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カテゴリー「105 テンポ」の105件の記事

2026年2月13日 (金)

もう一つのアレグロ・マエストーソ

「ブラームスの辞書」は、収録の対象を原則として作品番号のある作品に絞っている。しかし今となっては、これがとんでもないアキレス腱になってしまっている。作品番号の有無に関わらず、「我が家に楽譜のある作品全て」というコンセプトにすべきだった。

ピアノソナタ第3番第1楽章冒頭の「Allegro maestoso」を「ブラームス唯一の」などと勢いよく断言してしまっている。「作品番号のある作品としては」と差し込まねばならなかった。

1852年ハンブルクのクランツ社から刊行された「ロシアの思い出」というピアノ連弾作品集が、現代ではほぼブラームスの真作とされている。もちろん作品番号などついていない。それどころかGWマルクスというペンネームが用いられている。

全6曲からなるこの曲集の1番ロシア讃歌の冒頭に「Allegro Maestoso」が鎮座する。作曲年代としてこちらが1年先行するから、ピアノソナタ第3番の用語選択の際、一瞬は頭をかすめたものと思われる。ピアノソナタ第3番はヘ短調であるのに対して、ロシア讃歌はニ短調だ。作品冒頭の「Maestoso」はニ短調に特異的に集中するという後に顕在化するブラームスの癖を作取りしている点、ただただ驚くばかりである。

 

2026年1月27日 (火)

Allegro di molto

「molto」が「Allegro」を煽っていると解して誤ることはあるまい。プレーンの「Allegro」よりはテンポが上がると考えてよい。ブラームスの楽譜上では「Allegro」に何らかの用語が付着する場合、テンポを煽る方向よりは、抑える方向の方が頻度が圧倒的に高い。「non troppo」がその代表格だ。つまり「ブラームスの辞書」が言うところの「抑制系の優勢」である。

とはいえ「molto」によって「Allegro」が煽られるケースがない訳ではない。「Allegro molto」「Molto allegro」である。「Allegro」が「molto」によって修飾されるのはほぼこの2例に尽きると思っていいのだが、実は第3の事例が一つだけ存在する。「オルガンのためのコラール前奏曲WoO10」の冒頭だ。つまり本日のお題「Allegro di molto」である。

「tempo di menuetto」でおなじみの「di」が「Allegro」と「molto」を結びつけている。「di」は英語で言うところの「of」に近い。ビートルズ末期の絶唱「Let it be」の中に「speaking words of wisdom」というのがあった。「of」のノリとしてはこれと一緒だと思う。

「モルトのアレグロ」という雰囲気だ。「Allegro molto」や「Molto allegro」に比べて意味が大きく違うとも思えない。思えないが、だからこそ何故書き分けたのかが気にかかる。

この手のやんちゃな感じがする言葉遣いが大好きである。根拠のない直感だが、語感からして少し穏和な感じがする。

 

 

2026年1月15日 (木)

L;istesso tempo

「同じテンポで」と解される。「何と同じなのか言及が無い」などど突っ込んではいけない。「今までと」という部分が省略されているのだ。

  1. 歌曲「遠い国で」op19-3冒頭。
  2. 交響曲第2番第2楽章33小節目。「L'istesso tempo,ma grazioso」として出現する。私が生まれて初めて体験した「L'istesso tempo」はここだ。4分の4拍子で始まった曲が、一部のパートに8分の12拍子が出現し始める場所に置かれている。「拍子記号が変わる人たちが居るけど、テンポは変えないでね」という意図は明らかだ。
  3. 大学祝典序曲op80 88小節目。「L'istesso tempo,un poco maestoso」として現れる。

初期のピアノ用変奏曲の国内版の一部の楽譜に、ヘンレ版には存在しない「L'istesso tempo」が書かれているので注意が必要である。

それにしても上記1は、奇妙だ。「今までと同じテンポで」という意味なのに作品の冒頭に出現しては具合が悪かろう。これにはブラームスならではのカラクリがある。op19-2「遠い国で」は、その直前の「別離と辞去」op19-1の続編になっている。テキストがそうなっているのだが、それに付与された音楽も巧妙なエコーになっている。だからこの「L'istesso tempo」は「前の曲と同じテンポで」という意味なのだ。

さすがブラームスだ。若いのに芸が細かい。

2026年1月 7日 (水)

andante o allegro

嬉しくなるくらいレアな指定。「アンダンテやアレグロで弾いてみてね」という意味だ。接続詞「o」の唯一の用例だ。英語の「or」に相当するので「あるいは」くらいの意味だ。

もちろん作品番号付きの作品には現れない。「ピアノのための51の練習曲」の43aに置かれている。練習のためにいろんなテンポで弾いてみてねという意味だ。練習曲だから各々の習得の状況に合わせて、言われなくてもいろいろなテンポで弾くとは思うのだが、敢えて明言しているのは珍しい。

逆にいうと、何故43aにだけ書かれているのかというのが気になる。敢えて書かれるだけの理由があるのだろうか?

