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カテゴリー「201 ピアノ曲」の142件の記事

2019年10月16日 (水)

タイムトライアル

シューマン全集の刊行にあたって、クララが望ましいテンポの確定についてブラームスに意見を求めたことは既に書いた。クララをそれに駆り立てたのは、シューマン作品の演奏について、クララが夫からしばしば速過ぎると非難された記憶だったという。

片手に時計を持って自分の演奏の平均時間を計るという作業を半年続けたらしい。真面目で几帳面な性格丸出しのクララである。先のブラームスへの相談は、それに疲れ果ててのことらしい。ブラームスの返事は「およしなさい」というトーンになっていたのはそのためである。

クララはブラームスの意見を受け入れたが、その作業が「拷問」に等しかったと述べている。「死のタイムトライアル」だ。

2019年10月11日 (金)

クララの耳

1895年10月のある日、ブラームスとクララの最後の対面の時の話だ。

 

当時既にブラームスは、ウイーンのいや欧州の音楽界の重鎮だった。ブラームス自身、相当なレベルの古楽譜コレクターだったし、ウイーン楽友協会の蔵書を自由に閲覧出来る立場にあった。だから大作曲家の自筆譜を見ることは珍しいことではない。

 

ベートーヴェンのピアノソナタの自筆譜を見て、市販の楽譜に誤りがあることを確信したブラームスは、「私はおかしいと思っていたンだが、思った通りだった」とばかりに、クララの家の楽譜を手に取った。クララに自慢話でも聞かせようと思ったのかもしれない。そのページを開いたブラームスは、既にその音がクララの筆跡で修正されているのを見て驚いた。クララは長年の演奏の経験から、既にその場所を誤植と断じていたのだ。クララは自筆譜も見ていないのに、耳の命ずるままに断固として修正していたということだ。聞き分ける耳もさることながら、それを誤植と断じる音楽的な判断力、あるいはベートーヴェン作品に対する揺ぎ無い規範が、クララの脳内に存在したことは疑い得ない。「ボクは自筆譜を見たンだよ」というささやかな優越感は、あっけなく吹き飛んだと思われる。

 

自慢が不調に終わったブラームスではあるが、悪びれることは無い。ただただ無邪気に驚くのだ。「お母さんほどの耳を持った演奏家なんてどこにもいやしない」とクララの娘たちに語ったという。語られた娘の一人オイゲニーの証言である。

 

このとき、これが最後の対面になるという自覚は2人にはなかった。この話は最後の対面であるが故の話ではなく、あたりまえの会話なのだ。会う度にこういう話をしていたに違いないのだ。2人にとっての世間話である。

 

ベートーヴェンのどのソナタなのか語られていないのは残念だが、自分の発見を自慢しようとしたブラームスの健気さ、とうの昔に気付いて既に楽譜を修正していたクララの耳、微笑ましくも感動的だ。

2019年10月 9日 (水)

クララの嘆き

1841年7月のある日、クララは演奏会でべートーヴェンのソナタを弾いたが、聴衆の反応に落胆した様子で日記にしたためる。

実名を書いて、彼等がベートーヴェンのソナタから喜びを感じ取れないと嘆く。彼等にとって教養と名人芸がイコールではないかと疑問を呈する。おそらく彼等にとってバッハのフーガは退屈なもので、各声部への主題の出現を感じ取れないハズだと推測している。

単なる機械的な演奏への嫌悪感をきっぱりと宣言している。さらに興味深いのは、ヘンゼルトの「練習曲」、タールベルクの「幻想曲」、リストの演奏会用作品がたまらなく嫌だと付け加えている。「新音楽時報」1838年4月27日の記事 に 当代屈指のピアノニスト4名の比較が掲載されていた。クララを除く3人が、上記で嫌だと言っている曲の作曲者と完全に一致ずる。クララの日記は問題の記事の3年後だ。4人一組で比較されたことを踏まえた記述だと思う。

このときクララは22歳である。

 

 

2019年9月24日 (火)

凄い本

とある古書店をうろついていて、凄い本を見つけた。

ウリ・モルゼン著芹沢尚子訳「文献に見るピアノ演奏の歴史」原題は「Die Geschichte des Klavierspieles in histrischen Zitaten」という。副題が「初期ハンマークラヴィーアからブラームスまで」となっている。1986年12月刊行だからもう30年近く前の本だ。

古今の資料の中から、ピアノの演奏にまつわる部分だけを抜き出した代物だ。記事の数は479本に及ぶ。その源泉はC.P.Eバッハや、レオポルド・モーツアルト、チェルニーなどの理論書から、シューマンなどの評論、さらには個人の日記書簡という広範囲にまたがる。

