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カテゴリー「105 テンポ」の76件の記事

2016年3月19日 (土)

アダージェット考

「Adagietto」と綴る。「ブラームスの辞書」には収録されていない。つまりブラームスは作品中で「Adagietto」を用いていない。

意味を考える。語幹はイタリア語「Adagio」だ。形容詞あるいは副詞か。「ゆっくりと」を意味するメジャーな単語である。あくまでも「遅い」側の意味だ。

問題は縮小辞「etto」が付与されていることだ。イタリア語特有の言い回し。たとえば「Spago」は「紐」を意味する。これに縮小語尾「etto」が付くと「Spagetto」だ。スパゲッティはこの複数形である。

「意味の縮小」とは、語幹に据えられた単語の意味を弱めることだ。「Adagio」+「etto」となれば、「Adagio」(ゆっくり)の意味を弱めることに他ならない。「ゆっくり」の度合いを弱めるのだから、「Adagietto」は「Adagio」より速いことになる。

さて困った。マーラー作曲の交響曲第5番第4楽章「Adagietto」の冒頭にはドイツ語で「Sehr Langsam」と書かれている。「非常にゆっくりと」だ。縮小語尾により「ゆっくりと」の意味が弱められているはずなのに、ドイツ語では「Sehr」(非常に)がついて意味を強めている。

「Adagio」の意味の再考を迫られる。「ゆっくりと」というテンポ規定機能という解釈では限界が露呈する。「Adagio」を名詞と考えるのだ。「ゆっくりな楽章」つまり「緩徐楽章」を意味する名詞機能を想定したい。「小さな緩徐楽章」の意味だ。

マーラーの標準的な緩徐楽章より、小さな編成、短い演奏時間だ。

5番に先行する4つの交響曲の緩徐楽章の演奏時間を比べると、5番が極端に短いわけではない。ハープと弦楽5部という編成の小ささと合わせて「ちいさな緩徐楽章」と位置付けたい。

今一つの解釈は「縮小語尾」を付与することによって、親愛の情を表すことがある。第5交響曲の第4楽章が妻アルマの音楽的肖像であるとする解釈を肯定すれば、縮小語尾によって親愛の情を込めたという解釈も捨てがたい。

2016年1月20日 (水)

Quasi sostenuto

思うに難解である。ひとまず「ほとんどソステヌートで」と解しておく。クラリネット五重奏曲第1楽章98小節目にトップ系として生涯たった1度の出番がある。ソナタ形式を採用する第1楽章の中ほど展開部の後半だ。実演奏上は「テンポダウン」として処理されることが多いし、後方127小節目に「in tempo」が置かれていることからもブラームス自身テンポの変動を念頭においていたと考えられる。

何故単なる「Sostenuto」とせずに「Quasi」を添えたのかが難解と申し上げた最大の理由だ。「ほとんどソステヌート」というのは結局は正真正銘のソステヌートではないという意思表示に見える。ブラームスの基準に照らした正真正銘のソステヌートではないからこそ「Quasi」を配さざるを得なかったと解したい。

「Sostenuto」という単語の出現は、トップ系21箇所、パート系164箇所に及ぶがピアノを含まない作品に現れるのは、わずか11箇所6%に過ぎない。クラリネット五重奏曲にはもちろんピアノは用いられていないからこの6%の側である。

この「Quasi」には「ピアノの入っていない曲だけどね」の意味が込められていたかもしれないというのが私の第一感である。とりわけパート系においては、「sostenuto」をピアノの楽譜の上に出現させてきた自らの癖に反していることの仄めかしの意味で「Quasi」を添えたとひとまず考えておく。

2015年12月18日 (金)

「a tempo」と「in tempo」の錯綜

ブラームスの脳味噌の中の「a tempo」と「in tempo」の使用基準は、ブログでも本でも「ブラームスの辞書」の大切なテーマになっている。

ピアノ三重奏曲第1番第4楽章の36小節目の「rit」は2小節後に「in tempo」によってリセットされるが、そのわずか6小節後に現れる「rit」は、同じく2小節後に今度は「a tempo」によってリセットされる。

このようにブラームス本人によってデザインされた錯綜ならば仕方がない。

「シューマンの主題による変奏曲」op9の102小節目と167小節目は、国内某大手出版社から刊行された楽譜には「in tempo」と明記されているのに、ヘンレ版には跡形もない。さらにその先229小節と306小節は、先の某国内版では「a tempo」なのに、ヘンレでは「in tempo」と書いてある。

難解という他はない。きっと一生楽しめる。

2015年12月11日 (金)

一番遅いプレスト

ピアノ三重奏曲第3番の第2楽章の話だ。

音楽之友社刊行の「ブラームス回想録集」第1巻214ページに、クララ・シューマンの高弟ファニー・デービスの見解が載っている。「Presto non assai」が奉られたこの楽章を称して、「もっとも遅いプレスト」と表現している。

