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カテゴリー「104 楽語」の39件の記事

2016年10月11日 (火)

イタリア語の二面性

イタリア語には二面性があると感じている。

一つは言わずもがな。「イタリア人の日常語」という位置付けだ。もう一つは、「音楽用語の共通語」という側面だ。

イタリア語はさっぱり判らぬ私ではあるが、「Adagio」や「Presto」でまごつくことはない。「音楽用語はイタリア語」という共通認識が確立してから、かなりな年月が経過しているため、既にこの両者は独立した位置づけを獲得してしまったように見える。

作曲家は、みずからの作品を演奏家に間違いなく演奏してもらうための諸注意をイタリア語然とした「音楽共通語」で書き記す。この場合、作曲家本人がイタリア語に堪能である必要は全く無い。作曲家自身がその瞬間までに積み上げて来た音楽経験に照らして、「音楽共通語」の語彙の中から適当と思う単語を選んで羅列するだけだ。イタリア語本来の使い方として正しいかどうかは二の次である。

ワルツop39-7には冒頭に「poco piu andante」と書かれている。直前のワルツop39-6より少し遅いテンポでという意味合いだ。ところが解説書などではこれにコメントが付くことがある。イタリア語本来の用法によれば「少し遅く」であるなら「poco piu andante」とは言わないという指摘だ。「ブラームスはしばしばイタリア語を正しく使っていない」と言及されることもある。

この指摘はまさにイタリア語の二面性への配慮が足りないと感じる。ブラームスはイタリア語のネイティブな使い手ではないし、イタリア語辞典を書いたのでもない。「音楽共通語」を使って作品のニュアンスを伝えようとしたに過ぎないのだ。現に大抵は「前曲6番よりテンポを落とすのね」と伝わってしまう。

イタリア人を筆頭に、正しいイタリア語の使い手から見れば気持ちが悪いのかもしれないが、ブラームスが正しいイタリア語の使い手ではないことは、作品の素晴らしさの前には、取るに足らないことである。

その一方でイタリア語を正しく操りながら、ブラームスほどの作品を残せなかった作曲家も多いことは、気に留めておきたい。

2016年10月 9日 (日)

語彙の確認

作曲家たちは自作の楽譜上にイタリア語起源の音楽用語を書くとき、ネイティブのイタリア人にその単語のイタリア語本来の意味や用法を確認しているのだろうか。ほとんどこれは愚かな質問だ。そんなことはしていないだろう。

おそらくブラームスは、その初期の段階から音楽用語として定着したイタリア語をドイツ人教師から教えられたはずだ。イタリア語本来の意味や用法に言及されることなく、既にドイツで音楽用語として定着済みの意味を言い含められたハズだ。

ブラームス作品の楽譜上にはイタリア語然とした音楽用語が満ちあふれているが、イタリア語辞典で元の意味を調べることに過剰な期待をしない方がいい。鵜呑み厳禁の参考情報程度に捉えるべきだ。ブラームスのイタリア語力にはあまり期待してはいけない。イタリア語として正しい言い回しかどうかには無頓着だった可能性が高い。イタリア語本来の用法とのズレは、楽譜上での分布や用法の分析を通して推定するしかない。

「ブラームスの辞書」はそうしたズレの推定をする助けになりたいと思っている。

2015年12月 4日 (金)

Amabile

「愛らしく」と解されるお気に入りの楽語のひとつ。文字通り何だか「甘い」感じ。

ブラームスにおいては単独使用例はない。「Allegro amabile」としての使用に限られる。ヴァイオリンソナタ第2番とクラリネットソナタ第2番においてともに第1楽章で用いられている。一見しただけでは共通項は無さそうなのだが、この2作品だけがブラームスにとっての「アマービレ」なのだと思われる。手がかりはない。作品番号で言うと100と120だ。晩年の作と思っていい。

「Allegro」であることをしばしば忘れてしまう心地よさである。

2015年12月 1日 (火)

異例のPassionato

「Passionato」は情熱的にと訳される。意味が似ている「Apassionato」と合わせてブラームス作品における用例を以下に列挙する。訳あって冒頭のダイナミクスも添えておく。

  1. op47-2 Apassionato 「f」
  2. ラプソディー第2番ト短調 op79-2 Molto passionato,ma non troppo allegro 「f」
  3. ピアノ協奏曲第2番op83第2楽章 Allegro appassionato 「ff」
  4. 弦楽五重奏曲第1番op88第2楽章 Grave ed appassionato 「f」
  5. 交響曲第4番op98第4楽章 Allegro energico e passionato 「f」
  6. チェロソナタ第2番op99第3楽章 Allegro passionato 「p mezza voce」
  7. op103-11 Allegro passionato 「f」
  8. op116-3 Allegro passionato 「f」
  9. インテルメッツォop118-1 Allegro non assai,ma molto appassionato 「f」
  10. クラリネットソナタ第1番op120-1第1楽章 Allegro passionato 「f」
  11. クラリネットソナタ第2番op120-2第2楽章 Allegro passionato 「pocof」

