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2022年4月27日 (水)

絶対音感

厳格な定義は私の手には余る。

鳴らされる音の音名が即座に言い当てられると絶対音感があるっぽく見える。鳴らされるのが和音であっても、それを構成する音全てを言い当てられる人も多い。

疑問が無い訳ではない。音名を言い当てられるというのは既に相対的だ。Aの振動数をどれほどと設定するのかで同じ音でも音名が代わってしまうこともあるだろう。あるいは、ハ長調で書かれた作品をニ長調に移調した楽譜を用意する。半音低く調弦された楽器で演奏して録音する。それを再生するときにさらに半音低く再生すると、絶対音感のある人々は何調と認識するのだろうか?

絶対音感どころか相対音感も怪しい私には別世界のお話である。

ブラームスは、はたして現代使われている意味での絶対音感を持っていたのだろうか?鳴っている曲を即座に楽譜に書き留めるくらいの芸当は朝飯前だろうが、それが現代絶対音感と呼びならわされている能力に相当するかどうかは断言が難しい。

散歩の最中に聴いたもの悲しいカエルの鳴き声を「減七和音」と指摘した逸話もある。音に対する鋭敏な感覚を持っていたことは想像に難くない。

2022年4月22日 (金)

二元論

たとえば「白黒」「善悪」というように、世の中で起きている諸事象を2分類することで捉えようとする試み、または考え方のことだ。

天下分け目の戦いとされている関ヶ原の合戦は、当時の大名たちを2分する戦いだった。一般に東軍西軍と言われているが、単純に地理的な東西対抗ではなかったという。風雲急を告げてから、実際の合戦までの間水面下の諜報活動が盛んだったらしい。大名たちはその勢力の大小にかかわらず東西どちらの陣営に与するか、事前に意思表示を求められた。自分が味方した陣営が負ければお家の一大事だ。しかし中立というのも戦後の論功行賞で後手を引くのだ。

皆相当困った。とりわけ東西どちらにも恩も義理もない大名は、相当困ったはずだ。だから意思表示を引き延ばして、周囲の流れを読んだ。あるいは戦いの大勢が決すると、次々と寝返りが起きた。どだい東西の二元論では無理があるのだ。

19世紀後半、欧州とりわけドイツ・オーストリアの楽壇を2分した論争があった。両陣営の首領の名前をとってブラームス派とワーグナー派の論争とも言われている。当時普及著しかった音楽ジャーナリズムに乗って論争はおおいに盛り上がった。論争の中心人物たちはともかく、どっちでもいい人あるいは両方嫌いな人や、両方好きな人は困ったと思う。

実際にワーグナーの周囲に集う門人でありながらブラームスの音楽を評価する人々もいて、過激な中傷合戦には沈黙をもって距離をおいていたという。ゴルトマルクやタウジヒなど音楽史上の評価ではワーグナー派と目される人とブラームスの交流も伝えられている。何よりもブラームス派の首脳と目される2人、ハンスリックとビューローは元々はワーグナーの賛美者だったくらいだ。

関ヶ原の合戦に際して、機を見るに敏な商人たちは、ちゃっかり両陣営と商売していた。似た立場にいたのが、この論争が盛り上げれば盛り上がるほど、売り上げが伸びる音楽ジャーナリズム業界の人々だ。両陣営の関係者からコメントを取っては誌上を飾る。コメントが過激なほど好都合だった。この手の二元論が根強いほど商売には有利だ。

大河ドラマを作るには好都合だが、世の中どうもそう単純ではないらしい。

 

 

2022年4月18日 (月)

レッスンの教材

ブラームスが何人かにピアノを教えた記録が残っている。大抵は教わった本人の証言だ。ブラームスの指導方法の貴重な証言であるばかりでなく、その音楽観をも垣間見ることが出来る。その中でブラームスが指導に用いた教材あるいはレッスン中の課題曲に言及されていることがあるので拾ってみた。

  1. クレメンティ「グラドゥス・アド・パルナッスム」
  2. バッハ「インヴェンション」
  3. バッハ「シンフォニア」
  4. バッハ「平均律クラヴィーア曲集」
  5. バッハ「イギリス組曲」
  6. バッハ「フランス組曲」
  7. モーツアルト「ソナタヘ長調」
  8. ベートーヴェンの変奏曲ヘ長調
  9. ベートーヴェンの変奏曲ハ短調
  10. シューベルトの即興曲
  11. メンデルスゾーン無言歌より
  12. ショパン「ノクターン」より
  13. チェルニー練習曲より
  14. スカルラッティのソナタより

