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カテゴリー「202 歌曲」の303件の記事

2021年9月24日 (金)

いわば本歌取り

ヘルティの詩にはブラームスも下記の通り曲を付けている。シューベルト への供給状況との比較が興味深い。

  1. 口づけ op19-1
  2. 五月の夜  op43-2
  3. 忘却の水をたたえた杯 op46-3
  4. 夜鶯に op46-4
  5. すみれに op49-2
  6. 恋歌 op71-5

お気づきの方も多かろう。昨日「五月の夜」について述べたが、上記の赤文字の作品はシューベルトにもあった。順にD194、D196、D428だ。先行作品へのリスペクトを柱に自分の情感を巧みに盛り込むという点で、和歌の世界の「本歌取り 」に通ずるものがありはしないか。先行するシューベルトにとっては預かり知らぬ話だが、追随するブラームスにとっては、思い入れも一入のはずだ。バレて困るのが盗作である一方、本歌取りは見破ってもらわねば困るのだ。シューベルトへのオマージュとしての本歌取りに、ヘルティはうってつけの素材だ。

ブラームスの「本歌取り」がヘルティのテキストに集中する現象は心にとめておきたい。

 

2021年9月23日 (木)

五月の夜マニア

ドイチュ番号で言うなら「月に寄せて」D193の次に「五月の夜」D194がある。オリジナルは「DieMainacht」という。ヘルティ のこの同じテキストにブラームスが付曲している。op43-2だ。「ブラームス歌曲名曲選」の類には高い確率で採用されるメジャーな作品。タイトルにこそ現れないが1行目に「銀色の月」が現れ事実上の月の描写だとわかる。

シューベルトは短調。4節の原作に忠実な有節歌曲に仕上げている。ブラームスが後日同じテキストに曲を付けるなど、シューベルトは知ったことではないが、追随するブラームスの脳裏にはシューベルトの先行作がとどまり続けていたはずだ。ブラームスが長調を採用したことはむしろ表面的だ。全4節のうち3節目を描写の肝と解釈し、こともあろうか第2節目を完全に省略。第1節と第4節が第3節を挟む形の三部形式に仕上げた。変ホ長調に挟まれたロ長調という調性のプランにこそインスピレーションを感じる。フラット3個を起点に次々と臨時記号のフラットが付与され、崩落の頂点でクルリとシャープ5個にすりかわる。

追う側の責任。王子の面目躍如。

2021年9月22日 (水)

ヘルティラヴ

「月に寄せて」D193のテキストをシューベルトに供給したのはヘルティLudwig Christoph Heinrich Horty(1748-1776)だ。ハノーファー生まれでゲッティンゲン大学に進んだ。やや憂鬱ながら純粋で滑らかな口調の作品を書いたが、28歳で没した。シューベルトへのテキストの供給は以下の通り。

  1. 墓堀人の歌 D44
  2. 月に寄せて D193
  3. 五月の夜 D194
  4. 夜鶯に D196
  5. りんごの歌 D197
  6. 嘆息 D198
  7. 恋する人 D207
  8. 尼僧 D212
  9. 夢 D213
  10. 緑影 D214
  11. 春の歌 D398
  12. 夜の鶯の死に D399
  13. 幼年時代 D400
  14. 冬の歌 D401
  15. 恋歌 D429
  16. 幼い恋 D430
  17. 花の歌 D431
  18. 幸福 D433
  19. 収穫の歌 D434
  20. 嘆き D437
  21. 月に D468
  22. 五月の歌 D503

以上。見ての通りおそくも1816年までだ。そりゃあ知名度はもちろん採用数ではゲーテやシラーには劣るのだとは思う。けれども本当に佳品が多い。有節歌曲の枠内にとどまるならとても優秀な素材だと思える。

 

2021年9月21日 (火)

月に寄せて

シューベルト歌曲の月の歌最高位にはなんといっても「An den mond」D193を推す。テキストはヘルティ。ニ短調8分の12拍子の部分がヘ長調2分の2拍子を挟む3部形式と申しては理屈が過ぎよう。イントロ部、右手に出現する上行3連符の分散和音がひそやかな感じ。左手が低いところで奏でる波のせいで、ここが8分の12拍子だと刻印されているのだが、そこを棚上げにすれば何かに似ている。

