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カテゴリー「100 作曲」の42件の記事

2026年1月21日 (水)

発想の順序

作曲の過程を想像して欲しい。

まず作曲家の頭の中に音楽が鳴る。作品全部かもしれないし主題の断片かもしれない。いずれにしろそれは「楽想が浮かんだ」と表現される。世間様にそれを知らしめるためにはまだ不十分だ。楽譜という形にダウンロードする工程が残っている。その間に作曲家の頭の中である判断がなされる。「浮かんだ楽想を、最も効率的に表現出来る編成は何か」である。あるいは、まず編成ありきで、楽想がそれに遅れて思う浮かぶこともあるだろう。浮かんだ楽想と編成は最適の組み合わせでないと、期待通りの効果は得られないと考えるべきだ。

  1. 管弦楽のためのセレナーデ第1番op11
  2. ピアノ協奏曲第1番op15
  3. 管弦楽のためのセレナーデ第2番op16
  4. ピアノ五重奏曲op34

上に列挙した4曲は、現在残された形態とは、別の形態を経由して完成に至っている。当初選定した編成がベストではなかったとブラームスが認めた可能性がある。これをもって「創作初期の迷い」「若書きの痕跡」と断ずるのは早計だ。作品番号を見る限り初期の作品ばかりにその証拠が残っていることは事実だけれど、それは証拠隠滅のスキルが未熟だっただけかもしれないからだ。あるいはその点が甘かった作品は全部破棄に回った可能性もある。

ワーグナーはしばしば「楽想と編成がマッチしていない」とブラームスを批判した。曰く「室内楽の楽想でしかないものが交響曲として提供されている」という論旨だ。

大きなお世話だと思う。ワーグナーとワグネリアンには悪いが、ブラームスはそうしたアンマッチには厳正に対処していたと思う。むしろそうした点のバランス感覚においては比類のない存在だったと確信している次第である。

 

 

2025年8月 4日 (月)

スランプの自覚

およそまっとうな伝記ならば必ず言及されているエピソードがある。

弦楽五重奏曲第2番ト長調op111を完成させた後、ブラームスは創作力の衰えを自覚したという。これ以降作曲はせずに古い作品の整理に徹しようとまで思い詰める。後世に残すに足る、あるいはブラームスの名に恥じない作品を生み出す自信を失ったということだ。弦楽五重奏曲第2番の出来が素晴らしいだけに、ホームラン王をとった打者がいきなり引退を表明したようなものだ。この創作力の枯渇をブラームス本人は回復の見込みのないものと認識していたようだ。

結果としてブラームスのこの認識は誤りだった。引退宣言ではなく休養宣言をすべきだったのだ。比類無きクラリネット奏者リヒャルト・ミュールフェルトの出会いが復活の引き金だった。創作力が回復してみれば、弦楽五重奏曲第2番後の時期をスランプだったと位置づけることができる。スランプとは回復した者のみに言える表現なのだ。好調と沈滞を両方経験しなければあり得ない表現だ。

スランプや創作力の枯渇を自覚出来ることは、ある意味で自信の裏返しである。はじめから創作力を持ち合わせていない者にとっては未踏の感覚だろう。数の上ではそちらが多数派である。良いとされる時間帯があって、その後良くない時間帯が来る。さらにその後良いという時間帯が復活して初めて、良くなかった時間帯のことをスランプと呼べるのだ。一度も良い時間帯が無かった場合はスランプとは言わない。良くない時間帯にさしかかった後、もう一度良い時間帯が復活しなかった場合にもスランプとは言わない。

スランプが来るということは凄いことなのだ。

 

 

2025年7月21日 (月)

ピアノ書法

思うだに難解。

ピアノ作品におけるピアノの取り扱いを言うと感じている。浮かんだ楽想と、楽器の機能・性質・音色のマッチングのさせ方かもしれない。作曲家の個性がパラレルに反映するから「ショパンのピアノ書法」「モーツアルトのピアノ書法」という言い回しも頻繁に見かける。

