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カテゴリー「500 逸話」の67件の記事

2019年10月13日 (日)

クララの物言い

1864年ブラームスの父ヨハン・ヤーコプは念願かなってハンブルクフィルハーモニーのコントラバス奏者の地位を得た。ハンブルクフィルハーモニの芸術監督はシュトックハウゼンで、ブラームスの友人だから、情実が酌量されたと後世の人々は憶測する。結果練習量を増やさねばならなくなった。家でも練習するということだ。これが年老いた妻とのいざこざの原因になるのだから困ったものだ。ブラームスはいろいろてを尽くしたがとうとう両親の別居に同意する。

ちょうどウィーンジンクアカデミーの職を辞したばかりで、まだドイツレクイエム完成前でもあり、ハンガリア舞曲もブレークする前だから、あまりお金が無い頃だ。

年老いた母は姉のエリザベートと同居したが、姉は病弱であった。母と姉の養育費の負担がブラームスに重くのしかかった。ブラームスの窮状を見かねたクララは、驚くべき行動に出る。なんと、別居により一人暮らしを始めた父のヨハン・ヤーコプに物言いをつけたのだ。「あんたの息子ヨハネスは、あんたが考えるほど収入が無い」「少しは妻や娘の扶助に力を貸せ」というものだ。それでも事態はあまり好転した形跡は無いが、ブラームスはけなげにも母と姉に仕送りを続けたばかりか、父親への送金もためらっていない。

後年ブラームスの楽壇での地位は押しも押されもせぬものとなり金の心配はいらなくなる。家族への援助は当然と考えていたが、加えて苦しかった頃心配をかけたクララにも援助を申し入れ、感謝を形にして返している。

2019年10月11日 (金)

クララの耳

1895年10月のある日、ブラームスとクララの最後の対面の時の話だ。

 

当時既にブラームスは、ウイーンのいや欧州の音楽界の重鎮だった。ブラームス自身、相当なレベルの古楽譜コレクターだったし、ウイーン楽友協会の蔵書を自由に閲覧出来る立場にあった。だから大作曲家の自筆譜を見ることは珍しいことではない。

 

ベートーヴェンのピアノソナタの自筆譜を見て、市販の楽譜に誤りがあることを確信したブラームスは、「私はおかしいと思っていたンだが、思った通りだった」とばかりに、クララの家の楽譜を手に取った。クララに自慢話でも聞かせようと思ったのかもしれない。そのページを開いたブラームスは、既にその音がクララの筆跡で修正されているのを見て驚いた。クララは長年の演奏の経験から、既にその場所を誤植と断じていたのだ。クララは自筆譜も見ていないのに、耳の命ずるままに断固として修正していたということだ。聞き分ける耳もさることながら、それを誤植と断じる音楽的な判断力、あるいはベートーヴェン作品に対する揺ぎ無い規範が、クララの脳内に存在したことは疑い得ない。「ボクは自筆譜を見たンだよ」というささやかな優越感は、あっけなく吹き飛んだと思われる。

 

自慢が不調に終わったブラームスではあるが、悪びれることは無い。ただただ無邪気に驚くのだ。「お母さんほどの耳を持った演奏家なんてどこにもいやしない」とクララの娘たちに語ったという。語られた娘の一人オイゲニーの証言である。

 

このとき、これが最後の対面になるという自覚は2人にはなかった。この話は最後の対面であるが故の話ではなく、あたりまえの会話なのだ。会う度にこういう話をしていたに違いないのだ。2人にとっての世間話である。

 

ベートーヴェンのどのソナタなのか語られていないのは残念だが、自分の発見を自慢しようとしたブラームスの健気さ、とうの昔に気付いて既に楽譜を修正していたクララの耳、微笑ましくも感動的だ。

2019年7月 8日 (月)

左手のためのセレナーデ

ブラームスはピアノ演奏から右手の参加を奪った形態に興味を持っていた節がある。クララ・シューマンの右腕の負傷を契機に生まれたシャコンヌニ短調が特に名高い。もしかするとそうした傾向はハンブルク時代の恩師マルクセンの影響かもしれない。

