈したことはよく知られている。1882年のことだ。実はその翌年マルクゼンの音楽家生活50周年を祝って粋なプレゼントをした。マルクゼンの「民謡による100の変奏曲」を自費出版したのだ。自作が印刷されたのを見てマルクゼンは大いに喜んだという。麗しい師弟愛だ。

ところが、このエピソードはガイリンガーの大著「ブラームス」と、音楽之友社刊行の「ブラームス回想録集」第2巻ホイベルガーの記述が食い違っている。自費出版の事実はあるようだが、前者はマルクセンの生前の出版としているのに対して後者は没後の出版としている。

私と違ってブラームスの経済力は大したものなのだ。当時の彼の影響度を考えると、出版社に圧力をかけてマルクゼンの作品を正式に出版させることだって出来たと思う。しかし彼はそうしなかった。ジムロック等の出版社と友達づきあいをしていたブラームスは、出版社側の事情にも精通していたからマルクゼンの作品が出版社のロジックから見ればけして出版されないと判っていたと思う。

だからブラームスは自費出版を選んだのだ。

そのあたりの事情もろもろ全部含めて美しい話だと感じる。

2016年11月13日 (日)

フランスという国

ブラームスの伝記を隅々まで読んでもフランスについての記述は少ない。

1871年普仏戦争の記述はむしろ例外だ。この対仏勝利により、ドイツ帝国が成立した。立役者はプロイセンだ。ブラームスはこれをたいそう喜び、「勝利の歌」が成立する。特にビスマルクに首ったけだったようだ。

この他にフランスについての記述は甘い。生涯フランスの地を踏まなかったから無理もない。英国と違って海があるからという言い訳も出来ない。ブラームスはサンサーンスやベルリオーズとは会ったことがあるし、クープランの作品にも興味を持っていたとは言え、フランスとの関わりは希薄だ。

ところが、どうもブラームスの葬儀にパリが代表を送り込んだらしいのだ。ガイリンガーのブラームス伝にそう書いてある。一方音楽之友社刊行、日本ブラームス協会編「ブラームスの実像」の最終章には現れない。会葬者の名前を個人団体の別なく克明に記述しているのにパリらしき記述が無い。国葬ではないから国の正式な弔使ではないから記録漏れがあるのかもしれない。

パリが代表を送ったら送ったで少し意外な気もする。普仏戦争をフランス側から見れば負け戦だ。これによりアルザス・ロレーヌ地方がドイツに割譲の憂き目を見た。負けた側の遺恨は四半世紀が経過しても残っているものだ。現に後世の歴史家の中には、この時の遺恨がさらに20年近く後の遠く第一次世界大戦にまで繋がっていると指摘するほどだ。

考えさせられた。

詳しい経緯は不明だから、芸術に国境がないとか、ブラームス作品の偉大さのなせる業とか、ベタな落としどころに安易に持って行くことは避けたい。

少なくともブラームスの作品に敬意が払われていたことを疑うことは出来ない。懐が深い気がする。私が言うのも変だが、ひとまず「ありがとうフランス」。

だからという訳でもないが、がんばれフランス。

2016年11月11日 (金)

会見の記録

ブラームスの伝記を読んでいると著名な作曲家との面会が記述されている。いわゆる大作曲家同士のそうした会見は、後世の愛好家にとって大変興味深い。

  1. フランツ・リスト 1853年6月12日。リスト作品演奏中に居眠りというエピソードあり。
  2. ロベルト・シューマン 1853年10月1日デュッセルドルフにシューマンを訪問。ブラームスの人生の転換点。1856年7月28日に臨終に立ち会う。
  3. ルイ・エクトル・ベルリオーズ 1853年秋おそらく11月ライプチヒにて。
  4. リヒャルト・ワーグナー 1864年2月7日にただ一度実現。
  5. ヨハン・シュトラウス 初対面は意外にわからない。1866年夏バーデンバーデンかもしれぬ。
  6. カミーユ・サンサーンス 1870年ミュンヘン。「ニーベルグの指環」前半の公演の会場で会った可能性がある。
  7. アントン・ブルックナー ウィーンのレストラン「赤いハリネズミ」にて。
  8. アントニン・ドヴォルザーク 1879年秋おそらく9月プラハにて初対面。
  9. ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー 1888年1月2日ライプチヒにて初対面。1889年3月12日ハンブルクにて再会。
  10. エドワルド・グリーク 1888年1月2日ライプチヒにて初対面。 
  11. リヒャルト・シュトラウス 1885年秋おそらく10月マイニンゲンにて初対面。
  12. グスタフ・マーラー 1893年夏イシュルにて初対面。