そうだベートーヴェンの月光ソナタ第一楽章冒頭の有名な月光の描写だ。命名のもとは詩人レルシュターブの「ルツェルン湖云々」のコメントだ。この詩人シューベルトにもテキストを供給しているから妄想は膨らむ一方だ。作品の成立は月光ソナタに遅れること10年であるから、シューベルトがそのイメージを拝借したかもしれない。

フィッシャーディースカウ先生もご著書の中でこの類似を指摘しておられる。しかし、待ってほしい。レルシュターブの先のコメントは1832年のことなのでシューベルトもベートーヴェンも没した後だ。となると世間がベートーヴェンの嬰ハ短調ソナタを「月光」ともてはやす前に、シューベルトが上行3連符を自作「月に寄す」のイントロに採用したことになる。その方がよほど恐ろしい。レルシュターブのコメント自体がシューベルト「月に寄す」の伴奏音型が着想の根源かとも思えてくる。「月光ソナタ」の命名者がシューベルトに遡りかねない話。

本日中秋の名月。

2021年9月19日 (日)

月を歌う

間もなく中秋の名月だ。シューベルトの歌曲の中で中秋の名月とまではいかずとも「月」を歌った作品が散見される。テキスト全文を確認できないからひとまずタイトルに「月」(Mond)が現れる作品をD番号順に列挙しテキストの供給者を添える。

  1. D141 月の夕べ/クンプ
  2. D193 月に寄す/ヘルティ
  3. D238 月の歌/コーゼガルテン
  4. D259 月に寄す/ゲーテ
  5. D296 月に寄す/ゲーテ
  6. D468 月に寄す/ヘルティ
  7. D614 秋の夜の月/シュライバー
  8. D870 さすらい人が月に寄せて/ザイドル

タイトルに「月」が現れるだけで8曲だ。目立つのは「月に寄す」が4つあることだ。オリジナルでは「An den Mond」という。不思議なことにゲーテとヘルティが2曲ずつ。ゲーテは同テキスト異曲。同じテキストに2通りの付曲という現象。対するヘルティは同タイトル別テキスト。テキストまで深堀しないことには何とも言えないが少なくとも「太陽」よりは多そうだ。

 

 

 

2021年9月14日 (火)

シュトックハウゼンの弟分

ジョージ・ヘンシェル(1850-1934)はブレスラウ生まれの歌手、作曲家、指揮者。ボストン交響楽団の初代指揮者としても名高いけれど、ブラームスは歌手としての才能を高く評価した。文筆家としてブラームスの回想録も残している。ブラームスとの愉快なやりとり満載で、優秀な演奏家としての側面を忘れられがちだが、しばしばシューベルトが話題になっている。

一方フィッシャーディースカウ先生の「シューベルトの歌曲をたどって」の中でもヘンシェルが取り上げられている。

シューベルト没後の作品の受容を論ずる章に現れる彼をフィッシャーディースカウ先生は「シュトックハウゼンンの弟分」と呼んでいる。演奏や解釈、あるいはキャラからそう呼んでいるという文脈だ。シュトックハウゼンとは申すまでもなくブラームスの友人にして当時最高のバリトンだ。その弟分というのは賞賛含みに決まっている。歌手の系統上の後継というニュアンスまで感じてしまう。ということはつまり、ヘンシェルのシューベルト演奏も高い評価を受けていたということを示唆する。

リューゲン島でブラームスとともに夏を過ごすヘンシェルが、ホテルのロビーでブラームスを伴奏者に従えて即興のリサイタルを開いた。曲目にシューベルトがあったと回想している。

2021年9月13日 (月)

ヴィトマンの証言

Josef Viktor Widmann(1842-1911)は、スイスの作家、評論家。父は牧師だったが本人の記憶によればかなりな音楽一家に生まれたとある。ホームコンサートの演目にシューベルトがあったという。母はベートーヴェンと交友があり、父はシューベルトと交友があったという羨ましい境遇。で、このヴィトマン本人はブラームスと交流した。結婚を機にスイス・ヴィンタートゥールに住みそこでブラームスとの交友が始まり、その様子が出版されている。ブラームスがいくつかの夏をスイス・トゥーンで過ごしたのはヴィトマンの存在が大きい。避暑の間以外の交友は主に文通だった。