例によって音楽之友社刊行の「ブラームス回想録集」第2巻120ページをご覧頂きたい。ホイベルガーとの会話の中に興味深い話がある。

親しい知人の特権だろうか、ホイベルガーはブラームスのピアノ作品について鋭い突っ込みを入れる。ブラームスのピアノ作品が世間様ではしばしば「ピアニスティックではない」と言われていると水を向ける。

ブラームスは怒るでもなく「知っているよ」と答える。「でもピアノでちゃんと演奏出来るように気を配っているんだ」と続ける。

禅問答とはこのことだ。ピアノで演奏不能なところが無いよう気を配っていても「ピアニスティックではない」と言われてしまうことを当然と受け止めていると見た。

そしてブラームスはこのあと面白いことを口にする。「シューマンの作品はピアノでは演奏不能に見えるところもある」「その方が幻想的で素敵だけれど」と続けるのだ。ピアノで演奏不能な箇所があることを半ば肯定している感じである。そのほうがかえってピアニスティックであるかのようなニュアンスだ。

具体的に作品名を挙げていない上に私自身にシューマンのピアノ作品の知見が無いこととで、これ以上議論を深められないのが残念だ。けれどもピアノ書法に関するブラームスとシューマンの個性をうまく言い表しているのかもしれないと感じる。

 

 

 

 

2023年10月21日 (土)

必要なのは才能だけ

ブラームスはこう言って唯一の作曲の弟子グスタフ・イエンナーを叱咤したという。叱咤された本人の証言である。イエンナー自身が、ブラームスの恩師マルクセンの弟子ということもあって、ブラームスが作曲を教えることを引き受けたといういきさつがある。後にイエンナーはブラームスの想い出を出版している。時を隔てての回想だけのことはある。記述のトーンは全体として恨みがましくはないのだが、この言葉をかけられた時の心境だけは、とても辛そうだ。

ある日のレッスンの後、ブラームスは不意にシューマンの楽譜を取り出して言った「ロベルト・シューマンは18歳でこれを作曲した。必要なのは才能だけで、あとは何の役にも立たん」と。善意に受け取れば「若いモンを甘やかしてはならぬ」「作曲で飯を食うのは大変なことだ」という意味を込めたと推定も出来ようが、言われたほうは大変だったと思う。泣かされながらもレッスンを続けた結果、イエンナーはドイツ・オーストリアの音楽界でそこそこの地位まで昇ることになる。「ブラームス唯一の作曲の弟子」という肩書きの威光はそうとうな効き目なのだと思う。作品が後世まで広く愛好されるかどうかとは話が別である点、微笑ましくも悲しいものがある。

才能が何より大事という点、同感だ。正論過ぎて怖いくらいだ。しかし「必要なのは才能だけ」と断言出来るのか少し不安である。「運」も要ると思う。マルクセン、ヨアヒム、シューマン夫妻と出会っていなかったら、ブラームスの才能をもってしてもその創作人生は順風満帆という訳には行かなかったのではないだろうか。

「運も実力のうち」と言われてしまうと返す言葉はない。

 

 

2023年10月20日 (金)

声部書法

お手上げな言葉だ。音楽学上、作曲技法上、対位法上一定の意味合いを持つ言葉であることは確かなのだが、私の手には余る。

という訳でブログ「ブラームスの辞書」名物のお遊びに走る。まずは以下の概念を思い浮かべて欲しい。

  1. 聴いた場合の有り難み
  2. 弾いた場合の有り難み
  3. 1も2も満足→名曲
  4. 1も2も不満足→忘れられる。
  5. 1だけ満足→聴衆にとってはこれで十分
  6. 2だけ満足→忘れ去られる可能性はある。教則本の一部はここかもしれない。

ブラームスの作品1つ1つがどれにあてはまるかを論じるつもりはない。ブラームスは1は当然として、2も低くない優先順位を設定していたのではないだろうか?演奏者が喜々として演奏に取り組めることは、演奏の出来を左右すると思う。喜々として取り組めるかどうかを言い換えれば「弾いていて面白いかどうか」だ。複数の演奏者が関与するアンサンブルで、演奏の結果としての作品の出来映えはもちろん、個別のパートの弾き甲斐まで気を配っていたと感じる。第一ヴァイオリンだけに苦労も喜びも集中しているというような現象は、非ブラームス的だ。