きっとこれらはほんの一部だろうと思われる。詳しい作品名が記されていないものも多い。考えてみればバッハのシュミーダーによるBWVやモーツアルトのケッヘルナンバーも考案される前だから、作品の特定が難しいのだ。自作が無いこととシューマンの作品を見かけないのも気にかかる。

 

 

 

2022年4月17日 (日)

自作への沈黙

ブラームスは出版済みの自作品に対して、著述にしろ発言にしろコメントを発することが極端に少なかったという。「ごくごく親しい友人相手」「ブラームスが上機嫌」「周りに人がいない」この3つの条件を満たした場合に、ごくまれに限定的な表現で自作に言及したらしい。

さらに作曲やピアノを教える側に回った場合、自作を教材に使うことは無かったという証言も複数残っている。

恐らくこれは作曲家としての強烈な自負の裏返しだと思われる。楽譜に全てを盛り込みきっているという自信とも言い換え得る。あるいは作曲家自身が作品について中途半端に言及することで、弾き手や聴き手に無用の先入観を与えかねないというリスク回避行動かとも考えられる。自作に標題を与えないという姿勢と一脈通じるものがある。

許されたのは自作を演奏することのみであったようだ。かくのごとき自作に対する沈黙ぶりは、禁欲的でさえある。この種のストイックさはブラームス作品の放つ禁欲的なオーラと矛盾しない。

だからその分だけ楽譜が大切なのだ。という毎度の落ち。

2022年4月11日 (月)

神童

「特定の分野に関して非凡な才能を持った子供」くらいの意味。音楽史でも作曲・演奏の両分野で神童に関するエピソードには事欠かない。残念ながら聴衆側に神童の概念はないようだ。

子細に見るとさらに、おおよそ以下の如く細分化出来ると思われる。

  1. 大人顔負けであること。これが本来の意味。20歳過ぎてただの人になってもよい。
  2. その年齢の子にしては優れていることの誇張表現。
  3. 上記1も2も満たしていないにもかかわらず主にマーケティング上の意図から神童と呼ばれている状態。ブラームス自身ピアノの才能を認めたプロデューサーからアメリカ行きを持ちかけられたことがある。

1896年2月1日、13歳のブロニスラフ・フーベルマンがブラームス本人の前でヴァイオリン協奏曲を演奏した。終演後ブラームスが楽屋に駆けつけるとフーベルマンは、カデンツァの途中で拍手が起きて集中できなかったことを嘆いていた。ブラームスは「それならカデンツァをあんなに美しく弾かなければいいのだよ」と言って慰めたという。大抵の伝記には「神童の類を好まなかったブラームスにしては珍しく」というニュアンスで書かれている。とてもセンスのある誉め方だ。ブラームス本人とのこうしたエピソードがヴァイオリニスト・フーベルマンを内外から支えたことは想像に難くない。フーベルマンは20歳を過ぎてもただの人にはならなかった。

このエピソードから、ブラームスが嫌っていたのは、上記分類の2または3の意味の「神童」だと思われる。あるいは「神童」という言葉そのものへの嫌悪だった可能性もある。優れた演奏が子供の弾き手によって実現した場合、賞賛の意思を温かく表現するデリカシーは持ち合わせていたと考えられる。

もちろんブラームス自身は神童扱いされていない。大器晩成 と神童の間くらい。それなら私と一緒かというとやはりそれも違う。

しかし昨日、日本プロ野球28年ぶりの完全試合を達成した20歳と18歳のバッテリーは、神童にカウントしたい気分である。

2022年4月10日 (日)

大器晩成

ブラームスを指してこの言葉が用いられる時、しばしば頭が混乱する。

ブラームスの創作人生の何を称して「大器晩成」というのか首をかしげたくなることも少なくない。10歳になる前からブラームスは音楽的な才能を示したことが大抵の伝記には書いてある。最初の教師は多分父親で、次の教師はコッセルだ。この二人ともがブラームスの才能を確信したからこそ10歳でエドワルド・マルクセンに師事することになった。そのマルクセンもブラームスの才能を見抜き徹底して古典を叩き込んだ。やがてブラームスはピアノ協奏曲第2番を献呈してマルクセンに謝意を示している。

「この程度の実績では、ブラームスが壮年期以降に成し遂げた成果に比して貧弱だ」という意味で「大器晩成」という語が使われているのだとしたら、一応納得できる。

交響曲、弦楽四重奏曲、ヴァイオリンソナタが壮年期になって世に出たことが「大器晩成」と呼ばれる理由だろうか?しかし「第1番」が必ずしも「最初の作品」ではないことは常に念頭におくべきだ。3曲のピアノソナタを20歳そこそこで作曲したという事実をもってしても「大器晩成」という形容がまかり通るのだろうか?何かと強調される「第一交響曲に20年云々」というエピソードの影響が無いとは言えまい。容赦のない自己批判の結果、残された作品の品質は若い頃から一定の水準を保ち続けているブラームスを「大器晩成」と称するのは少し違和感がある。