目から鱗だ。バッハ、ハイドン、モーツアルト、ベートーヴェン、シューベルト、シューマン、リスト、メンデルスゾーン、ショパン、ブラームスという定番に加え、ビューロー、クララ、ハンスリックなど演奏家評論家の手記もあり、ピアノがどう弾かれどう聴かれてきたかを偲ぶことが出来る。譜例などほとんど無いに等しいというのに、半端ではない説得力だ。話題になっている曲についての知識があればもっと楽しめる。

収集の範囲の広さと、着眼の鋭さが並ではない。

きっと一生の宝だと思う。

2019年8月10日 (土)

5つの練習曲

マッコークルの「ブラームス作品目録」の補遺「Anhang」のⅠaにはブラームスによる他作曲家作品の編曲が収められている。その第1番が「5つの練習曲」だ。原文では「Klavierstudien」となっている。

  1. F.Chopin Etude op25-2 Bearbeitung fur zwei Handen
  2. C.M..von Weber Rondo aus der Klaviersonate op24 Bearbeitung fur zwei Handen
  3. J.S.Bach Pesto aus der Sonate fur Violin solo BWV1001 Bearbeitung fur zwei Handen
  4. J.S.Bach Pesto aus der Sonate fur Violin solo BWV1001 Bearbeitung fur zwei Handen
  5. J.S.Bach Chaconne aus der Partita fur Violin solo BWV1004 Bearbeitung fur die linke Hand

1,2番はショパンのエチュードとウェーバーのロンドの編曲だ。「Bearbeitung」が「編曲」に相当する。わざわざ「2本の腕」用と断ってあるのは、第5番に左手専用の曲が置かれているからだ。元々何の断りも無ければピアノは両手で弾くものだから「fur zwei Handen」というお題目は珍しい。何を隠そうこの第5番がクララ・シューマン右手脱臼の際の見舞いにと書かれた作品なのだ。だから残る4曲には敢えて「両手で」と記されている。

5つが一まとめにされているのだが、不思議なことに出版の時期が2つに割れている。1,2番が1869年で、3~5番が1878年だ。元々1,2番で一組、3~5番で一組だった可能性が高い。3番と4番のタイトルをよく見て欲しい。実は、どちらの曲も無伴奏ヴァイオリンのためのソナタ第1番のフィナーレ4曲目のPrestoが元になっている。原曲がそのままピアノの右手に置かれているのが3番で、4番では原曲がそっくり左手に移っているに過ぎない。左右の手の完璧な独立性を追求する意図の反映だと思われる。

そして最後に右利きの諸君は、もっと左手も鍛えましょうとばかりに、左手専門の練習曲が置かれているという寸法だ。バッハの無伴奏ヴァイオリン作品に題材を求めているのは単なる偶然だろうか。

2019年8月 3日 (土)

フルッチョ・ブゾーニ

イタリア・エンポリ生まれのピアニストで作曲家。ウイーンを訪れたこともあるらしく、ブラームスと面会したという記録もある。ブラームスに長く親しんでいると、時々出くわす名前である。バッハの無伴奏ヴァイオリンのためのシャコンヌのピアノ編曲は有名である。左手1本用にしてしまったブラームスと違って、ブゾーニは両手用だ。これはもうキャラの違いという他はないのだが、華麗な編曲である。ブラームスを聴き慣れてしまった耳には、少々毒でさえある。同じ作品を編曲しているということで、興味を持ったのが、ブゾーニとの接点その1であった。

接点その2はヴァイオリン協奏曲だ。第一楽章には演奏者によるカデンツァが挿入される。古今のヴァイオリニストがカデンツァを奉っているが、このブゾーニもピアニストでありながらカデンツァを作っている。なんとなんとティンパニやコントラバスまで応援に引っ張り出してのカデンツァである。

そして接点その3。ブラームス最後の作品と目される「オルガンのためのコラール前奏曲」作品122をピアノ独奏用に編曲している。我が家にCDがあるのは、このうちの4,5,8,9,10,11の6曲だ。編曲がこの6曲だけなのかどうかは実は把握できていない。目から鱗の編曲だ。聴けば聴くほどインテルメッツォに聞こえる。ブラームスへの深い理解なしにはあり得ない編曲だと思う。「私だけの秘密のインテルメッツォはいかが」という感じが充満している。

接点1を別とすれば、このブゾーニという人はブラームスが好きだったのではないかと思えて仕方がない。接点2のヴァイオリン協奏曲はともかく、接点3のオルガン作品をわざわざ編曲するとは、並の傾倒ぶりではない。

2019年7月 8日 (月)