同時代の文学者に対するブラームスの評価が話題になった。ヴィトマンはブラームスが評価する作家の顔ぶれがどうにも保守的だという。しかしこれは食わず嫌いではなく、作品に触れた上でのブラームスなりの評価であったと補足する。同時に世の中の一般的な傾向として、作曲家は同時代の作家には得てして冷淡だとする。文脈からそれが歌曲へのテキストの供給状況を含むと解してよさそうだ。続いてさらに興味深い指摘が続く。作家の方も、同時代の音楽には冷淡だったからお互い様だというのだ。その例として「魔王」に触れたときのゲーテの冷淡な態度を挙げている。

 

 

2021年9月12日 (日)

マンディの功績

マンディチェフスキーに対するブラームスのかわいがり方は昨日述べたばかりだが、フィッシャーディースカウ先生の「シューベルトの歌曲をたどって」の中でもよく取り上げられている。つまりシューベルトを論ずる際にも不可欠ということだ。そりゃ、ウイーン楽壇が総力を傾けたシューベルト全集の歌曲部門の編集主幹だから、当然と言えば当然だ。バッハ研究におけるシュピッタのような圧倒的な存在感を発する。

フィッシャーディースカウ先生はマンディチェフスキーはシューベルト歌曲の厳密な校正に際して下記を参照したと列挙する。

  1. 自筆草稿
  2. シューベルト自身が出版に関与した出版の初版
  3. シューベルトが関与しない出版の最古の版
  4. 同時代の親しい関係者の写本

これはまさに信頼性の高い順だ。資料に対するこうした厳密な姿勢はシュピッタに通ずるものがある。やがてブラームス全集の編集にも関わったのもうなずける。

 

2021年9月11日 (土)

マンディの証言

マンディとはオイゼビウス・マンディチェフスキー(1857-1929)のこと。ブラームスの伝記に現れるときは一の子分的な言われ方をする。ウイットに富んでいて、ブラームスが発するジョークに気の利いた対応を見せるあたりがたいそう 気に入られていたのだが、実はかなりの才人。楽友協会の司書、作曲家、合唱指揮者、音楽院で教えていたこともある。のちにブラームス全集の編集にも携わった。

シューベルトとの関係でいうなら、シューベルト全集歌曲部門の編集主幹。ブラームスはその編集方針をめぐり「出せばいいってものではない」などと苦言も呈するが、いざ出版されると自ら非を認め絶賛したばかりかポケットマネーからポンと一万マルクを贈る。

没する数か月前には、「物静かな不屈の仕事人で若者の鏡」とまでほめちぎる。

 

2021年9月10日 (金)

イェンナーの証言

グスタフ・イエンナー(1865-1920)は恩師マルクセンに頼まれてという事情もあってか事実上唯一の作曲の弟子だ。1895年に1年間ウィーンに滞在してブラームスの教えを受けた。その回想録は音楽之社刊行の「ブラームス回想録集3」に訳出されている。その226ページに「ブラームスと歌曲」と題された章があり、「有節歌曲」という副題がついている。

そこでは作曲の教材として「有節歌曲」が有効だというブラームスの持論が証言されている。シューベルトの作品群のうちとりわけ有節歌曲を好んだというブラームスの嗜好と一致する。テキストを見つけたら、それが有節歌曲として成立するかをまず確認しなさいという指導を証言する。ここでのしくじりは必ず厳しく叱責されたという。有節歌曲になるかならないかの判断にシューベルトの歌曲がよい手本になるという言葉を噛みしめている。シューベルトの歌曲全てを綿密に研究してみろともいわれている。「シューベルトの歌曲ならばどんなものでも何か学べるよ」など、もうシューベルトネタのてんこ盛りである。有節歌曲をベースにテキストの内容に即した少々の気の利いた逸脱まで含めて推奨している。

イエンナーの見解によればシューベルト最高の有節歌曲は「恋人のそばに」D162だという。

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