ブラームスは15歳で初めてのコンサートを開いた。バッハのフーガに混じって恩師の作品も演奏したという。その恩師の作品こそが本日のお題「左手のためのセレナーデ」である。CDや楽譜は探しきれていない。もしかするとブラームスのこの初コンサートのプログラムの中でのみ命脈を保っているのかもしれない。

 

 

2018年7月11日 (水)

お盆のファンタジー30

やけに早い到着のブラームスさんだ。今年は連れがいないそうだ。

「そんなことより、今年の日本は地震やら水害やらで大変らしいな」と心配顔だ。「こっちはサッカーが決壊しているがね」と自虐ネタも忘れない。ドイツ代表の惨状と、ハンブルガーSVの初降格を肴に飲もうと思ってきたらしいが、水害が気の毒でと気乗りしない様子である。神妙な顔をしている。

以前にイタリアでひどい目にあったから他人ごとではないと言いながら、仲間から預かってきたという義援金を懐から取り出した。

こういうところは律儀である。

2018年7月 8日 (日)

ハインリッヒ・ヘルツォーゲンベルク

Heinrich von Herzogenberg(1843-1900)グラーツで生まれたオーストリアの作曲家。

彼の愛妻リーズルは、ブラームスから贈られた作品の草稿をもとに、しばしば鋭い批評を展開しブラームスを喜ばせた。晩年のクララは、自分の優先順位が下がったと感じヘソを曲げたとも言われている程だ。

op69以降の諸作品について議論した2人の往復書簡は、研究家垂涎の第一級の資料になっている。ブラームスは彼女の批評を元に作品を改訂したことは滅多になかったが、批評を乞うことを止めようとはしなかった。彼女とのやりとりそのものが楽しかった感じである。

彼女との文通で厄介なことが一つだけあった。ブラームスが作品を送ると、ときどき亭主ハインリッヒの作品が送られて来ることだった。もちろんコメントを求められているのだ。出来る限りスルーを決め込んでいたブラームスだが、やむにやまれず不器用なコメントを返した。対位法の大家ブラームスといえどもこれは難儀だったと見えて、リーズルの機嫌を損ねないでやり過ごすのに汲々としてしていたらしい。

ブラームスは楽譜を見ただけで作品の価値をたちどころに見抜いていたし、その作者の才能の奥行きまでも読み切っていたことは疑い得ない。称賛ばかりがとどまらぬドヴォルザークとハインリッヒの差は歴然である。

そうはいっても、彼は記念碑委員会の発起人の一人であり、ライプチヒ・バッハ協会の芸術監督まで務めた大物だ。ブラームスがライプチヒ訪問の度に夫妻に会っていたくらいの関係である。

2018年5月 8日 (火)

音楽の捧げ物

ドイツ語で「Musikalisches Opfer」と綴られる。バッハ晩年に屹立する傑作のひとつだ。1747年バッハはプロイセン国王フリードリヒ2世の前で演奏を披露した。単に演奏を披露しただけではなく、王自ら示した主題を即興で展開して絶賛される。「さらに即興で6声のフーガを」との求めに応じることが出来なかった穴埋めに、後日バッハは王の求め通りの「6声のフーガ」を含む作品群を献呈した。これが「音楽の捧げ物」BWV1079である。

驚くべきことがある。「音楽の捧げ物」BWV1079献呈のキッカケとなった御前演奏の日付だ。1747年5月7日と伝えられている。

5月7日はベートーヴェンにとっても、記念すべき日だ。記事「第九初演」で言及した通り、交響曲第9番がウイーンで初演された日である。

「音楽の父」たるヨハン・セバスチャン・バッハにとっても無視し得ぬ記念日、フリードリヒ2世への拝謁・御前演奏が実現した日なのだ。その2人と並んでドイツ3大Bと称されるブラームスの誕生日は、申すまでも無く5月7日だ。

2018年5月 1日 (火)

支持基盤

1863年5月1日、故郷で休暇を過ごすブラームスの元に、ウィーンから便りが届いた。ウィーンジンクアカデミーの音楽監督就任のオファーだ。前年秋にウィーン進出を果たしたとは言え、定住までは考えていないという微妙な時期だったが、熟考の末これを受諾した。

