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カテゴリー「116 形式」の38件の記事

2023年11月15日 (水)

崩し三部形式

「三部形式」は通常「ABA」の枠組みで理解される。AやBの各々がさらに細部に分かれている「複合三部形式」も珍しくない。このうちBの後に出現するAが、最初のAの正確な再現になっていないケースもかなり多い。いわゆる「ABA´」である。ブラームスにおいてはむしろこの「ABA´」の方が主流だったりもする。

最初のAと再現のA´の差は、千差万別である。Bの部分でテンポが変化する場合は、A´の冒頭に「TempoⅠ」が置かれていることが多い。「TempoⅠ」は「再現部ここにあり」の標識であるようにも見える。A´の部分が内容的にいかに変化していようともテンポだけは冒頭のAと同じというパターンである。

ブラームスにおいてはこのA´の部分の微妙な変質を味わうことが楽しみの中核になる。変化していて当たり前で、その変化の幅、落差、質が鑑賞の対象であることが多いのだ。用語使用面においてもそうした傾向が現れている。

「苦悩の子守唄」で名高いop117-1の変ホ長調のインテルメッツォに代表的な実例がある。第4交響曲の緩徐楽章と同じく8分の6拍子「Andante moderato」で始まる主部は21小節目「Piu adagio」から中間部いわゆる「Bの部分」に突入する。CDを聴いている限り紛う余地の無い再現は38小節目に訪れる。疑問の余地の無い再現部なのだが、発想記号は「Un poco piu andante」になっている。「TemoⅠ」でも「Andante moderato」でもない。「中間部のPiu adagioに比べて少々テンポを上げよ」という指図にとどまっている。発想記号の上では明確な三部形式を志向していはいない。

再現部冒頭に「Tempo Ⅰ」を掲げることは、中間部の展開はどうあれ、半強制的に元のテンポにリセットするという強い意志が感じられる。op117-1の再現部のように、旋律は冒頭部分に復帰するにしても、あくまでも中間部分のテンポをベースに再現のテンポを指示する仕組みは斬新でさえある。

確かにミクロに見ればこうした「崩し」に満ち溢れてはいるのだが、10歩下がって全体を俯瞰すると、やはりしっかりとした三部形式が浮かび上がるようになっている。ちょっとした崩しがかえって形式感を高めていると思われる。蝉の声がうるさいからこそ、あたりの静けさが際立つのと似ている。

2023年11月14日 (火)

ラプソディー

「Rhapsodie」と綴られる。しばしば「狂詩曲」の訳語があてられる。元来はギリシャの叙事詩にまつわる意味を持っていたといわれているらしい。19世紀にはかなり多くの作品にこの名称が付与されたが、一定の形式が定義されているわけではないようだ。

ブラームスでは以下の4曲だけだ。

  1. アルト独唱、男声合唱と管弦楽のためのラプソディーop53
  2. ラプソディーロ短調op79-1
  3. ラプソディート短調op79-2
  4. ラプソディー変ホ長調op119-4

1番目は通称「アルト・ラプソディ」である。

目立った共通点はない。ブラームスは作品のタイトルには意外と無頓着で、「単なる気紛れだった」などというオチも十分あり得る。

「ブラームスの気紛れ」に振り回されることを億劫がっていては、ブログ「ブラームスの辞書」は成り立たない。むしろ振り回されてナンボである。騙すのなら一生騙してもらいたい。

 

 

2022年5月29日 (日)

イタリアの実態

ドイツには下記定義を2つとも満足する組曲配置が多いと検証した。

  1. 「アルマンド」「クーラント」「サラバンド」がこの順で連続する。
  2. 終曲に「ジーク」を据える。

ヴィヴァルディやコレルリがちっともこの定義を満たさないとわかったから、他のイタリア作曲家についても所有CDのブックレットを頼りに確認してみた。結論から先に申すなら、我が家所有のCDに関する限り、イタリア人のバロック作曲家の組曲に上記2つの定義を満たす作品は1つもなかった。確認した作曲家は下記のとおり。