クララの最も優秀な弟子の一人だった彼女は、ブラームスがクララを譜めくりに従えて、ヨアヒム、ハウスマンという華麗なメンバーのアンサンブルを聴く機会に恵まれた。その演奏の印象を書き残した中にそれは現れる。「プレスト」に「ノン・アッサイ」が付加されることで神秘的な印象が加わると指摘し、「影のように逃げ回る」と表現している。含蓄のある表現だ。このメンバーによるアンサンブルの凄さは申すまでもないが、それを生き生きと書き留めた彼女の感性も只事ではない。

おそらく一般的な概念のプレストとしては遅いのだと思う。その違和感は「ノン・アッサイ」の一言で封殺される。逆に申せば、そうまでしてプレストという表札を掲げておきたい事情があったのではないかと思われる。

ベートーヴェンの弦楽四重奏曲第13番変ロ長調の第2楽章だ。2分の2拍子のプレストである。ブラームスのピアノ三重奏曲第3番の第2楽章よりは相当速いが、これがブラームスとしては生涯で唯一度の2分の2拍子のスケルツォの手本になったかもしれないと感じている。だからあくまでも「プレスト」にこだわるのだ。

毎度毎度のお叱り覚悟。

2015年12月 8日 (火)

Vivace di piu

ヴァイオリンソナタ第2番第2楽章94小節目に鎮座する指定。「ブラームスの辞書」では393ページにおいて「今までよりも活発に」という解釈をしておいた。

問題は「piu」だ。大抵は「piu~」という標記で「今までよりもっと~で」と解される。「piu」そのものに「今までより」というニュアンスが埋設されているという立場でだ。だから「Vivace di piu」で「今までよりVivaceで」と解した。

問題の第二楽章は表向き緩徐楽章として「Andante」で立ち上がる。これにスケルツォ然とした「Vivace」が交代する。無理やり申せば「A→B→A→B→A→B」だ。「B」が2度目に現れるところに本日話題の「Vivace di piu」が置かれている。「ブラームスの辞書」の記述とは矛盾するが「Vivace di piu」は、もしかすると「さっきのVivaceと同じでね」という意味の可能性もあるとにらんでいる。この場合「piu」は「先の」という意味。

これでめでたしめでたしにはならない。尚残る疑問は、3度現れる「B」のうち初回とラストは単なる「Vivace」を背負っているのに2度目だけが「Vivace di piu」になっている。何故全て同じにしないで書き分けたのだろう。

2015年11月12日 (木)

「con anima」再考

記事「con animaの処理」で、「con anima」を「animato」と同義と位置づけた。それが直接テンポをいじる指示ではないという認識も披露した。それを演奏に転写する手段としてテンポアップが採用されるとも書いた。我が家所有のCDの演奏振りからそれを検証しようと調査を続けた結果、テンポアップの実態も明らかになったが、それ以上に演奏家による処遇の差を印象付けられる結果となった。

調査中、心に引っかかっていた疑問がある。はたして本当にブラームスは「con anima」を「animato」と同義だと考えていたのだろうか?
同じなら何故書き分けたのだろう。この種の用語を考えもなしにズルズルと提示することはブラームスにおいてはありえない話だ。ましてこの36小節目はとっておきの旋律だ。普通以上の注意深さで置かれたに決まっている。
「con」は英語でいう「with」だ。「anima」は「魂」だ。その原点に立ち返ることがヒントになりはしないか。「魂とともに」である。「con anima」は、同義とされる「animato」より使用頻度がかなり低い。気軽に使われる「animato」よりは、「とっておき感」が深いのではあるまいか。「副詞」と「副詞句」だから同義という一見正論のような解釈こそが落とし穴ではあるまいか。
「魂とともに」は魅力的な角度だ。
ごつごつしているから、言い換える。「心とともに」「心を添えて」かもと。良い日本語を思いついた。「心をこめて」だ。語感としては「espressivo」より深い感じ。「animato」と同義とされるより説得力がある。
先に分類パターン314を本調査のひとつの結論と位置づけた。しかし本日はその根底を揺るがす話だ。テンポの変動など表層に過ぎない。テンポ変化による訴求は、楽曲構造上再現部では採用が難しいという点も、「心をこめて」であればすんなりはまり込む。ヴァイオリンソナタ第一番第一楽章の「con anima」に関する限り、「animato」と同義という解釈を放棄し、「心を込めて」と捉えなおす立場を採りたい。お叱りは覚悟の上だ。
本日をもって「雨の歌」ツアーをお開きとする。

2015年10月21日 (水)

タイムアタック

ヴァイオリンソナタ第1番第一楽章第二主題「con anima」が始まるまでの所要時間について、早い順に10番目まで列挙する。

  1. 067:95 Oleg Kagan/Sviatslaw Richter
  2. 073:20 Rainer Schmidt/Saiko Sasaki
  3. 073:93 Jascha Heifetz/Emanuel Bay
  4. 074:80 Adolf Busch/Rudolf Serkin
  5. 075:57 Pamera Frank/Peter Serkin
  6. 076:93 Patrice Fontanarosa/Emile Naumoff
  7. 077:31 Viktoria Mullova/Piotr Anderszewski
  8. 077:37 David Oistrakh/Lev Oborin
  9. 078:17 Szymon Goldberg/Artur Balsam
  10. 078:42 Isabelle Faust/Alexander Melnikov

