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2017年12月20日 (水)

第九初演

1833年5月7日はブラームスの誕生日だが、そこからちょうど9年前の1824年5月7日にもまた音楽史に残る出来事があった。ウイーンでベートーヴェンの第九交響曲が、作曲者自らの指揮で初演された日でもあるのだ。

第九交響曲は、言わずと知れたベートーヴェンの最後の交響曲だ。ドイツ系音楽の過去を統合する意味合いさえ持ち合わせている。統合の次に待っているのは、大抵は拡散である。第九交響曲は後に続く作曲家たちにとって規範であり、壁であり、破壊の対象であり目標であり続けた。管弦楽作品とりわけ交響曲を書こうと志すものにとっては鬼門でさえあった。ある者は正面から挑んであえなく挫折し、ある者はピアノ小品に迂回し、またあるものは交響詩や楽劇に逃れたという。もちろん「交響曲で出来ることはもはやない」という言い訳を添えることも忘れていない。

ブラームスは、それらを横目で見ていた。慎重に機が熟すのを待った。最初の管弦楽作品、「管弦楽のためのセレナーデ」の冒頭に第九と同じ「空虚五度」を配することを忘れなかった。

ベートーヴェン第九交響曲の初演から、キッチリ9年後に生まれたブラームス、その第一交響曲は、「第九」の後継という意味を込めて「第十」と呼ばれることになる。この間流れた歳月はわずかに52年。東京オリンピックが56年ぶりだと考える両方とも初演を聴いたという人がいてもおかしくない間隔なのだ。

2017年12月16日 (土)

第九初体験

私の第九初体験は1973年12月16日だった。中学1年13歳だった。父に連れられて年末恒例の演奏会に出かけた。鳥肌モンの感動だった。

ブラームスの第九初体験はどうも私より遅いらしい。1854年11月30日付けのクララへの手紙に、第九交響曲を聴いたことに言及されているそうだ。歓喜の歌の旋律を引用しているらしい。そのニュアンスから、これがどうも初めての第九鑑賞だったのではないかと推測されていると言うわけだ。グルント指揮のハンブルクフィルハーモニーの演奏だ。

この交響曲を踏み越えて行かねばならないとの宣言が発せられていればカッコいいのだが、そうではなかったようだ。はるか遠くにボンヤリとともる灯かり程度だろう。

このときヨハネス・ブラームス21歳。私に遅れること8年だ。

2017年12月15日 (金)

抱き合え百万の人々よ

ドイツ語で「Seid umschlungen,Millionen」とされている語句だ。ベートーヴェンの第九交響曲の第4楽章に現れる。つまりシラーの「歓喜に寄す」の中にこの言い回しがあるということだ。

ヨハン・シュトラウス2世のワルツにもズバリ「Seid umschlungen,Millionen」がある。op443である。驚いたことにこの作品ブラームスに献呈されているらしい。1892年のことだ。

ヨハン・シュトラウス2世は、この文言がベートーヴェンの第九交響曲の一節と一致することを知っていたのだろうか。確認は出来ぬが知っていた可能性が高いと思う。贈られた相手のブラームスも当然知っていただろう。何かのパロディだったらオシャレだと思う。

2017年12月 5日 (火)

イエンナーの昼食

グスタフ・イエンナーは、ほぼ唯一と申して良いブラームスの作曲の弟子。彼の残した回想録は、師匠ブラームスを活写していて面白い。

弟子入りした最初の頃、ブラームスとちょくちょく昼食を取ったと証言している。場所は毎度「赤いはりねずみ」だったらしい。ところが程なく自分だけ遠慮したという。その理由が、70~80グルデンの代金を支払うのが苦しかったからだとイェンナー本人が述べている。ほぼ1000円と思って良い。

記事「ランチのご予算」でブラームス本人がウィーンにいる間、ランチに費やす金額が2000円~3000円だと書いた。駆け出しの音楽家にとっては毎日1000円を昼食につぎ込むのが辛かったということだ。

やっぱりブラームスのランチはリッチだったのかもしれない。

2017年11月30日 (木)

レバー団子のスープ

ブラームスの行きつけのレストラン「赤いハリネズミ」の名物。Leberknodelsuppeというらしい。(赤文字はウムラウト)レバークネーデルズッペだ。ドイツオーストリア独特のスープだそうだ。