  1. Vivaldi
  2. Correlli
  3. Tartini
  4. Veracini
  5. Geminiani
  6. Farini
  7. Pandorfi

ついでに申すなら、パーセルにもルクレールにもなかった。

貧弱な我が家のコレクションだから、サンプルの絶対数に不安があるのはご指摘を待つまでもない。がしかし、コレクションが薄いのは何もイタリアバロックに限った話ではない。ドイツバロックだって薄いのだ。それでいてドイツとの差はいったいなんだ。開票率がまだ低いのに当確を出す感じににている。

フローベルガーの定義はドイツにのみ有効であると。

 

 

2022年5月21日 (土)

前奏曲の設置

組曲の基本形を下記の通り定義したばかりだ。

  1. 「アルマンド」「クーラント」「サラバンド」がこの順で連続する。
  2. 終曲に「ジーク」を据える。

この定義両方を満たすのが「基本形」である以上、そこからの逸脱があるということが前提だ。本日はバッハを例にそうした逸脱を検証する。サンプルは昨日示した 35作品だ。

<作品先頭に序曲を据える>

上記定義を2つとも満たしながら、作品の先頭にプレリュードを置く例が、21曲中15例ある。基本舞曲4種に先立って序曲を付与している。先頭に置かれる曲種名は以下の通り8種類となる。

  1. Fantasia
  2. Ouverture
  3. Preambulum
  4. Preludio
  5. Preludium
  6. Preludo
  7. Sinfonia
  8. Toccata

上記定義を守らずに序曲だけを付与しているケースも10例存在する。序曲の付与は合計で25作品。71.45%となる。もはやバッハにとって序曲の付与が3分の2を超え、例外的な措置とは言えないとわかる。序曲が付与されないのは、フランス組曲と無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータだと記憶しよう。

 

 

 

 

 

 

2020年9月 4日 (金)

フーガ

「フーガ」の正確な定義など、どこかのサイトをあたってくれと申し上げたい。わしゃ知らん。定義はわからん癖に、楽曲の中にフーガっぽいところが現れると「あ、フーガっぽい」と感じる。おかしなことだ。

世の中では「対位法の極致」と呼ばれているそうだ。だから対位法を極めた人は、フーガを書きたくなるのだと思う。ブラームスをしんがりに従えてドイツ3大Bを構成するバッハとベートーベンもそうらしい。創作生活の土壇場に至って、神懸かったフーガを書いている。バッハはBWVナンバーのしんがり「フーガの技法」だ。最近の研究ではどうも最後の作品ではないらしい。ベートーベーンには弦楽四重奏曲第13番のフィナーレとして書かれた「大フーガ」がある。よく言えば神懸かりで悪く言うと狂気かもしれない。楽想がフーガを求めているというより、作者がフーガで実験したいという気配さえ感じてしまう。

ブラームスとて、フーガを軽視してはいない。していはいないが、フーガそのものが作曲の目的であることは少ない。作品番号付きの楽曲では、タイトルに「フーガ」の文字が躍るのは作品24の「ヘンデルの主題による変奏曲とフーガ」ただ一つだったハズ

ピアノ協奏曲第1番第3楽章、ピアノ五重奏曲第3楽章を筆頭に、器楽作品の中に「フーガっぽさ」を感じさせる瞬間も多い。わき上がった楽想を作品に転化する際のツールにフーガの手法が使われることはあっても、獲得済みの技法の開示が目的とはならない。

フーガを使わねばならない必然性といつもセットになっている。ブラームス大好き。

 

 

 

 

2019年12月20日 (金)

パストラーレ

「牧歌的な」「田園風の」という程の意味。ベートーヴェンの第6交響曲が有名だ。ところが、バッハの時代はこういう意味ではなかった。「パストラーレ」とはキリストの生誕を祝うという意味合いが強まる。