ジンクアカデミー側にも微妙な空気が充満していた。ブラームスの招聘は39対38で際どく可決された案件だった。ブラームスの支持基盤は万全ではなかったということだ。

11月15日の初コンサートはバッハのカンタータ21番を取り上げ歴史的名演としたほか、クラリスマスオラトリオのウィーン初演も成し遂げたが、バッハ偏重のプログラミングには、水面下でブーイングもあったという。

翌1864年4月までのシーズンを終え、契約の延長の段になると、前年の1票差とは打って変わって、満場一致でブラームスの再任が可決されたが、今度はブラームスの側が契約の延長に同意しなかった。音楽以外のもろもろに嫌気が差したと解されている。

支持基盤の弱い指導者の座は、居心地が悪いということだ。丸3年は続いたハンブルク女声合唱団とは対照的だ。

2017年12月20日 (水)

第九初演

1833年5月7日はブラームスの誕生日だが、そこからちょうど9年前の1824年5月7日にもまた音楽史に残る出来事があった。ウイーンでベートーヴェンの第九交響曲が、作曲者自らの指揮で初演された日でもあるのだ。

第九交響曲は、言わずと知れたベートーヴェンの最後の交響曲だ。ドイツ系音楽の過去を統合する意味合いさえ持ち合わせている。統合の次に待っているのは、大抵は拡散である。第九交響曲は後に続く作曲家たちにとって規範であり、壁であり、破壊の対象であり目標であり続けた。管弦楽作品とりわけ交響曲を書こうと志すものにとっては鬼門でさえあった。ある者は正面から挑んであえなく挫折し、ある者はピアノ小品に迂回し、またあるものは交響詩や楽劇に逃れたという。もちろん「交響曲で出来ることはもはやない」という言い訳を添えることも忘れていない。

ブラームスは、それらを横目で見ていた。慎重に機が熟すのを待った。最初の管弦楽作品、「管弦楽のためのセレナーデ」の冒頭に第九と同じ「空虚五度」を配することを忘れなかった。

ベートーヴェン第九交響曲の初演から、キッチリ9年後に生まれたブラームス、その第一交響曲は、「第九」の後継という意味を込めて「第十」と呼ばれることになる。この間流れた歳月はわずかに52年。東京オリンピックが56年ぶりだと考える両方とも初演を聴いたという人がいてもおかしくない間隔なのだ。

2017年12月16日 (土)

第九初体験

私の第九初体験は1973年12月16日だった。中学1年13歳だった。父に連れられて年末恒例の演奏会に出かけた。鳥肌モンの感動だった。

ブラームスの第九初体験はどうも私より遅いらしい。1854年11月30日付けのクララへの手紙に、第九交響曲を聴いたことに言及されているそうだ。歓喜の歌の旋律を引用しているらしい。そのニュアンスから、これがどうも初めての第九鑑賞だったのではないかと推測されていると言うわけだ。グルント指揮のハンブルクフィルハーモニーの演奏だ。

この交響曲を踏み越えて行かねばならないとの宣言が発せられていればカッコいいのだが、そうではなかったようだ。はるか遠くにボンヤリとともる灯かり程度だろう。

このときヨハネス・ブラームス21歳。私に遅れること8年だ。

2017年12月15日 (金)

抱き合え百万の人々よ

ドイツ語で「Seid umschlungen,Millionen」とされている語句だ。ベートーヴェンの第九交響曲の第4楽章に現れる。つまりシラーの「歓喜に寄す」の中にこの言い回しがあるということだ。

ヨハン・シュトラウス2世のワルツにもズバリ「Seid umschlungen,Millionen」がある。op443である。驚いたことにこの作品ブラームスに献呈されているらしい。1892年のことだ。

ヨハン・シュトラウス2世は、この文言がベートーヴェンの第九交響曲の一節と一致することを知っていたのだろうか。確認は出来ぬが知っていた可能性が高いと思う。贈られた相手のブラームスも当然知っていただろう。何かのパロディだったらオシャレだと思う。

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