「ブラームスの辞書」執筆の前段階で実行したデータベース化の作業の中で、悩ましい問題があった。
楽譜をご想像願いたい。段の一番右端の小節のそのまた最後の拍から弱起で旋律が始まるとしよう。ブラームスがその旋律を「poco f espressivo」と位置付けたいとすれば、旋律の始まる音符の下に「poco f espressivo」と書くに違いない。手書き譜面ではそれで良いが、これが印刷に回ると厄介だ。弱起で始まるからその小節には音符が1個しかない。律儀に「poco f espressivo」と書くとその段の右端を形成する小節線より右に出てしまう。
これは美しくないから何らかの手を打つ。概ね以下の如くだ。
- 「poco f」までをその段に書き、「espressivo」を次段冒頭に書く。
- 「poco f」と「espressivo」を上下に重ねて書き、その段で収まるようにする。
- 「poco f」を五線の上側に書き、「espressivo」を五線の下側に書く。
- 「poco f」を「pf」と略し、「espressivo」を「espr」と略してその段に収める。
- フォントを小さくして無理やり収める。
- 弱起の最初の音符は無視し、次段の冒頭に「poco f espressivo」と書く。
ブラームスの楽譜にしばしば現われて軽い混乱を引き起こす「pf」の発生原因は、意外と4番かもしれないが、楽譜の見てくれとして美しくない。
5番のフォントの縮小は、小さくしすぎて見えなくならない限りとても有効だと思うが何故か採用されにくい。
1番から3番のケースが、本日お題「分かち書き」となる。
この実例に遭遇した場合、「poco f」と「espressivo」にそれぞれ1票とカウントするのか、やはり「poco f espressivo」とカウントするのかが大変悩ましくて厄介だということだ。「ブラームスの辞書」ではそのケース毎に私の基準で判断しているが、完璧ではない。記述のブレの大きな原因になっている。先の実例にあげた改段箇所以外にもこの手の分かち書きが疑われるケースは多い。出版社または校訂者の癖である可能性が高く取り扱いが難しい。
このように考えを進めて来ると、上記の6番が意外と優秀な対応だという気がしてくる。実際の楽譜上にもこうしたパターンは少なくない。これを見つけると嬉しくて一人でニヤニヤしたこともある。それは私自身分かち書きが好きではないからに違いない。
もしも貴方が「ブラームスの辞書」を引いて、目的の単語が載っていないと感じたら、もう一度その楽譜を見て周辺を確認することをお勧めする。分かち書きが起きていてる可能性があるからだ。
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