バッハ、ベートーヴェン、ハイドン、ヘンデル、シューベルト、メンデルスゾーン、ショパンには会っていない。当たり前だ。しかし、ブラームスの伝記においては、会ってもいないこれらの作曲家への言及が目立つ。実はこのことがブラームスの特長の一つになっていると感じる。

2016年10月29日 (土)

マタイを贈られる

1823年のクリスマスのことだ。14歳のフェリックス・メンデルスゾーンは、祖母からバッハの「マタイ受難曲」の筆写スコアを贈られた。何たるプレゼントだ。羨ましさで言えばバッハ全集第一巻をクララから贈られたブラームスに匹敵すると感じる。バッハは何かとクリスマスがお似合いだ。

メンデルスゾーンはこの6年後に、贈られた作品「マタイ受難曲」の演奏にこぎつける。世に名高い「マタイ受難曲の蘇演」だ。贈った方も贈った方なら、贈られた方もただ者ではない。

ブラームスが友人ホイベルガーと指揮者の暗譜について語っている。暗譜の風潮に批判的なコメントを発した後、メンデルスゾーンに言及している。それによればメンデルスゾーンは「マタイ受難曲」を暗譜で指揮したばかりか、楽団員にも暗譜を求めそれを実現したらしい。ブラームスはそのことを絶賛することで、昨今の暗譜の流れなどまだまだ序の口扱いしている。ブラームス自身は楽友協会の芸術監督時代に「マタイ受難曲」を取り上げた経験があるからメンデルスゾーンの凄さが身にしみているのだ。

メンデルスゾーンは祖母から贈られたスコアを6年かけて勉強したことは間違いない。暗譜はその副産物だろう。

2016年10月10日 (月)

マルトゥッチ

ジョゼッペ・マルトゥッチ(Gieuseppe Martucci)1856-1909はイタリアの作曲家、ピアニスト、指揮者だ。オペラ一辺倒のイタリアの風潮に異を唱えたことで知られる。教育者としても名高くナポリ、ボローニャで教鞭をとった。

1888年5月旅行でイタリア・ボローニャを訪れたブラームスをマルトゥッチが表敬訪問した。このときの旅のパートナーであるヴィトマンの証言だ。マルトゥッチがイタリア語まくしたてるので当初は通訳が必要と思われたが、やがて意気投合した二人は通訳を必要としなくなった。マルトゥッチはこのときまでのブラームスの室内楽を全部暗譜していたらしい。主題を次から次へと歌ったのだ。ブラームス自らも歌いだし通訳が不要になったと証言されている。

このときまでに出版していた室内楽は18曲。ヴァイオリンソナタ3番と弦楽五重奏曲第2番、そして一連のクラリネット入り室内楽だけが未出版だ。18曲を暗譜していたとは素晴らしい。暗譜はしていないが、作品の主題を歌うだけなら私にだって出来る。これに交響曲、協奏曲を含めても歌える。

生涯に8回あったイタリア旅行は、必ずパートナーを連れて行った。それも音楽家ではない人物を選んでいる。旅行先で演奏をしたことは一度もないし、コンサートに出かけた記録もない。つまりイタリア旅行はブラームスにとっての息抜きなのだ。興味の対象は主に美術と建築だったらしい。だからこのマルトゥッチとの会見は異例である。

2人の歌合戦を聴いてみたかった。

2016年10月 7日 (金)

イタリア音楽

ブラームスは生涯英国の地を踏むことが無かったことと対照的に、イタリアには何度か足を踏み入れている。大抵は音楽家以外の友人と連れ立っての旅行である。

旅行の前には、行程や見所についての予備知識を仕入れ、念の入った準備をするのが常だった。その興味の対象は、絵画、彫刻、建造物、史跡だったらしい。そう、音楽が抜けているのだ。ヴェルディのオペラを評価しながら、実際にイタリアでは音楽に深く接することは無かったと、友人たちが証言している。

ブラームスがイタリアについて「絵画、彫刻、建造物ほど、音楽は魅力的ではない」と語ったというエピソードもあるくらいである。このエピソードは「それほど絵画、彫刻、建造物が素晴らしい」という文脈で引用される場合もあるが、「イタリア音楽に興味が湧かなかった」の意味で引用されるケースもある。ヴェルディのオペラが素晴らしいことと、街中で鳴る音楽が素晴らしいかとは別問題と言いたげでさえある。

ブラームスがイタリア音楽を嫌っていた訳ではない。ヴィオッティのヴァイオリン協奏曲への傾倒は、少し詳しい伝記のヴァイオリン協奏曲の周辺に載っている。

旅行の行き先たるイタリアと、イタリア音楽を冷静に分けて考えていたのかもしれない。

だとすると、イタリア旅行の後に作曲された作品に対して「陽光まばゆいイタリアの影響」という類の修飾句を奉るのは慎重にしたほうがいいのではないだろうか?