2025年7月10日 (木)

Andante non troppo

ブラームスは速過ぎを恐れる傾向があると記事「速過ぎを恐れる」で書いた。特にアレグロが速過ぎることを恐れていたと思われる。物事が過剰であることを戒める「non troppo」は主に「allegro」を修飾する。

本日のお題「Andante non troppo」は、その意味では異例である。「Andante」を構成する何らかの要素が極端にならぬようにという警告の意図があるとひとまず考えておく。「Andante」を「歩くような速さで」と解する立場から解釈するとたちまち行き詰まる。「Andante」には古来より、「速いのか遅いのか判らぬ」という側面が付いて回る。用いた作曲家によって意味合いが代わるのだ。ブラームスにおいては「遅い側」の用語なので、「non troppo」で修飾されれば「過剰に遅くなるな」の意味と推測出来る。

生涯で唯一度の「Andante non troppo」はインテルメッツォop117-2に出現する。作品117は3つのインテルメッツォからなる珠玉の小品集だ。3曲の冒頭における発想記号は以下の通りだ。

  • 1番変ホ長調 Andante moderato
  • 2番変ロ短調 Andante non troppo e con molto espressione
  • 3番嬰ハ短調 Andante con moto

見ての通り、3曲全て「Andante」ベースになっている。速いのか遅いのかちっとも判らぬというのはブラームス節の一つである。ブラームスにあっては「遅め系」の用語である「Andante」を敷き詰めておきながら、それらを修飾する用語の使い方を見ると「遅め一辺倒」にはなっていないのだ。

中でも本日話題の2番は「Andante」系の用語としては異例なのである。「Andante」が「過剰であること」を恐れるというのは、直観としては理解しにくい。

フラットてんこ盛の調で歌われる旋律は、16分音符羅列の繊細さとともに、チャーミングな旋律の存在も浮かび上がらせねばならない。旋律自体は「Andante」でよいのだが、それにまとわりつく16分音符の流れを感じさせねばならないことを考えると、停滞はご法度だ。その微妙さが「Andante non troppo」の意味だと考えている。

「Andante non troppo」を異例だと感じるところから全てが始まると思う。

2024年10月18日 (金)

メトロノームワーク

15年の放置から覚めて、思い出したように取り組むヴィオラ。演奏会の曲目もそこそこに、指慣しのはずだったバッハに夢中だ。

今さらながらネタが多いが今日は極めつけ。

メトロノームだ。

練習にメトロノームが欠かせなくなった。若い頃は大切と知りつつ遠ざけてもいたが今はこれなしではいられない。楽譜にメトロノームテンポの指定なんぞあるはずもないから、自分で決めている。曲中のもっとも細かいところ、あるいは難所をカラリと弾ける位のテンポ。作曲者バッハが望むまでも無く舞曲には古来踏襲されてきた適正なテンポがあるはずだが、それはひとまず無視。やがてそうしたテンポで弾けるようになるための準備と自ら位置付けている。

ゆっくり弾けねば絶対に早くは弾けない。

演奏会の演目にしたって遅いテンポでいいから、ひとまず楽譜上の音はたどれるレベルにしてから、練習にのぞみたいものだ。

指回しの他に、ゆっくり弾いている間にやれることは山ほどある。右手の収まり、譜読み、ポジションなどなどだ。CDやDVDの演奏がいかに揺れているかも実感できる。

2023年10月30日 (月)

微調整

細かな調整という意味だが、物事の最終段階での仕上げというニュアンスを含む場合もある。各方面に気を配りながら、全体のバランスに配慮するのは日本的な感覚と感じる。

ブラームスの交響曲4曲、全16楽章のうち、管弦楽のオリジナル版と本人編曲の連弾版の発想記号を比較すると、1箇所だけ相違が見つかる。第4交響曲の第1楽章だ。

  • オリジナル Allgero non troppo
  • 連弾 Allegro non assai

困った。どちらが速いのか判らない。オリジナルの方「Allegro non troppo」は「アレグロの過剰をそぎ落とせ」というブラームスのソナタ楽章独特の表現だ。難解なのは連弾版の「assai」である。「assai」の全用例は下記の通りだ。

  1. 弦楽四重奏曲第2番第4楽章冒頭 Allegro non assai
  2. 交響曲第2番第3楽章33小節目 Presto ma non assai
  3. 交響曲第2番第3楽章126小節目 Presto ma non assai
  4. ピアノ三重奏曲第3番第2楽章冒頭 Presto non assai
  5. クラリネット五重奏曲第3楽章34小節目 Presto non assai ,ma con sentimento
  6. インテルメッツォop118-1 Allegro non assai ma molto appassionato

すぐに気付くのは「Allegro」または「Presto」という速めの用語に付着していることと、必ず「non」が先行した「non assai」と言いまわされていることだ。「assai」単独ならば「非常に」とか「十分に」という意味で、主たる単語の意味を煽る機能があるのだが、「non」が先行することで、雲行きが怪しくなる。

