必要なのは才能だけ
ブラームスはこう言って唯一の作曲の弟子グスタフ・イエンナーを叱咤したという。叱咤された本人の証言である。イエンナー自身が、ブラームスの恩師マルクセンの弟子ということもあって、ブラームスが作曲を教えることを引き受けたといういきさつがある。後にイエンナーはブラームスの想い出を出版している。時を隔てての回想だけのことはある。記述のトーンは全体として恨みがましくはないのだが、この言葉をかけられた時の心境だけは、とても辛そうだ。
ある日のレッスンの後、ブラームスは不意にシューマンの楽譜を取り出して言った「ロベルト・シューマンは18歳でこれを作曲した。必要なのは才能だけで、あとは何の役にも立たん」と。善意に受け取れば「若いモンを甘やかしてはならぬ」「作曲で飯を食うのは大変なことだ」という意味を込めたと推定も出来ようが、言われたほうは大変だったと思う。泣かされながらもレッスンを続けた結果、イエンナーはドイツ・オーストリアの音楽界でそこそこの地位まで昇ることになる。「ブラームス唯一の作曲の弟子」という肩書きの威光はそうとうな効き目なのだと思う。作品が後世まで広く愛好されるかどうかとは話が別である点、微笑ましくも悲しいものがある。
才能が何より大事という点、同感だ。正論過ぎて怖いくらいだ。しかし「必要なのは才能だけ」と断言出来るのか少し不安である。「運」も要ると思う。マルクセン、ヨアヒム、シューマン夫妻と出会っていなかったら、ブラームスの才能をもってしてもその創作人生は順風満帆という訳には行かなかったのではないだろうか。
「運も実力のうち」と言われてしまうと返す言葉はない。
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