1着はオレグカガン。唯一の70秒切りだ。概して昔の演奏が上位を占める。今世紀の演奏はフォンタナローザとファウストだけだ。4着と5着に入ったのはルドルフとペーターの親子騎手だ。

ちなみに遅い方も列挙する。

  1. 108.23 Gidon Kremer/Valery Afainassiev
  2. 107.17 Shlomo Mintz/Itamar Golan
  3. 104.58 Tsugio Tokunaga/Kei Ito
  4. 104;58 Mischa Maisky(Vc)/Pavel Gililov
  5. 099:14 Ilya Grubert/ALena Cherny
  6. 098;79 Daniel Gaede/Xueu Liu
  7. 096:07 Renaud Capucon/Nicholas Angelich
  8. 095:71 Keiko Urusshibara/Jan Pnenka
  9. 095:59 Lenny Schranz(Va)/John David Peterson
  10. 094:40 Pinchas Zukerman/Daniel Brenboim

1990年代以降に集中する。10位のズーカマンだけがわずかに1974年の録音だ。遅い録音は、最近のものが多いと言えそうだ。

2015年10月 3日 (土)

分類パターン314

ヴァイオリンソナ タ第一番第一楽章36小節目の「con anima」の演奏上の処理にテンポが同関与するかの調査をした。その結果をもとに、各演奏を大まかに分類した。「314」とは、その目安だ。

冒頭のテンポを仮に「3」とした。29小節目でテンポが落ちていることを続く「1」が表している。「con anima」の存在する36小節目でテンポが上がり、かつそれが冒頭のテンポより早くなることが、最後の「4」で表されている。
この分類形「314」こそが、以下の通り最も多くのヴァイオリニストが採用するパターンだ。
最も古い1936年録音のハイフェッツから、最新2014年のデュメイの新盤まで、時代を超えて採用されている。テンポ変化のパターンは共通ながら、テンポそのものはMM=120からMM=168まで、多岐にわたる。29小節目での落ち幅、36小節目での上がり幅も様々。
このパターンこそが本調査の結論の1つであるといってよい。

2015年9月28日 (月)

デュメイさんの場合

ムターの新旧両盤が、「con anima」の解釈において同じ傾向を踏襲していると昨日書いたばかりだ同様にデュメイの新旧両盤についても調べてみた。

  1. Augstin Dumay 1978                 139.0/131.4/141/2  314
  2. Augustin Dumay 1991                141.0/137.7/146.0  314
  3. Augstin Dumay 2014                  137.8/128.4/141.3  314

分類型「314」は、29小節目でテンポを落とし、36小節目で冒頭テンポ以上に速くなるというパターン。時を隔ててもこれが律儀に守られている。

2015年9月20日 (日)

フレッシュさんのテンポ

カール・フレッシュは、大ヴァイオリニストにして偉大な教師。門下から次々と名手を輩出したことで知られている。ピアニスト・シュナーベルと組んだ二重奏は、時を隔てても語り継がれている。我が家には、この2人が校訂したヴァイオリンソナタ第1番の楽譜がある。オリジナルの用語に加えて2人の手による指示の追加も多い。フォントを変えてくれてはいるが慣れないうちは判別が難しい。

第一楽章の冒頭にはメトロノーム値が書かれている。「付点2分音符=56」となっている。さらに「con anima」の鎮座する36小節目にも「付点2分音符=63」と書かれている。4分音符になおすとそれぞれ「168」「189」になる。先般公開した記事「結果公表」の中、古今のCDの演奏時間から割り出したテンポと比較してほしい。

楽章冒頭で最もテンポの速いのが「189.2」のカガンだ。フレッシュさんのテンポより速いのは、68名のうち、カガン、ブッシュ、ハイフェッツ、シュミット、パメラ・フランクの5人だけだ。そのはずで68名の平均は「146.8」に過ぎない。

さらに「con anima」の鎮座する36小節目のテンポでもっとも速いのは、ブッシュで「191.5」である。フレッシュさんの言う「189」に届いているのはもう一人カガンだけ。平均は「152.8」に過ぎない。

上げ幅でいうと、16%増しだ。冒頭テンポに対する増し幅は、ダニエル・ゲーデの21.7%が最大になる。フレッシュサンの上げ幅に届いているのは、マイスキーとパールマンを加えた3名でしかない。上げ幅の平均たるや4.3%でしかない。

私のコレクションが偶然、遅い人たちばかりという可能性もあるにはあるが、やはりフレッシュさんのテンポが現代の主流よりは速すぎるのではないかと思う。フレッシュさんの愛弟子、シェリングさんもこのテンポを採用していない。

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