ブラームスは管弦楽や合唱など大規模作品の適正なテンポをピアノ編曲で演奏して測定しようとすると、楽器の特性から、大抵は不必要に速くなると警告を発している。

つまり管弦楽のピアノ編曲は、オリジナルより演奏が速くなるとブラームスが言っているのだ。第4交響曲ピアノ版第1楽章の「Allegro non assai」は、「Allegro non troppo」以上にテンポの上がり過ぎを戒めていると解したい。

2023年10月19日 (木)

速過ぎを恐れる

ブラームス作品の楽譜を多彩に縁取る用語には、いくつかの傾向が見て取れる。「non troppo」「poco」「moedrato」のような抑制語の頻発だ。さらには「~etto」「~tino」のような縮小語尾の多用も認められる。一方で「molto」のように意味を煽る用語の使用は、限定的である。

今述べたような用語使用の癖は、テンポ面においては常に「テンポを抑える」方向で使用されている。「non troppo」は大抵allegroやprestoを修飾している一方、「molto」はその逆でallegroやprestoをほとんど修飾しない。

どうもブラームスは自作の速過ぎる演奏を恐れていた節がある。かといって過剰な遅さを容認していたことにはならないまでも、リスクの量と重大さにおいては「速過ぎ」の方が深刻だったと考えていたようだ。

ブラームスの作品は、他の作曲家だったら、5小節かけて表現することを1小節で済ませるかのような表現の濃縮が売りである。1音で済むところは2音以上使わないという種類の節約が肝である一方、それらをけしてプアな印象に直結させない質感が本領だ。音楽の質としてこれらを有するということは、単位時間あたりの音楽の密度が濃いことに繋がる。「ここは絶対に聞かせたい」という類の見せ場が作品中高い頻度で訪れるとでも言っておこうか。和音進行であったり、旋律美であったり、対旋律とのからみであったり、リズムの錯綜であったり、ヘミオラであったり、聴き手や弾き手への謎かけであったり、景色は様々ながら、あの手この手で見せ場を用意するのだ。

だからである。だから、古典派時代のような、いわゆる「一陣の風が吹き抜けるようなallegro」で走り抜けては、そうした濃さを表現しきれないリスクがあるとブラームス自身が悟っていたのだろう。無論、ベタベタの遅過ぎを手放しで認めたりはしないだろうが、速く走り過ぎてはせっかくの景色が楽しめないというブラームスの警告が用語使用面に現れていると感じる。

「速過ぎるな」と言っているだけで「遅くしろ」とは言っていないということは、常に留意されねばならない。やたらに遅くて重い演奏を「ブラームス風」あるいは「重厚」などと称して持ち上げ過ぎるのは論外ながら、ブラームスが用語使用面においては「速過ぎ」を恐れていたことは覚えておきたい。楽譜上に記した用語の意味合いを考え、楽譜を総合的に吟味すれば、テンポは必然として一定の領域に着地するというブラームスの考えを想定せざるを得ない。

2023年9月 3日 (日)

テンポ表示としての拍子

BWV540ヘ長調のお話。大好きな作品だけに、基本的な疑問がある。
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なぜ8分の3拍子なのだろう。音価が2倍に延ばされた4分の3拍子でもよさそうなものだ。あるいは2小節一組として8分の6拍子でもいいのではないか。オルガン作品においては珍しい拍子だ。
この音楽に8分の3拍子を採用したバッハの脳内基準は何だろう。作品冒頭に発想記号も、ダイナミクス表示もない。この作品に向き合うオルガニストの注意は、フラット1個の調号と、8分の3拍子、そして楽譜1ページ目に横たわるペダル踏みっぱに向けられるに違いない。繰り広げられる楽想は左右の手による精密なカノンだ。16分音符の織り成す刺繍のよう。譜面づらによるテンポ指定ではないのか。16分音符の連続により譜面が黒っぽくなるという視覚効果とともに遅く弾かれることを戒める意味が、この8分の3拍子にありはしないか。

2022年7月 3日 (日)

無意識の結晶

音楽作品は作曲家の創意の結晶である。これは疑えない。それが注文による作曲であったにしてもだ。もちろんその楽譜上に記載される楽語の選択も含めて、作曲家その人の意思の発露である。作品を世に問う手段としての楽譜出版の位置づけが重みを増せば増すほど、楽譜上に記される楽語の重要性もまた高まっていくことは確実だ。

さて、そうした作品がある程度たまってきたとして、作曲家はそれを手元において常に参照しただろうか。もっというならそこで用いられた楽語をカウント集計していただろうか。

おそらく答えは「No」だ。つまり作品自体はそこに書かれる楽語含めて意思の反映であるのに対し、作品群中の楽語の使用頻度までは意識されてはいるまい。250年後の極東日本の愛好家がまさか数えるとは思ってもいないはずだ。

だから楽語使用の頻度は、作曲家の無意識の反映だ。だからこそヴィヴァルディの「ALA」への固執は、個性の反映であると解し得る。

 

 

 

 

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