以上11箇所。単語の意味からしてダイナミクスは概ね「強め」系統なのだが、チェロソナタ第2番だけが、「弱め」系になっている。

これには楽章の調性プランが少々反映していると見ている。記事「予行練習」でも述べたとおり、超遠隔調の嬰ヘ長調からヘ短調に繋ぐ工夫の一つと見た。前楽章が「pp」ながら、調的には明確に「嬰ヘ長調」で終わったあと、第3楽章がヘ短調で始まる。そのことを曖昧にする意味の「p mezza voce」だと解する。11小節目でチェロに輝かしい「f」がやっと現れるときには、今度は調が「ヘ短調」になっていない。恐らく安住の地としてのへ短調は103小節目まで待たねばならない。そこはもう中間部トリオの直前だ。

2015年11月20日 (金)

無言ドルチェ

「dolce sempre piu」という表現をブラームスは生涯で2度使用している。

  1. ティークのマゲローネのロマンスop33-9の111小節目
  2. 弦楽五重奏曲第1番op88第1楽章189小節目の第一ヴァイオリン

1回目は全長138小節の歌曲だ。要所を締めるかのように6度「dolce」が出てくる。問題の111小節目は7度目なのだ。つまり「既に6回出たdolceよりもっとdolceで」という解釈ですっきりする。

問題は上記の2番だ。189小節目以前に同楽章に「dolce」は出現しないのだ。「既に出現したdolceよりもっとdolceで」という解釈はたちまち限界を露呈する。先行する「dolce」無くいきなり「piu dolce」が出現するのだ。「dolce」を修飾しないケースにまで目を向けると「piu」という用語は、しばしばこうした使われ方をしている。

著書「ブラームスの辞書」では、この状態を解釈するために「無言ドルチェ」という概念を想定している。「表示は無くてもある程度dolceだった」という考え方である。単に「dolce」とせず「piu」を付加したブラームスの気持ちを思いやる瞬間だ。

2015年9月 9日 (水)

「con anima」の処理

ヴァイオリンソナタ第1番第1楽章36小節目。第二主題が始まるところに「con anima」と書かれている。「animato」は副詞で、「con anima」は副詞句だから、意味は同じとされている。注意が要るのは、これがテンポを直接操作する指示ではないことだ。その証拠は以下の2つ。

  1. 全てのパートに付与されるわけではない。
  2. テンポをリセットする表示が追随しない。

「いきいきと」という感じが出ればよろしいということで、その先は演奏家の判断に任される。大好きなこの「con anima」について、古今の演奏家の残したCDを頼りに、「con anima」の解釈の傾向を突き止めることにする。

とはいえ、ヴァイオリニストたちは、「con anima」や「animato」を演奏に転写する手段としてテンポを上げることを採用するケースが多い。我が家にあるCDを頼りにテンポを割り出して比較することにする。

本日はその宣言で、明日以降その顛末を発信する。

2015年7月30日 (木)

「mesto」が似合う調

「悲しげに」と解される。ブラームスは下記の2回「mesto」を使用しているが、単独では用いていない。またパート系には出現しない。

  1. ホルン三重奏曲作品40第三楽章冒頭「Adagio mesto」
  2. インテルメッツォ作品118-6冒頭「Andante,largo e mesto」

ベートーヴェンも2回しか使っていない。ラズモフスキー四重奏曲第一番と、7番のピアノソナタどちらも緩徐楽章に現れる。ブラームスもベートーヴェンも「短調の遅い音楽」に使用している。おまけにブラームスの場合、2例とも変ホ短調になっている。全部で8つしかない貴重な変ホ短調である。フラット6個の調号が楽譜に座っているだけで、演奏前から重々しい気分が充満する。平行長調の変ト長調はさらに少なく作品33-8の歌曲に1回だけしかないので、この調号もっぱら変ホ短調用である。嬰ニ短調と見てもシャープ8個になってしまうし、アマチュアには鬼門である。そのあたりのうらぶれた感じがこの調の特徴かもしれない。

2015年6月17日 (水)

ポコポコ

ピアノ四重奏曲第2番についての話。楽章冒頭の発想記号を以下に記す。

  • 第1楽章 Allegro non troppo
  • 第2楽章  Poco Adagio
  • 第3楽章  Poco Allegro
  • 第4楽章  Allego

第2楽章と第3楽章に注目願いたい。「Poco Adagio」「Poco Allegro」だ。「Poco」が2回続く。同一作品の連続する楽章が「Poco」で始まるのはここだけである。

「Poco」は一般に「少し」と解されて疑われることはないが、何せブラームスは生涯にわたって「poco」を楽譜上にばら撒いた。だから時と場合に応じて柔軟に解釈する必要がある。意訳委員会では「poco」について「~気味に」という解釈も試みている。

言われてみるとピアノ四重奏曲第2番には「poco」の微妙な用例が多い。第一楽章に現れる「p poco espressivo」や「poco crescendo」がその実例だ。