作品を構成するさまざまなパートについて誰一人として退屈させないことに気を配っていたと感じる。管楽器の2番奏者たちもその恩恵に浴している。その際パートの出番の多少は判断材料ではない。パート譜の厚みとは関係がないも言い換えられる。演奏への参加者みんなに応分の楽しみがあり、それがメンバーの一体感の醸成に寄与しているのだ。私がヴィオラ愛好家だということを割り引いても室内楽と管弦楽で強くそれを感じる。

ブラームスの声部書法はしばしば誉められる。小難しいことは解らぬが、「どのパートも面白くしといたからね」がブラームスにとっての声部書法だったような気がする。

 

 

2023年5月25日 (木)

オーケストレーション

「管弦楽法」と訳されるか。管弦楽作品を書くための技法のこと。管弦楽作曲家は是非持っていたほうがいい技能だ。あらゆる音楽系の知識の総動員が求められる上に、そこそこの経験もはずせない要素だ。

元来上記の通り概念なのだが、しばしば半ば意図的、半ば無意識な使い分けがされてきた。

<オーケストレーションを誉められる側の人々>

  1. ベルリオーズ
  2. リムスキー・コルサコフ
  3. ラベル
  4. ドビュッシー
  5. ワーグナー 多分こちらなのだと思う。

<オーケストレーションを誉められない人々>

  1. バッハ 二管編成の確立以前に活躍したから誉められなくて当然。
  2. モーツアルト とりたててオーケストレーションだけが誉められる訳ではない。
  3. ハイドン モーツアルトに同じ。
  4. シューベルト 旋律は誉められる。
  5. ドヴォルザーク 旋律は誉められる。
  6. ショパン そりゃあそうだろう。
  7. リスト 誉める人もいるか。
  8. シューマン 希に「下手」と言われてしまう。
  9. ブルックナー 「独特な」と形容されることはある。
  10. ブラームス 残念ながらブルックナーと同じでしばしば「独特な」と言われる。
  11. マーラー 長いとは言われる。

つまり、色彩感溢れる管弦楽曲を書く人、あるいは管弦楽から様々な音色を導き出す人が誉められる傾向がある。パレットに絵の具が色数多く用意されている人だけが誉められているような気がする。水墨画の大家は「独特な」と評されることはあっても「オーケストレーションの達人」とは言われない。この用法によればブラームスは誉められない側なのに、古来から演奏家たちの帰依を勝ち取ってきた。現代のCDショップやコンサートホールでの人気ぶりも周知の通りだ。「オーケストレーション」という言葉がこのような使われ方をする限り、ブラームスは誉められたいとは思っていないだろう。

さてベートーヴェンはどちらだ。

2022年7月29日 (金)

かすかなつながり

記事「研究対象 」で、バッハによるヴィヴァルディ作品の編曲ぶりを列挙した。本日はそこからかすかな細い糸がブラームスにつながる話をする。

リストにあったBWV593の話だ。原曲はヴィヴァルディの「調和の霊感」op3-8で2つのヴァイオリンのための協奏曲イ短調。これをバッハがオルガン独奏用に編曲したもの。この第三楽章142小節目に、作曲上の禁則「平行8度」あるいは「平行5度」があると、ブラームスが指摘している。

ブラームスは同時期や過去の著名な作曲家たちの作品中に現れるこの手の作曲上の禁則違反をことこまかにリストアップしていた。作曲家32名による禁則違反128か所が延々10ページにわたって列挙される中、ヴィヴァルディ作品はここ一か所。ただし、ヴィヴァルディの原曲はリストに入っていないから、バッハが編曲にあたっておかした違反と考えられる。ヴィヴァルディの原曲にこの違反が存在したら、ヴィヴァルディとしてカウントされていたことだろう。