BWV590「オルガンのためのパストラーレ」へ長調がその代表だ。田園交響曲と調が一致してしまうのが微笑ましい。フィナーレの第4曲を聴くとおやっと思う。ブランデンブルグ協奏曲第3番の終曲と似ている。バッハお得意のパロディである。

何よりも大切なことがある。クララ・シューマンの4女オイゲニーによれば、1895年10月のブラームスとクララの最後の対面の時、クララがこのパストラーレヘ長調を弾いたという。

何という選曲だ。聴いてみたかった。

2017年8月 3日 (木)

忘れてはならぬ事

おバカなブログを開設して延々とブラームス話を開陳しているが、ときどき言い聞かせていることがある。アナリーゼごっこの心得くらいな位置づけだ。

たとえばソナタの話をする。主題提示部だ、展開部だ、再現部だとにぎやかだ。あるいは第一主題、第二主題という話も半ば必須だ。

しかし、ブラームスは楽譜の上に明記している訳ではない。「ここからが展開部ですよ」とか「再現部始まります」などとは書いていない。それらの情報は、音楽学者や評論家の分析の結果、そう呼び慣わされているだけだ。ブラームスは沈黙している中、他者がアナリーゼの都合で、そう命名しているだけだ。リピート記号が存在すれば提示部の終わりと展開部の始まりは比較的明かだが、再現部は人によって異論が出ることもある。ブラームス本人が「ここからが再現部です」と明言していないから、そういうことも起きて来る。

「p」や「f」などのダイナミクス、「Allegro」「Andante」などの発想記号は、ほぼブラームス本人に由来する。だから「ブラームスの辞書」はそれらを数えたり分布を調べたりする。採用された拍子や調も、同様に探査の対象たり得る一方、「フガート」「ヘミオラ」などは同等とは言えない。

後世の愛好家にアナリーゼの楽しみを残してくれているかのようだ。

2016年6月16日 (木)

様式感

クラシック音楽に長く親しんでいるせいか、知らない作品を聴いていても何となく、作曲された時代がわかるときがある。楽器の起用法、和音の進行、伴奏の処理、声部の処理、主題法などからうっすらと想像が出来てしまう。これがおそらく様式感なのだと思う。おうおうにして時代と地域の関数だ。これがある程度判ってくると鑑賞の楽しみが広がる。

作曲家は過去の様式感を吸収しつつ、自らの様式を確立して行くが、個々の作曲家の個性の堆積が、時代の様式感を醸し出し、さらにまたそれが個人に跳ね返る。

時代の様式感と、個人の様式感の隔たりによって、「保守的」と呼ばれたり「進歩的」と呼ばれたりする。ブラームスの様式感は時代の様式感とは少々ズレていて、過去に寄っていたと思われる。だれも見たことが無い未来の様式感には寄り添いようが無いというのは内緒の方向で。

まあまあ美術にももちろん様式感はついて回るには違いないが、知識がゼロだ。

2016年2月 7日 (日)

多機能楽章

ブラームスはソナタの楽章の数を大筋で4と決めていた。2005年11月13日の記事「楽章の数」で述べた通りだ。

ところが実際には楽章の数3個にも挑戦している。まずは二重奏ソナタの最初と2回目だ。1回目はチェロソナタ第1番である。このときは中間楽章のうち緩徐楽章を省いた。2回目がヴァイオリンソナタ第1番で、今度は舞曲楽章を省いた。4楽章制を3楽章制にするにあたって、中間楽章のどちらかを丸ごと省略する道を試したのだ。

次の3楽章ソナタは弦楽五重奏曲第1番だ。 ブラームスの工夫は遅い舞曲を置いたことだ。テンポは緩徐楽章だが、形式は舞曲だ。さらにこの遅い舞曲・サラバンド風の主部の後に急速な舞曲風のエピソードが続く。つまり緩徐楽章の中間部が急速な舞曲になっているのだ。緩徐楽章が舞曲楽章を呑み込んだ形であり、本日のお題「多機能楽章」の走りである。実は続く4番目の3楽章ソナタであるヴァイオリンソナタ第2番でもこの「多機能楽章」が採用されている。