2016年9月 5日 (月)

競走馬の名前

昨日に続いて競馬の話題。競馬の主役である競走馬には名前がある。命名には一定のルールもあるのだろうが、ドイツ競馬には面白いルールがあった。ドイツで生まれた牝馬は、母馬と同じイニシャルの名前にしなければならないらしい。ブラームスが生きていた当時からこのルールがあったかどうかは不明。たとえば「クララ号」がドイツで産んだ牝馬に「ユーリエ号」とは命名出来ない。「カトライナ」「シャルロッテ」「コロナ」「キアラ」など「C」で始まる名前を選ばねばならないということだ。

さて馬名といえば気になるのが「Brahms」という名前の馬がドイツ競馬にいたのかとうことだ。実際にいたらしい。1974年生まれの牡馬に「Brahms号」がいた。どうにも戦績は芳しくない。

ちなみに日本には「ブラームス」という馬がいるのかと調べた。

  1. シンボリブラームス
  2. トウカンブラームス
  3. マイネルブラームス

1番の「シンボリブラームス」は、新堀牧場の生産馬なのだが、ここの馬には「シンボリ」を冠した馬が多い。「~」の部分に作曲家名が入っている馬が少なからず存在して面白い。「~バッハ」という馬は数十頭いる。命名者が作曲家バッハをイメージしていたのか怪しく感じるのだが、「~ブラームス」にはその心配は無用だろう。

2016年8月13日 (土)

ウィット

「Wit」と綴られる英語で「機知」と訳されることが多い。シリアスな議論の中にポツリと添えられることにより、場の空気を和ませる機能がある場合が特に珍重される。場をしらけさせてしまった場合、「ウィット」とは呼んでもらえないのが通例だ。この手の気の利いた切り返しが自然に出来る人を称して「ウィットに富んでいる」と表現する。しばしば「頭が良い」と同義だったりする。

音楽之友社刊行の「ブラームス回想録集」は、全3巻にこの手のエピソードがてんこ盛りで証言されている。

切り返しが鋭い、目端が利く、当意即妙など証言者によって表現は異なるが根本は一致している。一同腹を抱えて笑ったなどということも多かったようだ。困ったことに、女性に対してデリカシーを欠くとか、あまりに辛辣と言われてしまっていることもある。

一の子分で楽友協会の司書をつとめたマンディチェフスキーは、この手の切り返しが得意だった。ブラームスの込み入った謎かけに対し、ノータイムで気の利いた反応を連発した。これがブラームスにかわいがられた原因だろう。

羨ましい限りだ。ウィットへの憧れは大変なものだ。憧れるあまり、寒いギャグの連発が後を絶たない。

2016年7月20日 (水)

ヨハネスの由来

欧米では赤ん坊の名前を聖書の中から選ぶことが多いという。

ブラームスの名前「Johannes」はもちろん「聖ヨハネ」に因んでいる。聖ヨハネは12聖人の一人というよりその筆頭格とも言える人物だ。キリストから特段の扱いを受けていたとされている。イエスは死に当たって母のマリアの世話をヨハネに託したという。ヨハネは童貞を貫いて生涯その付託に答えたとされる。

聖書の登場人物にはもう一人「ヨハネ」がいる。キリストに洗礼を施したヨハネだから受洗者ヨハネと呼ばれて区別されている。

だから、欧米の親たちにはとりわけ人気が高い。「John」も「Johannes」に由来する。あるいはブラームスが尊敬するバッハの名前「Johan」も同様だ。つまり2人の名は深く関連があるということになる。