「神童としてもてはやされなかった」あるいは「若死にしなかった」程度の意味で「大器晩成」という言葉が使われてやしないか心配になる。

ひょっとすると、学校の音楽室のお決まりの肖像が「大器晩成」という言い回しの無意識な根拠になっているかもしれない。

2022年4月 6日 (水)

Fahr Wohl

作品番号93aとしてまとめられた6曲のうちの4番目。「さよなら」という邦題が与えられている。変イ長調8分の6拍子で、全長19小節、演奏時間にして2分弱の愛らしい合唱曲。混声四部合唱がリュッケルトのテキストをアカペラで歌う。

1897年4月6日ヨハネス・ブラームスの葬儀の日、棺は自宅からウィーン中央墓地に直行せずに長く親しんだ楽友協会に立ち寄る。葬列の到着にあわせて歌われたのがこの曲だ。

楽友協会への到着とともに歌い始められて、最後まで演奏したとしても2分弱だ。伴奏を持たぬアカペラということも屋外での演奏に適していたと思う。屈託のない変イ長調というのが、かえって悲しみの表現に相応しい。

誰の選曲だろう。数あるブラームス作品の中から1曲を選ぶ困難な作業を誰が受け持ったのだろう。合唱団は急遽集められて練習したのだろうか。あるいは万が一の場合はこの曲をとばかりに生前のブラームスが誰かに託したのだろうか。

 

 

2022年3月29日 (火)

ブラームスの絶筆

クララがこの世で書き残した最後の文字が、ブラームス最後の誕生日に対するメッセージだった。

そこから1年を経ずしてこの世を去ったブラームスの絶筆は、どのようなものだったのだろうか。

カール・ガイリンガーの大著「ブラームス-生涯と芸術」という書物がそのことに言及している。

ガイリンガーによれば、ブラームスの絶筆はカロリーネに宛てたハガキだという。カロリーネはブラームスの母の死後、父が迎えた2人目の妻である。ブラームスより10歳年長の継母に自分の体調を書き送ったものだ。これが3月29日である。父の晩年を豊かなものにした継母や前夫との子、フリッツと父の死後も暖かな付き合いが続いていた。何とその絶筆の文面は「大丈夫だから心配するな」という内容だったという。

ブラームスは1897年3月24日つまり死の10日前にヨアヒムに宛てて自らの容態について悲観する手紙を書いていることを、ガイリンガーが明言している。カロリーネへの気丈な内容とは矛盾していることを責めてはなるまい。

2022年3月25日 (金)

森を歩く

ブラームスは「どうしたらピアノが上達しますか」という問いに、半ば真顔で「森を歩くことだよ」と答えたことがある。早起きして森を散歩しないのは人生の損失だと言わんばかりだ。

ウィーンに居るのは寒い季節だが、夏の避暑地滞在中は本当にこの通りの規則正しい生活をしていた。

健康に良いことはもちろんだが、ブラームス本人が芸術上のメリットと認識していたことは確実だ。朝の森で遭遇するさまざまな光景が、創作の肥やしになっていたことは動かし難い。

さて、私は普通のサラリーマンだ。かつては郊外の我が家と都心の職場の往復に明け暮れていただけだから、森には縁がない。今は在宅勤務の定着によって消滅した通勤時間の有効活用ということで夕方散歩にあてているが、森が調達できない。

それでもよく記事のネタを思いつく。あるいは書店、CDショップ、楽譜屋の徘徊も、記事のひねり出しに効果がある。ネタに困ったら書店、音楽書ばかりではなく歴史書や地図・観光ガイドの売り場も含めて散歩することにしている。知識の森の散歩である。

2022年3月17日 (木)

楽友協会に寄付

継母カロリーネに10000マルクの寄付をした話をした。

1896年7月にも10000マルクの寄付をした。音楽之友社刊行の「ブラームス回想録集」第2巻182ページに、ホイベルガーの証言が載っている。

ウィーン楽友協会に6000グルデンを寄付したらしい。マルクに換算すると10000マルクと少々になる。一部を文書室の引越し費用に当てるという条件付だという。500万円に相当する大金だ。下級労働者10年分の収入に相当する。

この前に英国のブラームス愛好家の遺産からブラームスに1000ポンド寄付があった。約1000万円だそうだ。そのうち半分をポンと楽友協会に寄付し、残りもどこかに寄付したという。

このときブラームスは既に体調の変化を自覚していた。

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