リスト作成中のブラームスは、原曲をあたって裏付けをとったに決まっている。

2022年4月20日 (水)

同業他社

同じ業界に属する別の会社の意味だ。ビジネスの世界では普通に用いられる言い回しである。ほぼ「競争相手」と同義だったりもする。成熟した市場では需要の拡大はアテにできないから、売り上げを伸ばそうと思えばマーケットシェアの獲得しか道がない。ヒット商品の創造同様に言うは易しの世界である。さらに困ったことに同業他社どうしの癒着や馴れ合いは法律によって禁止されているのが普通である。

作曲家にとって、自分以外の作曲家が同業他社にあたる。

自らの独創性を世に問う職業だから、業界の動向に無関心過ぎるのも考え物だが、同業他社の研究にはあまり熱心ではない。他の作曲家の作風を真似たところでタカが知れている。古今の大作曲家と呼ばれる人たちは、他の作曲家から受けた影響など、伝記の片隅にひっそりと書かれることが多い。

例によってブラームスは例外だ。先輩作曲家の研究に余念が無かった。先輩ばかりではない、同時代の作曲家の業績にも無関心ではいられなかった。つまり同業他社の動向をいつも研究していたのだ。研究するばかりではなく、自らの作品にそれを生かしていた。これこそまさにマーケティングである。

現代のクラシック音楽業界における知名度に関係無く、数多くの作曲家を研究した成果を自分なりに消化吸収して作品に盛り込んだ。それでいてけして埋没することのない個性が作品に宿っていることをブラームスの特徴の一つとしたいくらいである。

2021年11月28日 (日)

未完癖

シューベルトの代名詞と言えばロ短調交響曲だ。通称「未完成」。だからかどうか、作品リストを眺めているとやけに「未完」が目立つ。交響曲に絞っても以下の通りだ。

  1. ニ長調 D2B
  2. ニ長調 D615
  3. ニ長調 D708
  4. ロ短調 D759
  5. ニ長調 D936

という具合。ピアノソナタになると下記。

  1. 1番ホ長調 D157
  2. 2番ハ長調 D279
  3. 6番ホ短調 D566
  4. 8番嬰ヘ短調 D571
  5. 10番ハ長調 D613
  6. 11番ヘ短調 D625
  7. 12番嬰ハ短調 D655
  8. ホ短調 D769
  9. 15番ハ長調 D840

弦楽四重奏は番号付に絞って下記の通り。

  1. 2番ハ長調 D32
  2. 5番変ロ長調 D68

交響曲、ピアノソナタ、弦楽四重奏はベートーヴェンの創作の三本柱。トライしてはみるものの長続きせずに途中で放置されたとかまことしやかにささやかれている。オペラにも歌曲にもある。こうなると「未完成交響曲」だけを特別視するのはかえって公平ではない。他の作曲家なら破棄していたような楽譜の断片までを後世の研究家とりわけドイチュ先生が律儀に収集整理した結果、未完作品が目立つというような事情ではあるまいか。後世の研究家によって作曲家がどう取り扱われるか熟知していたブラームスが、不完全作品の破棄に万全を尽くしていたのはむしろ例外だ。

 

2021年2月 2日 (火)

推定作曲年代

バッハのオルガン作品の代表作「トッカータとフーガニ短調」BWV565は、どんな解説を読んでも、作曲年代がはっきりしないと書かれている。某音楽系大手出版社の名曲解説には、異論も多いと慎重に念を押しながら、ひとまず1703年から1708年と書いてある。19世紀以降のバッハ研究の積み重ねをもってしてもなお、断言には至らぬことに驚きはするのだが、本日の着眼はそこにはない。バッハが1685年生まれだということを考えると1703年にはまだ18歳だ。そこから5年の幅を設定しているから、大学に通う年頃だ。

なんという。

聴けば聴くほど凄い作品だと思ってはいたが、その若さでと思う。才能だから持っている者には造作もないことなのだとは思うけれど、つくづくまぶしい。

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