恐らく偶然なのだとは思うが、ドイツレクイエムは「ヨハネ黙示録」からのテキストで結ばれる。第6曲の末尾と第7曲の冒頭である。

「名は体を表わす」ともいう。何だか思い当たる節が多い。

より以前の記事一覧

その他のカテゴリー

001 用語解説 | 002 ドイツ旅行① | 050 空席状況 | 051 お知らせ | 052 総集編 | 053 アラビアンナイト計画 | 060 ブラームス神社 | 061 縁起 | 063 賽銭 | 070 ドイツ分室 | 071 地名辞書 | 072 地名探検 | 073 地名語尾辞典 | 074 地名語尾 | 075 ドイツ語 | 076 ドイツ方言 | 077 ドイツ史 | 078 ハプスブルク | 079 人名辞典 | 080 イベント | 081 謝恩クイズ | 082 かるた | 083 のだめ | 084 お盆 | 085 中国出張 | 086 英国研修 | 087 ブログ出版 | 088 意訳委員会 | 089 ドヴォルザークイヤー総集編 | 090 ドヴォルザーク作品一覧 | 100 作曲 | 101 編曲 | 102 楽譜 | 103 音符 | 104 楽語 | 105 テンポ | 106 音強 | 107 拍子 | 108 調性 | 109 奏法 | 110 演奏 | 111 旋律 | 112 音型 | 113 リズム | 114 和声 | 115 対位法 | 116 形式 | 117 編成 | 118 ヘミオラ | 119 テキスト | 120 ベースライン | 121 再現部 | 122 微調整語 | 123 語彙 | 124 表情 | 125 伴奏 | 126 ジプシー音楽 | 140 ソナタ | 141 変奏曲 | 142 フーガ | 143 ロンド | 144 コラール | 145 間奏曲 | 146 スケルツォ | 147 ワルツ | 149 緩徐楽章 | 150 セレナーデ | 153 カプリチオ | 154 トリオ | 155 序奏 | 156 シャコンヌ | 157 メヌエット | 160 ブラームス節 | 161 分布 | 162 引用 | 170 楽器 | 171 ピアノ | 172 ヴァイオリン | 173 ヴィオラ | 174 チェロ | 175 コントラバス | 177 オーボエ | 178 クラリネット | 179 ファゴット | 180 ホルン | 181 トランペット | 182 トロンボーン | 183 チューバ | 185 トライアングル | 190 鍵盤楽器 | 191 弦楽器 | 192 木管楽器 | 193 金管楽器 | 194 打楽器 | 195 メゾソプラノ | 196 アルト | 200 作品 | 201 ピアノ曲 | 202 歌曲 | 204 室内楽 | 205 交響曲 | 206 協奏曲 | 207 管弦楽曲 | 208 合唱 | 209 重唱 | 210 民謡 | 211 オルガン | 212 オペラ | 213 カノン | 214 連弾 | 215 練習曲 | 216 学生歌 | 230 ドイツレクイエム | 231 交響曲第1番 | 232 交響曲第2番 | 233 交響曲第3番 | 234 交響曲第4番 | 235 大学祝典序曲 | 236 ヴァイオリン協奏曲 | 237 ピアノ協奏曲第1番 | 238 ピアノ協奏曲第2番 | 239 二重協奏曲 | 248 弦楽六重奏曲第1番 | 249 弦楽六重奏曲第2番 | 250 ピアノ五重奏曲 | 251 クラリネット五重奏曲 | 252 弦楽五重奏曲第1番 | 253 弦楽五重奏曲第2番 | 254 弦楽四重奏曲第1番 | 255 弦楽四重奏曲第2番 | 256 弦楽四重奏曲第3番 | 257 ピアノ四重奏曲第1番 | 258 ピアノ四重奏曲第2番 | 259 ピアノ四重奏曲第3番 | 260 ピアノ三重奏曲第1番 | 261 ピアノ三重奏曲第2番 | 262 ピアノ三重奏曲第3番 | 263 ホルン三重奏曲 | 264 クラリネット三重奏曲 | 265 ヴァイオリンソナタ第1番雨の歌 | 266 ヴァイオリンソナタ第2番 | 267 ヴァイオリンソナタ第3番 | 268 チェロソナタ第1番 | 269 チェロソナタ第2番 | 270 クラリネットソナタ第1番 | 271 クラリネットソナタ第2場 | 272 FAEソナタ | 300 作曲家 | 301 バッハ | 302 シェーンベルク | 303 ドヴォルザーク | 304 ベートーヴェン | 305 シューマン | 306 メンデルスゾーン | 307 モーツアルト | 308 ショパン | 309 シューベルト | 310 ワーグナー | 311 マーラー | 312 チャイコフスキー | 313 Rシュトラウス | 314 リスト | 315 ヘンデル | 318 ヨハン・シュトラウスⅡ | 319 ビゼー | 320 ブルックナー | 321 ハイドン | 322 レーガー | 323 ショスタコーヴィチ | 350 演奏家 | 351 クララ | 352 ヨアヒム | 353 ミュールフェルト | 354 アマーリエ | 356 