ブラームスは上客の集まる2階ではなくて、大衆向けの1階で食事したという。ブラームスに遭遇すること目当ての客も混入していたようだ。

同じウィーンに住み、交響曲を生み出しながらお互いの伝記にあまり登場しないブラームスとブルックナーだが、このレストランを贔屓にしという点では一致している。レバー団子のスープを飲んで「うまい」と一言漏らしたのが唯一の意見の一致とは大人げない。

2017年10月26日 (木)

第一ヴァイオリンを弾く

第一ヴァイオリンと言えば、オーケストラの華だ。いつも客席に一番近い位置に陣取っているし、主席奏者はコンサートマスターと呼ばれている。おそらく誰も数えてはいないと思うが管弦楽曲でもっとも音符が多いパートは第一ヴァイオリンだと考えられる。

ヘルメスベルガーというヴァイオリン奏者がいる。ウィーンワーグナー協会設立の発起人に名前を連ねていた。楽友協会の指揮者を務めていたが、どうやら周囲との折り合いを欠いていたらしく、解任の動きが起こった。ヘルメスベルガー本人がその動きを察知したと見えて、水面下で阻止に走る。

ウィーン音楽界で絶大な影響力を誇った2人、ハンスリックとブラームスに助力を頼んだのだ。ブラームスに対しては泣きを入れてきた。このときのヘルメスベルガーの言い回しが「一生懸命に第一ヴァイオリンを弾きますから」というものだった。音楽之友社刊行の「ブラームス回想録集」第2巻28ページに載っているエピソードだが、原文のドイツ語でどういう表現なのか不明だけれど、「先頭に立って一生懸命がんばる」の意味だとされている。

ドイツ語の慣用句として「第一ヴァイオリンを弾く」という表現があるのか、音楽関係者だけに通じる符丁的な言い回しに過ぎないのか、本を読む限りははっきりしない。ブラームスに頭を下げてまで楽友協会指揮者の座にとどまりたいという執念だけは感じることが出来る。

このときのブラームスの返答は記述されていないが、結果から見れば不受理だった。ほどなくヘルメスベルガーは解任される。ウィーンワーグナー協会の発起人が、ハンスリックやブラームスに頼み事をするという図太さだけは一流に見える。1882年頃のことだ。

2017年10月12日 (木)

ノーサイド

試合終了のことだ。ラグビー特有の言い方である。試合中にはいろいろあったけれども、試合が終わってしまえば敵も味方もないという精神を一言で言い表している。試合の終了を表す言葉は「ゲームセット」「タイムアップ」というスポーツが多い中ラグビーの言い回しはひときわ目立つ。

ラグビーは、球技の中では際だって身体の接触が多い。ルール通りに振る舞っていても、相手選手との身体のぶつかり合いは必須である。ラグビーにおけるディフェンスとはすなわち攻撃側のボールキャリアへのタックルが主体となる。ルール通りとは言いながらタックルされれば「痛い」のだ。その「痛い」が相手への遺恨となっては困る。次回の対戦が遺恨試合になるのは好ましくないのだ。

だからこそ試合終了の度に「ノーサイド」を確認するのだ。戦いが終われば敵も味方もないと。

古来、ライバルの死を悼む話は美談として多く伝えられる。三国志の英雄・曹操は、戦死した敵将・関羽の遺体を諸侯に準ずる儀礼を持って葬った。上杉謙信は、武田信玄の訃報に接して、箸を捨てて落涙したという。いわばノーサイドだ。

ブラームスは、ブルックナーやワーグナーの訃報に接し、哀悼の意を表したことが伝えられている。欧州の楽壇を2分した論争相手だ。論争を煽ったのは周囲の取り巻きで、本人たちの反目はそれほどでもなかったというが、最年少のブラームスが2人を送る立場になったのは幸いだ。逆だったら怪しいと思う。

2017年9月 4日 (月)

記譜法

5本一組の直線と、その上に記された玉の相対的な位置で音高を伝える現在の記譜法は、先人たちが工夫に工夫を重ねて練り上げたものだ。バッハの時代にはほぼ現代の形になっていた。もっと昔にはいろいろな記譜法が存在したが、現代では骨董的価値を主張するばかりになってしまっている。

