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カテゴリー「105 テンポ」の79件の記事

2019年10月16日 (水)

タイムトライアル

シューマン全集の刊行にあたって、クララが望ましいテンポの確定についてブラームスに意見を求めたことは既に書いた。クララをそれに駆り立てたのは、シューマン作品の演奏について、クララが夫からしばしば速過ぎると非難された記憶だったという。

片手に時計を持って自分の演奏の平均時間を計るという作業を半年続けたらしい。真面目で几帳面な性格丸出しのクララである。先のブラームスへの相談は、それに疲れ果ててのことらしい。ブラームスの返事は「およしなさい」というトーンになっていたのはそのためである。

クララはブラームスの意見を受け入れたが、その作業が「拷問」に等しかったと述べている。「死のタイムトライアル」だ。

2019年10月15日 (火)

メトロノーム値をめぐって

亡き夫ロベルト・シューマンの作品全集を出版することはクララの長年の宿題になった。おそらく出版社からメトロノームの速度表示を付与するよう要請されたのだろう。クララは気が進まぬ様子でブラームスにどうしたものかと意見を求めている。ブラームスは1861年4月25日付けの手紙でそれに答えている。

ブラームスはまず、「貴女(クララ)は本当にそれをやりたいのですか」と驚いて見せ、すかさず、自分としては不可能だし不必要だと断ずる。以下その理由だ。

  1. 測定の不確実さ
  2. 元々シューマンのメトロノーム値が信用できない
  3. 大規模作品をその測定のために演奏させることは物理的経済的に困難
  4. 大規模作品をピアノ演奏して代用すると概して不必要に速くなり測定は困難
  5. 測定の難易度の割に、ほとんど利用されない

もしやるとするなら、シューマン作品をご自分(クララ)が演奏するたびに、これと思ったテンポを書き留めておき、時間が経過してそれら書き込みが貯まってくれば、その中から最良の数値を選ぶことも出来ると言っている。いずれにしろ締め切りに迫られながらでは無理というニュアンスだ。

そして手紙の末尾でもう一度そのままにしておくことを薦めている。いやはや何とも含蓄がある。

  • 当時28歳のブラームスが14歳も年上のクララに、毅然として自説を主張している。
  • メトロノーム値を楽譜に掲載することへ不審をキッパリと宣言している。
  • シューマン作品への深い理解に立脚している。

だからこそクララが相談するのだ。

 

 

2017年10月13日 (金)

テンポ芋

「Tempo Ⅰ」は「元のテンポで」と解されて何の疑問も無い。読むときには注意が要る。「テンポイチ」ではなく「テンポプリモ」と読まねばならない。ところが私には恥ずかしい思い出がある。

元々これをどう読むかを知らずに過ごしていたことが原因だ。大学2年の冬にブルックナーの交響曲第4番「ロマンティック」に挑んだ。その楽譜の中に「Tempo Imo」がたくさん出て来るのだ。実はこれこそが「Tempo I」を「テンポプリモ」と読むことの証拠なのだが、私は「テンポ芋」と読んでみんなに笑われた。

2016年3月19日 (土)

アダージェット考

「Adagietto」と綴る。「ブラームスの辞書」には収録されていない。つまりブラームスは作品中で「Adagietto」を用いていない。

意味を考える。語幹はイタリア語「Adagio」だ。形容詞あるいは副詞か。「ゆっくりと」を意味するメジャーな単語である。あくまでも「遅い」側の意味だ。

問題は縮小辞「etto」が付与されていることだ。イタリア語特有の言い回し。たとえば「Spago」は「紐」を意味する。これに縮小語尾「etto」が付くと「Spagetto」だ。スパゲッティはこの複数形である。

「意味の縮小」とは、語幹に据えられた単語の意味を弱めることだ。「Adagio」+「etto」となれば、「Adagio」(ゆっくり)の意味を弱めることに他ならない。「ゆっくり」の度合いを弱めるのだから、「Adagietto」は「Adagio」より速いことになる。

さて困った。マーラー作曲の交響曲第5番第4楽章「Adagietto」の冒頭にはドイツ語で「Sehr Langsam」と書かれている。「非常にゆっくりと」だ。縮小語尾により「ゆっくりと」の意味が弱められているはずなのに、ドイツ語では「Sehr」(非常に)がついて意味を強めている。

「Adagio」の意味の再考を迫られる。「ゆっくりと」というテンポ規定機能という解釈では限界が露呈する。「Adagio」を名詞と考えるのだ。「ゆっくりな楽章」つまり「緩徐楽章」を意味する名詞機能を想定したい。「小さな緩徐楽章」の意味だ。

マーラーの標準的な緩徐楽章より、小さな編成、短い演奏時間だ。

5番に先行する4つの交響曲の緩徐楽章の演奏時間を比べると、5番が極端に短いわけではない。ハープと弦楽5部という編成の小ささと合わせて「ちいさな緩徐楽章」と位置付けたい。