緩徐楽章に舞曲がサンドイッチされるアイデアの原型はなんと作品5のピアノソナタ第3番に遡るかもしれないと考えている。スケルツォの第3楽章は緩徐楽章に挟まれていると見ることが可能だ。第4楽章は第2楽章のエコーになっているからだ。ピアノソナタ第3番の5楽章制は、「多機能楽章」の実験であったと位置付け得るのではないかと思う。

さてさて、この多機能楽章の系譜には続きがある。ブラームス最後のソナタ、クラリネットソナタ第2番である。この曲の第3楽章は、緩徐楽章と終曲が合体している。終楽章が「Andante」で立ち上がるブラームス唯一の事例だ。このこと自体が聴き手への謎かけかもしれない。聴き手に緩徐楽章の始まりだと錯覚させる狙いがあった可能性がある。案の定70小節目で「Allegro」に転じて、そのままエンディングまで押し通す。フィナーレはやはりアレグロでなければという考えの反映だろう。

「終楽章がアンダンテだなんて珍しいな」と感じる聴き手の裏をかく狙いがあると思われる。

2015年8月19日 (水)

郊迎

賓客をもてなすために天子自ら迎えに出ること。言葉の出所は中国だ。天子がわざわざ出迎えるために宮殿を出るのだから、そんじょそこらの客ではない。郊迎と称してやばい客を首都に入れないという側面がありはしなかったか疑っている。ちなみに郊迎する場所を郊外といった。さしずめ副都心であろうか。

ソナタ形式最後の使い手ブラームスは(この断言も凄い)、主題再現に趣向を凝らす。主題の旋律が原調で再現するのが普通なのだが、原調での再現の前に一瞬原調以外の調で主旋律を歌うことがある。主旋律が郊迎に出るかのような感じである。いくつかの実例を紹介する。

  1. ピアノ四重奏曲第1番第3楽章151小節目 中間部の後の主題再帰は原調の変ホ長調ではなく、ハ長調だ。本来の変ホ長調が回帰する時には、肝心の主題は少し変奏されてしまう。変ホ長調の主題再帰に先立ってハ長調が躍り出るのは、ベートーヴェンの第3交響曲の第1楽章に輝かしい先例がある。ベートーベンの影響を云々されることの多いブラームスだが、このネタはとっておきである。
  2. ピアノ四重奏曲第3番第4楽章188小節目 本来ハ短調で回帰すべきところ、半音下のロ短調が現れる。ここから本来のハ短調に戻って行く過程こそが曲中最大の見せ場になっている。213小節目からのヴァイオリンのシンコペーションとピアノの左手の下降が華麗である。
  3. ピアノ協奏曲第2番第3楽章78小節目 本来変ロ長調のはずが、一旦嬰ヘ長調が出現する。何たる遠い調と思ってはいけない。嬰へを変トと読み替えると、変ロの3度下だということが判る。独奏チェロは正しくない調に乗って、それでも陶酔の境地をさまようが、途中で違いに気付いて変ロ長調に立ち返る。目指すは冒頭と同じ「D音」だ。既にゴールの2小節前に「D音」に到達しているのだが、主題回帰の直前に「Es-Cis」と迂回してためらいを見せる。ゴルファーがグリーン上でやらかすと恥ずかしいが、ここでは的を射ている。

断るまでもないが、これらは典型的なブラームス節である。一旦正しくない調で主題を再現し、聴き手につかの間の安堵感を与えはする。旋律は再現されているのに調が正しくないという状態を意図的に作り出している。作りはするのだが、程なくそれが束の間の安息だと悟らせもする。かくなる手続きの後、待ちこがれた原調が回帰して、「やはりここしかない」と思わせる寸法だ。「正しくない調」にいるとわかった瞬間の心の揺れも鑑賞の目的の一つだ。よくある手とわかっても感動させられる。

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