左手のためのセレナーデ

ブラームスはピアノ演奏から右手の参加を奪った形態に興味を持っていた節がある。クララ・シューマンの右腕の負傷を契機に生まれたシャコンヌニ短調が特に名高い。もしかするとそうした傾向はハンブルク時代の恩師マルクセンの影響かもしれない。

ブラームスは15歳で初めてのコンサートを開いた。バッハのフーガに混じって恩師の作品も演奏したという。その恩師の作品こそが本日のお題「左手のためのセレナーデ」である。CDや楽譜は探しきれていない。もしかするとブラームスのこの初コンサートのプログラムの中でのみ命脈を保っているのかもしれない。

 

 

2019年7月 7日 (日)

ブラームスバロック

ブログ「ブラームスの辞書」でバロック特集開催中の今、ぴったりのCDがある。

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ピアニスト、デトレフ・クラウス教授のCDでタイトルがそのものずばりの「ブラームスバロック」だ。

  1. バッハ・ブラームス編曲 左手のためのシャコンヌ
  2. グルック・ブラームス編曲 ガヴォットイ長調
  3. ブラームス 弦楽六重奏曲第1番 第二楽章ピアノ版
  4. ブラームス ヘンデルの主題による変奏曲

作品の選択に隠しテーマ「クララ」があることは大変印象的で、演奏も申し分ない。1番のシャコンヌは同曲の演奏としてもっとも気に入っている。2番のガヴォトは超癒しだ。グルックは1714年生まれ。バッハの次男カールフィリップエマニュエルと学年違いの同い年で、没年も1年違いの彼をはたして「バロック」扱いしていいのか疑問もあるが、「こまけーこたあいいんだよ」と言われそうだ。

他にもいろいろ興味深い。CDのトラックが1曲1トラックになっている。変奏曲の個別の変奏に1トラックあてるCDが多い中異例だ。

3番目、ブラームス自身が自作をピアノ独奏用に編曲してクララ・シューマンに献じた作品だが、これの何がバロックなのだろう。

 

 

2019年7月 5日 (金)

横着

するべきことを怠けることくらいの定義で良いのだろうか。

左手のためのシャコンヌをブラダスに取り込んだ。リンフォルツァンドが用いられている。ブラームスのリンフォルツァンドの扱いについては既に何回か述べたが、この曲における使用実態を見てさらに確信が深まった。「瞬間型マルカート」という解釈あるいは、楽譜上へのマーカーペンの使用のイメージで違和感がない。

そこらじゅうの音楽用語事典がスフォルツァンドと同じという解釈を載せている。ブラームスに関しては「もってのほか」だと感じる。ブラームスがスフォルツァンドとリンフォルツァンドを明らかに使い分けていることが辞典の執筆者から不当に無視されていると思う。でなければ「横着」だ。

「左手のためのシャコンヌ」での用法はフレーズの頭をそっと指し示す機能だと思う。バッハのオリジナルは音楽記号が完全に落ちているが、ブラームスは編曲にあたりフレージングを指示したのだと思う。このリンフォルツァンドには「音を強くせよ」という意図は爪の先ほども無いと思う。スフォルツァンドなんぞを配しては音楽ががさつになり過ぎると考えたに違いない。

2019年7月 4日 (木)

さっそく発見

記事「シャコンヌをブラダスへ」で「左手のためのシャコンヌニ短調」をブラダスに取り込むと宣言した。あまり長い曲ではないので、もう取り込みは終わっている。バッハのオリジナルの雰囲気をピアノの左手一本に転写する際のブラームスの心のありようが用語使用面にどう反映しているか探るのが狙いだ。いつものようにペダル関連の表示を対象外としてカウントすると34種類88個の用語が記載されている。このうち他のブラームス作品には一切現れず、この編曲にだけ出現する用語が下記の通り5種類ある。

  1. legato ma leggiero 100小節
  2. p e molto leggiero 96小節
  3. piu p ben legato sempre 76小節
  4. sempre f e ben marcato 65小節
  5. sforzando molto 239小節

このうちの5番目「sforzando molto」は「ブラームスの辞書」に載っていない。元々作品番号のある作品に対象を絞ったが、興味深いケースについては適宜収録という姿勢の反映だ。つまり上記の1から4までは執筆時の私自身が「興味深い」と判断したために「ブラームスの辞書」に収録されたということだ。

この5件、全てブラームスらしいのに5番目だけ落とすとは恥ずかしい。それにしても「収録を作品番号のある作品に絞る」とは、横着な判断をしたものだ。

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    はじめての自費出版作品「ブラームスの辞書」の姿を公開します。 カバーも表紙もブラウン基調にしました。 A5判、上製本、400ページの厚みをご覧ください。
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