今一つの解釈は「縮小語尾」を付与することによって、親愛の情を表すことがある。第5交響曲の第4楽章が妻アルマの音楽的肖像であるとする解釈を肯定すれば、縮小語尾によって親愛の情を込めたという解釈も捨てがたい。

2016年1月20日 (水)

Quasi sostenuto

思うに難解である。ひとまず「ほとんどソステヌートで」と解しておく。クラリネット五重奏曲第1楽章98小節目にトップ系として生涯たった1度の出番がある。ソナタ形式を採用する第1楽章の中ほど展開部の後半だ。実演奏上は「テンポダウン」として処理されることが多いし、後方127小節目に「in tempo」が置かれていることからもブラームス自身テンポの変動を念頭においていたと考えられる。

何故単なる「Sostenuto」とせずに「Quasi」を添えたのかが難解と申し上げた最大の理由だ。「ほとんどソステヌート」というのは結局は正真正銘のソステヌートではないという意思表示に見える。ブラームスの基準に照らした正真正銘のソステヌートではないからこそ「Quasi」を配さざるを得なかったと解したい。

「Sostenuto」という単語の出現は、トップ系21箇所、パート系164箇所に及ぶがピアノを含まない作品に現れるのは、わずか11箇所6%に過ぎない。クラリネット五重奏曲にはもちろんピアノは用いられていないからこの6%の側である。

この「Quasi」には「ピアノの入っていない曲だけどね」の意味が込められていたかもしれないというのが私の第一感である。とりわけパート系においては、「sostenuto」をピアノの楽譜の上に出現させてきた自らの癖に反していることの仄めかしの意味で「Quasi」を添えたとひとまず考えておく。

2015年12月18日 (金)

「a tempo」と「in tempo」の錯綜

ブラームスの脳味噌の中の「a tempo」と「in tempo」の使用基準は、ブログでも本でも「ブラームスの辞書」の大切なテーマになっている。

ピアノ三重奏曲第1番第4楽章の36小節目の「rit」は2小節後に「in tempo」によってリセットされるが、そのわずか6小節後に現れる「rit」は、同じく2小節後に今度は「a tempo」によってリセットされる。

このようにブラームス本人によってデザインされた錯綜ならば仕方がない。

「シューマンの主題による変奏曲」op9の102小節目と167小節目は、国内某大手出版社から刊行された楽譜には「in tempo」と明記されているのに、ヘンレ版には跡形もない。さらにその先229小節と306小節は、先の某国内版では「a tempo」なのに、ヘンレでは「in tempo」と書いてある。

難解という他はない。きっと一生楽しめる。

2015年12月11日 (金)

一番遅いプレスト

ピアノ三重奏曲第3番の第2楽章の話だ。

音楽之友社刊行の「ブラームス回想録集」第1巻214ページに、クララ・シューマンの高弟ファニー・デービスの見解が載っている。「Presto non assai」が奉られたこの楽章を称して、「もっとも遅いプレスト」と表現している。

クララの最も優秀な弟子の一人だった彼女は、ブラームスがクララを譜めくりに従えて、ヨアヒム、ハウスマンという華麗なメンバーのアンサンブルを聴く機会に恵まれた。その演奏の印象を書き残した中にそれは現れる。「プレスト」に「ノン・アッサイ」が付加されることで神秘的な印象が加わると指摘し、「影のように逃げ回る」と表現している。含蓄のある表現だ。このメンバーによるアンサンブルの凄さは申すまでもないが、それを生き生きと書き留めた彼女の感性も只事ではない。

おそらく一般的な概念のプレストとしては遅いのだと思う。その違和感は「ノン・アッサイ」の一言で封殺される。逆に申せば、そうまでしてプレストという表札を掲げておきたい事情があったのではないかと思われる。

ベートーヴェンの弦楽四重奏曲第13番変ロ長調の第2楽章だ。2分の2拍子のプレストである。ブラームスのピアノ三重奏曲第3番の第2楽章よりは相当速いが、これがブラームスとしては生涯で唯一度の2分の2拍子のスケルツォの手本になったかもしれないと感じている。だからあくまでも「プレスト」にこだわるのだ。

毎度毎度のお叱り覚悟。

2015年12月 8日 (火)

Vivace di piu

ヴァイオリンソナタ第2番第2楽章94小節目に鎮座する指定。「ブラームスの辞書」では393ページにおいて「今までよりも活発に」という解釈をしておいた。

問題は「piu」だ。大抵は「piu~」という標記で「今までよりもっと~で」と解される。「piu」そのものに「今までより」というニュアンスが埋設されているという立場でだ。だから「Vivace di piu」で「今までよりVivaceで」と解した。