現在世界を席捲するクラシック音楽だが、記譜法の貢献は計り知れない。

ブラームスが友人ヴィトマンに語ったところによれば、小学校入学以前、おそらく7歳前にブラームスは自己流の記譜法を編み出していたという。等間隔に並べた線と黒い玉を組み合わせて旋律を表現出来たと語っている。

もちろん現物は残っていない。

彼はやはり演奏家ではない。根っからの作曲家なのだと思う。

2017年1月 3日 (火)

まともな音符

音楽之友社刊行「ブラームス回想録集」第2巻だ。

ウイーン高等音楽院に関するホイベルガーとの雑談の中。ブラームスは作曲を教える気は無いのかという問いに対し、まんざらでもない口ぶりで「どうせ冬にはまともな音符は書けないからな」と答える。

冬は寒いから音符が書けないという意味ではなかろう。冬は演奏会のシーズンだ。あちこちの演奏会に出かけることもあるし、何より自作の演奏会も多かった。これに加えてあちこちの劇場で上演されるオペラや演劇にも興味があったから、何かと忙しいのだ。つまり冬は社交に忙しいのだ。だから腰を落ち着けて作曲しているヒマが無いというのが、「まともな音符が書けない」という言葉の真意だと思われる。

うまく時間をやりくりすれば後進の指導が出来なくもないというニュアンスだが、結局ブラームスはウィーンで作曲を教えることは無かった。ネックになったのは教える時間のことより、音楽院を取り巻く人間関係かもしれない。

一方、「冬にはまともな音符が書けない」ということは「夏にはまともな音符を書いている」という自覚の裏返しとも取れる。ブラームスの作品のほとんどが5月から9月までのお気に入りの避暑地におけるロングステイから生まれていることと符合する。

2016年11月16日 (水)

自費出版

著者自腹で出版すること。読んで字の通りだ。誤解の余地など無いと思うのだが、世の中うまくいかない。

私の「ブラームスの辞書」も自費出版だ。版組み、校正、印刷、製本の費用は全て著者である私が負担した。完成後の本の保管費用もある。その他経費も含め私が負担した。その代わり売れれば売上は全部私のものだ。

出版社が私の原稿に目をつけ、売れると判断すれば通常の出版ということになるが、ワールドカップで日本がブラジルに勝つよりかなり可能性が低い。出版社にすれば、売上の中から経費はもちろん利益もひねり出さねばならないから、そのあたりの見極めはシビアだ。著者が有名人でもなく、さしたる話題作でもないアイデアをどうしても本にするとなると、選択肢は自費出版しか残らないのだ。

もちろんブラームス自身の作品は本人の厳しい自己審査を経て全て通常出版された。自費出版は一つもない。ブラームス作品は出版社から見ればドル箱なのである。

ブラームスがハンブルク時代の恩師マルクゼンへの感謝の印にピアノ協奏曲第2番を献呈したことはよく知られている。1882年のことだ。実はその翌年マルクゼンの音楽家生活50周年を祝って粋なプレゼントをした。マルクゼンの「民謡による100の変奏曲」を自費出版したのだ。自作が印刷されたのを見てマルクゼンは大いに喜んだという。麗しい師弟愛だ。

ところが、このエピソードはガイリンガーの大著「ブラームス」と、音楽之友社刊行の「ブラームス回想録集」第2巻ホイベルガーの記述が食い違っている。自費出版の事実はあるようだが、前者はマルクセンの生前の出版としているのに対して後者は没後の出版としている。

私と違ってブラームスの経済力は大したものなのだ。当時の彼の影響度を考えると、出版社に圧力をかけてマルクゼンの作品を正式に出版させることだって出来たと思う。しかし彼はそうしなかった。ジムロック等の出版社と友達づきあいをしていたブラームスは、出版社側の事情にも精通していたからマルクゼンの作品が出版社のロジックから見ればけして出版されないと判っていたと思う。

だからブラームスは自費出版を選んだのだ。

そのあたりの事情もろもろ全部含めて美しい話だと感じる。

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    はじめての自費出版作品「ブラームスの辞書」の姿を公開します。 カバーも表紙もブラウン基調にしました。 A5判、上製本、400ページの厚みをご覧ください。
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