ビューロー | 357 クライスラー | 358 ヘンシェル | 362 シュットクハウゼン | 400 人物 | 401 ファミリー | 402 マルクゼン | 403 ジムロック | 404 シュピッタ | 405 ビルロート | 407 ビスマルク | 408 ハンスリック | 409 フェリクス | 411 マンディ | 412 ヴィトマン | 416 カルベック | 417 ガイリンガー | 418 エルク | 419 グリム兄弟 | 420 森鴎外 | 431 アガーテ | 432 リーズル | 433 マリエ | 434 ユーリエ | 435 オイゲーニエ | 436 ベルタ | 437 リースヒェン | 438 オティーリエ | 439 シュピース | 441 バルビ | 442 シシィ | 500 逸話 | 501 生い立ち | 502 性格 | 503 学習 | 504 死 | 505 葬儀 | 506 職務 | 507 マネー | 508 報酬 | 509 寄付 | 510 顕彰 | 511 信仰 | 512 友情 | 513 恋 | 515 別れ | 516 こだわり | 517 癖 | 518 読書 | 519 リゾート | 520 旅行 | 521 鉄道 | 522 散歩 | 523 食事 | 524 ワイン | 525 タバコ | 526 コーヒー | 527 趣味 | 528 手紙 | 529 ジョーク | 530 習慣 | 531 住居 | 532 恩人 | 533 指揮者 | 534 教師 | 535 暗譜 | 536 美術 | 537 ビール | 550 楽友協会 | 551 ジンクアカデミー | 552 ハンブルク女声合唱団 | 553 赤いハリネズミ | 554 論争 | 555 出版社 | 556 初版 | 557 献呈 | 558 伝記 | 559 初演 | 560 校訂 | 571 ウィーン | 572 ハンブルク | 573 イシュル | 574 トゥーン | 575 デトモルト | 576 ペルチャッハ | 577 ライプチヒ | 578 デュッセルドルフ | 579 フランクフルト | 580 ベルリン | 590 イタリア | 591 イギリス | 600 ブログMng | 601 運営方針 | 602 自主規制 | 603 アクセス | 604 検索 | 605 カテゴリー | 606 記事備蓄 | 607 創立記念日 | 608 ブログパーツ | 609 舞台裏 | 610 取材メモ | 611 マッコークル | 613 一覧表 | 614 課題 | 615 カレンダリング | 616 ゴール | 617 キリ番アクセス | 618 キリ番記事 | 630 記念 | 631 誕生日 | 632 命日 | 633 演奏会 | 634 正月 | 635 ヴァレンタイン | 636 クリスマス | 637 ブラームス忌 | 638 ブラスマス | 639 クララ忌 | 641 愛鳥週間 | 642 ランキング | 699 仮置き | 700 思い | 701 仮説 | 702 疑問 | 703 お叱り覚悟 | 704 発見 | 705 奇遇 | 706 区切り | 707 モチベーション | 708 演奏会 | 709 感謝 | 710 よろこび | 711 譜読み | 712 音楽史 | 720 日本史 | 721 日本人 | 722 日本語 | 723 短歌俳句 | 724 漢詩 | 725 三国志 | 727 映画 | 728 写譜 | 730 写真 | 731 数学 | 732 レッスン | 733 ビートルズ | 740 昔話 | 741 仲間 | 742 大学オケ | 743 高校オケ | 760 家族 | 761 父 | 762 母 | 763 妻 | 764 長男 | 765 長女 | 766 次女 | 767 恩師 | 780 スポーツ | 781 野球 | 782 駅伝 | 783 バスケットボール | 784 サッカー | 785 アントラーズ | 786 バドミントン | 790 コレクション | 791 CD | 792 ipod | 793 楽譜 | 794 書籍 | 795 グッズ | 796 愛器 | 800 執筆の周辺 | 801 執筆の方針 | 802 ブラダス | 803 校正 | 804 譜例 | 807 パソコン | 808 ネット | 809 ドボダス | 810 ミンダス | 820 出版の周辺 | 821 パートナー | 822 契約 | 823 装丁 | 825 刊行記念日 | 840 販売の周辺 | 841 お買上げ | 842 名刺 | 860 献本 | 861 ドイツ国立図書館

フォト

ブラームスの辞書写真集

  • Img_0012
    はじめての自費出版作品「ブラームスの辞書」の姿を公開します。 カバーも表紙もブラウン基調にしました。 A5判、上製本、400ページの厚みをご覧ください。
2017年3月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  
無料ブログはココログ