問題の第二楽章は表向き緩徐楽章として「Andante」で立ち上がる。これにスケルツォ然とした「Vivace」が交代する。無理やり申せば「A→B→A→B→A→B」だ。「B」が2度目に現れるところに本日話題の「Vivace di piu」が置かれている。「ブラームスの辞書」の記述とは矛盾するが「Vivace di piu」は、もしかすると「さっきのVivaceと同じでね」という意味の可能性もあるとにらんでいる。この場合「piu」は「先の」という意味。

これでめでたしめでたしにはならない。尚残る疑問は、3度現れる「B」のうち初回とラストは単なる「Vivace」を背負っているのに2度目だけが「Vivace di piu」になっている。何故全て同じにしないで書き分けたのだろう。

2015年11月12日 (木)

「con anima」再考

記事「con animaの処理」で、「con anima」を「animato」と同義と位置づけた。それが直接テンポをいじる指示ではないという認識も披露した。それを演奏に転写する手段としてテンポアップが採用されるとも書いた。我が家所有のCDの演奏振りからそれを検証しようと調査を続けた結果、テンポアップの実態も明らかになったが、それ以上に演奏家による処遇の差を印象付けられる結果となった。

調査中、心に引っかかっていた疑問がある。はたして本当にブラームスは「con anima」を「animato」と同義だと考えていたのだろうか?
同じなら何故書き分けたのだろう。この種の用語を考えもなしにズルズルと提示することはブラームスにおいてはありえない話だ。ましてこの36小節目はとっておきの旋律だ。普通以上の注意深さで置かれたに決まっている。
「con」は英語でいう「with」だ。「anima」は「魂」だ。その原点に立ち返ることがヒントになりはしないか。「魂とともに」である。「con anima」は、同義とされる「animato」より使用頻度がかなり低い。気軽に使われる「animato」よりは、「とっておき感」が深いのではあるまいか。「副詞」と「副詞句」だから同義という一見正論のような解釈こそが落とし穴ではあるまいか。
「魂とともに」は魅力的な角度だ。
ごつごつしているから、言い換える。「心とともに」「心を添えて」かもと。良い日本語を思いついた。「心をこめて」だ。語感としては「espressivo」より深い感じ。「animato」と同義とされるより説得力がある。
先に分類パターン314を本調査のひとつの結論と位置づけた。しかし本日はその根底を揺るがす話だ。テンポの変動など表層に過ぎない。テンポ変化による訴求は、楽曲構造上再現部では採用が難しいという点も、「心をこめて」であればすんなりはまり込む。ヴァイオリンソナタ第一番第一楽章の「con anima」に関する限り、「animato」と同義という解釈を放棄し、「心を込めて」と捉えなおす立場を採りたい。お叱りは覚悟の上だ。
本日をもって「雨の歌」ツアーをお開きとする。

2015年10月21日 (水)

タイムアタック

ヴァイオリンソナタ第1番第一楽章第二主題「con anima」が始まるまでの所要時間について、早い順に10番目まで列挙する。

  1. 067:95 Oleg Kagan/Sviatslaw Richter
  2. 073:20 Rainer Schmidt/Saiko Sasaki
  3. 073:93 Jascha Heifetz/Emanuel Bay
  4. 074:80 Adolf Busch/Rudolf Serkin
  5. 075:57 Pamera Frank/Peter Serkin
  6. 076:93 Patrice Fontanarosa/Emile Naumoff
  7. 077:31 Viktoria Mullova/Piotr Anderszewski
  8. 077:37 David Oistrakh/Lev Oborin
  9. 078:17 Szymon Goldberg/Artur Balsam
  10. 078:42 Isabelle Faust/Alexander Melnikov

1着はオレグカガン。唯一の70秒切りだ。概して昔の演奏が上位を占める。今世紀の演奏はフォンタナローザとファウストだけだ。4着と5着に入ったのはルドルフとペーターの親子騎手だ。

ちなみに遅い方も列挙する。

  1. 108.23 Gidon Kremer/Valery Afainassiev
  2. 107.17 Shlomo Mintz/Itamar Golan
  3. 104.58 Tsugio Tokunaga/Kei Ito
  4. 104;58 Mischa Maisky(Vc)/Pavel Gililov
  5. 099:14 Ilya Grubert/ALena Cherny
  6. 098;79 Daniel Gaede/Xueu Liu
  7. 096:07 Renaud Capucon/Nicholas Angelich
  8. 095:71 Keiko Urusshibara/Jan Pnenka
  9. 095:59 Lenny Schranz(Va)/John David Peterson
  10. 094:40 Pinchas Zukerman/Daniel Brenboim

1990年代以降に集中する。10位のズーカマンだけがわずかに1974年の録音だ。遅い録音は、最近のものが多いと言えそうだ。

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