本日から4番目の室内楽ピアノ四重奏曲第2番。

2014年3月31日 (月)

列車の序列

鉄道が旅客を乗せて走り出した頃、列車は全ての途中駅に停車していた。今で申す「各駅停車」だ。鉄道の発達は人々の活発な移動を促して、都市への人口集中をもたらした。駅の利用度が均等でなくなって行く。乗客の多い基幹駅以外を通過する列車が登場するのにさしたる時間はかからなかった。優等列車の登場だ。停車駅を減らして所要時間を圧縮して、客から余分に料金を徴収する仕組みだ。やがて交通の発達と共にその体系は複雑化してゆく。イメージとして遅い順に列挙を試みる。

  1. 普通列車 基本中の基本。「各駅停車」「鈍行」「緩行」などとも言われる。
  2. 快速 旧国鉄やJRでは「特別料金不要の優等列車」の位置づけ。
  3. 新快速 「快速」からの派生。関西ではおなじみ。
  4. 特別快速 「快速」からの派生。「特快」と略される。
  5. 通勤快速 「快速」からの派生。朝夕の運転だが、学生が乗ってもいい。
  6. 準急 「急行に準ず」の略に違いない。当然「急行からの派生だ。
  7. 通勤準急 「通準」見た記憶がある。
  8. 急行 おそらく最初の優等列車だと思われる。
  9. 区間急行
  10. 通勤急行 あったけっけ?
  11. 快速急行 
  12. 準特急 特急からの発生。
  13. 特急 これも急行からの派生形「特別急行」だ。
  14. 通勤特急 
  15. 快速特急 「特急」からの派生形。「快特」と略される。
  16. 超特急 新幹線とともにある。

まだあるかもしれない。発生の順序としては「1→8→13→2→16」の感触だが不確実。世界最初の急行列車はおそらく英国と目される。ブラームスの時代にも既に「鈍行」と「急行」があった。注意が要るのが「普通列車」だ。鉄道発足当時、全ての列車が全ての駅に停車していた時代には「普通列車」「各駅停車」「鈍行」などという用語は無かった。旅客ニーズに合わせて「急行」が登場した際に、その「急行」との区別のためにはじめて「鈍行」の概念が登場したに過ぎない。

運行会社により地域により違っている。利用者から特別料金徴収の有無も絡んでくる。都市からかなり離れた地域にベットタウンが発生すると、そこからの大量輸送のニーズに答えるために「通勤~」が平日朝晩に運行されるようになる。事実上「通勤超特急」だって存在している。既に国鉄在来線に特急が活躍してた中に、登場した新幹線は、在来の特急と区別する意味で「超特急」となった。昔は「夢の」が付いていた。

多彩で複雑なブラームスの音楽用語に似ている。ダイナミクスやテンポだ。ダイナミクスは根源的には「p」と「f」しかなかったと思われるが、音楽が複雑になるにつれて膨大な派生形が生じて今に至っている。テンポだって「遅い」「速い」くらいだったに決まっているが、今ではご承知の通りの多彩さだ。

列車序列用語の複雑さが、「ブラームスの辞書」執筆の動機を鮮やかに説明してくれている。

2013年6月 3日 (月)

トロッポ考

サッカーの結果を報じる欧州の地元紙の見出しは、センスがあって面白い。「言い得て妙」な見出しに頻繁に出会う。本日はそうした話の一つ。

バイエルンミュンヘンの優勝で幕を閉じた12-13欧州チャンピオンズリーグ。ベスト32でバルセロナとACミランが準々決勝進出をかけて対戦した。ファーストレグ、ミランは劣勢の予想を裏切ってホームで2-0の勝利。ひょっとすると大金星かもと、胸をときめかせての臨んだセカンドレグだがカンプノウで0-4と完敗し、合計スコアで逆転されて敗退した。殊勲者はメッシ。神業的な先制ゴールを含む大活躍だった。

翌日イタリアの新聞コリエレデッロスポルトの見出しは「Troppo Messi」となっていた。愛読するサッカー雑誌では「あまりにもメッシ」と和訳されていた。「Troppo」を「あまりにも」と訳している。いやはや名訳である。

ブラームス作品の楽譜上に現れるときは大抵「non troppo」としての登場だ。語幹に据えられる単語の意味が極端に受け取られないような効果がある。「troppo」単独なら「余剰」「過剰」となるが、これが「non」で打ち消されているという構造だ。

関心していたら準々決勝でもまた同じ用法が見られた。バイエルン対ユヴェントスの対戦。こちらは大方の予想通り2戦とも2-0でバイエルンの完勝。その2戦目の翌朝の新聞ガゼッタデロスポルトの見出しが「Troppo Bayern」となっていた。「あまりにもバイエルン」ではなくて「バイエルンは強過ぎた」という訳だった。

両方とも自国クラブの敗退を報ずるイタリア紙だ。イタリア語とりわけ新聞一面の見出しにおいてはポピュラーな表現なのだと思う。

バイエルン・ミュンヘン、3冠。

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